イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第九話 『絶望よ希望となれ』(4)
逃走中を観てます。
イヒダリも出たい番組です。
だって逃げるだけで賞金がもらえるんだぜ。
それに楽しそうだし。
「……主はやて」
――レインフォースは消滅した。
その事実を懸命に受け止めているはやての眼前に、ユニゾンを解除して実体化したリインフォースが立ち現れた。はやてを見下ろす、その端整な顔からは悲哀も憐憫も窺えない。
髪の色と虹彩が平常時に戻ったはやては、顔の前で組み合わせていた両手を力なく下ろす。そのとたん、ひどく心が醒めていく。まるで夢の終わりのような、儚く虚しい感傷。
はやては風に揺れる煙のように立ち上がった。両掌に残るレインフォースのぬくもりを痛いほど噛みしめる。はやては、端然と背筋を伸ばすリインフォースに目を向けた。
リインフォースの表情は静粛だった。まるで自分の死期を察した聖人君子のように。
はやては下唇を噛んだ。相対しなければならない悲しみは、まだ終わりではない。
「……判ってる。もう、お別れなんやな?」
呟いて、はやては知った。言葉を吐き出すことが、これほど辛く重い仕事なのだと。
いろいろな想念が混ざって複雑な表情をしているはやてに、リインフォースが首肯する。
「はい。もうすぐ私も、レインフォースと同じように消滅するでしょう」
リインフォースから告げられた、衝撃的すぎる別れの言葉。はやては驚かなかった。
はやてには予感があったのだ。それはリインフォースとユニゾンしていたからかもしれない。ふたりは互いの思念の幾許かを、わずかながらも共有していたのだ。
はやてとリインフォース。彼女たちは、まるで暗黙の了解のように視線を交し合う。
「……な、なんだよ? ふたりして、いったいなんの話をしてんだよ!」
――と、はやてとリインフォースのやりとりを狐につままれたような風情で見守っていたヴィータが、唐突に声をあげた。むろん、腑に落ちない様子なのはヴィータだけではない。
「……リインフォース、私たちにも判るように説明してくれないか?」
声音は沈着冷静。ただし、その表情には戸惑いと苛立ちを滲ませてシグナムが質す。
そんなシグナムの後ろで、シャマルとザフィーラも事情を聞きたそうな顔をしていた。
はやては悲痛に揺れる眼差しを、リインフォースへと向ける。リインフォースが頷く。
「私が、ここにこうして存在していられるのはギル・グレアムと、その使い魔たちが行使した魔法のおかげなんだ。もっとも、その効果は一時的なものにすぎなかったが」
はやてと守護騎士たちに見守られながら、リインフォースが滔々と言葉を重ねていく。
グレアムたちが用いた魔法の効能と、その魔法を行使したものに訪れる末路に加え、リインフォースが消滅してしまう理由。――それら諸々について、リインフォースは自分に説明できる範囲で要点をかいつまみ、はやてと守護騎士たちに、逐一、言い含めていった。
「そう……だったんだ。グレアムさんたちが」
リインフォースの復活。その舞台裏にあった三人の犠牲を知り、シャマルがうな垂れる。
「……事情は判った。判ったが、それでもリインフォース、おまえの消滅には納得がいかない。彼らの犠牲があったのなら、なおさらおまえは生きなければならないはずだ」
行き場のない鬱屈を悔しそうに吐き捨てるシグナム。続いて、ヴィータが辛そうに喚く。
「そうだよ! こんなのってねぇよ。これじゃただの、使い捨ての駒じゃねえか!」
それぞれ表情や言動こそ違うものの、守護騎士たちは誰ひとり例外なく憤っていた。
そんな守護騎士たちの怒りを、どう静めればいいのか、どう宥めればいいのか、はやては結論を出せない。はやてとて、その失望の念は、守護騎士たちと同じだったからだ。
一方、リインフォースは粛々としていた。もはや消えるしかない自分の運命を呪うでも恨むでもなく、ただ事実を従容と受け入れている。それはやりきれない覚悟だった。
「……おまえたちの気持ちは、素直に嬉しい。でも無理なんだ。一度死んで火葬に付されたものの体が、ふたたび骨肉を得ることがないように。私が蘇ることもまたありえない」
立腹する守護騎士たちを見ながら、リインフォースが満ち足りた声で会話の穂を繋ぐ。
「それでも、私は嬉しく思っている。もう一度、おまえたちと逢えたことを。それにレインフォースという、新しい家族もできた。これ以上の幸福を望むのは、いくらなんでも浅ましいだろう。二年前に消滅した私にとって、これは願ってもない祝福の風だったのだから」
そこでリインフォースが言葉を切った。守護騎士たち向けられていた視線が、もっとリインフォースに近い位置へ移動する。静観を決めこんだまま一言も発さない、八神はやてに。
「主はやて、覚えていますか? 二年前のあの日、私と交わした約束を」
もちろん覚えている。忘れたことなど、ただの一度もない。身を切り裂くような冬の寒さよりも、はやての心を深く深く抉った、あの白い別れの記憶は。はやては小さく頷く。
「覚えてるよ。一語一句、間違わずに暗唱できるくらいに。どこまでも鮮明に覚えてる」
そう言い放ったはやての心中に、悲しみとも懐かしさとも知れぬ複雑な想いが去来する。
よくよくこの状況を観察してみれば、奇しくも二年前と同じ別れの場面ではないか。
はやては苦笑してしまう。どうも神様という存在は、こういう小粋な演出が好きらしい。
はやては笑みの形に弛んだ唇を引き結ぶと、あらためてリインフォースの顔を見据えた。
そして自分自身の心に、率直な問いを投げかける。
