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ニーナ・アントークと勉強会

 先週の日曜日に掲載する予定だった『鋼殻のレギオス』の短編SSです。
 なにげにレギオスの二次創作とか初めて書きました。
 でも思っていたより書きやすくて驚きました。
 なぜかキャラの性格がわかりやすかったんですよね。
 こういうのを『キャラ立ち』というんだろうか?
 とにもかくにもおかげで楽しく書けました。
 話自体は毒にも薬にもならないギャグですが、たった一度でも笑っていただければ幸いです。
 それではニーナ・アントークの受難をお楽しみください。
 どうぞ。
 


 ニーナ・アントークには天敵がいた。
 それは雨季や乾季のごとく、いつも決まった時期に現れる。
 そして(けい)錬金鋼(ダイト)も持たない身でありながら、武芸者である彼女を完膚なきまでに打ちのめす。
 その脅威たるや、汚染獣をも超える。
 まさしく悪夢の具現。
 あるいは致死の猛毒。
 この世にありうべからざる狂気の黙示録。
 その怪物は畏怖と嫌悪を込めて『期末テスト』という名で呼ばれていた。
 そしてその呪うべき怨敵の襲来が、あと一週間後にまで迫っていたのだ。
 憂鬱である。極限に憂鬱だ。
 まるでこの世に存在する不幸がすべて、この身に振りかかっている気分であった。

「――それにしても意外でした。隊長って学校の勉強が苦手だったんですね」

 テーブルを挟んで向こう側――右斜め前方に座るレイフォンが、ニーナの顔を見つめて呟いた。
 ニーナより一つ年下のこの男は、戦闘のときはズバ抜けて鋭敏な判断を見せるくせに、普段の生活では病的に鈍感だった。そのため良くも悪くも直截的な発言が多い。

「……否定はできない」

 ニーナはとっさに顔をそむけた。
 他者に欠点を指摘されるといたたまれなくなる。とりわけレイフォンに言われた場合は。
 それはプライドなんて立派なものではない。
 自分を身の丈以上に見せようとする虚栄心。
 子供じみた見栄である。
 だが。
 どうしてもレイフォンの前でだけは、常に凛然とした自分でいたかったのだ。

「たしかに勉強は苦手だ。しかし私の抱える問題は、その程度の次元じゃない」

 ニーナは溜息をつくと、自身の恐るべき習性を、もじもじと語りはじめた。

「いつも机の前に座ると、ふいに意識が跳ぶんだ。そして気づいたときには、次の日の朝を迎えている。言っている意味がわかるか?」

 うんざりと吐き捨てるニーナ。
 すると横のほうから、ククク、と忍び笑いが聞こえた。

「教科書を子守り歌に、机をベッドの代わりに、ってわけね。まるでギャグマンガのキャラクターみたいだな。一度でいいから、その光景を見てみたいぜ」

 飄々と応じたのはシャーニッドだった。その笑顔も声音も、からかいの風情だ。
 ニーナは眉根に皺を寄せた。
 が、彼女が何か言い返すよりも先に、その右隣から叱責の声が跳んだ。

「言葉を慎め。ニーナは学業と武芸の修練にくわえて、生活費と学費を稼ぐために、都市の機関部の清掃までこなしている。私たちよりも自由に使える時間が少ないんだ。それを考慮して喋れ」

 声の主はダルシェナだった。
 光線を思わせる金色の巻き毛が印象的な彼女は、右横に座るシャーニッドを醒めた目で睨んでいる。
 ダルシェナが代わりに怒ってくれたおかげで、ニーナはいくらか溜飲を下げることができた。険しくなっていた表情をわずかに弛める。

「べつに怒ってはない。シャーニッドの軽口はいつものことだ。もう慣れている」

 背筋をぐっと伸ばしたニーナは、部屋の中をぐるりと見回していく。

「むしろ今回の件については感謝しているんだ。困っている私を気遣い、みんなで勉強会をしよう、と提案してくれたのは、シャーニッドだからな」

 場所はニーナが借りている寮の一室。
 その装飾の少ない質素な部屋に、ニーナ、レイフォン、シャーニッド、ダルシェナ、フェリ、リーリンの六人が集まっていた。
 もともと一人か二人の収容がせいぜいな場所である。部屋はぎゅうぎゅう詰めだった。

