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魔法少女リリカルなのは False Cross 第一章(1)

 False Cross(フォールス・クロス)本編の第一章(1)を更新。
 次回の更新は再来週の25日(日曜日)を予定。
 よろしくお願いします。


 春の終わりと夏の始まり。
 その爽やかな季節の幕間に一陣の風が吹く。
 ふと蒼空を仰ぎ見ると、天上の大海原を楽しそうに遊泳する鳥たちの姿を、はっきりと目視できた。
 お出かけするには、まさに絶好の日和。
 こんな晴れた日は鳥だけでなく人の心も躍る。
 実際、高町なのはの心は幸福の予感に弾んでいた。
 とある日の昼下がり。
 彼女は久しぶりの休暇を利用して義理の娘『高町ヴィヴィオ』と、子供の頃からの知り合いで幼なじみの『ユーノ・スクライア』と共に、ミッドチルダ東部の娯楽施設『パークロード』に遊びに来ていた。
 次元の海の中心世界『ミッドチルダ』を震撼させた、あの都市型テロ『JS事件』の発生と解決からは、すでに二年の歳月が経過していた。

「ねえねえ、ユーノさん。このあいだ書店に立ち寄ったときに、おもしろいそうな本を見つけたんだ。たしかタイトルはね――」
「ああ。その本なら僕も持っているよ。興味があるんだったらヴィヴィオに貸すけど?」

 なのはが空を行く鳥を見送っている横で、和気藹々と会話をするヴィヴィオとユーノ。
 三人の並び方はヴィヴィオを真ん中にして、ユーノがその右手側、なのはが左手側という『川の字』の構図だ。
 ヴィヴィオはユーノの提案に、右目が翡翠、左目が赤玉のオッドアイを、期待と興奮でキラキラさせた。

「ほんとうに! だったら本の受け渡しは、また今度、無限書庫に行ったときに。約束だよ」

 きゃっきゃと無邪気に小躍りするヴィヴィオ。
 その快活な仕草からは、おのれの過去と昏い誕生の秘密に対する絶望は、糸ほども感じられない。
 あらためて実感する。
 二年前の『JS事件』の終結を機にヴィヴィオを養子として迎えたのは正解だった。
 少なくとも間違いではなかった。
 それに血縁関係の有無は些細なことで、なのはにとって目の前の少女は、すでに誰よりも愛おしい我が子である。
 一緒に過ごす時間に比例して、その存在は無限に大きくなっていく、命より大切な宝になっていた。
 今となってはヴィヴィオがいない生活のほうが考えられない。
 この子と笑っていられる未来を選択することができてよかった――そう心から思える。

「わかったわかった。じゃあ本を渡すついでにヴィヴィオには、無限書庫の仕事を手伝ってもらおうかな。そうしてもらえると僕はもちろん、他の司書たちも助かるだろうしさ」

 一方でユーノ・スクライアは、本気とも嘘ともつかない軽口で、はしゃぐヴィヴィオに返答した。
 ひとまわり以上も年の差があるユーノとヴィヴィオの仲が良いのは、二人が検索・読書魔法の師弟という間柄で、さらに無限書庫の司書の資格を持っているという共通点があるからだ。
 現在は無限書庫の司書長という役職に就いているユーノ。
 だが十年ほど前まで彼は『結界魔導師』として管理局の仕事に貢献していた。
 なのはの生き方を決定づけた人物で、幼なじみであると同時に魔法の師匠。
 なのはにとってはヴィヴィオとは別の意味で特別な存在であった。

「ヴィヴィオとユーノくん。二人とも本当に仲が良いよね」

 遠慮がないのに無礼ではない。そんな二人のやりとりは、なのはを自然と笑顔にする。

「まるで歳の離れた兄妹みたい――って言ったら二人に悪いかな?」

 と控えめに言いながらも内心では、実に的を射た意見である、と自分の評価に太鼓判を押していた。
 完全に見た目だけで判断した感想だったが、ヴィヴィオとユーノをあらためて注視しても、その第一印象に手が加わることはなかった。少なくとも親子の関係には見えない。
 これは自分にも言えることだが、極端な話、なのはもユーノも若すぎるのだ。
 一児の親にしては貫禄が不足している。
 ようするに両者とも、まだまだ未熟、そういうことだった。

「わたしはユーノさんがお兄ちゃんだったら嬉しいよ。だってユーノさん優しいし。――あ、そうだ」

 なのはの発言に同調したヴィヴィオが、なにか妙なことを閃いたらしく、急に右横を歩くユーノの腰に抱きついた。
 そして媚を売るように上目を遣い、精一杯の猫撫で声で甘えはじめる。

