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月荊紅蓮‐乱刃‐ 本編(5)

月荊紅蓮‐乱刃‐ 本編(5)です。



 すぐそこまで迫った夕闇に気づいて、街灯の照明がぽつりぽつりと灯されていく。
 シルエットカードの気配を追って公園に辿りついたアリサとすずかは、目の前の惨状に色を失った。頭よりも先に、体が現実を受け止めたらしい。脚がガタガタと震えている。

「これが全部……シルエットカードの仕業なの?」

 すずかは弱々しく呟いた。胸中を蝕む恐怖と狂乱に、さっきから歯鳴りが止まらない。
 街灯の光でぼんやりと明るい公園には、ふたつに分断されて歪なオブジェのように転がったジャングルジムの残骸と、そのすぐ傍らに横たわる三人の少女の姿が浮き出されていた。
 まるで殺害現場を思わせる陰惨な光景。生涯を通じて一度も見たくなかった悪夢。
 その絶望に惑乱する頭の中で、すずかは、かつてユーノが語った言葉を思いだす。

『そっちの世界にある魔法、呪術、法力に関係のあるもので、封印が解かれたものは総じて厄災となり世界を滅亡へ導く……』

 あのときはまだ、シルエットカードがそんなに危険なものだという実感はなかった。が、この生々しい現実を直視した今となっては、もはやユーノの言葉を憶測と笑える道理はない。
 ――考えが甘かった。その認識が等身大の恐怖となって、すずかの心中を責め苛む。
 この地獄を演出したのは間違いなくシルエットカードだろう。なら、シルエットカードの封印を解いてしまった自分に全責任がある。怖すぎて容易には受け止めきれない責任が。

「ど、どうしよう、アリサちゃん……殺しちゃったよ、あの子供たちを。わたしが殺しちゃった……殺しちゃったんだ、わたしが……シルエットカードの封印を解いたせいで!」

 腰まで届く黒髪を振り乱しながら、すずかは断末魔のごとき絶叫を張りあげた。
 俯せに倒れる少女たちの姿が冷酷な剃刀となり、すずかの精神を容赦なく切り刻んでいく。罪の意識でなにも考えられず、風景がぐにゃりと歪んでみえる。心が狂う確信がした。

「すずか、落ち着きなさい! まだ、あの子供たちの生死を確かめてないでしょうが!」

 気が触れたように暴れるすずかを、アリサが烈火のごとく一喝したそのときだった。
 その予期せぬ怒声に、すずかは気を呑まれてしまう。怒鳴られて萎縮したからではない。悲痛に双眸を潤ませ、それでも気丈に振る舞おうとする、アリサの健気な顔を見たからだ。
 途端に、すずかは自分が恥ずかしくなった。後悔が荒波のように押し寄せてくる。
 怖くてたまらなかったのは自分だけではない。アリサも同様の恐怖を感じていたのだ。にもかかわらず、アリサは恐怖に挫けることなく、目の前の惨劇を冷静に検分しようとしている。ただみっともなく狼狽し、為す術なく震えあがるばかりだった、すずかとは対照的に。

「……そうだよね。アリサちゃんの言うとおりだった。取り乱しちゃって、ごめんなさい」

 忸怩たる思いが表情に出ないように自制しつつ、すずかは落ち着いた声音で謝罪した。
 アリサは目尻に溜まった涙を指で拭うと、親友の滑らかな黒髪をガシガシと掻き乱す。

「ようやく元気出たみたいね。それじゃさっそく、子供たちの安否を確かめましょう」
「あ、ちょっと待ってよ、アリサちゃん」

 薄暗い公園に入っていくアリサのあとを、すずかは乱れた髪を手櫛で()きながら追う。
 ……結論から言うと、子供たちは無事だった。かすかに胸が上下していることに気づき、呼吸と心拍の有無を確かめたからだ。素人判断ではあるものの、命に別状はないだろう。
 それでも念のため携帯電話で救急車を呼び、少女たちを近くのベンチに仰臥(ぎょうが)させる。
 そこでようやく、すずかは胸を撫でおろした。――が、気を抜くのはまだ早い。
 今回のシルエットカードは、目立った外傷こそ与えなかったものの、なんらかの形で子供たちを害した凶悪なヤツだ。このまま放置しておいていい道理がない。一刻も早く現在の居場所を突き止め、第二第三の犠牲者が出るより先に封印しなければならない。そしてそれこそが、シルエットカードを集めると決めた、すずかとアリサの意義であり誓約でもあった。

「……すずか、いまもシルエットカードの気配を感じる?」

 逆鱗の気配を漂わせながらアリサが訊ねてきた。すずかは霊感を働かせて索敵する。

「うん。海鳴臨界公園の方角へ向かって、ゆっくりと遠ざかってる」
「ゆっくりと、ね。もしかしてそのシルエットカード、私たちを誘ってるのかしら?」
「わからない。でも、いまから走って追いかければ、ちょうど海鳴臨界公園で追いつける」
「そう……じゃあ行きましょう。私たちを怒らせたこと、絶対に後悔させてやるわ」

 柳眉を吊りあげて(うそぶ)くアリサに、すずかは無言の首肯を返す。
 罠の可能性は――おそらく皆無と言っていいだろう。シルエットカードが、そんな人間くさい小細工を弄するとは思えなかったし、これまでの戦いを顧みてもなかったからだ。もちろん、たとえ罠があったとしても一向に構わない。むしろ堂々と受けて立ち、返り討ちに仕留めるまでのこと。もとより今回の敵は、完膚なきまでに叩きのめすと心に決めている。
 あふれる闘志を胸に秘め、すずかとアリサは猟犬のごとく猛然と駆けだした。
 決戦の地――海鳴臨界公園へと。


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イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

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魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
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