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月荊紅蓮‐時遡‐ 第二話

 中編SSの第二話を更新。
 次回の更新予定日は7月4日(来週の日曜日)になります。
 では『月荊紅蓮‐時遡‐』の第二話をお楽しみください。
 


 私立聖祥大学付属中学校に続く通学路を、月村すずかは風を切りながら疾走していた。
 静止した世界の中でも空気は正常に循環しているらしく、全力で走っても呼吸困難で窒息することはなかったが……夜が明けたばかりの十月の清涼な風は水を思わせて冷たい。
 ふと制服の黒いスカートが旗のように、いたずら好きの風にふわりとめくられる。
 そこから剥きだしの白い太ももがあらわに覗く。
 すずかは人目を意識して火がついたように赤くなる。
 が、すぐにそれが意味のない羞恥だと気づいた。
 いま地球の時間は【(タイム)】のカードの魔力によって完全に止められている。
 たとえ奇妙な生き物が目の前を通りすぎても。
 ところかまわず狂ったように喚き散らしても。
 着ている服を脱いで裸で踊りはじめても。
 他の人には、なにも見えないし、なにも聞こえない。
 ようするに恥ずかしがる要素はひとつもなかった。
 しかし。
 なにひとつ反応がないのは寂しい……いや、黄泉の国にいるような寒気を感じる。
 とりわけ外出する直前に覗き見たメイドたちの様子にはゾッとした。
 思い出すたびに猛烈な吐き気がこみあげてくる。
 屋敷で働くメイドたち全員が、まるで生々しい標本だったのだ。
 その中には当然だが、ファリンの姿もあった。
 眠たそうに廊下を歩いているところで静止していた。
 ファリンは使用人だが幼いころから一緒にいるので家族も同然に思っている。
 そんな彼女のあんな様子は、金輪際もう二度と見たくない……
 すずかの体力は並はずれていたが、無限にあるというわけではなかった。
 ときどき休憩を挿みながら走り続けているうちに、ほどなく前方にひときわ大きな建物が見えてくる。
 ようやく辿りついた学び舎の校門前には、すずかの気配に振り向く二人の少女がいた。

「アリサちゃん、トワちゃん! 学校に潜んでる【時】の様子はどうなってる!」

 すずかは開口一番、語気も荒く質問した。呼吸を整えることも忘れて大股に詰め寄る。
 じつはイノに【時】のカードの出現場所を聞かされたときから焦りに焦っていたのだ。
 無理もない。
 すずかにとって学校は日常の象徴だった。
 仲の良い友達と存分に憩うことができる聖域だった。
 そこが戦場になるかもしれないのである。とても冷静ではいられない。

「今のところ新しい動きは見られないわね。だからひとまず安心してちょうだい」

 気圧されて、やや上半身をのけぞらせて答えたアリサ・バニングスは、すずかと同じくシルエットカードの契約者である。
 束ねた陽の光線を思わせる肩までの金髪、負けん気の強そうな吊り気味の双眸を充たす緑の虹彩、そして清水で拭ったかのように白い肌が印象的な、気品あふれる同年代の少女だった。
 どこにでもある聖祥大学付属中学校の制服さえも、彼女が着れば高級なドレスのごとく絢爛豪華(けんらんごうか)に映る。
 魔力の源たるリンカーコアこそ持たないが才気走る彼女は、魔力を帯びた霊剣『緋炎(ひえん)』を駆使して魔法の炎を自在に操る。左手に提げた竹刀袋の中身はおそらくそれだろう。
 性格は見た目の雰囲気に違わず、『大』の付く負けず嫌いで自信家。
 一見して傍若無人で権威主義そうだが、他人の事情を思いやれる思慮深さがある。
 昔はソリが合わずに揉めたこともあったが、いまは誰よりも頼りになる無二の相棒だった。

「その意図の見えない静けさが逆に、嵐の前触れのようで不気味ですが……」

 トワが冷静な口調で言葉を繋げた。その合間に楚々(そそ)とした足運びでアリサの隣に並ぶ。
 この少女もまた、イノと同様にシルエットカードの一枚が具現化した存在である。対象の姿や思考を反映させる能力を持つため、誕生した最初の日に【(ミラー)】と名づけられたカードだ。
 容姿はアリサの記憶にあった『月村すずか』のそれを参考にしている。
 ただし外見的な特徴は四年前のものだ。
 瞼の上で綺麗に切り揃えられた前髪もオリジナルとは異なる。
 瞳はきわめて澄んでいるが表情が希薄なため、見た目だけで機嫌を察することはかなり難しい。

