イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第九話 『絶望よ希望となれ』(5)
長編も、とうとう明日で終わりです。
それまではどうか、イヒダリの妄想に付き合ってください。
よろしくお願いします。
――はたと右頬に冷たい感触。はやては顔を上向けた。
はやての頬に、額に、次々と落ちてくる冷たい滴。はるか上空より降り注ぐ水の礫。
雨だ。およそ信じられないことだが、外界と位相を異にする結界内に雨が降っている。
おそらくレインフォースの消滅が事の発端だろう。レインフォースの余剰魔力で維持されていた封鎖領域も、ここでようやく施術者を失ったことに気がついたらしい。その実体と効力を保持するために必要な魔力が枯渇し、砂上の楼閣のように崩れはじめているのだ。
つまり雨漏りのようなもの。結界の外で降る雨が、脆くなった隔壁を透過しているのだ。
「……ねえ、そろそろ人目につかないところに移動したほうがいいんじゃないかしら?」
急速に実体を失っていく封鎖領域の天井を見ながら、シャマルがぼそぼそと提案した。
封鎖領域の影響で極彩色に見えた空には、いつのまにか正常な色を取り戻した曇天が亀裂のように覗いている。封鎖領域の崩壊も、いよいよ時間の問題だった。ほどなくして海鳴市全域が、もとの営みと喧騒を取り戻すだろう。それこそ何事もなかったかのように。
シャマルの言葉に秘められた懸念。その心配事に気づいたのは、シグナムだった。
「……たしかにこの格好では、結界が壊れたとたんに、嫌でも衆目を集めてしまうな」
訳知り顔で言いながら、シグナムが自分のバリアジャケットとデバイスに視線を落とす。
まるで戦争から帰ってきたばかりのような、あちらこちらに
扱う事件の規模や活動拠点、世界観に大きな差異があるものの、はやてたちもれっきとした司法機関の一員である。こんな間抜けな形で同業者のお世話になるなど言語道断だった。
「主はやて。結界の崩壊が本格的にはじまるより先に、急いでここから離れましょう」
シグナムが、じりじりした様子で進言する。相互不干渉を一義とする管理外世界で、魔導師としての姿を晒すわけにはいかない。そんなふうに烈火の将は思っているのだろう。
一方、はやては何の返答もかえさない。ただ漫然と中空を仰ぎ見たまま、まるで物憂げな立像のように佇んでいた。その小さな背中は、いまにも頽れそうに見えて頼りない。
「主はやて? どうしたのですか? なにか問題でも――」
はやての様子を訝ったシグナムが、夜天の主の横顔を覗きこんだ。そして絶句した。
「……ん? どうしたんだよ、二人とも? なにモタモタしてんだよ」
すると今度は眉間に深い皺を寄せたヴィータが、愚痴のような言葉を吐きつつ、はやてとシグナムの傍らへ移動する。どうやらふたりの謎めいた停滞に業を煮やしたらしい。
肩を怒らせて歩くヴィータの後ろを、シャマルとザフィーラも疑念の表情でついていく。
三人は同時に、はやての横顔を覗きこんだ。そしてシグナムと同じように言葉を失う。
――はやては、笑っていた。声もなく、ただ口元だけを歪ませて微笑していたのである。
「二年前は、できへんかった。せやから、今度はきちんと見送るって決めた。笑顔で、リインフォースが安心できるような笑顔で見送るって、そう決めた。そう……決めてたのに」
はやての笑顔は透明だった。あまりにも透き通っていて、剥き出しの感情が見えてしまうほどに。その微笑の奥に秘め隠した情動を、どうしようもなく浮き立たせてしまうほどに。
はやては独白を続ける。罅割れた結界の空を仰ぎ見ながら、半笑いのような声音で。
「でも、なんでやろう。笑おうとすればするほど、明るく振る舞おうとすればするほど、望まへんものばっかり溢れてくる。なあ、どうしてやろう? どうしてこんなにも――」
――涙が、止まらない。
次第に落下する勢いを増す雨粒。頬を濡らすその冷たい滴を、はやては拭わなかった。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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