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魔法少女リリカルなのは False Cross 第四章(5)

 一日遅れですが、連載SSを更新しました。
 今回の話で第四章は終わりです。次回からは第五章が始まります。
 で、その第五章は2週間後の8月19日(日曜日)から開始する予定です。
 どうかよろしくお願いします。


 幻影の街に墓場めいた静寂が満ちる。
 その沈黙を破ったのは『機械仕掛けの聖王』の足音だった。
 音は静寂に誇張されて、異様なくらい大きく響く。
 移動をはじめた『機械仕掛けの聖王』の目的は、ミッドチルダに暮らす民間人の大量虐殺である。
 その無慈悲な目的を完遂するために、大勢の人が集まる中央区画に向かう。
 チンクは路面に弱々しく仰臥したまま、腹部を両手で抱えるように押えていた。
 体が痙攣する。折れた肋骨が痛くて満足に物が考えられない。それでも相手の行動には注意を払っていた。
 敵の思惑は依然として知れないが、ただひとつだけ言えることがある。
 こんな化け物を街中に解き放ったりしたら、まず間違いなく大量の死傷者が出るだろう。
 もし本当に民間人を守りたいなら、『機械仕掛けの聖王』は、この場で食い止めなければならない。
 なにがなんでも。

「……どこに、行く気だ?」

 負傷のせいで横隔膜に力が入らず、チンクの声音は呟くようだったが、『機械仕掛けの聖王』は足を止めた。
 チンクは折れた肋骨を庇いながら、ふらふらと煙のように立ちあがる。
 彼女は戦略家だ。勝負の趨勢が決しているのを誰よりも理解していた。
 ふたたび立ちあがっても、とどめを刺されるだけだ。
 起死回生は天地が逆転してもありえない。
 なのに口を衝いて出た言葉は、弱音ではなく不敵な虚勢だった。

「これで勝ったつもりとは呆れたな。こっちを向け。私はまだ立てるぞ」
「私は、じゃないよ。私たちは、だよ。チンク姉」

 不意に口を挟んだのはディエチだった。半壊したイノーメスカノンを杖の代わりにして起きあがってくる。
 武器を破壊された今の彼女は、まさに弓折れ矢尽きた状態だ。チンク以上に戦う力が残っていない。できることは体当たりくらいだろう。
 にもかかわらず射手の眼光に宿る闘志は燃えたままだ。
 おのれの体を肉弾と見なし、いざとなれば捨て身で突撃する、そんな決死の覚悟が窺えた。

「姉ひとりを矢面に立たせるわけにはいかない。熱血は柄じゃないけれど付き合うよ」
「さすがはディエチ。その殊勝な心がけは、まさしく妹の鑑っス。家族想いっスねえ」

 ディエチのあとに続いて、ウェンディが声をあげた。ゆらりと立ちあがる。
 苦痛の脂汗が滲む額。脳震盪の影響で滑稽なくらいに震える両膝。
 本人は軽口でごまかしているが、やはりダメージの程度は深刻だ。
 ディエチと同様に唯一の武器も破壊され、どうしようもないくらい無力化されていた。
 しかしディエチと同じく、やはり諦めた様子はない。

「でも家族を想う気持ちなら、あたしらも負けてねえっスよ。――でしょ? ノーヴェ」
「ああ。負けてねえよ。あたしたちの心はひとつさ。このくらいじゃ、くたばらねえよ」

 ウェンディに水を向けられて、ノーヴェが清々しく同意した。
 あれだけ激しく痛めつけられたのに、彼女に気後れした様子は見られない。へし折れた右腕の痛みに顔をしかめる程度だ。まったく逃げ腰になっていない。むしろ右腕が使えなくても、まだ自分には左腕がある、そう主張せんばかりだった。
 ノーヴェが四肢を軋ませながら着実に起きあがる。

「だからさ、チンク姉、指示をくれ。最後まで戦おうぜ。一緒に」
「おまえたち……」

 三人の言葉を受けて、チンクは声を呑んだ。
 自分と同じ志を持つ者の存在が、これほど嬉しいとは思わなかった。
 どいつもこいつも頼り甲斐のある連中だ。チンクは誇らしさを感じながら決断する。
 この場に咲く死に花の数は四本だ。
 自分と妹三人の命を懸けても『機械仕掛けの聖王』は倒す。

