イヒダリの魔導書
招かれざる者の秘録~騎士王の遍歴~ プロローグ『~剣の遍歴~』(2)
中編クロスオーバーSSのプロローグ(2)を更新です。
これが今年最後の更新となります。
プロローグ(3)の更新は年明け。1月9日(土曜日)を予定しております。
ちょっと間が空きますが、イヒダリの遅筆を考慮してご了承ください(ペコリ)。
それでは『ガジェットⅠ型に苦戦するセイバーさんの活躍』をお楽しみください。
ついでに冬コミの喧伝。
明日の12月31日のコミックマーケット77(三日目)で刊行される【月荊紅蓮‐奏】にゲストとして参加しています。ちょこちょこっと小説を書かせていただきました。
誘ってくださったのうちらす工房の「のうちらす」さんには感謝感謝です。
ちなみに場所は――西せ10b 「のうちらす工房」らしいです。
イヒダリは冬コミ自体に参加できませんが、至高の「アリすず」に興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。買って損はない作品だと思いますので。
――渦を巻く。
闇より昏い虚無が、
男を殺せ。女を殺せ。子供を殺せ。
水底から浮上するようにゆっくりと眼を醒ましたセイバーは、まず常のとおり「汝が私のマスターか?」と眼前の少女に尋ねたが、なにがしかの違和感を覚えて眉をひそめた。
まだ外見的に幼すぎるマスターに召喚されたことよりも、いつもの白銀の甲冑を身につけていないことよりも、すぐ背後に佇む機械兵器の冷ややかな気配よりも、なによりも先に脳内を占めた疑問。騎士王の明瞭明快な思考に、闇雲に爪を立てる本能めいた
ここは、どこだ?
セイバーは惑乱していた。迷子のように途方にくれていた。木偶みたいにうずくまるマスターらしき少女よりも放心していた。見開かれた瞳が乾いていくのも気にならない。
なにがなんだかわからなかった。さっきまで自分は聖杯戦争を闘っていたはずだ。柳洞寺に陣を構えているというキャスターを撃滅するため、マスターの衛宮士郎と共に戦場に赴いたはずだった。だがそこに待ち受けていたのはキャスターではなく、白い
アサシンのサーヴァントを倒したのか? それとも負けたのか? その先の出来事がどうしても思い出せない。まるで命にかかわる大切な役割を忘れているかのようだった。
セイバーは心もとなげに視線を爪先へ落とす。原因不明の忘却に焦燥ばかりが募る。
「あ、あの……」
険しい顔つきで沈思するセイバーの耳に、今にも切れそうな細い声が
怯えた様子でセイバーを窺い見る少女の呟きだった。淡い桜色の唇は蒼ざめている。
途端にセイバーは忸怩たる思いに駆られた。端整な
戦場で、しかも年端もいかない少女の安否を無視して思索に耽るとは、騎士たる者として甘受できない失態だ。セイバーは即座にかぶりを振り、おのれの愚行を厳しく戒めた。
「紹介が遅れました。私の名はセイバー。あなたのサーヴァント――」
そこでセイバーは声を途切れさせた。地面ではなく心が揺れる。少女の左手の甲に刻まれた令呪を目視で確認した瞬間、その両腕に抱かれた鞘のままの宝剣を見とがめたのだ。
「それは……まさかカリバーン! 失われた私の剣を、どうしてあなたが……」
セイバーの反応たるや尋常ではない。さきほど自戒したばかりだというのに思わず我を忘れて絶句してしまう。その情動は驚愕というよりも慄然と表したほうが的を射ている。
それは原初の
「え? これはお父さんが趣味で蒐めていた骨董品だけど……」
気色ばんで詰め寄るセイバーは罠にかかり怯えた動物の眼と出逢う。いつのまにか英霊は怖い顔をしていたようだ。こわごわと応じたマスターが身をすくませていたのである。
セイバーは自分の配慮の至らなさに呆れた。今度はできるだけ穏やかに話しかける。
「驚かせて申しわけありません。よもやそれを目にするとは思ってもみなかったので」
謝罪しながらもセイバーのまなざしは、カリバーンの威容に吸いついて離れない。
その凝視に決まり悪さでも感じたのか、少女が落ちつかない様子で宝剣を見やる。
「あの、じゃあこの剣は、あなたのものなの?」
「かつては私のものでした。もっとも今となっては、所有権の主張はできませんが」