「ところで、すずかお姉さま。さっきからイノの姿が見当たりませんけど?」

 トワがあちこちに視線をめぐらせながら、思い出したように仲間の所在を尋ねてきた。
 すずかにそんなつもりは微塵もないが、いちおうイノとは主従関係という間柄だ。
 人目に気を遣うことが多い日常生活ではともかく、こういうシルエットカードが絡んだ事件のときには、常に行動を共にしていなければおかしい。トワの疑念も当然だった。

「ああ、イノちゃんはね、その……」

 すずかは途端に、決まりが悪くなる。思わず苦笑まで浮かべてしまった。
 これは口で説明するよりも実際に見てもらったほうが早い。
 すずかは後ろめたさを感じたまま、ぎこちない仕種で来た道を振り返る。
 そのとき。
 なんともちょうどいいタイミングで、話題のイノが曲がり角から姿を現した。
 それを見た瞬間――アリサとトワが不思議そうに何度も目をしばたたかせる。
 イノは、ふらふらとおぼつかない足どりで、左右に揺れながら歩いていたのだ。指先で(つつ)くだけで簡単に倒れてしまいそうな、酔ったサラリーマンさながらの千鳥足だった。
 あきらかに疲労困憊の様子である。苦労しいしい校門前に到着したときには、イノの碧眼はすっかり落ちくぼんでいた。
 そのまま睨めつけるように、すずかの顔を見上げてくる。

「すず姉さま……ひどいです。よくも私を無視して、とっとと先に行きましたね」

 すずかは楚々とした見た目とは裏腹に、アスリートもかくやの健脚を持っていた。
 しかし、対するイノは四年前のアリサを模倣しているので、その身体能力は高いがあくまで小学生の平均以上でしかない。
 二人の速力に圧倒的な優劣が存在する以上、イノが置き去りになるのは自明の結果だった。
 今にして思えば……
 少し考えればわかることだったかもしれない。
 が、そのときは焦りに駆られていて気づかなかったのだ。まったくもって迂闊だった。
 すずかは無理やり頬を引きあげると、なんとか取りなそうとして笑顔を作る。

「ご、ごめん。おわびに翠屋のお菓子をたくさん買ってあげるから。――許して」

 すずかは両手を顔の前でパンっと合わせて謝罪した。かわいらしく片目を瞑って愛想をすることも忘れない。
 するとイノの細い眉が剣呑な角度に持ちあがっていく。

「……買ってあげるぅ?」
「ぜ、ぜひ買わせていただきます!」

 すずかは背筋をピンと伸ばしつつ、あたふたと先ほどの発言を訂正する。
 その首をすくめて過剰に恐縮する滑稽な態度に、シルエットカードの契約者たる威厳は欠片もない。もはや主従関係は、完璧に逆転している。
 緊張の面持ちで判決を待ち受ける主人に、イノは虐めるような無言の間を空けたあと……やがて鷹揚に頷いてみせた。

「紅茶を用意するのも忘れないでよ。もちろん茶葉はいちばん高級なものを。ミルクは北海道産のもの以外は認めないからね」

 そう偉そうに指示したイノが、支配者のごとく傲然と腕を組む。二人の背丈には確かな高低差があるはずなのに、なぜか上から睥睨されているような錯覚がした。
 すずかは卑屈な笑みを浮かべながら頭を下げる。

「か、かしこまりました。なんでも仰せのままにいたします」

 それは普段の慎ましい彼女からは想像もできない冗談めいた対応だった。
 しかし使いなれた処世術のような不思議と堂に入ったものを感じさせる。
 なりゆきで行動を共にするようになったとはいえ、もうイノと暮らしはじめて数ヶ月も経っているのだ。日常的に繰り返されている会話の片鱗が、自然と出てきてもおかしくはないだろう。くわえてイノの言動がアリサに似て親しみやすいのも要因のひとつだった。
 が、いつも一緒にいるわけではないアリサとトワにとっては珍妙な光景だったらしい。
 彼女たちは困ったような呆れたような、複雑な表情のまま互いに目を見交わせる。

「そうとう疲れている様子だったので、少し休憩してからと思っていましたが……それだけ元気なら余計な気遣いはいりませんね。さっさと学校に乗りこんで【時】と対面しましょう」

 いち早く調子を取り戻したらしいトワが、熱のない口調ですげなく言葉を挟んできた。
 すずかは自分でも意外に思う一面を見られたショックで顔全体を真っ赤にしてしまう。
 まるで自慰を目撃されてしまったような、非常にいたたまれない気恥ずかしさだった。

「そ、そうだね……わたしは、いつでも構わないよ。イノちゃんは?」

 すずかは満面を朱色に染めたまま、横目でちらりと従者の様子を覗いた。
 案の定、トワも羞恥で燃えてしまいそうな有様だった。
 しかし妙なところでプライドを総動員しているらしい。
 制服姿の胸を「ぜんぜん気にしてないんだから!」と言わんばかりに張る。

