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魔法少女リリカルなのは False Cross 第一章(5)

 3週間も時間をいただいたのに、実は今回の話、まだ途中までしか書けていません。
 なので今日は“書けた分だけ”掲載します。
 続きは19日(来週の日曜日)に更新する予定です。
 毎度ぐだぐだで本当に申しわけない。


 ――レイン・レン。
 ミッドチルダの専門学校で魔法技術を学び、卒業後は精密技術官として、時空管理局『本局』の技術部に配属される。
 口数が少ないという欠点はあるが、勤務態度に関しては非常に真面目。
 仕事も迅速かつ手抜かりなくこなす。そのため同僚からの信頼はきわめて篤い。
 戸籍上ではミッドチルダの出身ということになっている。
 しかし本来の出身地は、とある小さな地方世界。
 十数年前に勃発した内戦で崩壊し、長く無政府状態が続いていた場所だ。
 むろん戦争のせいで、その世界の戸籍制度は、完全に破綻している。
 くわえて身内はなく天涯孤独。
 幼年期を過ごした施設も、とうの昔に失われている。
 なのでレイン・レンという名前は、実際のところ彼の自称でしかない。
 ミッドチルダには戦争で住む場所を失った難民として移住してきたのだった。
 聞けば誰をも慨嘆させ、空しい悲憤を呼び起こす。
 そんな暗澹たる遍歴を持つ男。それがレイン・レンという人物の概要であった。
 なるほど過去に戦争を経験すれば、胸の内に絶望が生じるのは道理だ。人間不信になってもおかしくはない。
 無害そうな第一印象とは裏腹に、冷血な気配があったのも頷ける。
 が、なのはが相手に覚えた強い違和感は、そんな理屈で納得できるものではなかった。
 なにかに例えるなら「底なし沼」だろうか。
 どこまで落ちても底まで辿りつかない無限の陥穽である。
 なのはがどれだけ多く言葉を尽しても、レイン・レンの心に響くことは決してない、そんな確信めいた予感を抱いてしまう。
 二年前の『JS事件』の首謀者『ジェイル・スカリエッティ』のような次元犯罪者ならわからないでもない。
 あの男は人間の姿をしただけの悪魔だったからだ。
 しかし時空管理局で働く同僚を相手に、こんな感想を持ったのは初めてだった。
 レイン・レン。
 いったい彼は何者なのだろうか……

「――なのはママ」

 なのはの右の耳朶に、ふと愛らしい声が届く。
 その呼び声で沈思から正気づき、彼女は反射的に顔を振り向ける。
 隣を見ると娘のヴィヴィオが怪訝そうに小首をかしげていた。

「さっきからボーっとしてどうしたの? 早く食べないと、お料理が冷めちゃうよ」

 ヴィヴィオが母親めいたことを言いながら、テーブルの上に載った料理の数々を一瞥する。
 場所はミッドチルダの中央区画にある居酒屋。
 なのはの右横にはヴィヴィオが、左横にはユーノが着席している。
 さらにテーブルを挟んで向かい側にはスバル、ギンガ、ゲンヤのナカジマ家の三人が席についていた。
 昼間のパークロードで発生した衝撃的な事件のあと、なのはたちは時空管理局地上本部で事情聴取を受けた。
 そしてそれが終わったとき、時刻はちょうど夕食時だった。
 そこでゲンヤに連れられて、この居酒屋に来ていたのだ。

「べつになんでもないよ。ちょっと考え事をしていただけ」

 なのははとっさに笑顔を取り繕う。
 同僚のことを悪く思っていたとは、さすがに不躾すぎて言えなかった。

「ちょっと? でも眉間に寄っていた皺は、こーんな感じだったけどね」

 なのはの曖昧な返事に、ユーノが疑念を呈した。
 彼は眉間にわざとらしく縦皺を刻み、むむむ、と優男風の顔を歪めて唸りはじめる。
 いささか過剰に脚色されてはいたが、なのはの表情を真似たつもりらしい。
 もちろん見世物としては下の下の出来だった。
 が、その大げさな演技がヴィヴィオにはツボだったらしい。
 少女は「ユーノさん、それ似てる」と腹を抱えて笑いだす。
 娘が笑顔を見せてくれるのは、いつだって嬉しいことである。
 嬉しいことではあるが、へたくそなモノマネの犠牲となった身からすれば、その心中は複雑だった。
 なのはの口から自然と拗ねた声が漏れる。

