イヒダリの魔導書
久遠の秘録 第一章『新たな出逢い 妖弧と魔導師と』(2)
久遠の秘録 第一章『新たな出逢い 妖弧(ようこ)と魔導師と』(2)を更新。
第一章はこれで終わり。
次回は第二章。8月30日(日曜日)の更新になります。
最近、水樹奈々さんのアルバムを聴いています。
あの声優で初のオリコン1位を獲得したやつです。
え? いまさら? とか言わないでね。
ちなみにイヒダリは「少年」という曲がお気に入りです。
あと「蒼き光の果て‐ULTIMATE MODE‐」も好きです。
ていうか、ぜんぶ好きだな。
でも、このアルバムの中には、久遠の秘録に合いそうな曲はなかった……残念。
夏目は声を発せられない。ただ惚けたように、上目を遣う少女を見つめかえす。
と、その少女の瞳が大きく見開かれた。間を置かず歓喜の声が噴きあがる。
「あ、狐さん!」
少女の足元に擦り寄るものがあった。さきほど境内を横断していた子狐である。
人見知りしている少女を励まそうとでも言うのだろうか。脇目も振らずに逃げていたはずの子狐は、いまは仲のいい友達を勇気づけるように、親身になって寄り添っていた。
「もしかして狐さん、わたしのことを心配してくれてるの?」
両前足の付け根に手を入れて子狐を抱きあげると、少女は控えめな口調で問いかけた。
子狐は尻尾を愛想よく左右に振りながら、じっと見つめてくる少女の鼻の頭を舐める。
途端に少女は「ひゃあ!」と驚きの声をあげた。が、すぐに子狐の行動が優しさによるものだと気づいたらしい。子狐をぎゅっと抱きしめて、嬉しそうに頬ずりをはじめる。
その見ているだけで微笑ましくなる光景を、しかし夏目は不思議そうに傍観していた。
目の前にいる子狐の行動が、まるで人間のように思えたのだ。動物は思考しないのに。
夏目は、なにか得体の知れない悪寒を感じて総身をわななかせた。――そのとき。
「おい……夏目」
ニャンコ先生が呼びかけてきた。夏目の足元から聞えてきた声は
夏目は面食らう。まさかニャンコ先生が人前で口を利くとは思わなかったのである。
「ダメじゃないか先生。もし話しているのを見られたら、どう言い抜けるつもりだよ」
「そんなのは重々承知している。だが、それでも話さないといけないことがあるのだ」
人目を気にしつつ小声で
夏目は即座に言い返そうとしたが、ニャンコ先生の表情が深刻だったので口をつぐんだ。
いきどおりを鎮める夏目を一瞥したあと、ニャンコ先生は厳しい語調で先を続けた。
「いいか、よく聞け。それとなく匂いを嗅いでみてわかった。あの子狐は『
予感があったので驚きは少量だった。夏目は子狐の様子を窺いながら溜息をつく。
「そうか。じゃあ名取さんが言ってた封印されてる妖っていうのは……」
「断言はできないが、おそらくそうだろう。だがな、それよりも由々しい問題がある」
真顔で告げるニャンコ先生。その
「そこの小娘から、なにか尋常ではない強烈な波動を感じる。人間じゃないかもしれん」
「――なんだって?」
これには夏目も愕然となった。自分の呟きが遠いところから響いたように感じられる。
不吉な予言を告げられる覚悟はしていたが、まさかそれが少女に言及するものだとは。
夏目の思考は混乱の渦に呑みこまれる。喋るためには唇を舐めなければならなかった。
「じゃあ、あの子も妖なのか?」
「それがわからんのだ――って、おい! そんな疑わしげな顔をするな。その小娘は外見も匂いも人間なのに、なぜか存在感だけが異質なのだ。あえてなにかに喩えるなら……そう宇宙人とも言っていい。この世の者ではない未知なる生物を広義に解釈すればだが」
夏目は呆れればいいのか笑えばいいのか判断がつかない。それだけニャンコ先生の話は荒唐無稽だったのである。もしこの場に皮肉屋がいれば「おやおや」と嘲弄するだろう。