「わかった。私の指示は、たったひとつ。燃え尽きるまで――いや、燃え尽きても戦え。奴をここから出すな!」

 チンクは叫んだ。他に言うべきことはなかった。仮にあっても言うつもりはなかった。
 直後に『機械仕掛けの聖王』が、こちらに向かって突撃してくる。まるで声に反応したようだった。
 チンクは右手の中に一本のスティンガーを現出させる。
 狙いどころは甲冑をつけていない胸部。
 どのみちダメージのせいで手が震えて投擲は叶わない。相手のほうから近づいてきてくれるなら逆に好都合だ。
 懐に飛びこんできたところで自爆してやる――
 唸る烈風を従えた髪の長い人影が、そのときチンクの真横を駆け抜けた。
 打撃音。頭を両腕でガードした『機械仕掛けの聖王』が何歩か後ずさる。
 隻眼を大きく見開いたチンクの目の前に、不意にバリアジャケットの背中が割りこむ。
 女性の魔導師だった。
 ローラーブーツ型のデバイス『ブリッツキャリバー』と左手用の『リボルバーナックル』を装備している。
 なんといっても家族なのだ。その正体をチンクが見誤るわけがない。彼女は弾んだ声で呼びかけた。

「姉上!」

 ギンガ・ナカジマ。
 ゲンヤの指示を受けて馳せ参じた彼女は、肩ごしに振り返って妹の無事を確かめる。
 それから安心したように微笑んだ。

「よかった。今度は間に合った」

 数時間前のスバルの拉致が、今も尾を引いているらしい。まるで自分が救われたような声を出した。
 全員の無事を確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
 もっともギンガの安堵は束の間だった。
 ほどなくして彼女の注意が、妹たちの怪我に向けられる。
 空気が一変した。

「ずいぶん手ひどくやられたみたいだね。もう無茶はしなくていい。少し休んでいていいよ」

 ギンガの口調には有無を言わせぬものがあった。
 彼女はあらためて正面を向き、『機械仕掛けの聖王』を睨む。
 背後のチンクには見えないが、姉の顔には凄烈が宿っていた。
 情念の有様を肉眼で捉えられるなら、今のギンガのまわりには、おそらく蒼い炎が見えたことだろう。
 続く声音は冬のように冷たかった。

「あとは私に任せて」

 いきなりだった。路面を蹴ったギンガが、復讐の突撃を敢行する。
 刹那のうちに詰められる間合い。
 獰猛に振り下ろされたデバイスの拳が、『機械仕掛けの聖王』の横っ面を襲う。
 黒い甲冑姿は後方に飛んだ。
 跳躍した、ではない。
 文字どおり飛んでかわし、そのまま空中で方向転換。空間シュミレータが作りだした幻影の街を離れていく。
 鮮やかな逃亡だった。
 ナカジマ家の五人姉妹は、そろって呆気にとられる。
 さながら事件のようだった。いま目撃したものに対して、まるで理解が追いつかない。
 もちろん考えられる可能性は多々ある。が、どれも腑に落ちない。結局はわからない。
 わかるのは『機械仕掛けの聖王』の逃亡を、このまま見逃すわけにいかないことだった。
 いち早く我に返ったチンクは、目の前のギンガの背中に叫んだ。

「姉上、奴を追ってください。私たちは大丈夫ですから」

 チンクの言葉を受け、ギンガが振り返った。
 ナカジマ家の長女は眉をひそめている。チンクや他の妹の身を案じている表情だった。
 心配されるのは素直に嬉しいが、いかんせん事態は一分一秒を争う。
 今この場で求められるのは迅速な決断だ。公私の葛藤に時間をくれてやる余裕はない。
 だいいち足かせになるのはプライドが許さなかった。
 チンクは無言のまま、あとは任せた、と強い視線を送る。
 その意を汲んだギンガが、ややあってから首肯した。

「わかった。私は『機械仕掛けの聖王』を追う」

 そう決然と請け負ったギンガは、即座に『ウイングロード』を展開。夕空を飛び去る逃亡者を追撃した。
 高速で飛翔する両者の姿がみるみる針の穴ほどに小さくなっていく。
 その様子を眺めながら、不意にチンクは、ある事実に気がついた。

「あの方角は……」

 報告を受けたから知っている。あの方角には科学館の廃墟があるはずだ。
 攫われたスバルを救出するために、高町なのはが赴き、レイン・レンと対峙している戦場が。



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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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