「ヴィヴィオいくらなんでも笑いすぎ。ぜんぜん似てないでしょうに。ね、ギンガ?」

 そう年甲斐もなく不貞腐れながらギンガに同意を求める。
 真面目で誠実な彼女なら、きっと味方になってくれる、そんな期待があったのだ。

「えっ!」

 ところが案に相違してギンガは素っ頓狂な声を返してきた。
 その反応は急に水を向けられて驚いたというものではない。
 肩を震わせつつ必死に堪えていたが、じつは彼女もヴィヴィオと同じく、ユーノのモノマネに笑っていたのだ。
 ギンガは浮気をした男のごとく、ばつが悪そうに、なのはの視線から目を逸らした。

「すいません、なのはさん。期待に応えられなくて。私は裏切り者です」

 真面目な性格が裏目に出てしまったらしい。ギンガが暗い表情になって落ちこんでしまう。
 すっと剣のように伸びていた背筋も、今では老人のような曲り具合だった。

「い、いや。それはちょっと言いすぎ。べつに責めるつもりはないから」

 そんなギンガの様子を見ると、こちらに非はないはずなのに、なんだか罪悪感が湧いてくる。
 なのはの精神的な体力はごっそりと削られた。

「それじゃスバルはどうかな? さっきのユーノくんのモノマネをどう思った?」

 ギンガの惨状に苦笑しつつ、今度はスバルに意見を求める。
 スバルはテーブルの上の料理を口に運ぶ作業を黙々とこなしているところだった。
 がっつくような食べ方ではないのに、手に持った箸の挙動はめまぐるしい。
 八品目の皿がみるみるうちに空になってしまう。
 くびれた腰の持ち主とは思えないほどの健啖ぶりだった。
 もしかすると前世は巨人だったのかもしれない。
 スバルはお茶を一気に飲み干すと、労をねぎらうように腹部を撫でた。

「食べた食べた。もうお腹いっぱい。――あ、そういえば、なのはさん、さっき何か言っていましたよね? なんの話だったんですか?」

 スバルの言葉を聞いた次の瞬間、なのはを強烈な虚脱感が襲った。
 なんとスバルは食事に夢中で事の次第を把握していなかったのだ。
 これでは何を尋ねても無駄である。
 すべては徒労だったのだ。

「……なんでもない。満足できてよかったね」

 エースオブエースは、もう投げやりだった。
 疲労感に溜息をつきながら、ほそぼそと食事を再開する。
 ただ自分がどんなに落ちこんでいても、手をつけた料理はとてもおいしかった。

「高町……娘たちのせいで苦労をかけるな」

 なのはに同情したのか、ふいにゲンヤが呟いた。
 やけに実感がこめられた口調であった。

「スクライアの顔真似は、だいぶ大げさだったよ。おもしろくはあったが似てはいなかった。その点は安心していい」

 ゲンヤはお茶を一口含んでから、なのはの顔をあらためて見据える。
 彼のまなざしは誠実だった。
 長く生きていれば自然と身につくのか、それとも努力と心痛に鍛えられたのか、なんでも享受してくれそうな神妙な目。

「にしても今日はいろいろあったからな。考え事も多くなるだろう。とくに事件の犯人については――」

 そこでゲンヤは一瞬、ヴィヴィオの顔を見た。
 続いて溜息をつき、胸の前で腕を組む。

「ま、事件の話はあとでもいいか。言いかけておいて済まんな」

 今回の事件には聖王の複製体(クローン)が関わっている。
 つまり事件の話題になれば否が応にも、その事実について言及する羽目になる。
 似たような境遇だったヴィヴィオには辛い話だ。
 ともすれば二年前の事件を追体験させることになりかねない。
 ゲンヤが話を濁したのは、それを恐れたからだろう。
 思えば――
 先刻のユーノの悪ふざけもそうだ。
 あれは場の空気を深刻にしないために、わざとおどけてみせたのかもしれない。
 なにも知らないヴィヴィオのことを配慮して。
 そう考えたエースオブエースは、隣に座するユーノの横顔を窺う。
 すると視線に気づいた彼が、なのはの予想を肯定するかのように、眼鏡の奥の瞳をなごませる。
 ヴィヴィオのことを気遣ってくれる優しい人たちばかりだった。



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イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

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魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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