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魔法少女リリカルなのは False Cross 第五章(6)

 連載中のSSを更新。
 今回は結構たくさん書けました。あくまでイヒダリにしては。

 次回の更新は2週間後の21日(日曜日)を予定。
 お待たせするのは心苦しいですが、いいかげん五章も終わらせたいので、また少しだけお時間をいただきます。
 どうかご了承ください。


「――まだ生きていますか。さっきの一撃で上半身を吹き飛ばすつもりだったんですが。しぶとい人ですねぇ」

 前方からレイン・レンの声。
 彼は呆れ果てたような口調で言いながら、襤褸と化した白衣を左腕から払い落とす。
 バリア発生装置を搭載した長袖の装束は、スターライトブレイカーの暴威を受け、その機能を完全に壊されてしまったのだ。
 そして左手の中に聖書型のデバイス『テンコマンドメンツ』が現れる。
 魔力蓄積装置を兼ねた魔導書には、一見して破損した箇所は窺えない。
 吸いこまれそうな黒い光を放ちながら、依然、支障なく魔法の効果を持続させていた。
 なのはの集束砲で白衣は無用の長物となったが、そのダメージから見事にデバイスを守ったのだ。
 レイン・レンが、したり顔をする。
 漆黒の光が照らす彼の異相は、デバイスと同様に無傷だった。

「ま、無駄に苦痛を長引かせたいというならしょうがない。最後まで付き合ってあげますよ。どんなふうに攻められたいかリクエストはありますか? なんなら死に方も選ばせてあげましょうか?」

 レイン・レンが自信満々に勝ち誇った。
 喋り方も童子のごとく、うきうきと弾んでいる。
 かたや外法で異常に強化された無傷の男。
 かたや徹底的に痛めつけられた創痍の女。
 帰趨だけで推し量るなら、すでに勝敗は決していた。
 レイン・レンの余裕も無理からぬ。
 なのにエースオブエースの眼光は、いまだ不撓不屈の闘志を秘めたまま。
 目の前に迫った敗北を、頑として認めていない。
 砕け散りそうな体に鞭を打ち、肩で息をしながら立ちあがる。
 彼女は伝家の宝刀を叩き折られる、この最悪の展開を予期していたのだ。
 遡ることバリアジャケットをエクシードモードに換装する前から。
 レイン・レンに競り負けたのは、従って不慮の外の事故ではない。
 信じられない出来事だったが、あくまで想定の範囲内だった。
 つまり戦局は、不利ではない。むしろ有利に進んでいる。
 諦めるのは、まだ早かった。

「……残念だけど、いらないよ、そんな気遣い。私には必要ない。私は、負けないから」

 なのはの衰弱を物語るように、その声は羽音のごとく小さい。
 注意深く耳をすまして、やっと聞こえる程度だ。
 おそらく大抵の人間が一度は「なんて?」と聞き返すだろう。
 しかし魔法で身体能力を強化したレイン・レンは例外だった。
 なのはの減らず口を聞いて、彼は腹を抱えて大袈裟に笑う。

「君のスターライトブレイカーは、僕には微塵も通用しませんでした。力の差は一目瞭然です。なのに負けるつもりはない? なんという現実逃避。馬鹿の本気を見せるっていうのは、つまりそういうことだったんですね。君は最後の最後まで楽しませてくれる人だ」

 レイン・レンは笑いに息切れしながら、あいかわらず偉そうな口調で決めつける。
 スターライトブレイカーは、なのはの最強の攻撃魔法だ。それ以上は存在しない。
 すなわちスターライトブレイカーの無力化は、エースオブエース自身の無力化も意味していた。
 レイン・レンの言うとおりだ。力の差は一目瞭然。やはり雌雄は競うまでもない。

「いいでしょう。楽しませてくれたお礼です。最後は一瞬で殺してあげましょう。苦痛を感じる暇もない迅速な死をプレゼントしますよ。ああ、なんて慈悲深いんだ、僕は――」

 おのれの決定を心から気に入ったらしい。レイン・レンが恍惚の表情で自画自賛する。
 その足下に突如、ミッドチルダ式の魔法陣が現出したのは、次の瞬間だった。
 続いて桜色に輝く円形の模様から猛然と噴出する大量の縄。
 レイン・レンは呆気にとられたのか、現在の立ち位置から一歩も動かない。
 たちまち首と四肢と腰を、縄に巻きつかれてしまう。
 捕縛魔法。なのはの仕業だった。

「……やれやれ」

 体のあちこちに絡みついた縄を見つめて、レイン・レンがしらけたように嘆息する。
 まるで出来の悪い子供を哀れむような仕草だった。

「なにをしてくるのか、ひそかに期待していたのに、まさかバインドとは。スターライトブレイカーすら力で押し返した僕を、この程度の魔法で捕まえられるわけないでしょう。こんなもの簡単に引き千切って――」

 レイン・レンの声が不自然に途切れる。
 彼の予想に反して、もがいても、もがいても、縄が外れないのだ。
 しかも魔法の影響で黒く変色した表皮が、まるで古くなった角質ように剥がれていく。
 白と黒の斑になったレイン・レンの顔に、それまで決して見せなかった表情が浮かぶ。
 狼狽、だった。

