イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐乱刃‐ エピローグ
すべてが終わった一週間後の夕方、学校帰りのすずかとアリサは、立ち入り禁止になった公園の前を通りかかった。かつてジャングルジムが配されていたはずの児童遊園の前を。
剣のカードに記憶を改竄された影響で人事不省に陥った三人の少女。救急車で海鳴大学病院に搬送された彼女たちは、検査のために一日入院しただけで事なきを得たらしい。
高町美由希は無事に家まで送り届けた。これは気を失った美由希を、すずかたちの誰かが担いで運んだという意味ではない。自力で目覚めた美由希と帰路を共にしたという意味である。これは苦肉の策だった。すずかはもちろんのこと、アリサも疲労困憊で動けずにいたからだ。むろん現場にはマリエルもいたが、彼女は非力すぎて力仕事には向かなかった。
つまりは適材適所。シルエットカードに関連する事後処理はマリエルに任せ、すずかとアリサはバリアジャケットから制服姿に戻り、二人だけで美由希の覚醒を待っていた次第だ。
目が覚めた美由希は、当然のごとく現状を不思議がった。剣のカードに寄生されていたせいで記憶の前後が欠落しており、気を失うまでの顛末がまるで思い出せなかったからだ。
が、美由希はその原因を深く追求することはなかった。関心がなかったわけでも、鷹揚だったわけでもない。おそらく、すずかとアリサの様子から、それとなく察したのだろう。
美由希は、なにも聞かなかった。なにも聞かなかった代わりに、ただこれだけを告げた。
『なにをしているのかは知らないけど、くれぐれも怪我だけはしないでね』
その一言だけで、すずかは――おそらくアリサもだろう――胸が熱くなったのを覚えている。すずかたちの事情をわからないながらも斟酌し、応援してくれたことに対する感謝で。
今は事情を話すことはできない。けれど、いつかすべてを話せるときがくるだろうか。
かつてなのはたちが、魔法のことや管理局のことを告白してくれたときのように。
すずかとアリサもまた、いつかシルエットカードのことを話せるときがくるだろうか。
かけがえのない親友たちに、本当の心を知ってほしい人たちに、いつの日か包み隠さず。
「……ねえ、アリサちゃん」
おもむろに呟いてから、すずかは公園の入口の前に立ち止まった。隣のアリサが同じように足を止めたのは、すでに横目で確認している。すずかは神妙な口調で言葉を続けた。
「わたし思ったんだ。もうシルエットカードの理不尽な魔法なんかに、誰も傷つけさせない、なにも壊させないって。この公園が立ち入り禁止になったのも、そのせいで子供たちの遊び場が減ったのも、もとを正せばシルエットカードの封印を解いたわたしのせいだから」
すずかは人気のない公園を見まわす。一週間のうちに業者の手が入ったのだろう、ジャングルジムの残骸はきれいに撤去されている。遊具がひとつ消失しただけなのに、公園内にはやるせない寂寥が漂っていた。もっとも、それは罪の意識が抱かせた錯覚かもしれないが。
「今さらだけど、あらためて思う。シルエットカードを、この手で全部集めようって」
すずかは決然と誓いを立てた。すると、彼女と肩を並べて佇んでいるアリサの頬が弛む。
「……そうね。剣のカードみたいな悪ふざけのすぎる奴もいるようだし。いったい何枚あるのかわからないけど、すべて封印して回収しましょう。それが私たちの責任と義務だしね」
「それに、一度決めたことを途中で放り出すのは、負けを認めるみたいで癪だから?」
「当然」
揺るがぬ自信を窺わせる声で言い放つと、アリサは肩をそびやかして歩きはじめた。
すずかは、もう一度だけ公園を見まわしてから踵を返し、アリサの後ろ姿を追いかける。
嵐の予感があった。シルエットカードとの戦いが、ますます激化するであろう予感が。
けれど不安はなかった。怖くもなかった。孤独な戦いではないと、知っているから。
背後の公園を、すずかはもう振り返らなかった。――また今夜、次の戦いが待っている。
――手にしたのは十字架と炎の刀。
――交わした約束は二人だけの秘密。
――今宵も不思議なカードに導かれ、魔法の宴が始まる。
すずか、
アリサ、
彼女たちが厄災のカードを狩る、魔法少女だ。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
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