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魔法少女リリカルなのはEine Familie 第一話 『揺籃の闇』(4)

魔法少女リリカルなのはEine Familie 第一話 『揺籃の闇』(4)の更新。
今日も何とか予定日を守れました……。
次回の更新は明後日の土曜日です。



 分厚い灰色雲に覆われている空に、微かな光輝が除く。
 (はす)に伸び下がった細長い光が、天を()する廃ビルの入口付近を淡く照らす。
 その廃ビルの入口から、人相が致命的に悪い男が二人、まろび出てきたのはそのときだった。
 彼らはこの廃ビルの三十階でロストロギアの不法売買を行っていた二つの組織の、それぞれのリーダー格。つまり売り手側の組織と買い手側の組織の首魁(しゅかい)だった。
 鬼神めいて強いシグナムとヴィータをやり過ごすため、泣く泣く部下たちを人身御供(ひとみごくう)にした彼らは、ビルの外に出るやいなや深く吐息をついた。無事に脱出できたことに胸を撫で下ろしているらしい。その悦に入った表情には、部下を見捨てたことに対する詫びの気持ちなど糸ほども窺えない。さすが無法者たちの頭目だけあって、なんとも度しがたい姦悪(かんあく)である。
 ふと彼らの頭上から黒い羽根が数本、揺らめきながら舞い落ちてくる。

「そこまでや。あなたたち二人を、ロストロギアの違法売買の現行犯で逮捕します」

 唐突に投げかけられた声に仰天し、二人の男は横っ面を殴られたような形相で振り仰いだ。
 そこで彼らは見た。神話に出てくる熾天使のごとき三対六枚の黒い翼を。
 次いで彼らは聞いた。その漆黒の翼が嫋々(じょうじょう)と奏でる、雄々しい羽搏(はばた)きの音色を。
 そして彼らは脳裏に焼きつけた。後光のように射しこむ天上の光とあいまって、まるで本物の天使のように神々しい、右手に剣十字の杖を提げた少女の姿を。
 およそ人間らしい道徳観など、とうの昔にドブに捨てた彼らでさえ萎縮する本物の気品と風格を、見上げた先にいる少女は備え持っていた。その眼差し一つですべてを従えてしまえそうな貫禄は、まさに王の威光と言っていい。
 むろん、男たちは知らない。知るはずもない。
 中空で彼らを睥睨するこの少女こそ、彼らの取り引きを完膚なきまでに粉砕したシグナムとヴィータを従える夜天の王――八神はやてであるなどとは。
 だが二人の男からしてみれば、もはやはやての正体など関係なかった。
 いつも脅して奪い取る側である彼らにとって、たかが子供ごときに恐懼(きょうく)したという本心は、屈辱以外の何ものでもない。断々乎(だんだんこ)として唾棄(だき)すべき真実なのである。
 二人の男は自尊心を傷つけられ、復讐の一念に思考を燃やしていた。彼らは眉をひそめざるをえない罵詈雑言を吐き捨てつつ、おのが持つデバイスの筒先をはやてへと据える。
 男たちの双眸は焼けた鉄のように血走っていた。間違いない、彼らは本気ではやてを殺す気だ。
 がしかし、はやては(ごう)も動じていない。ひたすら決然とした眼差しを下方の二人に据えたまま、あたかも天空の覇者のように君臨している。
 そんな威風堂々としたはやての態度が、彼らの怒りにますます油を注いだ。
 仰角をつけたデバイスにありったけの魔力と殺意を流しこみ、二人の男は報復の射撃魔法を放とうと身構える。
 そのとき、ふいに割りこんだ蒼い疾風が、彼らの眼前を吹き抜けていく。
 速すぎてほとんど蒼い残像にしか見えなかったそれが通りすぎたあと、二人の男が呻くような声を漏らして驚愕した。無理もない。彼らの構えていたデバイスの先端が、まるで猛獣に食いちぎられたような咬み痕を残して消えていたのだから。
 呆気にとられている二人を重ねて自失に追いこむかのごとく、次の瞬間、彼らの両手両足にリングバインドが施された。いきなり手足の自由を奪われた彼らはバランスがとれず、為す術なく前のめりに倒れてしまう。当然、受身もとれないため、二人は地面に額をぶつけた。
 痛みに悶絶する二人の男を――はやての声音とは違う――女の粛然とした声が咎めた。

