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魔法少女リリカルなのは False Cross 第五章(7)

 連載中のSSを更新。
 一週間も遅れましたが、なんとか掲載できました。
 今回の話で第五章は終わりです。
 そして次章は最終回です。
 更新は二週間後の11月11日を予定しています。
 またまたお待たせすることになりますが、もう本当に終わるので、どうか最後の最後までお付き合いください。
 よろしくお願いします。


「……そうだ、スバル!」

 緊張が解けた途端に、仲間の安否を思いだす。
 スバルの存在を今の今まで忘れていたなんて薄情かもしれない。
 なのはの胸に罪悪感が湧いてくる。
 ただ言いわけするつもりはないが、先の戦闘は想像以上に熾烈だった。
 死闘、と言ってもいいだろう。
 他の事柄に気を揉んでいたら、おそらく彼女は殺されていた。
 そうなれば結局はスバルも助けられない。
 本末転倒を避けるためには、戦闘に集中するしかなかった。
 一騎当千のエースオブエースが、なりふり構っていられなくなるほど、レイン・レンは強敵だったのだ。
 なのはの歩調は、おぼついていない。
 震える足を運ぶたびに、膝から崩れそうになる。
 スバルのそばまで辿りついたときには、まるで数年を要したような心地だった。
 彼女は床に片膝をつき、仲間の具合を慎重に診る。
 スバルは無事だった。
 戦闘の余波を浴びた体は塵や埃だらけ。顔も砂をかけられたように汚れている。
 それでも見たところ怪我らしい怪我は負っていない。
 まだ意識は取り戻していないが、その寝顔は安らかなものだった。
 そっと手を伸ばして、スバルの頭を撫でる。

「……よかった」

 やり遂げた、という達成感から、心が軽くなる。
 それは張りつめていた糸が切れた瞬間だった。
 急激な脱力に襲われて、なのはの体は重くなる。
 忘却していた疲労が、一気に噴き出したのだ。
 こんな衰えた状態では、スバルの救護は難しい。
 レイン・レンを地上本部に連行することもできないだろう。
 まさに手詰まりだった。ここは救援を呼ぶしかない。
 彼女は空間モニターを開いて、管理局地上本部に通信を入れる――
 地響き。思わず体が傾いでしまうほどに建物全体が揺れたのは次の瞬間だった。
 突然の地震に体の傷を刺激されて、エースオブエースは呻き声を漏らす。
 怪我を負った胸部を押えながら、混乱と警戒の目で周囲を見遣った。

「な、なにが?」
「――爆弾です。建物の地下に隠してあった起爆装置が作動したんですよ」

 後方。立ちこめる煙の向こうからレイン・レンの声が届いた。
 とっさに背後を振り返ったが、現状、なのはの体はボロボロである。
 立ちあがることもままならない。
 そのため彼女は常のごとく機敏に動くことができなかった。
 煙の中から飛びだしたレイン・レンが、神速で距離を詰めながら右手を伸ばす。
 喉笛を掴まれたエースオブエースは、そのまま壁に叩きつけられてしまった。
 気道を圧迫された喉の奥から、喘ぐような苦痛の吐息が漏れる。
 レイン・レンの口の端が耳まで吊りあがった。

「魔力駆動炉を故意に暴走させて、小規模ながら次元震を発生させる。起爆はデバイスの破壊と連動していました。つまり爆弾の導火線に火を点けたのは君だ」

 なのはの脳裏に、ほんの数秒前の出来事が、ぼんやりと浮かぶ。
 バインドに捕縛されたレイン・レンは、そのとき魔法を使うような気配を見せた。
 アクセラレーターに対する恐怖から、エースオブエースは条件反射的に、男が用いる聖書型のデバイスを破壊。
 相手の行動を直前に潰した。
 しかしそれがこんな形で裏目に出るとは。
 レイン・レンの謀略に、まんまと乗せられた、おのれを心底から呪う。

「ですが地下の爆弾の使用は、僕の計画にありませんでした。本来は管理局地上本部を消し飛ばすのに使うつもりでしたからね。だから建物の内部を調べられないうちに、入り口で君を出迎えたりなんかしたのに。まったく骨折り損です」

 レイン・レンの指先に、さらに力がこめられる。
 なのはの首筋を絞めつけるそれは、まるで頸椎を握り潰さんばかりだ。
 デバイスを壊されて、もう身体強化の魔法は使っていないのに、驚くべき膂力である。

「いいでしょう。認めますよ。僕の負けです。ここまで追いこまれるとは思ってもいませんでした。ですが生き恥をさらす気はありませんよ。残る人生を監獄の中で過ごすくらいなら、ここで虚数空間に落ちたほうがマシです。ねえ――」

