イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのは False Cross 第二章(1)
連載SSを更新。
今回から第二章に突入です。
と言っても特別なことは何もないのですが。
次回の更新は三週間後の4月8日(日曜日)を予定しております。
ただイヒダリの調子がすこぶる良ければ、もっと早くお届けできるかもしれません。
そうなるように願いたいところです。
翌日の午前。ギンガ・ナカジマは第九無人世界の『グリューエン』軌道拘置所を訪れていた。
事件解決の糸口を求めてジェイル・スカリエッティと面会するためである。
ギンガは拘置所の係員に案内され、洞窟のように仄暗い、だが単調な一本道を単調に進んだ。
そしてまもなく調度もなにもない殺風景な個室に通される。
ギンガの荷物を預かった係員が去り際に「スカリエッティの言動に惑わされないでください」と警告めいた助言を呟いて部屋を出ていく。
それでこれから面会する男の悪性が二年前となんら変わらないことを再確認した。
ギンガは深呼吸をひとつして緊張を外に吐き出す。それから眦を決して椅子に腰を下ろした。
椅子に座ったギンガの正面には、ちょうど目線と同じ高さに、液晶ディスプレイが配されている。それが一拍の間を置いたあと、目覚めるようにパッと点灯した。
ディスプレイに映しだされたのは、机とベットがあるだけの質素な個室。
目的の人物はベットの縁に浅く腰かけていた。
「ひさしぶりだね。また顔を見られて嬉しいよ。タイプゼロ・ファースト」
そう口火を切ったスカリエッティが、古い馴染みと再会したように微笑んだ。
対するギンガは表情を拳のように固める。
「私の名前はギンガ・ナカジマです。タイプゼロ・ファーストではありません」
ギンガは責める口調で訂正した。自分が戦闘機人だという事実は受け入れているが、だからといって形式番号で呼ばれるのは心外だった。彼女は今の自分の名前を大切にしているのだ。
もっともスカリエッティのような不逞の輩に、こんなことを説いても無駄なのはわかっていた。
なので腹の虫は納まっていなかったが、ギンガは千の雑言を喉の奥で黙殺する。
「今日は任意での事情聴取を依頼しに来ました。ただし二年前の『JS事件』とは異なる事件のことで」
スカリエッティを相手に一秒でも無駄話をするつもりはない。ギンガは事務的な言い方で、さっさと用件だけを伝える。
ギンガが何を目的にやってきたのか、ある程度は察しがついていたらしい。応じるスカリエッティの態度は鷹揚だった。
「なるほど。わたしが協力を拒んでいるのは、あくまで二年前の事件のことだけだ。それ以外のことに関しては、たしかに交渉の余地がある」
「では聴取に応じてもらえると?」
ギンガがあらためて問いかけると、スカリエッティは笑顔のまま頷いた。
「他ならぬゼロ・ファーストの頼みだ。協力するにやぶさかではないよ。なんでも訊いてくれたまえ」
ギンガのことを形式番号で呼ぶのはあいかわらずだったが、その点は目くじらを立てても甲斐のないことなので黙認した。いちいち取り合っていては話が前に進まないからだ。
ギンガは鬱屈した感情を抱きながらも、スカリエッティのペースに乗せられるのだけは我慢ならなかったので、表面上は平然と取り澄まして本題に入る。
「聖王の遺伝子データを元にして造られた戦闘機人。これについてなにかご存じありませんか?」
それを聞いてもスカリエッティの表情に変化らしい変化はなかった。ギンガの神経に障る弄うような微笑をたたえたままだ。
が、さすがに質問の内容は慮外のものだったらしく「ふむ」と吐息めいた小さな声を漏らす。
「わたしを頼ってくるくらいだ。それなりに興味深い話を聞かせてくれるとは思っていたが、どうやら想像以上におもしろい事件が起きているようだね」
画面の向こう側にいる男は外道を体現した人物である。節度や良識を持ち合わせていないのはわかっていた。
それでも今の彼の発言を、ギンガは聞き流せなかった。まるで氷が喋ったような冷たい声が口から溢れだす。
