イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第四話 『優曇華の邂逅』(4)
これで第四話は幕となります。
さて、続く第五話の更新予定日ですが、来年の1月10日(土曜日)を予定しております。
およそ二週間後です。ちょっと間が空きますが、どうかご容赦ください。
あと12月30日に、短編SSを更新したいと考えています。
ぜんぜん遅すぎですが、クリスマスをネタにしたSSです。
それでも寛容に、慈悲深い気持ちで読みに来てくれるとありがたいです。
リーゼロッテ――他を圧倒する練達した格闘能力は、接近戦に無類の強さを発揮するベルカの騎士にも決して劣らない、元管理局の捜査官だった双子のひとり。
リーゼアリア――ひときわ光彩を放つ魔法技術と、それを支える自律と研鑽は、多くの後輩魔導師たちが手本にした、元管理局の捜査官だった双子のひとり。
突然
が、唯一ルナリスだけは微塵の狼狽もみせない。
「すでに管理局を退役されたお二人が、なぜこの場に――いえ、どうして八神捜査官を庇いだてするような愚直な真似を? あなた方のとった行動は立派な犯罪行為ですよ」
「言われなくても知ってるよ。でもわたしたちってさ、いきなり目の前で誘拐されかかってる友達を見つけたら、ついつい助けたくなっちゃう性分なんだよね。だからごめんね、仕事の邪魔しちゃって」
リーゼロッテは巧みに茶々を混ぜつつ嘯くと、さも済まなそうに肩を竦める。
凄腕の元先輩たちの登場に浮き足立っていた武装局員たちが、リーゼロッテの言葉を聞くやいなや屈辱に顔色を赤く染めた。彼らにとって八神はやての監視、および事が起こってしまった場合に備えた逮捕という次善は、上層部から正式に言い渡された誇るべき任務なのだ。それを皮肉もあらわに
瞳に怒気を揺らめかせる武装局員たち。だが一方で、やはりルナリスだけは平静そのもの。
「なるほど。つまり八神捜査官の〝共犯〟ということですか?」
根拠のないことを冷然と言い渡したルナリスに、今度ははやてが怒りを覚える番だった。
リーゼロッテとリーゼアリアは、はやてにとって特別な人の、大切な家族である。それを共犯などという厭わしい言葉で表現し、訳知り顔で語ってほしくなかったのだ。
ふと、はやての耳に微かな音が聞えてくる。鼻を鳴らすような、相手を挑発するような、どこか仰々しい溜息。それは彼女の隣にいるリーゼアリアが漏らした失笑だった。
「違う、なんていってもどうせ信じてもらえないんでしょ? だったらその質問自体に意味なんてないよね。それにわたしたちには、その質問に答える義理もなければ責任もない」
すげなく拒絶の異を唱えると、リーゼアリアは、はやてを縛るリングバインドを破壊した。
愕然と目を見開く武装局員たちに注視されながら、はやては自由を取り戻した体の調子を検める。しばらく硬直していたせいだろう、体の節々がときおり痛み、全身の筋肉は錆びついたように鈍い。だがそれも一時的なものだったらしく、すぐに気にならなくなった。
はやては両肩を回し、首を何度か左右に捻って、凝りをほぐすような仕草を何度か行う。
はたとそのとき、はやては周囲に漂う空気が妙に重苦しいことに気がつく。
一触即発。そんな危うい均衡をかろうじて保つ緊迫感に、はやては表情を引きつらせた。
仲間の魔導師たちを次々と石化していく外道にして鬼畜の凶悪犯。現在、ルナリスや武装局員たちにそういう目で見られているはやてが、さらに強力な仲間を召還して
『はやてちゃん。今からあなたを魔法で転移させるから、少しだけじっとしてて』
その
表情の緊張、挙動の不審。はやてのそれらの反応は、ほんとうに微々たるものにすぎなかった。時間にして概算すると、まばたき一回分。傍目にはそうと判らない微細な変化である。
その証拠に、中空からはやてたちを警戒する武装局員たちの誰も、そんな彼女の小さな機微になど、毛ほども気づいていない。ただ一人、ルナリス・フォルクスワーゲンを除いては。
「八神捜査官とリーゼアリア元捜査官が、なにか目論んでいるようです。へたに抵抗されても厄介ですから、今すぐ彼女たちを拘束してください」
そう武装局員たちに下知を飛ばすやいなや、肉食獣の瞳孔が縦に細まるように、ルナリスの瞳が底冷えするような光を灯す。穂先よりも鋭く、氷河よりもなお凍てついた敵意を。
ルナリスの命令に従い、武装局員が三人、デバイスを構えて突進してくる。
とっさに迎撃しようと身構えたはやては……しかし自分が丸腰であることに気づいて慌てた。焦れるように剣十字のペンダントを握りしめ、セットアップを開始しようとする。