「ねえ、ユーノさん。せっかくだから今日は特別に、わたしのお兄ちゃんになって。もちろん交換条件として、妹らしく、たっぷりと甘えてあげる。だからさ、いいでしょ?」

 ヴィヴィオの提示した条件は、等価交換としては収支が合わないような気がしたが、ユーノは四の五の言わなかった。
 腰に抱きついたヴィヴィオの柑橘色の頭を撫でながら、菩薩もかくやと思わせる生来の優しさで、唐突に開始された子供のおねだりを寛容に受け止める。

「おもしろそうだね。僕はぜんぜん構わないよ。でもヴィヴィオが僕の妹になるなら、なのはが僕の母親になるわけだよね? となると僕も設定に合わせて呼び方を変える必要があるわけか」

 なのはの戦場で鍛えた直感が、そのとき不吉の前兆を知らせた。
 まるで黙示録の予言が、本当に到来するかのような、そんな前代未聞の恐怖。
 とっさに身構えたのは原初の防衛本能だった。
 まもなくユーノが目線をあげ、なのはの顔をじっと見つめる。
 その表情は普段と変わらない柔和なものだった。
 しかし見方によってはポーカーフェイスとも言える微笑のまま、彼はおもむろに想像を絶する威力を秘めた禁断の言霊を発した。

「――なのはママ」

 晴れた空が不意に皆既日食のように暗くなった。
 地面が断末魔の悲鳴をあげる喉のように震えた。
 なのはには暗くなったような気がしたし、ぐらぐらと激しく揺れたような気がした。
 実際は貧血で目の前が暗転し、眩暈で体がぐらついたのである。
 過去に類を見ない最悪の衝撃だった。

「ご、ごめんね、ユーノくん。私、同い年の異性に、しかも笑顔で『ママ』なんて言えちゃうような変態は、断じて子供とは認めませんから。とりあえずヴィヴィオから離れて」

 なのはは勇気を出して最愛の娘を背後に庇う。半分は演技だったが、もう半分は真剣である。

「冗談だよ冗談。心配しなくても僕は変態じゃないよ。だからそんなに警戒しないで」

 そう弁解したユーノだったが、肝心の言い方は雲のように軽く、とても反省の色は見えなかった。
 むろん、なのはも本気にしていたわけではない。ユーノの澄まし顔に呆れつつも「しょうがない人」と言って頬の筋肉を弛ませる。
 幸せ、だった。
 このまま時間が止まればいいのに、と無理なことを本気で願うくらい。
 しかし冷血な運命は、この満たされた祝福の時間に、無粋な横槍を入れた。
 ――遠雷。
 なごやかな空気に満たされていたパークロードを物々しい不協和音が蹂躙する。

「なのは、今の音!」

 たったいま起きた異変に際して、ユーノが真っ先に声を張りあげる。
 彼の顔からは微笑が消えていた。眼鏡の奥の優しげな瞳も今は真剣な色を帯びている。
 ユーノの緊迫した表情は、無限書庫の司書長としての彼しか知らない者にとっては、まさに驚くべき変化だろう。
 外見はそのままに中身だけ入れ替わったと思うかもしれない。
 が、なのはにとっては『PT事件』と『闇の書事件』を共に戦った仲間の表情である。
 それはユーノ・スクライアの懐かしい『魔導師』としての顔だった。

「さっきのは爆発音だよ。訓練や実戦で嫌っていうほど聞いてきた音だから間違いない」

 なのはが音の聞こえてきたほうを注意深く見据えながら答える。
 空には鉛筆で描かれたような黒い煙があがっていた。
 その量から判断するに大規模な爆発ではないようだ。
 幸い距離的にも余裕がある。不用心に近寄らなければ巻きこまれることはないだろう。
 が、それでも爆発の原因がわからない以上は油断大敵である。
 とくに場慣れしていない民間人にとっては、今の状況が一大事なのには変わりない。
 おそらく死の危険を感じている者もいるだろう。
 事実、一連の出来事を目の当たりにした人々は徐々に騒ぎはじめていた。
 今にも崩れてしまいそうな危うい均衡の中で、不安が、焦慮が、恐怖が、波紋のように幾重にも重なって拡がっていく。
 なのはの決断は迅速だった。

