イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第一話
「
この「月荊紅蓮」というのは、「魔法少女リリカルなのは」の二次創作で、原案は「iroiroiro」のさき千鈴さんです。
だいたいのストーリーは――月村家の書斎にあった「シルエットカード」と表記された謎めいた本の封印を偶然、わけがわからぬまま解除してしまう。
その場に居合わせた「月村すずか」と「アリサ・バニングス」が、その書物から飛び散ったカードを集めるために、魔法少女になって奔走するという話です。
詳しい設定などを知りたい方は、さきさんのブログに行ってみてください。
月荊紅蓮の「設定資料」が掲載されています。
第二話の更新は来週の日曜日(27日)を予定しています。
では「月荊紅蓮‐時遡‐」をお楽しみください。
とある日の朝。月村すずかは唐突に目が覚めた。
純白のシーツをがばっと押しのけて上半身を起こすと、起き抜けで漫然としたまま室内をキョロキョロと見まわす。まるで背骨に電気を流しこまれたような反応だった。
女性らしく華奢な背中には、じっとりと寝汗をかいている。
形よく膨らんだパジャマの胸元に、十月の冷気がひそやかに忍びこむ。
彼女は押しのけたシーツを肩の高さまで引っぱりあげた。
そのまま布団の中でぶるぶると体を震わせながら、テーブルスタンドの横に置いてある時計を一瞥する。
そして目を丸くした。
時計の針は五時三十分を示している。いつもの起床時間より一時間も早い。
意外だった。
いつもは本能に染みついた習慣で、自然と六時三十分に目が覚めるのに……
二度寝しようか? なんて考えが脳裏に浮かぶ。
けれど目は冴えていた。とても寝られる状態ではない。
布団の中でつらつらと思い悩んだ結果、すずかは少し早いが起きることに決めた。
さっそくベットから抜けだして窓のカーテンを開ける。
途端に、朝の澄んだ光が斜めに差しこんできた。その眩しさに紫色の瞳を細める。
四角い窓の外に見える紅葉した梢には、一羽のスズメが置物のように佇んでいた。
朝日を受け入れた室内が、ランプに照らされたように、ほのかな光に満たされる。
が、すぐに室温があがるわけもない。パジャマのままでは、さすがに肌寒かった。
すずかは大股で歩いてクローゼットへ向かうと、その折れ戸式――横にスライドさせると折れながら開くタイプ――の扉を開き、私立聖祥大学付属中学校の制服を取りだした。
即座に着替えをはじめる。
パジャマから制服姿に変わるまでに有した時間はわずか二分だった。
制服を身につけた彼女は、胸元のリボンの位置を正すため、壁にある姿見を覗きこむ。
そこには去年まで小学生だったとは思えない、落ちついた雰囲気をまとう美少女が映っていた。
ゆるやかに波打つ黒髪は紫水晶のように
すずかは決してナルシストではないが、そのことを心の中では自慢に思っていた。
しかし、異性にも同性にも注目されてしまう、胸の膨らみはコンプレックスだった。
「あ、そういえばヘアバンドをつけるのを忘れてた」
いつも身につけている白いヘアバンドは、すずかの宝物でありトレードマークだった。それを束の間とはいえ忘れてしまうとは……どうやら脳味噌はまだ寝ぼけたままらしい。
すずかは机の上に置いてあったヘアバンドを取ってくると、やや中腰になって姿身を覗きながら丁寧に髪型を整えていく。
次の瞬間には――過不足ない自分の姿が鏡の中に立っていた。思わず笑みがこぼれる。
「よし。今度こそ完璧」
納得の仕上がりだった。
それに朝からバタバタしていたせいだろう、彼女のテンションは普段より高くなっていた。
なんだかファッションモデルのような、気取ったポーズをとりたくなってくる。
どうせ見ている人は誰もいない。ためしにやってみるか。そう思っていたときだ――
「すず姉さま」
驚きで、喉から心臓が飛びだしそうになった。
いつのまにか鏡に映る自分の隣に、私立聖祥大学付属小学校の制服を着た、『女の子』が立っていたのである。
まるで幽霊を連想させるトラウマになりそうな登場の仕方だった。
「イ、イノちゃん! いきなり現れないでよ。ビックリするじゃない」
すずかは猛然と後ずさりしながら大声で注意した。ほとんど悲鳴のような声量である。
胸に手を当てると、まだ心臓がどきどきしていた。イノが不思議そうに首をかしげる。
「なにをそんなに驚いているんですか? ただ声をかけただけじゃないですか」
しれっと応じるイノの正体は、『シルエットカード』と呼ばれる魔法の道具の一枚で、相手を惑わせる能力を持ち、おのれの姿を自在に変えることができる【
見た目の年齢は小学生の低学年ほど。
身体的な特徴は西欧人を彷彿とさせる金髪に碧眼。
その幼い容姿が四年前のアリサ・バニングスに酷似しているのは、すずかの記憶でいちばん鮮明なアリサの外見を投影したからである。
魔法が本当に実在することを知った『年代』という意味も大きい。
このアニミズムの化身のような少女は、ずっと昔に創られた存在なので精神的に老成しているが、現在は参考にした過去のアリサの影響を受けて子供っぽい性格になっていた。
くわえて長いあいだ人間社会から離れていたせいだろう、ときどき一般常識を欠いた突飛な行動を取る場合があった。
それが先ほどのように忽然と現れたりすることだった。
なにかしらの方法で事前に知らせてくれれば驚くこともなくなるのに……