「おもしろい事件ですか。大勢の民間人が危険な目に遭っている事件が」
「もちろんさ。悲劇も喜劇も、牢に囚われた我が身にとっては、等しく娯楽だよ」
怖い顔をして睨んでくるギンガを意にも介さず、スカリエッティは酔ったような調子で言い放つ。その下品な様子から、話題の戦闘機人の姿を頭に思い浮かべて法悦に浸っているのは、まず間違いなかった。
ギンガは消化しきれない嫌悪感に吐きそうになる。
「もっとも娯楽うんぬんはともかく――」
ギンガが凶暴な感情と葛藤するあいだも、スカリエッティは好き勝手に話を続けた。
「協力すると言った以上は、できれば役に立ちたいと考えている。事件の話を詳しく聞かせてくれないかね?」
無垢な子供のように輝く瞳。期待に弾んだ調子の良い声。男は全身で「好奇心を満たしたい」という欲求をほのめかしていた。
しょせんスカリエッティにとって、ギンガの持ちこんだ依頼など、単なる快い気散じでしかないのだ。それが今の誠意の欠片もない建前によって証明された。清廉を旨とするギンガとは、とことん相容れない男である。
それでもギンガは、仕事に私情は持ちこまない、と心に決めていた。
すべては罪のない民間人を理不尽から守るため。
自分には時空管理局の捜査官として果たさなければならない義務があるのだ。
そりが合わない相手だからといって、今さら逃げだすわけにはいかなかった。
「わかりました。ただし現時点で判明していることは本当にごくわずかです。そのため情報量は、かなり少ないですが」
「その情報を得るために、君はここに来たのだろう? とりあえずわかっている範囲でいいから話したまえ」
スカリエッティが飄々と促してくる。
ギンガは真顔で頷くと、現時点でわかっている範囲のことを、順々に話して聞かせた。
スカリエッティは顔の筋肉を弛緩させたまま、噂話に興じるように、しばらく余計な質問も挟まず耳を傾けていた。
だが事件の被害者である管理局の精密技術官――レイン・レンの名前を聞いた次の瞬間、にやけた彼の顔に初めて別の表情が浮かんだ。
ついで「レイン・レン?」と呟き声を漏らす。
「知っているんですか、レイン・レンさんを?」
ギンガは目を丸くした。
彼女がスカリエッティの口から聞きだせる内容で期待していたのは、先ほど述べた「聖王の遺伝子を元に造られた戦闘機人」についてだ。
つまり『機械仕掛けの聖王』に関する情報である。
だから関連のなさそうなレイン・レンの名前に反応されて虚を衝かれたのだ。
「残念ながら顔も知らない赤の他人だよ。会ったことも話したこともない。――直接的には」
「直接的には? では間接的には会ったことがある?」
スカリエッティの思わせぶりな言葉を受け、ギンガは眼前のディスプレイにかじりついた。
「依頼を受けたときに何度かメールのやりとりをしたことがあってね。かれこれ十年以上も昔の話だよ」
するとスカリエッティは目線を斜め上へ向け、当時の思い出を述懐するような語調で応じた。
そのときギンガは、身を前に乗りだしてディスプレイにかじりついている自分に、ようやく気づいた。
彼女は逸る心を抑え、おもむろに姿勢を正す。
「それで依頼の内容とは?」
ギンガが質問すると、スカリエッティは懐かしそうな顔をした。
「人探しだよ。とある次元世界で戦闘機人の研究をしていた技術者たちの行方を捜してほしい、というね」
「戦闘機人の研究……」
忌々しい男の口から、忌々しい単語が出てきて、ギンガは顔をしかめた。
一方でスカリエッティは、事務的に振る舞おうとしながらも失敗しているギンガの様子が滑稽に見えるらしく、口元をにんまりと歪める。底意地が悪い狐の笑み。
「むろん最初は断ったよ。道楽はおろか暇つぶしにもならないことに、わざわざ付き合ってやる義理はないからね。しかし理由を聞いて気が変わった。個人の力だけで達成するのは難しい内容だったし、なによりも思った以上に興味深い話だったからね」
そこでスカリエッティは不意に言葉を切った。