まったく理解できない。夏目は嘆息しながら、その意見を一蹴しようとした。――が、
「あ、あの。ちょっと訊きたいことがあるんですけど……いいですか?」
はたと少女が問いかけてきた。かぼそい腕の中に、子狐をしっかりと抱きしめたまま。
夏目は、ぎくりとした。まさかニャンコ先生との会話を聞きとがめられたのだろうか。
極度の緊張で棒立ちになる夏目。一方、少女は迷いながらも明瞭に言葉を並べていく。
「その猫ちゃん、もしかして『使い魔』ですか?」
「……使い魔? なんだいそれは?」
いきなり登場した不可解な記号に、夏目は痴呆めいた顔で首をかしげる。
するとニャンコ先生の目が大きく引き剥かれた。目玉がこぼれ落ちそうな驚愕の形に。
「な――なんだと? 使い魔? おい小娘、おまえ今、たしかに使い魔と言ったな!」
なかば怒声めいた激しさでニャンコ先生が詰め寄る。夏目は狼狽をあらわにした。
「ちょ、ニャンコ先生! なに喋って……いや、これはその、なんていうか、違うんだ」
しどろもどろに言いわけする夏目。だが少女の顔に浮かんだのは晴やかな微笑である。
「不思議な感じがしたから、あるいは、と思ったんだけど。やっぱり使い魔だったんだ」
「使い魔なんて言葉が普通に出てくるとは。なるほど、おまえ『魔導師』だな。どうりで、常人と同じようで同じではない気配を帯びているはずだ。これで謎は解けたぞ」
なにかに合点がいったらしい。ニャンコ先生は気分爽快と言わんばかりに頷いている。
しかし夏目の当惑は依然として濁流さながら。その思考は散漫すぎてとりとめがない。
もう頭がどうにかなりそうだった。夏目は懇願の口調で、ニャンコ先生に教えを乞う。
「ちょっと先生。ひとりで納得してないで、どういうことなのか説明してくれ」
「その小娘は、とりあえず人間で間違いない。ただし魔導師と呼ばれる類の珍種だがな」
魔導師――ファンタジー世界にのみ存在する架空のキャラクター。ようするに戯言だ。
そんなの真に受けるほうがどうかしている。夏目は疑惑に満ちた声と視線で反論した。
「冗談も大概にしてくれよ先生。おれは真面目に訊いてるんだから」
「すぐに信じられないのも無理はない。それでもこれは現実だ。おまえに妖怪が視えるように、その小娘にも特別な力が宿っておるのだ。妖力とも霊力とも異なる希有な力がな」
ニャンコ先生が
そのとき夏目の脳裏には、魔導師と聞けば万人が思い浮かべる単語が明滅していた。
「まさか『魔力』がある、だなんて言わないよな?」
「そのまさか、だ。その小娘には魔力がある。それも化け物じみた法外な魔力がな」
そう語る自分自身に呆れたと言わんばかりに、ニャンコ先生が吐息まじりに苦笑する。
夏目も同じ心境だった。むろん彼のそれは、ニャンコ先生と違ってポーズではないが。
にわかには信じがたい話である。これが何百年と生きてきたニャンコ先生の、人間よりも広い見識を備えた大妖怪の言うことでなければ、にべもなく一蹴していたところだ。
それに
「それじゃあ、さっき言ってた使い魔っていうのは?」
「魔導師が作成した人造魂魄を、瀕死または死亡直後の動物に憑依させた擬似生命体だ。そのほとんどが造物主の
不穏当な言葉が大半を占めていたが、皮肉なことにわかりやすい解説であった。
「こっちから聞いておいてなんだけど。よく知ってたな、そんな小難しいこと」
夏目は感嘆の言葉を捧げた。彼がニャンコ先生を褒めることはあまりないので貴重だ。
当然、気位も自己顕示も強いニャンコ先生は、得意げな顔で鼻を鳴らして図に乗った。
「ふふん。これが人生の
「人生、ね。でも先生は妖怪だろ? その言いまわしはおかしくないか?」
即応した夏目が耳ざとく揚げ足を取り、調子に乗るニャンコ先生の増長に水をさす。
