イヒダリの魔導書
淡恋
てなわけで短編の更新です。
主役はヴィヴィオ。お相手はユーノくんです。
ヴィヴィオは初めて書いたので、なかなか手間取りました。
ていうか、ヴィヴィオって、ユーノのこと何て呼んでるんだろう?
執筆してるあいだ中、ずっと考えてました。
いまも思考中です。NanohaWikiに答えが載ってるんだろうか?
探したけど見つからなかったんだよなあ。
「お母さんはもちろんだけど、お父さんも優しそうな人だね。いいなぁ」
そう出し抜けに、隣の席に座る女友達に羨ましがられてしまった。むろん、ヴィヴィオとて同じ見解である。だがなぜか、ヴィヴィオは肯定の言葉を紡げず黙りこんでしまう。
ヴィヴィオはちらりと、肩越しに背後を窺う。授業参観に訪れた父母の列の真ん中あたりに、高町なのはとユーノ・スクライアの姿を見出す。
こっそり様子を窺うヴィヴィオの気配に気づいたらしい。なのはとユーノは、まるで少年少女のような無邪気な微笑みをこぼして手を振ってきた。急激に面映くなってしまう。
ヴィヴィオは慌てて正面に向き直り、開いた教科書を壁にして赤くなった顔を隠す。
ふと視線に気づくと、両隣の友人たちが忍び笑いを堪えてヴィヴィオを観察していた。
ヴィヴィオは非難めいた眼差しを送って友人たちの忍び笑いを封殺すると、もう一度、なのはとユーノの様子を窺い見る。なのはとユーノは小声でなにか話しているようだった。
その楽しげな様子は、さながら恋人同士の逢瀬のよう。とても仲が良さそうだった。
「……なのはママはお母さんだけど、ユーノくんは違うよ。……まだ」
消え入りそうな声で囁く。どこか悪足掻きめいた独り言だった。自然と表情が強ばる。
やがてチャイムが鳴り、授業が終了。今日は、そのまま帰宅していいことになっている。
クラスメートたちの楽しそうな喧騒で湧き返る教室。ヴィヴィオは両隣の女友達に声をかけて軽く別れの挨拶を済ませると、真っ先になのはとユーノの傍に駆け寄っていく。
なのはとユーノは、なごやかな微笑で迎えてくれた。ヴィヴィオも相好を崩して応じる。胸中にわだかまる奇妙なささくれを、その笑顔でひそやかに糊塗しながら。
ザンクト・ヒルデ魔法学校を出てから、ちょうど五分ほど歩いたころだった。
「ごめんねユーノくん、ヴィヴィオ。急ぎの仕事が入っちゃった」
「気にしないでいいよ。ヴィヴィオは、僕が責任をもって家まで送るから」
「うん。おとなしくユーノくんに送られるから。だから、お仕事がんばって、なのはママ」
「……ありがとう。それじゃユーノくん、ヴィヴィオ。いってきます」
時空管理局『本局』からの急な呼び出しを受け、なのはが急ぎ足で去っていく。
その後ろ姿を手を振って見送りながら、だがヴィヴィオは一抹の寂しさを懐いてしまう。
もちろんヴィヴィオは、なのはの仕事にきちんと理解がある。なにせその仕事のおかげで、なのはとヴィヴィオは親子になれたのだから。むしろ管理局には感謝しているくらいだ。
しかし、ヴィヴィオがなのはの正式な里子となって、まだ半年にも満たない。いくら大人に近い思考力を持っていても、ヴィヴィオは初等科の一年生……まだ六歳の子供にすぎないのだ。親に甘えたい年頃なのである。理屈で割り切れない寂しさがあって当然だろう。
「このまま帰るのもいいけど。……せっかくだから、ちょっと寄り道していこうか?」
なんの前振りもなく、ユーノがそう提案してきた。ヴィヴィオの寂寥感を斟酌したのかもしれない。見上げたヴィヴィオの眼前に、ユーノがおもむろに手を差し伸べてくる。
ユーノの顔立ちは女性のように整っていて、笑うとほんとうに綺麗で優しくみえた。