 レイン・レンの骸骨めいた白い顔に、おどろおどろしい微笑が形作られる。
 狂った幽霊を思わせる残忍な面相。まるで『死』が笑いかけたようだった。

「一緒に死んでください」

 進退窮まったエースオブエースの思考は、事ここに到って極限の選択と対峙していた。
 次元震を誘因に発生する虚数空間は、次元世界に空いた孔のような現象だ。
 あらゆる魔法を無効化してしまうため、魔導師は飛行魔法も転移魔法も使えない。
 落ちれば二度と戻ってこられない黄泉の入り口だった。
 一刻も早く建物から脱出しなければ大変なことになる。
 そうするためには、まずレイン・レンをどうにかしなければならないが、今の彼は地獄の使者。
 狂気を原動力としている。
 非殺傷設定の加減した魔法では、もう男の意識は奪えないだろう。
 こうなれば最後の手段に訴えるしか他にない。
 とはいえ不要な重荷と断定し、割り切ることはできなかった。
 なぜならレイン・レンのような悪党の命も、なのはにとっては人間の尊ぶべき命なのだ。
 この手で救えるなら最後まで諦めたくない。
 自分の信じる正義を貫くか。罪を背負う覚悟を決めるか。
 悩んでいる時間は、ない――
 なのはから見て右側の壁が轟音とともに爆散したのは次の瞬間だった。
 数メートルを隔てた場所に横穴が出現し、瓦礫と粉塵が内へ向けて豪快に吹き飛んだ。
 そして舞い散る大小様々な欠片の中には、夜の化身のような黒い人影が混じっていた。
 金髪。翠と紅のオッドアイ。漆黒の甲冑。
 間違いない。その人影は『機械仕掛けの聖王』(デウス・エクス・マキナ)だった。
 レイン・レンの目が驚愕に瞠られる。

「――おまえッ!」

 なのはの喉を圧迫する指先の感触が、そのとき幻のように忽然と消え去った。
 割って入った『機械仕掛けの聖王』が、肩から体当たりする形で、レイン・レンの腰部に取りついたのだ。
 彼は抵抗する暇もなく、なのはから引き剥がされる。
 エースオブエースは咳きこみながら、『機械仕掛けの聖王』に押し出されて、急速に離れていくレイン・レンを見た。
 彼は呆気にとられていたが、やがて事態を把握したらしい。その驚き顔を凶相に変える。
 続いて満腔の憎悪が口から吐き出された。

「おまええええぇぇぇッ!」

 怒り狂ったレイン・レンの姿が見る間に、『機械仕掛けの聖王』と共に階下に消える。
 それでも怨嗟の吼え声は、しばらく耳に届いていたが、不意に聞こえなくなった。
 おそらく虚数空間に落ちたのだろう。
 管理局を裏切った男が、味方の謀反で破滅する。
 不死身の怪物が辿った結末は、ひどく皮肉めいたものだった。

「――なのはさん! ご無事ですか!」

 レイン・レンと『機械仕掛けの聖王』が消えた直後、壁に空いた横穴のほうから女性の慌てた叫び声が響く。
 首を強く絞められていたせいで、なのはの血中の酸素濃度は低下。意識は現在も混濁中だったが、声の主を確かめるために、なんとか目の焦点を合わせる。
 横穴の向こう側の景色は、すでに日没を迎えていた。
 そして駆け寄ってきたのは、なのはの見知っている人物。

「……ギンガ? どうしてここに?」
「急に逃げだした『機械仕掛けの聖王』を追ってきたらここまで。それよりも大変です。虚数空間が建物を侵食しています。もう時間がありません。早く脱出しないと!」

 ギンガ・ナカジマの口調には余裕がなかった。
 どうして次元震が発生したのか、どうして虚数空間に侵食されているのか、訊きたいことは多くあるだろう。
 にもかかわらず何も訊かないのは、それだけ事態が差し迫ってるからだ。
 ギンガは、床に横たわるスバルの背中と両膝裏に手を入れ、抱きあげた。

「なのはさんは怪我がひどいみたいですね。私の背中におぶさってください。二人くらいなら一緒に運べますから」

 スバルを両腕の中に抱いたまま、ギンガが背中を向けて中腰になる。
 助ける側が逆に助けられる側に。
 なのはの心中は複雑だったが、実際に彼女は重傷を負っている。
 疲弊した体は満足に動かない。
 もしもギンガが来てくれなかったら、おそらくレイン・レンと心中していた。
 変に意地を張るのは、むしろ足手まといだ。
 面倒をかけたくないなら、素直に従ったほうがいい。

「わかった。じゃあ、お願い」

 エースオブエースは、ギンガの首に両腕をまわして、体重を背中に預ける。
 なのはを背に乗せ、腕の中にスバルを抱いたまま、ギンガは魔法を行使。すぐ足下にウイングロードを展開する。
 空を駆ける道となる帯状の魔法陣は、壁の穴を通り抜けて外に続いていた。

「行きます。しっかり掴まっていてください」

 ギンガが最後に念を押してくる。
 直後に彼女のローラーブーツ型のデバイス『ブリッツキャリバー』が咆哮した。
 靴底の車輪を超スピードで回転させて床に白煙を巻きあげる。
 なのはの返事は腕に込めた力だった。
 小さく頷いたギンガは次の瞬間、ウイングロードの上を猛然と滑走。またたく間に外に飛びだした。
 降るような星空の下。
 なのはとギンガは、虚数空間に崩落していく建物を、遠くから見届けた。
 やがて次元震が止んだ。虚数空間も消滅する。
 すり鉢状に抉れた大地には、塵ひとつ残っていなかった。
 事件は首謀者の『死亡』という後味の悪い形で幕を閉じた。



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イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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