イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第八話 『響け終焉の笛』(2)
昨日知ったのですが、なのはの第四期がはじまるそうです。
アニメではなく漫画らしいのですが、どちらにせよおもしろそうです。
これでまた楽しみが増えたな。
高速の飛翔で突進したヴィータは、下段からグラーフアイゼンを薙ぎ上げた。
この世に砕けぬものは何もないと豪語して憚らず、全力で前に出て全力で叩き潰すヴィータの戦法をこれ以上ないほど見事に体現した、獰猛で苛烈きわまる渾身の一撃である。
対するのは黒騎士。ヴィータと同じ容姿、同じデバイスを提げた、もう一人の自分。
たやすく打倒できる相手ではない。しかし敵の性能が勝手知ったる自分自身と同等である以上、その挙動は読みやすく脅威になりえない。ゆえに、雌雄は早期に決するものと見積もっていた。――黒騎士の、徐々に強化されていく身体能力と魔力を思い知るまでは。
下段から唸りをあげて迫る鉄の伯爵。尋常なら回避か防御を選択する局面である。
だが、黒騎士ヴィータは違った。
ヴィータの攻撃を避けようとも防ごうともせず、なんと逆に突進してきたのである。しかもヴィータの頭蓋を叩き割るつもりなのか、右手に掲げた漆黒のグラーフアイゼンを縦に振り下ろしながら、だ。まさに狂気の沙汰ともいうべき、捨て身の逆襲だった。
「なっ! くそっ!」
予想もしていなかった黒騎士の挙動に、ヴィータは面食らってしまう。瞬時に思考する。
このまま攻撃を敢行すれば、黒騎士は倒せるかもしれない。だが同時にヴィータ自身も、黒騎士の捨て身の攻撃を喰らってお陀仏に違いない。それでは本末転倒である。
ヴィータは泣く泣く突撃を諦め、無理な体勢から強引に身を翻す。ヴィータと黒騎士が中空で刹那の交錯をはたして擦れ違い、互いのデバイスが凄まじい勢いで空を切る。
――と、ふたりが身を捻って半回転しつつ、置き土産とばかりの奇襲を送りこんだのはそのときだった。色違いグラーフアイゼンが正面衝突し、ぶつかりあった鋼がどよめく。
次の瞬間、力負けしたヴィータが後方に大きく弾き飛ばされた。
「くっ……この、馬鹿力めッ!」
慣性の縛りに逆らって急制動をかけつつ、ヴィータは忌々しげに悪態をつく。
膨大な魔力で強化された黒騎士の膂力は、魔導師の観点からみても不条理の塊であった。ほとんど怪物並と言っていい。同じ魔法の鍔迫り合いでは敵わないと確信してしまう。
業腹だが認めるしかない。眼前の偽者は、本物である自分よりも強いということを。
気位の高いヴィータの精神を、屈辱以上の敗北感が侵していく。……勝機がまるで見出せない。そのこともまた、ヴィータを追いつめる要因となっていた。悔しさに歯噛みする。
はたと黒騎士が一気に間合いを詰めてきた。まるで死を知らぬ者のような、誰がどう見ても愚挙としか思えない無策の突進だ。しかし鉄槌の打撃面が届く範囲に入った瞬間、黒騎士は信じがたい速度でその凶器を繰り出してきた。ヴィータの総身が戦慄に粟立つ。
ぎりぎりで打撃の方向を見切って躱わすヴィータ。だが振り抜かれた鉄槌は勢いを減退させることなく、今度はその回転平面を変えて別の角度から強襲してくる。
竜巻さながらの旋回運動……いつ果てるやもしれず、また連撃の合間にも隙がない。振り回される鉄槌が速すぎるのだ。そのためヴィータは、反撃の糸口を掴めないでいた。
「てめぇ。いつまでも調子に――乗るなぁ!」
癇癪にまかせた愚直な一撃。当然のごとく、ヴィータの打撃は黒い竜巻に撥ね返されてしまう。地力で劣るヴィータの攻撃が、策も何もなく黒騎士に通用するはずがないのだ。
「やっぱりダメか。でも、危険を覚悟で特攻したのは無駄じゃなかった」
無謀と思われた突進が奇跡的に功を奏した。刹那の交錯ではあったが、ヴィータはそこに活路を見出したのだ。修羅の様々を経験して磨かれた、歴戦の慧眼を働かせて。
思考力のない傀儡だからだろう、黒騎士は防御に無頓着である。だから一瞬でも敵の懐に潜りこめれば、必殺の一撃を叩きこんで轟沈させることも可能なのだ。むろん、黒騎士に肉薄するためには、あの竜巻のような結界を突破しなければならないが、今度はヴィータにも考えがある。なんのことはない。いつものように全力の魔法を叩きこめばいいのだ。
ヴィータは眦を決すると、グラーフアイゼンのカートリッジを二発ロードしようとして――
「……マジかよ。なんでこのタイミングで」
思いついた秘策も、カートリッジのロードも忘れ、ヴィータは顔を蒼白にして絶句する。
無理もなかった。ヴィータの前方。さっきまで旋回運動を続けていた黒騎士が、やおら漆黒のグラーフアイゼンをより凄絶に、より巨大な異様に変形させていたのだから。
グラーフアイゼンのフルドライブ――ギガントフォルム。
ヴィータが唯一の必勝と思い定め、いままさに実行しようとしていた究極兵装。それをまさか敵に先んじてやられてしまうとは……痛恨のなりゆきだった。暗澹となってしまう。
