イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第四話 『優曇華の邂逅』(2)
今日は朝から雪が降っています。
寒いです。こんな日はチゲ鍋が食べたいと切に思う。
誰か作ってくれる人がいれば……いや、これ以上は言うまい。
ひさしぶりに肺の中に取りこむ新鮮な外の空気も、陽光が燦々と照りつける小春日和も、しかしはやての憂鬱を晴らす効果はなかったらしい。
四日間続いた違法拘禁からようやく解放されたはやては、身元引受人として迎えにきてくれたリンディとともに、海鳴市へと戻ってきていた。
「詳しくは判らないけど、でも何かひどいことをいっぱいされたんでしょう? それなのに助けるのがこんなに遅くなって……ほんとうにごめんなさい」
はやての隣を歩くリンディが、罪悪感で曇った顔を伏せて謝ってきた。
なぜ謝られているのか判らないはやては、とりあえずかぶりを振って応答した。
「でも、リンディさんのおかげで助かりました。リンディさんが上の人たちに話を通してくれたから、たった四日で出てこられたんです。それがなかったらわたしはまだ、あの狭い部屋の中で今も尋問されてたと思います」
今度は、はやてが頭を下げる番だった。事実、
たしかに闇の書事件を引きずっている人間は多い。だがそれと同じくらいに、今のはやての献身的な意欲を好意的に受け止めてくれている人間もまた少数ではなかった。
リンディはそんな彼らに協力を仰ぎ、不当な拘束を実地する検察官たちを訴えたのである。
そして結果はごらんのとおり。はやてを救い出すことに成功した。
はやてにとって
自分のために駆けずり回ってくれた恩人を、いったいどうして非難できよう。
だが感謝の念を懐くはやての心中とは裏腹に、リンディのほうは不満でやるせないらしい。
「四日もかかったわ。それにだいの大人がよってたかって、それこそまるで罪人のようにはやてさんを責め立てて。はやてさんは何も悪くないのに……」
検察官たちの悪辣を叱責するように吐き捨てると、リンディは苦々しげに顔をしかめた。
あたかも自分の娘に降りかかった理不尽であるかのように、親身になって怒ってくれるリンディのその優しさが、逆にはやての
そもそもリンディとて、この世でただ一人と誓った男性を闇の書に奪われている。そのさいに彼女の心を磨耗させた絶望の嘆きは、間違ってもはやてには想像できないし、してもいけない。なぜなら、はやては目の前にいる彼女にも怒りと憎悪をぶつけられてしかるべき存在なのだから。ゆえにこそ、はやてはリンディの親切を享受することができなかった。
「それよりもリンディさん、クロノくんとフェイトちゃんのお見舞いには行かなくてもいいんですか?」
内心の疲労と空虚を見破られないため、はやては微笑みながら話題転換を行う。
――完璧な微笑を取り繕っている。はやては少なくとも、そう信じて疑っていなかった。がしかし、人間は自分の顔を自分の目で確かめることができない。だから彼女は、いまの自分がどれだけ無惨な笑顔を浮かべているのか、まったく知るよしもなかった。
一方、はやての虚ろな笑みを直視する羽目になったリンディはというと、まるでそれが大人の義務だと言わんばかりの気丈さで、剛胆さで、朗らかに笑ってはやての問いに応じる。
自分の瞳に揺れる悲愴な色を、決してはやてに悟らせまいとするかのように。
「それはまた今度にするわ。それにクロノとフェイトのところには、今ごろエイミィとアルフが行ってるはずだし。だから私がいかなくても、きっと二人とも寂しくないわ」
だが、リンディは寂しいだろう、不安だろう。彼女はクロノとフェイトの上司である前に、二人の母親である。今すぐにでも息子と娘の傍へ飛んでいきたいに違いあるまい。
はやては胸が塞がる思いだった。リンディの衝動の足枷となっている原因が、紛れもなく自分の曖昧な立場のせいであることを、はやてはどうしようもなく内省していたからだ。
はやては
気まずい静寂のなか、歩道を歩くはやてとリンディの足音だけが虚しく宙を泳ぐ。
「……みんなの代わりに、わたしが犠牲になっていればよかった」
唐突に歩みを止めると、はやては砂を零すようにぽつりと呟いた。
一瞬で顔色を蒼褪めたリンディが、凝然とはやてを見やる。
だが足元に視線を落としていたはやては、そんなリンディの反応に気がつかない。
「みんなには……家族がいる。たくさんの思い出を共有できる家族が。
でもわたしには誰もいない。わたしがいなくなっても悲しむ人なんて一人もいない。だったらわたしが身代わりになってればよかった! そうしたらきっと――」
続く言葉は、ふいに頬に走った鋭い痛みと熱。そして、パン、と乾いた音に遮られた。
ひりつく右頬を押さえながら、はやては狼狽もあらわに顔をあげる。
そこには眦をキッと吊り上げたリンディがいた。その腕は振り抜かれた姿勢のまま固まっている。そこでようやくはやては、リンディに平手をもらったのだと理解した。
「……はやてさん、そんな悲しいことを言わないで。自分が独りぼっちだなんて言わないで」
まばたきもせずに呆然と見上げてくるはやてを、だがリンディは怒りや悲しみではなく、むしろ悔しくてたまらないといった口調で窘める。