ヴィヴィオは目を白黒させて狼狽する。ふいに高鳴った心臓の鼓動に戸惑ったのだ。だがそれ以上に、ユーノの手を握るという行為に対して、猛烈な気恥ずかしさを覚えたのである。
一方、そんなヴィヴィオの逡巡を、ユーノは困窮と解釈したらしい。
「そっか。……なら、このまま真っ直ぐ帰ろうか」
寂しそうな微笑で口元を歪めると、ユーノは差し伸ばした手を引いてしまった。
とても痛かった。ユーノのその笑顔は、とにかくヴィヴィオには痛々しく思えた。
だからかもしれない。先に立って歩き出したユーノのスーツの右袖を、我知らず掴んでしまったのは。ユーノが驚いた顔で振り向く。ヴィヴィオは上目を遣ってユーノを見やる。
「あ、あのね。この近くの公園に、美味しいアイスクリーム屋さんの出店があるんだって。友達がすごい絶賛してて。だから、その、わたしも興味あるし……」
ヴィヴィオは顔を耳まで真っ赤に染めながら、訥々と言葉を紡いでいく。
伝えたいことが、うまく口から滑り出てこない。まるで言葉を覚えたばかりの幼児のようだった。しかもユーノの目の前で。そのあまりの羞恥に、ヴィヴィオは泣きたくなる。
一方、そんな少女の潤んだ瞳を、ユーノは不思議そうに見つめていた。……見つめていたが、やがてなにかに気づいたらしく、ふたたびヴィヴィオに手を差し伸ばしてきた。
「じゃあ行ってみようか? そのアイスクリーム屋さんに」
やはり、ユーノはすごく優しい人だ。
ヴィヴィオは胸をときめかせながら、ユーノの華奢にみえる手を握りしめる。
男にしては細くて優美すぎる手指。だがそれでも、ヴィヴィオの手を包みこんでしまえる大きな掌。ヴィヴィオの心中を為す術なく火照らす、ユーノの優しいぬくもり。
「ん? どうしたのヴィヴィオ? 僕の顔に、なにかついてる?」
ユーノに声をかけられてハッとなる。どうやら知らぬ間に、ユーノの顔を見上げていたらしい。ヴィヴィオは慌ててかぶりを振った。長い金色の髪が、腰のあたりで風にそよぐ。
「ううん。なんでもないの。早くいこう、ユーノくん」
「……ねえヴィヴィオ。ずっと前から思ってたんだけど、なんで僕を君付けで呼ぶの?」
「ユーノくんはユーノくんだから、ユーノくんって呼ぶの! なのはママと結婚とかしないかぎり、ぜぇぇぇぇったいに『パパ』なんて呼んであげないんだから!」
「いや、別にパパと呼んでもらいたいわけじゃなくて。ただ他の人のことは『さん』付けなのに、なんで僕のときだけ『君』付けなのかという疑問の解答を求めてるだけなんだけど」
早足で歩くヴィヴィオに引っ張られながら、ユーノが疑念の声をあげている。
そんなユーノの疑問に、ヴィヴィオは答えない。いや、正確には答えられなかった。
「理由なんて……言えるわけないよ」
「え? なんだって? よく聞こえなかった。もう一度言って」
「な、なんでもない。ただ何味のアイスを買ってもらおうか考えてただけ」
いつからそうだったのかはわからない。だが胸を締めつける切ない感情の正体に、ヴィヴィオはずっと前から気づいていた。だからユーノと一緒にいると、いつもドキドキしたり、なのはと楽しそうに話をしているところを見て、子供じみた悋気を覚えたりしたのだ。
この情動は、決して成就することはないだろう。ユーノに伝わることもないだろう。
ただ、ほろ苦い過去の記憶として、そっと脳裏に刻まれることになるだろう。
だがそれで構わない。ただ大切な宝物のように、ずっと胸に閉まっておこう。
この――淡い初恋の思い出は。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
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