イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第五話 『闇の正体』(3)
「わたしが遠くなったんじゃない。楽俊の気持ちが、遠ざかったんだ。わたしと楽俊のあいだにはたかだか二歩の距離しかないじゃないか」(十二国記『月の影 影の海 下巻より引用』)
いきなりで失礼。
感動的な台詞だったので思わず引用してしまいました。
十二国記は結構名シーン、名ゼリフがあったりするので油断がなりません。
とくに『風の万里 黎明の空』の出来は秀逸。
あの盛り上がり方は素晴らしい。
まあそれはともかく。
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第五話 『闇の正体』(3)を更新しました。
はやてには、十ニ国記の陽子みたいな成長を期待したい。
「父さまッ! たいへんなことに!」
「いきなり妙な女が現れて、手当たり次第に攻撃を!」
蝶番ごと吹き飛ばしそうな勢いで、扉を開いて入ってきたのは、リーゼアリアとリーゼロッテだった。はやてとグレアムは眉をひそめつつ、握手を交わしていた手を同時に離す。
「ロッテもアリアも、まずは落ち着きなさい。話はそれからでもいいから」
すっかり
グレアムの
「すいません、父さま。取り乱しました」
「はやてちゃんもゴメンね。びっくりさせちゃって」
リーゼアリアがしおしおと頭を下げ、隣のリーゼロッテは決まりが悪そうに後頭部を掻く。ぴんと元気よく跳ねた彼女たちの猫耳も、その落ちこみようを現わすかのように
こうも恐縮した風情で謝られると、人間はかえって罪悪感を覚えるものだ。
「いえ、いいんです。ぜんぜん気にしてないですから」
はやては下くそな作り笑いを浮かべつつ、慎重に言葉を選んで返答した。
困り果てたように苦笑するはやてを見かねたのか、ここでようやくグレアムが発言する。
「それで二人とも。向こうでいったい、何があったんだね?」
グレアムの質問は要点が明瞭で、答えづらいものではないように思われた。がしかし、リーゼアリアとリーゼロッテは躊躇ったように口籠もる。まるで自分たちの見たものを、いまだに信じられていないかのように。はやてとグレアムは忍耐強く待ち続ける。
「はやてちゃんを父さまのところへ転送したあと、管理局の執務官と武装局員たちを相手取りながら、わたしたちも離脱のタイミングを計っていたのですが――」
逡巡の末に切り出したリーゼアリアの言葉を、難しい顔をしたリーゼロッテが引き継ぐ。
「そこに奇妙な奴が現れたんです」
「……奇妙?」
グレアムが
「魔導師でした。襤褸みたいなローブを身にまとった。顔はフードに隠れていてよく見えませんでしたが、ほっそりした体つきから判断するに、おそらく女性だったかと」
「そのローブ姿の魔導師に、管理局の魔導師たちは次々に撃墜されていきました。
なんとかして彼らを助けてやりたかったんですけど……」
再び口を開いたリーゼロッテの声は苦鳴に似ていた。それは自分の無力を
「でも、わたしたちじゃ全然敵いませんでした。わたしたちにできたのは、彼らを見捨てるようにして逃げることだけだった」
今度はリーゼアリアが呻くように吐き捨てた。令嬢を思わせる上品に整った容貌を悲痛に歪ませる様は、彼女もまた、その苦汁のなりゆきに
リーゼアリアとリーゼロッテの無念を、はやては自分のことも同然に理解できた。彼女とてこの四日間で、何度も何度も自分の
だが結局、その衝動は永遠に衝動のままで終わることになる。
跳ぶように進み出たグレアムが、リーゼロッテとリーゼアリアを両腕で抱きしめたからだ。
「おまえたちの判断は間違っていない。おまえたちの無事が、わたしには何よりも大事だ。
だから、そんなに自分を責めなくてもいい。責めなくてもいいんだよ」
『時空管理局歴戦の勇士』という通り名で知られた
しかし大海原を彷彿とさせる偉大な包容力は、以前にも増して磐石だった。
「父さま……」リーゼロッテが、グレアムの服の胸元を握りしめる。
「ありがとう、ございます。父さま」リーゼアリアが鼻声で呟いた。