だが次の瞬間、目前に迫っていた武装局員のひとりが、いきなり視界から消えた。砲弾のように飛び出したリーゼロッテに、横合いから蹴り飛ばされたのである。
そのまま電柱に激突して地面に崩れ落ちた仲間の惨状を、ふたりの武装局員は戦慄とともに見届けてしまう。そしてその無惨な光景が、昏倒する直前に彼らが見た最後の映像となった。
「こっちはわたしが抑える。だからアリアは今のうちに、はやてちゃんを!」
「判った」
一瞬で三人の武装局員を叩きのめしたリーゼロッテに促され、リーゼアリアが小さく首肯して、承諾の意志を示す。それと同時にリーゼアリアは、はやての足元に魔法陣を展開した。
鮮やかに輝くミットチルダ式の魔法陣。それが転送用の魔法を発現させるものだと見抜いたはやては、二人の意図を理解して愕然となった。たまりかねたような大声で質す。
「ま、待ってください! 二人は、二人とも、ここに残る気なんですか!」
もはやリーゼロッテとリーゼアリアの思惑は明確だった。彼女たちは転送魔法ではやてを逃がすまでのあいだ、その時間を稼ぐため、この場に居残るつもりなのだ。
関係ないのに、間違いなく無関係であるはずなのに、リーゼロッテとリーゼアリアは管理局と争う覚悟を決めているのだ。はやてを逃がすために、はやてを助けるために。
困惑でも動揺でもない、はけ口を求めて暴れ狂う胸の中の激情に、はやての頬が上気していく。とにかく何かに苛立ち、悲愴な思いを持て余し、そして訳が判らず必死だった。
対するリーゼロッテとリーゼアリアは、そんなはやてに向けて宥めるような微笑をみせる。
「心配しないで。ただの時間稼ぎだから。無理はしないよ」
「だから先に行って待ってて。……大丈夫、すぐまた会えるからさ」
優しく諭すリーゼアリアに、まるで気負ったふうのない台詞でリーゼロッテが続いた。
むろん、納得なんてできるわけがない。二人を残して脱出するなんていう無責任、断じて許容できるはずがなかった。それゆえにはやては、なおも
それは彼女の足元に展開する魔法陣が放つ、強烈な光の奔流によるものだった。その意味するところを即座に把握したはやては、喉も割れんばかりの大音声で叫んだ。
「ロッテさん! アリアさん!」
しかしその声が、二人に届いたかどうかは判らなかった。なぜなら次の瞬間にはもう、はやては周囲の空間を識別も認識もできない次元の流れに、天地も方角も判らない移動の直中に放りこまれていたのだから。
残像めいてまばらだった世界が、陰画のように反転した色彩が、本来あるべき形へと、彩色へと結実していく。体重がなくなったような、どこか頼りない奇妙な浮遊感も、今はない。
「……ここは?」
いったいどこなのだろう。少なくとも日本ではないらしい。それはさっきまで澄明だった昼前の空が、いまでは深更の闇に彩られていることからも判る。転移魔法に時間跳躍という概念の実現が不可能な以上、その見解に誤りはないだろう。
上品な貴婦人の掌に似た、仄かに冷たい夜気が頬を撫でるのを感じながら、はやては考える。
ならばここは、はたして地球なのだろうか。それともどこか別の次元世界なのか。
その漠然とした問いに対し、だがはやては不安も
「静かないいところだろう? ここにいれば喧しい都会の喧騒や、煩雑な俗世に煩わされることもない。余生を平穏無事に過ごす環境としては、申し分ないところだよ」
低いが明瞭に聞こえた背後からの声に、はやては脳髄が痺れるような感覚を覚えた。
リーゼアリアとリーゼロッテが現れたときから、どこかでこうなるという予感はあった。それが現実になればいいと期待していたし、何年も前から強く切望だってしていた。
――にも拘わらず、その願望が実現しようとしている今、だがはやての思考はいまだ空白のまま動かない。まるで目を開けたまま夢を見ているかのように、彼女はその場に佇むばかり。
実を言うと――こうして話せる機会に恵まれるのは、絶望的だと思って諦めていた。
だから今は、たまらなく嬉しい。なにを話せばいいのか、逆に迷ってしまうくらいに。
はやては深呼吸をしたあと、思い切って背後を振り向いた。
言葉は、案外簡単に滑り出た。あとで思い返して恥ずかしくなるような歓喜に震えた声音で。
「グレアムおじさん!」
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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