強靭な意志を窺わせるセイバーの表情に、ふと翳が差す。蒼い絹のドレスに包まれた
セイバーがいまだ過去ではない原初の罪に、つらつらと思いを馳せていたときだった。
彼女の天賦の才と言っていい未来予知めいた第六感が、やおら激しく警鐘を鳴らす。
ぱっと振り返ったセイバーが見たものは、数本の
「セイバーさんっ、ガジェットが!」
わななく唇で叫び声をあげたのは背後にいるマスターだ。自分の身よりもセイバーの身を案じる口調だった。その必死さがどことなく衛宮士郎に似ていてセイバーは気を許す。
「ご心配には及びません。覇気のない烏合の衆など、一瞬で殲滅してみせます」
セイバーが圧倒的な自信を秘めた口調で言い放つ。それから拳にした両手を上下に重ね合わせた。まるで両手剣を帯びているかのごとく正眼に構える。端から見れば無防備のまま佇立しているようにしか映らない光景だろう。だがこれこそ彼女の必勝の戦法だった。
アルトリア・ペンドラゴンの宝具『
もうひとつの宝具『
しかし――
「エクスカリバーが……手の中に実体化しない……」
みたびの驚愕がセイバーを打ちのめす。いつもなら思考と同じ速さで現れるはずの宝剣が、なんの手ごたえも存在感も伝えてこないのである。何度も宝具の現出を念じてみたが杳として応えない。あたかも生まれ持った欠損のようにエクスカリバーは消失していた。
しかも新たに判明した受難はそれだけではない。セイバーは、おのれの戦闘力の要たる『魔力放出』も使えなくなっていたのだ。むろん体内の龍の因子は問題なく動いている。
だが彼女はサーヴァントの能力どころか、生来の力も自由に行使できなくなっていた。
その事実にセイバーは愕然となる。これでは普通の少女と何も変わらないではないか。
絶望に目が眩む騎士王に、そのときガジェットⅠ型がアームケーブルを振り下ろした。
脳天めがけて落とされる機械兵器の魔手。力の大部分を呪縛されたセイバーにとって、それは魔獣の爪牙も同然だった。四肢の反応の鈍さに難渋しながらも攻撃を避け、壁にもたれたマスターの隣へ音をたてて着地する。もはや彼女の表情に最前までの余裕はない。
「遺憾ですがマスター、この場は離脱しましょう。動けますか?」
口惜しげに顔を歪めたセイバーの提案に、少女は悲しそうな瞳で自分の足を見やる。
「ごめんなさい。わたし、足が不自由なんです。もうずっと歩いてないの。だから……」
少女の言うとおりだった。紺碧のワンピースから覗く左右の足は、歩行に必要な筋肉が削げ落ち、棒のように痩せている。たしかにこれでは敏活な一挙動など望むべくもない。
両足以外は壮健そうに見えるこの少女に、いったいどんな災禍があったのだろうか。
だが今は、余計な詮索をしている場合ではない。まずは眼の前の窮地を脱することが先決だろう。我が身に起きた不調の原因やマスターが抱える事情を知るのは後からでいい。
「わかりました。では私が、マスターを抱えて移動します。しっかり掴まってください」
「で、でも、人ひとりを抱えて動きまわるなんて無理――」
幼いマスターの許諾を、セイバーは待たなかった。背中と両膝裏に手を入れて少女を抱きあげる――と思いきや、どんなに力をこめても華奢な体は持ちあがらない。サーヴァントの筋力と魔力放出を縛られた弊害である。まさか子供の体重すら満足に担えないとは。
それでも諦めきれずに両腕を震わせるセイバーに、背後のガジェットⅠ型が数本の鞭を生物のごとく伸ばした。両側面から噴出したアームケーブルが唸りをあげて殺到する。
今の劣化した状態でマスターを抱えて逃げるのは無理だ。そう断を下したセイバーは、かぼそい腕の中に少女を抱き寄せると、すぐさま横に転進してアームケーブルを避けた。
ほとんど無意識に造作もなくやっていたことが、今では曲芸にも等しい至難の技である。かろうじて危地を脱した剣の英霊は、しかし全力戦闘のあとのように息を乱していた。
そんな無様な自分にセイバーは歯噛みする。よもや神秘の力を行使できないだけで、ここまで脆弱になるとは思わなかった。十二の会戦を経て不敗の騎士王が本当に情けない。
……せめて武器があれば。
扱い慣れた刀剣さえあれば、積み重ねた研鑽が伊達ではないことを証明できるだが。