「ち、力が抜ける! アクセラレーターが強制的に解除されてッ……これは、まさか!」
「――ストラグルバインドだよ。お察しのとおり、ね」

 なのはが冷厳に回答した。
 このストラグルバインドは特殊な効果を持つ捕縛魔法である。
 なんと対象が自己にかけている補助魔法などを強制的に解除してしまうのだ。
 レイン・レンのように、戦闘を身体強化に頼る者からすれば、まさに鬼門の術だった。

「……射程・発動速度・拘束力に劣る面があるため、他のバインドに比べて使い道がない欠陥魔法。そんなものをよく使う気になりましたね。しかも追いつめられた、このギリギリの局面で」

 やがてレイン・レンが気取ったふうに笑う。
 なにか秘策を隠しているのか、はたまた単なる負け惜しみか。そのどちらともつかない曖昧な表情だった。
 エースオブエースは、ずきずきと痛む胸を右手で押えながら、レイン・レンに応じる。

「この局面だからこそだよ。スターライトブレイカーで駄目なら、はじめからこうするつもりだった」

 ストラグルバインドの使用は念頭にあった。
 レイン・レンを打倒する最上の鍵は、アクセラレーターの無力化だからだ。
 にもかかわらず砲撃魔法を選択したのは、バインドの発動速度の遅延が原因だった。
 なぜなら魔法を用いた戦闘では全方位から弾が飛んでくる。
 何十秒も同じ場所に立っていたら、またたく間に蜂の巣にされてしまう。
 そのため戦闘中は的を絞らせないように、常に高速で動きまわらなければならない。
 ただ黙って罠に落ちてくれる親切で愚鈍な敵はいないのだ。
 勝利の美酒に酩酊する、今この瞬間を除いては。
 そうだ。驕りこそ人間を破滅に導く悪魔の甘言。
 レイン・レンに喋るだけ喋らせて、エースオブエースは見事に、発動時間の問題をクリアしたのだ。

「あなたは魔導師じゃない。魔法の訓練も受けていない。だから発動前に術式を見破られる可能性は低い。うまく時間を稼げればバインドは決まるはずだった。でも確信はありませんでした。もし術式を見破られたら、その場を動かれたら、本当に打つ手がなかった」
「なるほど。そんな苦肉の策に僕は引っかかったわけですか。我ながらマヌケな失態だ。もう君のことを馬鹿にはできませんね。ですが……」

 レイン・レンが自嘲した直後、その周囲に黒い閃光が迸った。
 ストラグルバインドの効果で、さっきまで小康状態だった彼のデバイスが、だしぬけに息を吹き返したのだ。
 おそらく強制的に解除されているアクセラレーターを補修するつもりだろう。
 もし成功すればレイン・レンは拘束を抜けだして自由の身となる。
 なのはとしては絶対に避けなければならない事態だった。

「アクセルシューター!」

 彼女は頭上の虚空に、桜色に輝く、二発の魔力弾を生成。
 まず一発目でレイン・レンの手から聖書型のデバイスを弾き飛ばす。そして続く二発目で、それに風穴を開けた。
 デバイスを縁取っていた黒い光が、ゆっくりとフェードアウトしていく。
 機能の停止。壊れたのだ。
 これでレイン・レンは二度とアクセラレーターを使えないだろう。
 彼の戦闘力は、完全に奪った。
 あとは一気に――とどめを刺す。
 エースオブエースは最後の力を振り絞った。
 即座にアクセルシューターを行使。周囲の虚空に再度、魔弾を現出させる。  その数は三十二。
 なのはが同時に操作できる限界の数だ。
 派手な砲撃魔法ばかりが彼女の持ち味ではない。
 むしろ魔導師になった当初から使い続けている、この誘導制御型の射撃魔法こそ、エースオブエースが信頼する究極の武器だった。
 夜の穹窿を飾る絢爛たる星々のごとく、漆黒の闇を鮮烈に彩る魔弾のきらめき。
 その力に満ちた光源の数々を眺めながら、レイン・レンが観念したように息を吐く。

「……綺麗なもんですね。よくできたプラネタリウムだ。いいものを観せてもらいましたよ」

 魔法の縄に呪縛されたまま、レイン・レンが口元を歪める。
 管理局の茶系の制服から覗く素肌は、まるで抜け殻を思わせる虚ろな白色。
 アクセラレーターの効果が消えて、その姿は以前の状態に戻っていた。
 今の彼には、あの化け物じみた力も、脅威もない。
 先を争って殺到する流星雨に抗う術はなかった。
 なのはの魔法は非殺傷を優先して、物理破壊の設定が無効になっている。
 基本的に肉体的な損傷は伴わない。
 なのに炸裂する閃光はレイン・レンを粉々に消し飛ばさんばかり。
 間断ない轟音は建物を震わせる。怒れる爆風は粉塵を巻きあげた。
 ほどなく全弾を撃ち終えるとともに、その場には真空のような静寂が訪れる。
 彼女は攻撃の結果を確認するために、かたわらに拳大の光の球を浮かべた。
 照明の代替だ。
 前方には嵐の日の雷雲を思わせる、ぶ厚い煙幕が濛々と立ちこめている。
 中の様子は当然、肉眼では見えない。
 ただレイジングハートがセンサーで調べたところ、現在レイン・レンは人事不省に陥っているという。
 生命維持に支障はないが、床の上に仰臥したまま、ぴくりともしないらしい。
 エースオブエースは、おのれのデバイスに、絶対の信を置いている。
 その相棒の見立てならば、まったく疑う余地はない。
 レイン・レンは倒れたのだ。



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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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