ニャンコ先生は不機嫌そうに目を眇めた。夏目の指摘が気に触ったらしい。
「いちいち細かい奴だ。あんなの言葉のアヤではないか。まったく口が減らない――」
「猫ちゃん……使い魔じゃないの?」
ぶつぶつ文句を言いだしたニャンコ先生に、少女が伺いをたてるように確認してきた。
奇しくも話を遮られたニャンコ先生は、目くじらを立てて真向かいの少女を睨んだ。
「このプリチーでラブリーでイケメンの私を、使い魔ごときと同列にみなすでないわ!」
「じゃあなんなの? さっき妖がどうとか言ってたけど、それとなにか関係があるの?」
重ねて問いかける少女。そのときはじめて夏目は、喋りすぎた自分たちに気がついた。
どうすればいい。夏目は眉をひそめて思いあぐねる。と、ニャンコ先生が口を開いた。
「下手にごまかすよりも、筋道を立てて話してやったほうが懸命だろう。それに幸か不幸か、この小娘は『こっち側』だ。いたずらに他人に吹聴するような愚は犯さんだろう。
……どうしても心配なら、その小娘を食べて後顧の憂いなく、というのも有りだが?」
「前者の意見はともかく、後者の意見は
夏目の決断は迅速だった。ニャンコ先生は名残惜しそうに鼻から息を吐き出す。
「それは残念だ。魔導師は食ったことがないから、けっこう楽しみだったのだが」
そして夏目とニャンコ先生は、妖のことをできるだけ明快に、少女に説明していった。
「……つまりニャンコ先生は、偉くて強くて賢い無敵の大妖怪なんだ。すごい!」
夏目たちの話が終わるやいなや、少女は尊敬のまなざしでニャンコ先生を見つめた。
その言動だけで、ニャンコ先生が自分の正体を美化して語ったことがわかるだろう。
夏目は呆れた。表情に疲労を滲ませて嘆息する。だがニャンコ先生は満悦そうだった。
「そうだ。そしてこの白アスパラが、私の
ニャンコ先生が柔らかそうな肉球をみせて夏目を指さす。小馬鹿にするような仕草だ。
むろん軽んじられた夏目は愉快な気分ではない。冷ややかに無表情な声で抗弁する。
「おれは白アスパラでも扈従でもないぞ。適当なことを教えるなよ、ニャンコ先生」
「どちらも厳然たる事実だと思うのだが。……まあいいだろう。というわけだ、小娘」
ニャンコ先生の目つきが怪しげなものに変わる。なにかを強引に促すときのそれに。
対する少女は「なにが、というわけだ、なの?」と小首をかしげていた。
誰の目から見ても当惑している。意思の疎通ができていないことは一目瞭然だった。
夏目の眉間にも皺が刻まれている。ニャンコ先生の意図は、彼にもわからなかった。
「ニャンコ先生、いくらなんでも脈絡がなさすぎる。もっと具体的に言ってくれ」
「いままでの会話の流れで察することができんとは。やれやれ呆れてものが言えんな」
ニャンコ先生の目元から蔑みがこぼれたが、夏目は金剛石のごとき精神で耐え抜いた。
ニャンコ先生は興が削がれたらしい。やがて仕方がないというふうに語りはじめた。
「ずいぶん懐いているようだが、その子狐は私と同じで妖怪だ。それもかなり強力な。だから悪いことは言わん。なにかトラブルが起きるよりも先に森へ返したほうがいいぞ」
「でもこの子、左の前足に怪我をしてるの。わたしが迷惑を考えずに追いまわしたから」
友達になりたくて声をかけた。しかし逆に怖がらせて追いつめてしまったという。
なるほど。思わぬところで子狐の怪我の原因が判明した。夏目はひとりで納得する。
と、夏目の足元から「そんなことか」という醒めた呟き。ニャンコ先生の溜息だった。
「妖の回復力は人間の比ではない。その程度の掠り傷なら放置しておいてもすぐに治る」
「でも……でもほっとけないよ。わたし、この子を家に連れて帰って治療する!」
子狐を大事そうに抱きかかえる少女は、一大決心をしたような表情で言い放った。