「ユーノくん、今すぐ管理局地上本部に連絡を。ここに陸上警備隊を派遣するように伝えて。あと民間人の避難もお願い」

 そう指示を出した彼女は、紐を付けて首にぶらさげている紅い宝玉を、ぎゅっと左手で握りしめた。

「わたしはレイジングハートと現場に向かう」

 レイジングハート――
 それは高町なのはが所有するデバイスの名前だ。
 デバイスとは俗に言う『魔導師の杖』の総称で、とくに彼女のそれは人のように自律した意思や知能を持ち、『インテリジェントデバイス』と呼ばれている。いま彼女が握っている紅い宝玉のペンダントがそれだ。
 普段は携行のことを考えてアクセサリーの形状を取っていた。

「わかった。この場は僕に任せて。まわりの民間人は僕が責任をもって避難させる」

 なのはの指示に、ユーノは即応した。
 たとえそれがどれだけ危険な場所であろうとも、人の命を救うためならば、火の中だろうと水の中だろうと飛びこんでいく。
 そんな苛烈な正義を胸に抱き、幾多の試練、幾多の死闘を乗りこえてきた二人のあいだに、否応があるはずもなかった。

「――なのはママ」

 背後から母親の名を呼ぶヴィヴィオの声がする。
 なのはが肩ごしに振り返ると、こちらを決然とした表情で見上げる、娘の緑と赤の双眸に再会した。

「わたしもわたしのできることを精一杯やる。頼りないかもしれないけどユーノさんのお手伝いをするよ。だから……なのはママは泣いている人たちを一刻も早く助けてあげて」

 安心させるように笑いながら、ヴィヴィオが気丈に言い放つ。
 ごく一般的な家庭の子供のように、自分の都合ばかりを優先したり、わがままを言って泣いたりもしない。
 もちろん母親が今から危険な場所に赴くつもりなのだ。内心では死ぬほど心配しているだろう。
 だが彼女は二年前の『JS事件』のとき、『聖王のゆりかご』という名の地獄から、なのはの手で実際に救われたことがあった。
 ヴィヴィオは不条理の中で泣き叫ぶしかない弱者の諦念を、そしてそこから救いだされたときの歓喜を知っているのだ。
 そんな絶望と希望の洗礼を受けた少女が、魔導師の仕事に理解を示さないわけがない。
 なのはに全幅の信頼を寄せ、健気になるのも納得だった。
 そんなヴィヴィオの篤い信任を受け、なのはの胸は誇らしさで満たされる。
 愛娘が他者を思いやれる優しい子に成長してくれて嬉しかったのだ。
 まさに百人力を得た気分。白き翼を羽ばたかせるのに、これ以上の追い風はあるまい。

「ユーノくん、ヴィヴィオ。二人ともありがとう。ここは任せたよ」

 二人に礼を言うやいなや、なのはの中で、公私が瞬時に切り替わる。
 直後に彼女は風のごとく駆けだしていた。
 後ろを振り返ることは一度もない。
 この場の収束はユーノとヴィヴィオが請け負ってくれたのだ。ならば自分は前だけを向いていればいい。
 なのはは人垣のあいだを縫うように走り抜けながら、ペンダントの形状で待機するデバイスを起動させた。

「レイジングハート――セットアップ!」

 なのはの合図に呼応して、そのとき首から提げていた待機状態のデバイスが、桜色の強烈な光を発した。
 目も眩むほどの光は瞬くうちに細身の体躯を包みこみ――次の瞬間、彼女は白を基調とした保護服『バリアジャケット』を身に纏っていた。
 バリアジャケットとは使用者の体を包みこむフィールド魔法の一種で、魔法・物理的な衝撃・環境的な変化などから使い手を護る魔法の総称だ。
 術者によって形状は様々で、なのはのバリアジャケットは『アグレッサーモード』と呼ばれ、軽量かつ汎用性に優れていた。
 道の真ん中で起きた突然の発光現象。
 なにも知らない周囲の人々は当然ながら面食らう。
 しかし光の中から現れたのが、二年前の『JS事件』を解決に導いた立役者だと判明するや、その場にいる全員が熱狂した。
 高町なのは――彼女はエースオブエースの威名で知られる時空管理局の魔導師である。
 その凛と研ぎ澄まされた颯爽たる英姿は、恐怖で盲目になった人々を導く希望の光。
 冷酷な悪夢を終わらせる曙光の輝きだった。
 魅せられずにはいられない。感動せずにはいられなかった。

「行くよ、レイジングハート」

 かけ声とともに飛行魔法を行使し、エースオブエースは空高く飛翔した。
 まるで翼ある者のごとく我が物顔に天を駆け抜けていく。
 守るべき大勢の人たちの期待と歓声に力をもらいながら……


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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