「セイバーさん……」
腕の中のマスターが不安そうな声をもらす。星を思わす緑の双眸には涙が滲んでいた。
苦手な笑顔で励まそうとしたセイバーは、ふと鞘のままのカリバーンに視線を向けた。
起死回生の宝具が、すぐ眼の前にある。むろんカリバーンの
カリバーンを揮えばセイバーに敵はいない。あの程度の機械兵器など、知性も魂もない鉄屑など、容易に粉砕できる。これまでの不明や醜態を見事に挽回できるだろう。――が、
「カリバーンをふたたび手に執る? 馬鹿な。そんな恥知らずな真似できるわけがない」
セイバーにとってカリバーンは、ある意味でエクスカリバー以上に貴く、特別だった。
選定の岩より引き抜いた黄金の剣。祖国に繁栄と安泰を約束した印。王たる者の象徴。
すでに国を破滅へと導いたセイバーには、もう手にすることは許されない宝具だった。
それに彼女は一度、剣を裏切っている。なのに今さら理屈をつけて頼るなどできない。
とはいえ死を
「マスター、私が囮になって敵を誘いだします。その隙に――」
「通報のあった屋敷に到着。要救助者を二名、そこに発見しました。今から救出します」
身を挺する覚悟を決めたセイバーの言葉を、ふいに登場した第三者の声が淡々と遮る。
ガジェットの背後に見える、ガラスの割れた窓の外に、ひとつの影が浮かんでいた。
法衣を身にまとう屈強な男性だ。他に仲間でもいるのか、小声で呟きながら室内に入ってくる。右手には礼装とおぼしき杖を提げていた。となると男の正体は魔術師だろうか。
「あの男はいったい?」
「管理局の魔導師です。いろいろな次元世界の治安を守ってるの。これで助かった!」
やにわに歓声をあげたマスターの言葉に、しかしセイバーは怪訝そうに眉をひそめた。
魔導師? この時代では魔術師のことをそう呼んでいるのか? いや、それよりも次元世界とはなんだ? しかも治安を守っているだと? まさかこの時代の魔術師は、官憲の真似事でもしているのか? そういえば前方の男には魔術師にありがちな陰湿さがなかった。むしろ彼のまなざしには毅然としたものがある。あたかも騎士を思わせる誠実さが。
おのれの認識と異なる情景に戸惑うセイバーをよそに、管理局の魔導師は右手の礼装を突きだすように構えた。二股の槍を思わせる先端は、ガジェットⅠ型へ向けられている。
「いまからガジェットに攻撃を開始します。ふたりとも伏せてください!」
言われたとおり頭を伏せたセイバーと少女を見届けるや、管理局の魔導師は射撃魔法でガジェットⅠ型を攻撃する。一発、二発、三発……立て続けに射出された魔弾は、しかし敵に直撃することはなかった。やおら膜のように展開した障壁に打ち消されたのである。
「やはりAMFか。機械兵器に実装されているという話は聞いていたが……」
管理局の魔導師が苦虫を噛み潰したような顔でごちる。
「だがAMFとて完璧じゃない。対策なら充分に教導してもらっている。もう一度――」
管理局の魔導師が次弾を発射するよりも早く、ガジェットⅠ型のアームケーブルが唸りをあげた。金属の鞭に打たれた魔導師の体が宙に浮く。間を置かず伸びたアームケーブルが、その胴体に蛇のごとく巻きついて圧力を加える。ついで猛然と振りまわしはじめた。
管理局の魔導師が苦悶の叫びをもらす。だがそれは旋回によって生じた風に消されて聞こえない。もっとも窓の外に投げ捨てられたときの悲鳴は断末魔じみて鼓膜を震わせた。
うっかり手放してしまったらしい礼装が、セイバーのすぐ鼻先へと滑りこんでくる。
「そ、そんな……管理局の魔導師が……」
セイバーの手を借りて上体を起こした少女が呻き声を発する。その表情は沈鬱だった。
無理もない。最後の希望と信じた管理局の魔導師が敗北したのである。しかも外から、彼の仲間らしい男たちの悲鳴まで聞こえてくるのだ。気が滅入ってもおかしくあるまい。
恐怖と絶望に蒼ざめたマスターを横目に、セイバーは右手を伸ばして静かに杖を拾う。
戦場の趨勢を人任せにしたのは間違いだった。やはり活路は自らの手で拓かなければ。
セイバーは膝立ちの姿勢から立ちあがる。その瞳には不屈の闘志と鋭気が宿っていた。