それを聞いたニャンコ先生の額に青筋が浮かぶ。少女の決断が逆鱗に触れたらしい。
「家に連れて帰るだと? ペットじゃあるまいし、同情する相手はもっと慎重に選べ!」
「おいニャンコ先生。子供相手に言いすぎだぞ。治療くらいさせてやればいいじゃないか」
途端に鬼の形相だったニャンコ先生の剣幕が鎮まる。むろん憤懣やるかたない風情だが。
「また面倒なことを言いだしたな。その小娘に情でも移したのか?」
「それもある。でもそれだけじゃない。おれもちょうど、子狐の怪我が心配だったんだ」
夏目の視線が子狐に据えられた。話題の子狐は、きょとん、と無邪気な様子である。
それを見たニャンコ先生が「まったく、お前という奴は」と首をすくめて嘆息した。
「あいかわらず妖怪びいきだな。そのうち後悔するかもしれんぞ」
「おれにできることなら、可能なかぎりしてやりたいんだ。人にも、妖にも」
きっぱりと言い切る夏目。応じたニャンコ先生は論ではなく熱意に負けたのだろう。
「ふん勝手にしろ。どうなっても私は知らんからな。あとで泣きついてきたりするなよ」
と、しぶしぶ許諾した。わたし不機嫌です、と言わんばかりの表情でそっぽを向いて。
これでニャンコ先生の了承は得た。夏目は、今度は少女に視線を合わせて微笑んだ。
「その子狐、しばらく君が預かってもいいって。よかったね」
夏目の言葉を聞いた途端、少女の満面に喜色が咲きほこる。子供らしい純粋な笑顔。
「ほんとに? ありがとう、ニャンコ先生。わたし、この子を手厚く看病するよ」
「ただし条件がある。私と夏目も同行させてもらうぞ。やはり危なっかしいからな」
いきなりニャンコ先生が平然と、
夏目は呆気にとられてしまう。思考が停止したせいで目と口は丸くなったままだ。
「は? ちょっと待て先生。なんだよその条件は。どうしてそういうことになるんだ?」
「何度も説明したと思うが、その子狐、見かけによらず強力な妖かもしれん。そんな厄介者を人間だけに任せておけるか? ここは
「そんな人情、聞いたことないぞ。ていうか、ただ酒が飲みたいだけだろ!」
「心外な奴め。この私が、そんな疚しいことを考えているわけなかろう。それよりも小娘、さっさとおまえの住処に案内せい。あと私たちは客だからな。盛大にもてなすように」
ニャンコ先生が独裁君主なみの傲慢さで一方的に告げた。それから鼻唄まじりに石段をおりていく。その足取りは、あたかも身勝手な妄想を当てこんでスキップしているよう。
夏目は心の中でさんざん悪態をつきながら頭を掻く。が、やがて諦めて溜息をついた。
「強引ですまない。でも子狐が気になるのは本当だから……お邪魔してもいいかな?」
苦笑を浮かべた夏目は、おもねる口調で問いかける。少女は元気よく頷いてみせた。
「うん! みんな優しい人たちだから、きっと歓迎してくれると思うよ」
「優しい人たち、か……あ、そういえばまだ、君の名前を訊いてなかった」
うっかりしていた。一度にいろいろな情報を授受したせいかもしれない。あるいは他人を拒絶する無意識の反応かもしれない。自分の性格をかえりみると後者の可能性が大だ。
そう考えて夏目は落ちこんでしまう。しかし応じる少女の顔は対照的に朗らかだった。
「言われてみれば、たしかにそうですね。――わたし、高町ヴィヴィオっていいます」
目の前にいる少女――高町ヴィヴィオは、自分の名前を大切そうに発音した。
まるで、その一語一語に特別な意味があるかのように。
少女は自分の名を告げた。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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