はたして八神はやては、リインフォースを笑顔で見送ることができるだろうか、と。
その答えは『できる』だ。他ならぬリインフォースが、それを望んでいるはずだから。
ゆえに、はやては実行しなければならない。ともすれば愚かにも見えるだろう強気な態度で、それを顕現しなければならない。嘯いて、断定して、やりとげねばならないのだ。
――永遠に離ればなれになる家族の背中を、敬意と感謝と微笑で見送るために。
ふとリインフォースが微笑んだ。大人びたはやての表情に、心の成長を感じたのだろう。
「ならその約束に、もうひとつ、付け加えてもいいでしょうか?」
「ええよ。でも、難しい願い事は勘弁してな? 叶えられる自信は五分五分やから」
おどけたふうに請け負うはやてに、リインフォースが含み笑いを浮かべながら続ける。
「安心してください。べつに難しいことではありませんよ。ただ、新しく生まれてくる魔導器に、あの娘――レインフォースの話もしてあげてください。なにせ私たちの中で一番の寂しがり屋ですから。間違って無視したりすると、また化けて出てくるかもしれませんし」
見つめる瞳に優しい光を湛えながら、リインフォースが軽い口調で進言した。
リインフォースの言葉を神妙に受け止めつつ、はやては慎ましい微笑を返す。
「判ってる。あなたには、お姉さんが〝二人〟いたんだよって、必ず伝えるから」
「はい。よろしくお願いします」
リインフォースが恭しく静かな声音で締めくくる。――それが異変の皮切りだった。
絶妙な均整で作られたリインフォースの総身が、そのとき淡く発光をはじめたのである。
まるで天に昇る牡丹雪のように、リインフォースの体から溢れ出る光の粒子。それは意思あるもののごとく微妙な強弱をつけて明滅し、ゆらゆらと虚空に浮かんでは消えていく。
それは観るものを魅了させずにはいられない、ひどく幻想的な光景に違いなかった。リインフォースとの別れを告げる散華でさえなければ、はやてとて見惚れていただろう。
「……もうあまり、時間はないようですね」
自分の体から出てくる光の粒子を眺めながら、リインフォースが名残惜しそうに呟く。それからリインフォースは、その感慨深げな静謐の眼差しを、守護騎士たちに滑らせる。
「守護騎士たちよ。私からの最後の願いだ。どうか主はやてこと、よろしく頼むぞ」
呆然としていた守護騎士たちは、そのリインフォースの言葉を聞いて我に返った。
「ああ。我が剣と騎士の誇りに賭けて」シグナムが厳かな面持ちで宣言する。
「わあってるよ。はやては必ず護り抜く!」ヴィータが辛い涙をこらえるように言い放つ。
「承知」ザフィーラの答えは最短だった。
「大丈夫。ずっとはやてちゃんの傍にいる。あなたの分まで」シャマルが決然と誓う。
守護騎士たちの迷いない答えを聞いて、リインフォースが心から満足したように頷く。
光の粒子の輝きは、その勢いを増していた。まるで光が沸騰しているかのようだ。リインフォースの体から放たれるその光が眩しすぎて、もはやまともに直視することもできない。
そんなリインフォースの状態を、はやては太陽でも直視するかのように眇め見ていた。
おそらくこの強烈な発光は、燃え尽きる前の蝋燭の炎と同じなのだろう。
はやては終わりを悟った。もう、リインフォースは消えるのだ。まるで幻のように。
そのとき最後の力を振り絞るかのように、リインフォースが笑いかけてきた。
「主はやて、守護騎士たち、そろそろお別れです。しょせん泡沫にすぎなかったけれど、それでもみんなと再会できて、ほんとうによかった。だからありがとう……そしてさよなら」
――違う。不意の稲妻のように出し抜けに、はやてはそう思った。
『さよなら』なんてつまらない一言が、自分たちが最後に交わす言葉であるはずがない。
その強い想いは、たちまち激情の奔流となり、はやての胸中を駆け巡っていく。
そして次の瞬間、はやては叫んでいた。はたと気づいたときには叫んでいた。
「リインフォースッ!」
伝えたい言葉が、伝えたい想いが、ある。いま伝えないと後悔する、言葉と想いが。
だから、はやては声を張りあげた。ありったけの気持ちを、ありったけの声にのせて。
「リインフォースの願いは、リインフォースの優しさは、いつだって同じだけ、わたしたちが持ってる! どれだけ時が過ぎても、この気持ちは変わらない、絆だって消えない!」
はやては一旦、言葉を切る。対面のリインフォースは突然のことに面食らっていた。
はやては意に介さない。胸に宿る激情をそのままに、万感の想いをこめて
「せやから、さよならは言わない。また逢えるから。いつか必ず、もう一度逢えるから!」
リインフォースの、まばたきすれば音がしそうなほど長い睫が、泣くのを我慢するかのように閉じられた。はやての言葉がどのように伝わったのか、それはリインフォースにしか判らない。やがて、その瞼が開かれた。はやては、魅入られたかのように忘我してしまう。
深い湖が夕陽を受けたような、きらめく真紅の双眸が、はやての顔を見据えたのだ。
「……はい。私も、さよならは取り消します。また逢いましょう。いつか、どこかで」
ほどなくして、リインフォースはあとかたもなく消滅した。
まるで童心のころに戻ったかのような、無垢で無邪気で透明な微笑を浮かべながら。
祝福の風は、心穏やかな余韻を残して吹き去っていった。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
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