同じ武装、同じ魔法の鍔迫り合いでは、ヴィータに万に一つの勝ち目もない。だからこそ、黒騎士より先にギガントフォルムで奇襲を仕掛けないといけなかったのに。
動揺は、おそらく一呼吸ほどの時間だったろう。しかし、黒騎士が目前まで肉薄するには充分な猶予だった。ヴィータの帽子に影が落ちる。巨大なハンマーヘッドの、殺意の影が。
「ギガントハンマー! まずい、グラーフアイゼンッ!」
生きてる実感を急速に失いつつ、それでもヴィータはとっさに障壁を展開する。
パンツァーヒンダネス……頭上に魔力を一点集中させた鉄壁の守備も、黒騎士のギガントハンマーの前では薄氷に等しい。障壁は微塵に砕かれ、悪夢の鉄槌はヴィータを直撃。
ヴィータは為す術なく、まるで壊れたオモチャのように落下していく。彼女の視界は、徐々に近づく繁華街の路面を朦朧と捉えていた。このまま重力に従って落ち続ければ、間違いなくコンクリートの地面にぶつかってしまう。そうして辿る末路は、潰れたカエルだ。
そうなる前になんとか踏み止まりたい。だが、体中を焼く激痛が集中力を乱す。
もっとも体勢を立て直したところで、ヴィータはほとんど虫の息である。黒騎士はすぐさま追い討ちをかけてくるだろう。とどのつまり、ヴィータが迎える結末は変わらない。
――死ぬ。
「……ざけんな。こんなところで、終われっかよ! アイゼンッ!」
『Gigantform』
ヴィータは自分自身に檄を飛ばしながら、カートリッジを二発ロードして、グラーフアイゼンをギガントフォルムに変形させる。さらに強引な魔力操作と姿勢制御をおこない、墜落する体を地上にぶつかる寸前の位置で静止。次いで握り拳ほどの大きさの鉄球を掌に現出させ、それを中空に向けて放り投げた。とたん、その鉄球はヴィータの頭より巨大になる。
いまだ試作中の大技で成功の確率は低いが、いちかばちか、やってみるしかない。
『Kometfliegen』
グラーフアイゼンの音声と連動するかのように、真上に放った鉄球が紅い魔力を帯びる。燃えるガラスのように赤く光る魔弾。ヴィータは天まで届けとばかりに咆哮した。
「でりゃあぁぁぁぁぁぁッ!」
グラーフアイゼンを大上段に構えつつ、ヴィータは飛行魔法で一気に飛び上がる。一呼吸で中空に浮かぶ鉄球に接近し、それを渾身のギガントフォルムのひと振りで撃ち放つ。
――コメートフリーゲン。シュワルベフリーゲンの強化・発展型の魔弾が、暴風の唸りをあげながら迸る。まるで進むべき道を定められているかのように、ただ真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ突き進む。暗色のギガントフォルムを振りかぶる、黒騎士ヴィータをめがけて。
次の瞬間、ヴィータの鼓膜を激痛が襲う。黒騎士が薙ぎ落としたギガントハンマーと、ヴィータのコメートフリーゲンが中空で激突し、強烈な音が衝撃波を伴って炸裂したのだ。
鎬を削るふたつの魔法が大輪の火花を狂い咲かせる。その拮抗は三秒ほど続き……やがてコメートフリーゲンが徐々に押し返されていく。やはりヴィータの攻撃は通じないのか。
が、ヴィータの表情に動揺はない。これも逆襲するための算段のうちだからだ。
むしろ本番はこれからである。ヴィータは虚空を蹴り、投げ槍のごとく飛び出す。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
空の上の存在に突きつけるように、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。高々と掲げられた鉄槌の打撃面が鈍く輝く。ヴィータは腹腔の奥から迸るような烈声で猛り吼えた。
「ギガント――ハンマーッ!」
天翔ける勢いはそのままに、グラーフアイゼンをバットのように振り抜く。それは今も黒騎士と鬩ぎ合いを続けているコメートフリーゲンの、その鉄球の後ろ側を強烈に一撃した。
これがヴィータの真の秘策。つまり、コメートフリーゲンの破壊力の倍加である。
黒騎士のギガントハンマーが押し返され、その巨大な槌が急速に劣化するように罅割れていく。溶けはじめた氷山のように砕け散り、大小様々の黒い細片が宙に飛び散る。
威力が層倍になったコメートフリーゲンの圧力に耐えきれなくなったのだ。
ギガントフォルムの柄だけを残して佇立する黒騎士に、今度こそコメートフリーゲンが炸裂する。隕石の落下のごとき爆発と衝撃に晒されて、黒騎士は為す術なく消し飛んだ。
敵の消滅を見て取ったヴィータは、極度の疲労と激痛で気を失いそうになりながらも、
「あたしたちベルカの騎士に、一対一で負けはねえ。たとえ相手が自分自身であってもな」
そう決然とした面持ちで言い放った。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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