「自主的な投降の意思はないものと判断し、強引に拘束させてもらいました。おとなしくこちらの指示に従ってもらえれば、わたしたちもこれ以上手荒な真似はしません」

 屈辱と土の味を舐めた二人の男が、憎々しげに歪めた顔を上向けた。
 いつのまにそこにいたのだろう。羽搏きの音を響かせながら大地に下り立ったはやての両隣に、尼僧(にそう)のように貞淑(ていしゅく)そうな女と、立派なたてがみをなびかせる蒼い狼がいた。
 烈火の将シグナムや鉄槌の騎士ヴィータと同じ守護騎士ヴォルケンリッターの仲間――湖の騎士シャマルと盾の守護獣ザフィーラであった。
 声音から判断すると、二人の男にリングバインドを仕掛けたのは、どうやらはやての左隣にいるシャマルのほうであるらしい。萌葱(もえぎ)色の騎士甲冑を身にまとった、凪いだ湖面のように慎ましい美人である。
 一方、はやての右隣にいるザフィーラの口には、柄の下半分を失って砕け折れたデバイスが咥えられていた。どうやらこの守護獣が、彼らのデバイスを破壊してのけたらしい。
 ザフィーラは咥えていたデバイスの残骸を投棄した。半壊したデバイスが地面に落下して空ろな音を響かせる。
 その音を耳朶(じだ)に受け止めて、二人の男が我に返った。彼らは悠々と歩み寄ってくる管理局の魔導師を睨みつけると、語彙(ごい)の限りをつくした怒罵(どば)を吐き捨てていく。
 その筆舌につくしがたい悪態囂々(あくたいごうごう)に、だがはやては気分を害するどころか、逆に感心してしまう。よくもそれだけの数の悪口を、一気呵成(いっきかせい)に紡げるものだ、と。
 ちょうどそのとき、中空から下りてきた二つの影が荒々しく地面に着地した。

「その汚い口、今すぐ噤んでもらおうか」
「それとも頭をブン殴られてぇか? もしかすると殴られた拍子に、真人間になれるかもしれねぇぞ」

 地面に伏せる二人の男に痛烈な逆捩(さかね)じを食わしたのは、廃ビルの三十階から飛行魔法で降下してきたシグナムとヴィータだった。
 シグナムとヴィータはそれぞれのデバイスを、最前までさんざん喚いていた彼らの額に差し向けている。あとひと押しで頭に突き刺さるか否かという、かなり危うい距離と位置だ。
 二人の男が発する讒言(ざんげん)の数々は、遅れて合流したシグナムとヴィータにとっては慮外千万(りょがいせんばん)。とうてい容認できない繰り言であったらしい。それはいたって平気な顔をしているはやてとは対照的な、凄味を増したシグナムとヴィータの眼光を見れば明らかであった。
 彼らの額ギリギリに突きつけられているレヴァンティンとグラーフアイゼンが、使い手の憤りを発露するかのように凄愴な光を放つ。
 豺狼(さいろう)のごとき次元犯罪者たちも、母親の腹から生まれた人間である。おのれの身に降りかからんとする危機に関しては、人並み以上に敏感だった。
 シグナムとヴィータの瞳を縁どる激情の色は掛け値なしの殺気。進退を誤れば次の瞬間、彼らの頭は柘榴(ざくろ)のようにグシャグシャになるだろう。
 二人の男が押し黙ったのは、そのことを肌で感じたからに他ならない。命とプライドを天秤に賭け、彼らは命を選択した。ただそれだけの判断でしかない。
 不躾な次元犯罪者を一発で黙らせたシグナムとヴィータが、あらためてはやてに視線を転じた。
 シグナムとヴィータの眼差しを受け止めたはやては、水面(みなも)にたゆたう睡蓮(すいれん)のような、清廉で優しい微笑を返した。


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。

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