「マスター、この礼装の使い方を知っていますか?」
「礼装? もしかしてデバイスのことを言ってるんですか?」
どうやら礼装の名前はデバイスというらしい。なるほど機械仕掛けの杖にふさわしい呼称である。セイバーは妙に得心しながら頷いた。名は体を表わすを忠実に再現している。
「ええ、そのデバイスの使用方法です。わかりますか?」
ふたたび質問したセイバーに、金髪碧眼のマスターは考える間を置いてから答えた。
「デバイスの主な機能は魔法プログラムの保存だから、その術式を理解している魔導師なら誰でも使えるはず。でもセイバーさんは魔導師なんですか? そうは見えませんけど」
「たしかに私は魔導師ではありません。ですが魔力はあります。可否の判断はつきませんが、このデバイスを触媒に私の魔力が使えれば、閉じた技能を解放できるかもしれない」
それは妄想と紙一重の狂気にも等しい切望だった。はっきり言って博打と変わらない。
それでもセイバーは一縷の光明に賭けた。おのれを幾度も導いてきた直感を今回も信じる。マスターの口から滑り出た『魔法』という単語は時間に余裕がないため言及しない。
もし期待どおり図に当たれば
「私が囮になって敵を屋敷の外へ誘いだします。その隙にマスターは逃げてください。足が不自由なのは承知していますが、とにかく敵の目につかないところへ隠れるのです」
そして管理局の魔導師の登場で言いそびれていた
対するマスターは十のうち一くらいしか呑みこめていない様子だった。しかしセイバーが単独でガジェットを相手にするという無謀は理解したらしい。目を見開いて絶句する。
「だ、だめだよ。そんなことできない。セイバーさんを犠牲にして生き残るなんて……」
「犠牲ではありません。ただの陽動です。時間稼ぎです。それに手前味噌ですが、こうみえても剣の腕には自信があります。あの程度の相手をあしらうなど造作もないことです」
不安に押し潰されそうな少女へ向かって、セイバーはわざと
それから右手のデバイスで何度か素振りをした。その手慣れた動作に淀みはない。身体能力こそ激減しているが、訓練で培った技術は生きている。それがわかれば充分だった。
「騎士の誇りに懸けて、あなたの身は必ず守ります。指一本とて触れさせはしない」
きっぱりと断言したセイバーの横顔を、少女は座ったまま辛そうな眼で見上げた。
「言わないで……そんな優しいこと言わないでください。わたしを助けようとしないで」
「……マスター?」
怪訝そうに眉を寄せたセイバーに、少女は痛みに耐えかねたように胸の内を吐露する。
「お父さんもお母さんも、わたしを助けようとして死んだの。きっとわたしは疫病神なんだ。だからわたしに構わないで。今日はじめて逢ったばかりの人を死なせたくないの!」
床に視線を落としたマスターが涙ながらに叫んだ。握りしめた手の甲に水滴が落ちる。
セイバーは対処に困った。これまで国の大事ばかりに気を揉んでいた彼女である。子供の慰め方に
とはいえ呆然としている
「詳しく説明している時間はないので端的に。マスターとサーヴァントは令呪で繋がった運命共同体、いわゆる一心同体というやつです。だから召喚者であるマスターが命を落とせば、その瞬間にサーヴァントである私も消滅します。言いたいことがわかりますか?」
前触れもなく唐突に相関関係を説明するセイバーに、幼いマスターは狐につままれたような表情を見せた。当然の反応である。剣と盾の扱いは得意でも、子供の扱いは不得意な騎士王は、深く深く溜息をついた。少女の涙が止まったのが、せめてもの慰めだろうか。
「ええと、つまりですね……生きてください。私の命もマスターに預けていますから」
――生きてください。
そのなにげない一言が発揮した成果にセイバーは気づかない。命の
右手のデバイスを握りしめて吶喊する神話の英雄は、胸を衝かれて言葉をなくした少女の表情を見ることもなく、前方のガジェットⅠ型に向かって突撃を敢行していたからだ。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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