ギンガは忍耐力を総動員して待ってみたものの、本人はもったいぶっているつもりなのか、にやにやするばかりで話を再開しようとしない。
痺れを切らした彼女は、しかたなく自分で促す。
「レイン・レンさんが人探しをする理由は何だったのですか?」
「復讐――と本人は言っていたな。嘘か本当かは知らないがね」
ギンガは息を呑んだ。次々と明かされていくレイン・レンの隠れた真実に圧倒されてしまう。
「ただ潜伏先が判明した技術者たちは全員、彼の言葉を裏づけるように死んでいったな。ああ、そういえば――」
ふとスカリエッティが、なにかを思いだしたように言いさし、ついで嫌らしく笑った。
「君やタイプゼロ・セカンド(スバル・ナカジマのこと)の製作に関わっていた技術者もその中のひとりだったよ」
衝撃は目に見えず、また存在も感じられない幻の風となって吹き抜け、ギンガの言動を奪う。
驚愕に声も出ない彼女を尻目に、スカリエッティはさらに続けた。
「たしかクイント・ナカジマが研究所を摘発したのと同じ日だったな。その技術者が死んだのは。管理局は殺人事件と断定して現在も捜査を継続中だったはずだ。ま、尻尾すら掴めていないだろうがね」
意味深な物言いだった。
おそらくスカリエッティが裏から手をまわし、証拠になりそうなものはすべて隠滅したのだ。
ひそかに管理局の最高評議会と繋がっていた彼ならば不可能な話ではない。
さらに問い質せば新たな事実を知ることができるかもしれなかった。
ところが今のギンガは、とある予感に翻弄されて、そこまで頭がまわらない。
「母さんが追っていた戦闘機人事件に、レイン・レンさんが関与していた?」
「断言はできない。が、なんらかの形で関わっていた可能性は高いね。もしかすると君たち姉妹とレイン・レンとのあいだには、わたしたちの知らない因果関係があるのかもしれないよ」
そう言って話を締めくくるスカリエッティ。
その様子はサスペンスドラマを楽しむ無邪気な視聴者そのもので、真面目な話をしている側にとっては不謹慎きわまりない態度だったが、他の懸念で頭がいっぱいだったギンガは鋭い一瞥だけで聞き流す。
考えることは、たくさんあった。が、いくら思慮をめぐらしても無駄なのはわかっていた。はじめからギンガの疑問に答えられる者は一人しかいないのだ。
――レイン・レン。
早くミッドチルダに帰って、彼を問い質す必要があった。
「ご協力に感謝します。このお礼は事件が解決したあとにあらためて――」
スカリエッティに対する極度の苦手意識のせいだろうか、そのつもりはないのに社交辞令めいた平坦な口調になってしまったギンガの言葉尻に、そのときドアの横のブザーから響く呼び出し音が重なった。
この場から早々に引きあげようとしていたギンガは、「ちょうどいいタイミングだ」と思いつつ席を立つ。
面会室を出ると、ドアから少し離れた廊下の真ん中で、係員が待っていた。その手にはギンガから預かった携帯端末を持っている。なにやら緊急を要する連絡が入ったらしい。
係員から端末を受け取ったギンガは、ディスプレイを覗いて相手を確認する。
画面に映る人物は『高町なのは』だった。
「ギンガです。スカリエッティを相手の聴取が、今ちょうど終わったところです。これからミッドチルダに帰ります。それで緊急を要する連絡というのは?」
「ギンガ……」
なのはの声は思いつめているふうだった。――否、思いつめているのだ。それはディスプレイに出力された深刻な表情を見れば一目瞭然。
彼女は生きているのが不思議に思えるほど血の気を失った顔をしていた。
謎めいた不安が、影のごとく忍び寄る恐怖が、ギンガの
「難しいだろうけど取り乱さないで。落ちついて聞いてほしい。スバルが――」
あとに続いた言葉はギンガにとって、この世の終末を告げる黙示録に等しい、すべての理性を吹き飛ばす
「スバルが行方不明になった」
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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