「私だって問題ありません。こっちから乗りこんでガツンと一発かましてやりましょう」

 あたかも目の前に憎い相手がいるかのように、イノが右手の拳を前に突きだして気炎を吐いた。
 その緑色の双眸は八つ当たりめいた怒りを内包してギラギラと輝いている。
 口調は微妙に異なるが容姿は完璧に模倣しているので、なんだか本当に四年前のアリサと一緒にいるようだった。
 とくに向こう気の強さが本物と見紛うほどに酷似している。
 ……それを見ていると少しだけ落ちついてきた。
 すずかは大きく深呼吸して気持ちを切り替える。

「これ以上、わたしたちの学校で――いや、世界で勝手な真似はさせない。急ごう」

 緊張した声で言いながら足を前に繰り出そうとしたとき……ふと胸の内に【時】のカードに対する警戒心が湧いてきた。
 すずかは心に浮かんできた不安をそのまま言葉にする。

「……ねえ、このまま校舎に入っても平気なの? いきなり攻撃されたりとかしない?」

 いまの聖祥大学付属中学校は事実上、【時】を守る鉄壁の要塞と化していた。
 中がどうなっているのか、なにが待ち受けているのか、まったく予想がつかない。
 だからせめて無防備のままで地雷原に踏みこむような真似だけはしたくなかった。

「その心配はいらないと思いますよ。【時】は問答無用で攻撃してくるタイプとは違いますから。あと能力に関しても、相手を直接的に害するような、危険な効果はありません」

 トワが安心させるように答えてくれたが、胸中にわだかまる不安は慰められなかった。
 すずかの耳には「間接的になら相手を痛めつけることが可能だ」と聞こえたのである。
 見えざる正体不明の攻撃ほど怖いものはない。
 これなら不意打ちされるほうが何倍もマシだった……

「な~に暗い顔してんのよ。さっきまでの元気はどこにいったわけ?」

 すずかの頼りなく落ちこんだ細肩に、そのときアリサが片腕をまわしてきた。
 きめ細かい乳色の頬と可憐な唇が触れなんばかりに寄せられる。
 すずかは仰天した。重々しいネガティブな感情を忘れてどきまぎしてしまう。
 耳の中でどくどくと血が騒ぐのがわかった。

「ア、アリサちゃん! いきなりなにを――」
「すずか。あんたの気持ちはよくわかる。【時】の力が未知数だから不安なんでしょ?
 でもね、そういうときこそ私に相談してちょうだい。そしたら、あんたの不安を半分、私が背負ってやれる。そばで支えてやれる。だから遠慮せずに話して。わかった?」

 冷たい臆病風に吹かれて凍えていた心が、耳元でささやかれた言葉に温められていく。
 もしかするとアリサの声には、春の陽射しのように、ぬくもりがあるのかもしれない。
 すずかは嬉しくなって微笑んだ。この日はじめて自然な形で浮かんできた笑顔だった。

「うん、わかった。アリサちゃんも、なにかあったら、わたしに話してね」

 アリサの太陽を思わせる微笑みが、すずかの言葉に対する答えであった。
 すずかは温かい灯火を胸中に抱いたまま、あらためて目の前の大きな校舎を仰ぎ見る。
 その左手は自分でも気がつかないうちに、隣に並んだアリサの右手を握りしめていた。
 アリサが何も言わず、そっと握り返してくる。
 後ろでトワとイノが微笑ましく見守っていたが、すずかとアリサは恥ずかしがったりはしなかった。恥ずかしがる必要はなかった。
 すずかは毅然とした口調で宣言する。

「みんな、行こう。【時】のカードのところへ」

 もう怖いものはなかった。
 すずかたちは順番に聖祥大学付属中学校の正門を通り抜けていく……
 その異変は、唐突に起きた。
 なにもない正面の空間に、小さな光の核が生じたのだ。月さながら皓々と輝いている。
 そして驚く暇もあらばこそ。
 眼前にそびえ立つ校舎が、周囲に点々と佇む家並みが、そして写真の風景のように静止する朝まだきの空が渦を巻き、色とりどりの光の粒となって核の中心に殺到していく。
 彼女たち四人は為す術がなかった。
 そもそも突然の出来事に理解が追いついていなかった。
 刻々と変異していく目の前の光景を、ただ呆然と見続けることしかできない。
 もしかして敵の罠に落ちたのか?
 やや遅まきながらもようやく思考が働きはじめたとき……めまぐるしく変転する世界は落ちつきを取り戻していた。
 まるで極上のショールのように皺ひとつなく全景が拡がっていく。
 すずかたちが立っていたのは、まったく見知らぬ場所であった。

 

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イヒダリ彰人
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男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

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魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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