「はやてさんがいなくなったら、なのはさんもフェイトも、クロノもエイミィもアルフだって悲しむ。それになりより、守護騎士たちのみんなが一番悲しむと思うわ」
はやては雷に撃たれたように身を震わせた。無性に喚き散らしたい衝動に駆られ、だが声に出すまいと必死になって堪えた。さっき自分は、なんて最低なことを口走ったんだろう。
泣きそうな顔で恐縮するはやての肩に、リンディが自分の手をそっと添える。そのときのリンディの表情は、まるで娘を慰める母親のような、慈愛に満ちた笑顔であった。
「はやてさん。あなたは決して一人なんかじゃない。あなたには守護騎士たちがいる。
はやては
――すなわち、守護騎士たちと共に生きていくことを誓った決意を。約束を。
「リンディさん、すみません。そして、ありがとうございます。わたしはもう少しで、取り返しのつかない過ちを犯すところでした」
はやては
あまりにも情けない醜態である。恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
一方、赤面した顔を隠すように俯くはやてを、リンディは頬を緩ませて見守っている。
「思い出してくれたなら、それでいいのよ。でも謝る相手は私じゃない。でしょ?」
「――はい」
はやては決然と頷いてみせた。
嘆いている場合ではない。これからはやてには、臨まなければいけない試練があった。
守護騎士たちや仲間たちを襲撃した次元犯罪者を逮捕し、犯した罪と向き合ってもらう。そして石化魔法を解除させたのち、被害に遭った彼女たちの前で謝らせる。そのために一刻も早く、その次元犯罪者を見つけ出す。後ろ向きな感情に、もう惑わされるつもりはない。
気力を取り戻したはやてを見て安心したのか、リンディはここでやっと目尻に溜まった涙を指先で拭う。さっきまでの痛々しい表情は、もはや二人とも忘却の彼方である。
そのとき、満面の笑みを浮かべるリンディが、はたと突拍子もない話を切り出してきた。
「ところで、はやてさん。もしよかったら、今日から家の子にならない?」
「……はい?」
はやては、ぱちりぱちりと二度瞬きした。急に知らない言語で話しかけられた気分だった。
はやての間抜け面を見咎めて、彼女の当惑のほどを悟ったのだろう。リンディは苦笑するように口元を弛めると、前髪を掻きあげながら言葉を付け加える。
「あ、勘違いしないで。べつに養子になれとかそういうことを言ってるんじゃないのよ。ほら、家にひとりで籠もってても寂しいでしょ? だからしばらくのあいだだけ、ね?」
はやての顔色を伺うように説明するリンディ。が、そのくせ何か明るい答えを期待しているような彼女の表情を見て、はやてはようやく得心がいった。
「それは願ってもない話ですけど……でも、いいんですか?」
「構わないわ。そのほうが私はもとより、エイミィもアルフも喜ぶだろうし」
はやては、自分を見つめるリンディの穏やかな瞳を見つめながら、その提案を受けるか否かを逡巡する。一人暮らしは初めてではない。だから一人でいることに不都合はないはずだった。
だが、二年前までは当たり前だった一人暮らしも、今では遠い過去のような話である。
はやては「ただいま」と声をかければ、「おかえりなさい」と返ってくる日常に慣れすぎてしまっていた。たしかにリンディの言うとおり、一人で過ごす日々はさぞ寂しいものになるだろう。おそらく今の自分の克己では、そんな孤独には耐えられないに違いない。
結論は出た。はやては慎み深く頭を下げると、リンディに感謝の言葉を告げる。
「お言葉に甘えさせてもらいます。今日からよろしくお願いします」
その答えを聞いたリンディが、嬉しそうな笑顔を浮かべて手を打ち鳴らす。
「いい返事がもらえて、私も嬉しいわ。こちらこそよろしくね、はやてさん。
あ、それとね。はやてさんに元気になってもらおうと思って、ちょっとすごいお客さまも呼んでみたのよ」
「お客さま? 誰ですか?」
リンディの謎めいた物言いに、はやては不思議そうに小首を傾げた。
はやてに元気を出してもらうために招待した
はやては、リンディに乞うような眼差しを向ける。
だが一方のリンディはというと――
「それは家に着いてからのお楽しみ」
立てた人差し指を唇に当てて、年齢が胡乱になりそうな子供っぽい微笑を浮かべるばかり。はやてに詳細を教える気配さえ見せなかった。
そんなリンディの含み笑いを、はやては訝しんだものの、結局、それ以上の追求を諦めた。家に着けば判ると明言しているのだから、なにも答えを急く必要はない。
はやてとリンディは、ふたたび並んで歩き出す。その歩調は、最初のどんよりした空気と相反した、曇りのない軽快なリズムを刻んで踊っていた。
がしかし、それは数歩もいかぬうちに凍結してしまう。
彼方の虚空より迸った一条の閃光が、リンディの背中を撃ち抜いたからであった。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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