イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのは False Cross 第一章(3)
連載SS「False Cross(フォールス・クロス)」の第一章(3)を更新。
今回は話が進んでいません。
にもかかわらず文量ばかりが多くなるという事態に。
なので今回は誠に勝手ながら、本編の内容を、ふたつに分けることにしました。
続きは22日(日曜日)に更新予定です。
一気に読みたいという方は、その日まで待つのがいいかと。
「その人から――」
青く輝くウイングロードに沿って、太陽を背に、人影がまるで滝のように降りてくる。
逆風で流星の尾のごとく巻きあがる白い鉢巻。
女性でありながらも少年のように短い青味を帯びた黒髪。
なのはのバリアジャケットと相似の防護服は、だが彼女のそれよりも機動性を重視した作り。
なのはと共に『JS事件』を解決に導いたスバル・ナカジマが、魔法技術の恩師たる人物の危機に際して今、デバイス『リボルバーナックル』を装着した右拳を振り下ろす。
「離れろ!」
裂帛の気迫とともに閃く稲光。スバルの拳には雷撃が付与されていたのである。
打撃効果と高電圧の神経刺激によって相手を無力化する魔法『スタンショット』だ。
しかも不意打ち。
対象は何が起きたのかわからぬまま、為す術もなく地面に倒れ伏すだろう。
が、それは甲冑姿の女を例外にした話である。
相手は頭上に黒い甲冑の左手をかざし、上に向けたその掌でスバルのスタンショットを、なんの苦もなく綽々と受け止めてみせた。
たとえば雷を自在に操る伝説の神ならば、こんな真似があるいはできるかもしれない。
すぐ眼下に拡がるのはそんな作り物めいた光景だった。
下段に拳を突きだしたスバルの目が大きく見開かれる。
白兵戦において絶対有利な頭上から、それも敵の意表を衝いたはずの奇襲。
それがこんな簡単に防がれるとは、さすがに予想の埒外だったらしい。
まるで「おまえの攻撃など無駄」と当てつけがましく言われるような出来事だった。
普通なら頭の中が真っ白になるだろう。
「まだだ……まだ終わってないッ!」
それでもスバルは果敢に攻め立てた。
突きだした右拳を支点に倒立するや、眦を決し、振り子の軌道を描く足技を繰りだす。
スバルは右手のリボルバーナックルの他に、ローラーブーツ型のデバイスを所有している。
なのはのレイジングハートと同じインテリジェントデバイスに属する魔道具『マッハキャリバー』だ。
そのローラーブーツの追い討ちが、相手の無防備な眉間に襲いかかる。
応じた甲冑姿の女が空いている右腕を振りあげた。
激突するローラーブーツの爪先と黒い籠手。
それは結果だけ見れば先刻の再現でしかなかった。
しかし今度は威力を殺しきれなかったらしい。
甲冑姿の女が弾かれるように後方へ吹き飛んでいく。滑走する足裏が地面に擦過して粉塵を巻きあげた。
そのあいだにスバルは、攻撃の慣性で宙返りしながらも、見事に着地を決めている。
「スバル!」
二年前と比較して、はるかに頼もしくなった教え子の後ろ姿に、なのはは呼びかけた。
「来てくれてありがとう。おかげで助かったよ。でも管理局に要請したのは陸上警備隊の派遣だったはず。どうして港湾警備隊のスバルが?」
「今日はたまたま近くまで来ていたんです。それで事件の知らせを聞いて、思わず飛んできちゃいました」
スバルが笑顔で答えた。それでも視線だけは前方の甲冑姿の女から逸らすことはない。
「スバル・ナカジマ一等陸士。高町なのは一等空尉に、ただ今より加勢します」
機動六課に配属された当時は、まだまだ新米でしかなかった彼女が、今では港湾警備隊の防災士長。
大勢の人を災害から救い、同じ数だけ感謝され、幾多の功績を残している。
朗らかな笑い方は以前と変わらなく見えても、なのはが育てた少女は、もう押しも押されもせぬ立派な魔導師だった。
「それにしても、あの人、何者なんですか? 不意打ちのスタンショットが、あんな完璧に防がれるなんて。ただ者じゃないですよね?」
油断なく構えたまま、スバルが尋ねてきた。
なのはの肩に、変に力が入る。まるで隠し事をする子供のような不自然な反応だった。
スバルが怪訝そうに、なのはの顔を一瞥する。
「なのはさん?」
「目を……相手の目をよく見てほしい。きっとスバルなら、それだけでわかる」
なのはに言えたのはそこまでだった。
ちゃんと教えてやりたいのは山々だったが、甲冑姿の女の正体に関しては、なのは自身もまだ心の整理がついていない。
現在進行形で困惑中だったのだ。
スバルは物問いたげながらも、なのはに言われたとおりにする。