「それとリーリンにも感謝している。わざわざ教師役を買って出てくれてありがとう」

 ニーナは馬鹿丁寧に頭を下げた。その畏まった態度に、リーリンは苦笑する。

「一緒の寮に住んでるし、学園ではクラスメートだし、なにより友達じゃない。水くさいこと言わないで、もっと遠慮なく頼ってよ。そのほうがわたしも嬉しいんだから」

 リーリンが言い終ると同時に、シャーニッドが拍手喝采を送る。

「さすが飛び級で三年生になっただけはあるな。かわいいうえに大人な思想の持ち主だ。つくづく感心するよ」

 しきりに頷きながら驚嘆するシャーニッド。なんとも胡散くさい仕草だった。
 ニーナは疑惑のまなざしで、シャーニッドの横顔を睨んだ。

「シャーニッド、おまえ、なにを企んでる?」
「なんだよ、藪から棒に。俺の粋な計らいに感謝してるんじゃないのか?」
「感謝はしている。が、いろいろと混ぜ返すのが好きなおまえのことだ。ただの善意で協力しているとは思えない。本音を言え」

 ニーナの口調は厳しかった。体から溢れる威圧感も尋常ではない。極端に気が弱い者であれば、関係あることから言う必要のない個人的な情報まで、泣きながら白状するだろう。
 が、シャーニッドの悪童めいた含み笑いは変らなかった。

「それを言うなら俺よりも不審な奴が一人いるぜ。だよな、フェリ?」

 シャーニッドは薄ら笑いを浮かべつつ、まだ一言も発してない少女に話を振った。
 フェリは教科書を読んでいたが――実際は漫然と眺めていただけかもしれないが――すごく面倒くさそうに顔をあげた。

「こういうイベントには消極的なはずのフェリちゃんが、今回に限っては文句のひとつも言わずに参加を決めた。おかしいよな。なにか裏があるんじゃないかって思うよな?」

 まるで犯人を問いただす警官さながら、ずいっと前に身を乗り出すシャーニッド。
 しかしフェリの無表情は、鉄の仮面のごとく崩れない。

「べつにおかしくありません。今回はたまたまそういう気分だった。ただそれだけのことです」

 絶対零度の声色だった。雪と氷の女王が口を利いたらこんな声で喋るかもしれない。
 けれどシャーニッドは、身を切るこの寒さを感じていないのか、いまだ余裕の笑みである。

「ま、女は言いわけの生き物だからな。あまり深くは追求しないでおいてやるよ。――がんばんな」

 その含みのある台詞に、フェリの片眉がわずかに動いたが、反応はそれだけだった。すぐに先ほどの教科書へと視線を落とし、以後はふたたび美しい銀髪の人形と化す。

「……ほんとにおまえは、なにをしにきたんだ?」

 ニーナが低い声で、シャーニッドに問う。落ちつきがないというより苛立っていた。
 フェリがこの場にいる理由など訊くまでもない。参加者にレイフォンがいるからだ。
 でなければ出不精のフェリが、露骨に面倒くさそうにしながらも、義理堅く付き合うはずがない。
 確認しなくてもわかっていたことだ。
 なのにどうしてこんなにもムシャクシャする?

「もちろん勉強だって。まだ疑ってんのかよ」

 シャーニッドはあぐらを組んだまま、尻でにじるように動いてダルシェナを迂回し、ニーナのすぐかたわらに近づいてくる。
 それからニーナにそっと耳打ちしてきた。

「しかしフェリは、見かけによらず、したたかな女だよ。正妻の呼び声が高いリーリンはともかく、我らがレイフォンさまの隣に、さも当然の顔をして座ってるんだからな」
「……それがどうした?」

 たったのひと呼吸。
 それは一瞬の空隙だったが、ほんの少しでも間を空けてから応えてしまった不始末に、ニーナは内心で舌打ちした。
 そのときシャーニッドの唇の形が嫌らしい三日月になる。まるで自分の言葉の成果を堪能しているような、ニヤリという擬音がぴたりと嵌まる不快な表情。

「心中お察しするぜ。なんせ地の利を奪われたに等しい状況だからな。心の距離と現実の距離は比例するぜ。早く逆転の秘策を考えないと、どんどん悪いほうに転がるぞ」
「……ようやくわかったぞ。おまえの真の目的がな」

 単純な話である。
 ようするにシャーニッドは、ニーナの色恋沙汰を、酒の肴に楽しむつもりなのだ。
 レイフォンに接近する女子たちの行動に一喜一憂するニーナの姿を笑う気なのだ。
 下劣な行為である。もう娯楽の域を超えていた。とても甘受できるものではない。
 ニーナの猫めいた大きな瞳に、そのとき情念の蒼い炎が灯る。
 あと一言でもシャーニッドが余計なことを話せば、その瞬間にニーナは世にも恐ろしい般若と化し、このゲス野郎の息の根を容赦なく止めるであろう。
 が、なんとも忌々しいことに、シャーニッドという男は、引き際をわきまえていた。
 彼は無言のままニヤニヤしているだけで、奥歯を噛みしめるニーナに対して、それ以上の屈辱的な行為はいっさいしない。
 小動物さながらに警戒心が強い男であった。