すずかは胸の動悸を鎮めると、やや憮然とした表情で口を開く。
「とにかく次からは気をつけてほしい。本当に心臓が止まるかと思ったんだから」
「それよりも大変です。つい先ほど『シルエットカード』の気配を感知しました」
返ってきたイノの言葉は、完全に予期せぬ内容だった。不満も一気に消失する。
「シルエットカードが! 今度はいったいなにをしたの? それに相手の属性は?」
清純そうな美貌に驚愕を貼りつけて、すずかは矢継ぎ早に質問を投げかける。
その泡を食った様子を見て、イノの眉毛がぴくりと動いた。
「……気づいていなかったんですか? あんな絶妙のタイミングで目が覚めたのに?」
イノに指摘されて、すずかはハッとした。
どうやら今朝の突然すぎる覚醒は、カードの気配を感じたからのようだ。
冷静になって思い返してみればたしかに、遠い場所で名前を呼ばれたような気がする。
「なるほど……自覚はないけど肌で感じてはいたみたいですね。感覚が鍛えられている証拠です。そのうち意識的にシルエットカードの気配を探ることができるかもしれません」
イノが得心顔で頷いた。
それから自分の身の丈よりも大きな四角い窓のそばに歩み寄る。
「相手がどんな能力を使ったのかは、実際に見てもらえればわかります。来てください」
イノに手招きされて、すずかは素直に従った。
しかし胸の内では半信半疑だった。
窓の外はカーテンを開けたときに確認している。
たしか秋色の梢に朝鳥が佇んでいるだけだった。
あらためて窓の外を覗いてみる。が、やはり外の風景に変わりはない。
……変わりはない?
彼女はもう一度、目を凝らしてみる。おかしな点はすぐに判明した。
そういえば枝先に佇んでいるあのスズメ……最初に見たときから微塵も動いていない。
途端に背筋を冷たい悪寒が奔る。
これはいったいどういうことなのか?
すずかは見えない答えを求めるように、アリサに似た顔の従者に視線を定めた。
イノは神妙な顔で頷く。
「時間の流れが止まっています。それも海鳴市だけでなく、おそらく地球全体の時間が」
すずかは反射的に、時計に視線を向けた。
その言葉どおり長針も短針も秒針も、五時三十分を示したまま停止している。
はたと気づいたが、音も聞こえてこない。
いまごろ月村家に奉公するメイドたちが、朝食の準備でばたばたしているはずなのに、周囲には耳が痛くなるような静寂があるばかり。
すずかは思わず生唾を飲みこんだ。ごくりと鳴った喉の音が、耳の奥で大きく反響した。
イノが説明を続ける。
「こんな破天荒な芸当ができるシルエットカードは一枚しかありません。役割は大きく異なりますが、私たちと同じように自律判断が可能な特殊属性の上位カード――【
ひとつの世界をまるごと封鎖領域で包みこみ、その内側の時間を自在に操ることができる能力。
この世の物理法則を徹底的に
これまでは寝た子を起こしてしまった後悔と慙愧の念で、本来なら管理局に譲渡するべき事件を独自に解決してきた。それは責任感というよりは自己満足の領域だった。
たぶんに勝手な理由である。が、うまくやれている自信はあった。
しかし今回の事件に関しては……素人の手に負えるとは思えない。
「静止した世界の中で動けるのは、私たちのようなシルエットカードと、その契約者である姉さまたちだけです。つまり地球の『未来』は私たちの活躍にかかっているのです」
カードの封印に成功すれば明日を手に入れることができる。
だが失敗すれば永遠という名の牢獄に死ぬまで閉じこめられる。
すずかの華奢な双肩で担うには、それはあまりにも重い責任だった。
持ち前の正義感と仲間の存在がなければ押し潰されていたであろう。
すずかは両手をギュッと握りしめた。
恐怖の手綱を並はずれた精神力で押さえつける。
「わたしたちが【時】のカードの存在に気づいたってことは、トワちゃんと一緒にいるアリサちゃんも事件に気づいたよね? なんとか二人に連絡して合流できないかな?」
真っ先に携帯電話のことが頭に浮かんだが、静止した世界でも電波が通じるとは思えない。
案の定、ためしに開いてみた掌サイズの端末は、通話どころか電源すらも入らなかった。
すずかは片手に携帯電話を握ったまま、百の幸福が逃げだしそうな苦い溜息をつく。
そのときトワと思念通話が繋がったらしい。イノが満足そうに微笑んだ。
「トワと連絡が取れました。いま彼女は、アリサ姉さまと一緒に魔力の発生ポイントに急行中だそうです。私たちも準備ができたら、すぐに現地へ向かいましょう」
その報告を聞いて、すずかはホッとした。
説明どおりシルエットカードの契約者は、【時】のカードの支配を回避できるらしい。 むろんイノの言葉を疑っていたわけではなかったが、それでもアリサはリンカーコアを持たない常人である。内心、静止の魔法の影響を受けているのではないか、と戦々恐々していたのだ。
すずかは安心しきった様子で頷いた。
「わかった。現地で合流するんだね。それで肝心の【時】の出現場所はどこなの?」
すずかは机の
イノは深刻な表情でこう答えた。
「出現場所は私立聖祥大学付属中学校……すず姉さまたちが通っている学校です」
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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