そんな彼女の顔から血の気が引き、幽霊を目撃したように蒼白になるのに、さほど長い時間はかからなかった。
「右目が緑、左目が赤のオッドアイ。それによく見たら顔つきも、なんとなくヴィヴィオに……う、嘘だ……」
見えざる槌の一撃に、スバルがよろめいた。
「どういうことですか? 彼女はヴィヴィオなんですか?」
「違う。似てるけどヴィヴィオとは別人だよ。でもヴィヴィオにいちばん近い人なのは間違いない。……おそらく彼女も聖王オリヴィエの
なのはの胸中には黒い
相手がクローンということは、つまりそれを作った人物が、その背後にいるということだ。
赦せなかった。
死者を冒涜するのみならず、人の命を道具みたいに複製する、その精神性が看過できない。
しかもクローンの元となった素体は、よりによって聖王オリヴィエなのだ。
なのはにとっては、娘の体をふたつに引き裂かれたような、そんな心境である。
やりきれない情動は人一倍だった。
「……聖王の複製体だって? 冗談じゃないよ」
スバルが地の底から響くような声で呟いた。
顔は表情が見えない程度に俯き加減。両肩は重圧に耐えるがごとく震えている。
「どんな理由があったって人の命を複製する権利は誰にもない。なのにどうしてそんな簡単なことがわからない人がいるんだ。人は……人の命は個人の道具なんかじゃないぞ!」
勢いよく顔をあげるやいなや、スバルが虚空に向けて怒鳴った。
むろん言わずもがなのことだが、その激語は甲冑姿の女を裏で操っているであろう、真犯人を対象にした叱責である。
他人事ではなかったのだ。
人間として生を享けたわけではなく、戦闘機人として造られたスバルには。
だからこそ彼女は堪えきれずに感情を爆発させた。
言語を絶するほどの理不尽に対して、嘆くことも抵抗することもできない、かわいそうな甲冑姿の女の代わりに。
熱誠な気質を持つスバルらしい怒り方だった。
もっとも当の本人には、なのはとスバルの優しさなど、欠片も伝わっていない。
自我を剥奪されたらしい甲冑姿の女は、ゴーグルがあろうとなかろうと無表情。
ただ黙して語らず、彼女は掌を上にした両手をおもむろに、胸の高さにあげる。
決断の時は間近に迫っていた。
なのはは目を逸らしたい衝動を必死に堪えながらレイジングハートを構える。
「なんにせよ、このまま放ってはおけない。私がバックアップにまわるから、スバルはいつもどおり前に出て。魔法で昏倒させてから捕まえるよ」
そう指示を受けたスバルが、肩ごしに背後を振り向いた。
彼女は何事か言いたそうにしていたが、なのはの顔を見た途端、唇を噛みしめながら正面に向きなおる。
それから押し殺したような声で「了解」とだけ呟いた。
そのときスバルが何を思ったのか、それはスバル本人にしかわからない。
ただしそれが相手の心情をおもんばかった優しい行動なのは確かだった。
なのはの胸の内が、少しだけ、すうっと軽くなる。
「ごめん、スバル。でも、ありがとう」
なのはが感謝を口にするのと前後して、甲冑姿の女の左右の掌に、まだら模様の虹色のスフィアが現出した。
続いて両脇がほんのわずかに開かれる。それは両手を打ち合わるときの予備動作を思わせるものだった。
直後、なのはの脳裏に電流のごとき啓示が閃く。とある魔法の存在を思いだしたのだ。
エースオブエースは、とっさに大声を出した。
「スバル! いますぐ彼女を捕まえて――」
なのはが泡を食って指示したが、なにをするにしても時すでに遅し。
甲冑姿の女が両の掌を、正確に言えば二つの虹色のスフィアを、胸の前で打ち合わせた。
網膜を焼き尽くす白熱した閃光。頭蓋の隅々まで反響する轟音。目前で太陽が爆発したような衝撃が、なのはとスバルを激しく打ちのめす。
――アイゼンゲホイル。
それがこの魔法の名前である。
閃光と音による瞬間的なスタン効果を目的とした魔法で、直接的な攻撃力は皆無だが、範囲内の対象の視覚と聴覚を一時的に奪うことができる。
くわえて索敵を妨害するレーダージャミングの効果もあった。
敵前から逃亡するには、お誂え向きの魔法である。
ほどなく光が通常の量に収束し、異音が宙に溶け去ったあと、エースオブエースは目を開けた。
眼底には残照がこびりつき、耳の奥はキンとして痛かったが、それでも懸命に瞳を凝らす。
しかしながら甲冑姿の女は、すでに行方を眩ましていた。
レーダージャミングが障害となって、なのはの通信を受けた地上本部の管制も、相手の反応を完全にロストしてしまう。
もはや追跡は不可能だった。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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