「……シャーニッド」

 ニーナとシャーニッドが視線だけで鍔迫り合いを繰り広げていたときだった。
 殺気立ったニーナに恐怖を感じたのか、ここまでなりゆきを静観していたダルシェナが、とうとう堪りかねたように口を開いた。

「いいかげん悪ふざけはやめろ。後ろでコソコソ話されると気が散ってしょうがない」

 ダルシェナに注意されて、シャーニッドは肩をすくめた。

「悪い悪い。もう勉強の邪魔はしねえよ。……あとは座して待つとしますかね」

 最後に不穏な台詞を言い残して、シャーニッドは元の場所に戻った。
 ニーナは憤懣やるかたなかったが、さりげなく仲介してくれたダルシェナに免じて、シャーニッドへの鉄拳制裁を諦める。
 そしてニーナの部屋には、やっと静謐な時間が訪れた。
 ペンを紙に走らせる筆の音だけが、一同のいる殺風景な空間を占有する。
 ところがニーナの頭の中は、やたらと雑音でうるさかった。
 ときどき聞こえてくるレイフォンの声が。
 その両隣に座る女子たちの楽しそうな声が。
 まるで山びこのように頭蓋の中に反響する。
 聞くまいとすればするほど鼓膜に流れこんでくる。
 原因はわかっていた。レイフォンである。彼の存在を強く意識してしまっているのだ。
 そのせいでテスト勉強どころではなかった。完全にシャーニッドの術中である。
 しかもいったん気になりはじめたら止まらないのがニーナだ。
 彼女は問題集を解くふりをしながら、上目を遣ってレイフォンの様子を窺う。
 そしてリーリンとフェリに手取り足取り勉強を教えてもらって、役得だぜ、とばかりに鼻を伸ばしているレイフォンの姿を目撃してしまう。
 もちろんそんな事実はなかったが、ニーナの頭の中ではそう変換された。
 筆圧でノートのページが破れ、ペンが真ん中からへし折れる。
 ついに堪忍袋の緒が切れた。

「だあああッ! もう駄目だ! もう我慢の限界だ!」

 ニーナは折れたペンをテーブルの上に叩きつけ、憤然と立ちあがると、テーブルの向こう側に座るレイフォンを睨んだ。
 中性的だが端整な顔立ちだけに、強烈な怒りに彩られると、まるで鬼女のような凄絶さを放つ。
 その突然の豹変に気圧されて、レイフォンは呆然自失だった。

「おまえのせいだ。レイフォン・アルセイフという存在が、私をどうしようもないほどに狂わせる」

 ニーナはおもむろに錬金鋼を取りだした。それをすぐさま二本の鉄鞭に復元させる。

「……レイフォン、頼みがある。私の心の安寧のために、いまここで死んでくれ!」

 その一方的な死刑宣告を受けて、ようやくレイフォンが我に返った。

「ち、ちょっと隊長。言っている意味がさっぱりわかりませんよ! なんで僕が――」
「うるさい! 悪いところは叩いてなおす。おまえの鈍感さは、私が矯正してやる!」

 嵐のように吹き荒れる剄。苛烈に乱舞する複数の錬金鋼。男女の怒号と悲鳴。
 当然、実力で勝るレイフォンには攻撃が当たらないので、腹立ちまぎれにシャーニッドをボコボコにしてやったが、部屋の中はメチャクチャになって半壊状態となる。
 むろん勉強会は潰れてしまう。それ以後は企画しようとする者もいなかった。
 振り返ってみれば何の関係もないことに時間と労力を消費しただけ。
 結局は得るものが何もない一日であった。

「――今度は二人っきりで勉強しようよ、ね?」

 テストの成績が散々だったニーナを、リーリンが無限の慈愛で優しく慰める。
 落ちこみすぎて猫背になったニーナは、剛健な彼女らしからぬ弱々しさで頷いた。

「そう、だな。もう勉強会なんてこりごりだ」

 ひとりで勉強しても(はかど)らないが、大勢で勉強したらもっと捗らない。
 それが今回の騒動で学んだニーナの教訓だった。

 

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イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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