グレアムの惜しみない愛情を受けて、いま双子の姉妹は幸せの絶頂だろう。だがその一方で、はやては一抹の寂しさと疎外感を覚えていた。それは理想的な親子関係を築き上げたグレアムたちに対する嫉妬かもしれないし、あるいは両親と過ごす日々を永遠に失くした自分に対する哀悼の念かもしれない。どちらにせよ、この場にはふさわしくない感情。
はやては自戒するように溜息をついた。いまはセンチメンタルに耽っている場合ではない。グレアムたちの団欒に水を挿すのは気が引けるが、ローブ姿の魔導師の情報はやっと掴んだ手掛かりだ。はやてとしては一刻も早く、もっと詳しい話を聞きたかった。
「あの、いまこんなことを聞くのはヤボだと思うんですけど、ロッテさんとアリアさんが言ってたローブ姿の魔導師について、まだ他に情報とかありませんか?」
はやての質問でハッと我に返ったグレアムたちは、弾けるように身を離した。そのとき、三人とも平然さを装っていたが、表情にはごまかしきれない照れがあった。
「後でみんなと検討しようと思って、そのときの映像記録を撮ってきたの」
決まりの悪さを払拭するためか、リーゼアリアが妙に真面目くさった口調で告げた。次いで彼女は虚空に空間モニターを投影。そこにローブ姿の魔導師の映像を映し出す。
「なにか判ったことはあるかね?」
空間モニターの映像を凝視するはやてに、グレアムが問いかけてきた。
はやては、いらいらとかぶりを振ると、喉の奥から恨めしそうな声を発する。
「いえ。ぜんぜん心当たりのない風体の魔導師です。少なくても、ここ最近のうちに更新された広域指名手配犯の中には、いなかったと思います」
はやては管理局の捜査官の
はやては思案に暮れる。奇蹟にでも縋りたい心境だった。しかしそれでもはやては、空間モニターから視線を外さない。まるで見つめ続けていれば、そのうちローブ姿の魔導師の正体を透視できるとでもいうかのように、彼女は諦め悪く映像を注視し続ける。
そのとき、ローブ姿の魔導師の映像記録を検分していたはやてが「あっ」と声を漏らす。何の前触れもなく、眼前の空間モニターの映像が乱れたからである。
「なっ、外部の回線から割りこみをかけられてる! ハッキング対策は万全なのに!」
奇襲のような不正アクセスに狼狽しながらも、リーゼアリアは強制的に侵入してくる回線を遮断しようとコンソールを操る。だがリーゼアリアの奮闘も虚しく、空間モニターの制御は奪われてしまう。その結果に愕然となる一同。しかし驚愕は、それだけに収まらなかった。
高速でコマ送りを繰り返す動画のように地球の風景を
「ここは……わたしの学校?」
――私立聖祥大学付属小学校。そこは紛れもなく、はやてが通う学び舎だった。
はやての脳裏で疑問と不安が錯綜する。なぜこの小学校で映像を固定したのだろう。
次の瞬間、静止していた映像がふたたび動き出した。まるではやての懸念に答えるかのように、映像は緩慢な動きで移動していき……やがて学校の屋上に視点を固定した。
映像を見つめるはやてたち全員の顔色が、そのとき一瞬で蒼褪めていく。
空間モニターに映し出された光景は最悪だった。怒りのあまり眩暈すら覚えるほどに。
「屋上に倒れてる人たちって」
怒鳴りそうなのを無理矢理抑えこんでいるためか、はやての声は低く掠れていた。
いま空間モニターに映っているのは、死体のように累々と横たわる管理局の魔導師たち。ときおり聞こえてくる
とにもかくにも、まず海鳴市に戻らなければならない。そして彼らを助けなければ。
はやてはその一念だけに思考を奪われていた。ほとんど衝動的に外へ跳び出そうとする。
しかし、はやては外に跳び出すことはおろか、その場を動くこともできなかった。
「見テイルカ? 八神ハヤテ。見テイルカ?」
唐突に切り替わった映像に、なんとローブ姿の魔導師が映っていたのだから。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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