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月荊紅蓮‐時遡‐ 第十五話


 連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第十五話を更新しました。
 次回の更新は来週の日曜日(11月7日)を予定しています。

 今回は筆が進まなかったせいで、少しばかり短い話になっています。
 なのでサクサクっとお読みください。
 


 濛々たる湯気を不意に、アリサの大音声が貫いた。
 すずかは声が聞こえてきた方角へ視線を馳せる。
 乳白色の帳の向こう側が、ぼんやりと赤くなっていた。
 おそらくアリサの炎撃を受けた【加速】が燃えているのだろう。
 ということはアリサたちも首尾よく事を終えたのだ。

「だったら最後の仕上げ」

 そう言いながら、すずかは右手のデバイス『悠遠』を、逆手に持ち替えた。
 ついで【剣】のカードの能力を解除する。
 デバイスを覆っていた光が、次の瞬間、気泡のようにパッと弾け飛ぶ。
 すると悠遠は『銀色の長剣』ではなく、元の形状である『剣十字』に戻っていた。
 すずかは片膝の姿勢から、すっと淀みなく立ちあがる。
 それから左手の短剣型のデバイス『薄暮』を振りかぶった。
 シルエットカードを封印するためには、起動トリガーとなるキーワードに加えて、デバイスの補助が不可欠な要素である。
 しかし彼女の『悠遠』と『薄暮』は二機で一対のアームドデバイスだ。
 形状こそ異なるものの、性能に大きな落差はない。
 だからどちらを使っても封印作業ができるのだ。

「これで遊びの時間は終わりだよ。シルエットカード――」

 すずかの目が大きく見開かれた。
 自動的に『夜の力』が発動して、瞳の光彩が藍紫から深紅に変わる。
 まるで自分の知らない力が背骨から引き出されているようだった。
 けれど決して不快な感覚ではない。
 むしろ心地よいものさえ感じながら、すずかは左手のデバイスを振り下ろす。

「封印ッ!」

 そのとき【加速】と【停滞】の残骸が一瞬で魔力に還元した。
 同時に発生した二条の光の渦が夜闇を反転させる。
 渦動する光の奔流の内側には、それぞれに長方形の核があった。サイズは掌と同じくらい。その核に向けて光は螺旋を描きながら、まるで星の誕生のように集束していく。
 そして静寂が訪れる。
 周囲の湯気は突風に一掃されて、すでに跡形もなく消え去っていた。
 真冬の夜空にふたたび顔を見せた珠玉の満月――その白い光を浴びて校庭の様子が明瞭になる。
 虚空に二枚のカードが浮遊していた。
 言わずもがな封印された【加速】と【停滞】である。
 中央に描かれた奇妙な模様の図柄を挟んで、一方には『AXCL』と『ARISA』の文字が、もう一方には『STAGNATE』と『SUZUKA』の文字が、カードの表側にしっかりと刻印されていた。
 ほのかに光を帯びた二枚のシルエットカードは、その位置から、さながら釘で留めつけられたかのように動かない。
 すずかは目の前に浮かぶ【停滞】のカードに手を伸ばした。

「……おいで」

 だが【停滞】のカードは、どうしても動こうとしない。
 その様子がモジモジしているように見えたのは、すずかに多少の負い目を感じているからだろうか。まるで悪いことをして捕まった子供みたいな反応だった。
 すずかの胸中に母性めいた感情が浮かぶ。
 彼女は借りてきた子猫を宥めるように、ふたたび【停滞】のカードに声をかけた。

「だいじょうぶ。怒ってないよ」

 にもかかわらず【停滞】のカードは右往左往するばかりで行動を起こさない。
 すずかは無言のまま、辛抱強く相手を待った。
 凪いだような時間が一秒二秒と経過する。
 彼女が凍える夜気に四回目の白い息を吐いたとき、ようやく【停滞】のカードがこちらにやってきた。
 おずおずと飛来して、掌に身をゆだねてくる。
 すずかは新しい仲間を笑顔で迎え入れた。
 これで自分は【停滞】のカードの正当な所持者だ。

「すず――じゃなかった。ローウェル一号。……いい加減この呼び方も、面倒になってきたわね」

 手の中のカードを笑顔で眺めていたとき、ふいに真横からアリサの声が聞こえてきた。

「もっとも【加速】と【停滞】は、このとおり無事に封印できたわけだし、それも未来に帰るまでの辛抱か。たしか封印が完了したら自動的に転移が始まるって【時】が言ってたわよね?」

 アリサが剥きだしの肩をそびやかしながら歩いてくる。
 そのノースリーブのブラウスと一体化した黒いマントが北風を受けて後ろになびく。
 日本刀型のデバイスは左手の鞘に納められており、右手には一枚のシルエットカードを所持していた。【加速】のカードである。
 彼女たちが手に入れた【加速】と【停滞】のカードは、二枚とも『時間を操作』する強力なシルエットカードだ。
 一方は任意で時間の加速を引き起こし、もう一方は任意で時間の停滞を強制する。
 しかし生物の体感に致命的な影響は与えない仕様なので、急に老化が進んだり血流が遅くなったりという危険はない。
 適度に親切設計な能力だった。

「うん。たしかにそんなこと言ってたね。あとは転移が始まるのを待つだけだと思う」

 すずかは過去のやりとりを思い出して相槌を打った。
 続いて両手に持ったデバイスを待機状態に移行する。
 二機のデバイスが一枚のカードになって収納された。

「ともあれ【加速】の【停滞】の封印も完了して一件落着。これでやっと一息つけるね」
「――なるほど。その様子だと揉め事は片づいたみたいですね。わたしも安心しました」

 すずかとアリサの話に突如、別の少女が割って入ってきた。

「それなら今度はゆっくりと『お話』ができますね」
「な、なのはちゃん。ど、どうしたの? お話ってなんのことかな?」

 すずかの顔に緊張が走った。まるで水をかけられたように胸の内が冷えていく。
 すぐそばに高町なのはが佇んでいたのだ。
 彼女は敵意こそないが疑心にあふれた視線を向けてくる。

「ごまかさないで正直に答えてください。さっき倒したあの二体は、いったいなんなんですか? たぶん使い魔とも傀儡兵とも違いますよね? それにミッドチルダ式ともベルカ式とも異なる魔法――あんな模様の魔法陣は一度も見たことがありません。どこの体系の魔法なんですか?」
「い、いや、そんな矢継ぎ早に質問されても……ね」

 なのはの剣幕に気圧されて、すずかは目に見えて狼狽する。
 質問の内容が答えられないものばかりだったせいだ。
 が、この窮地に及んでもまだ彼女は、なのはに嘘はつきたくなかった。
 なぜなら目の前の少女は、どこまでいっても、自分の大切な友人だからだ。
 その事実に時代の差異は関係ない。
 だから冷たいをふりをして邪険にあしらうことなどできなかった。
 そんな彼女の内心を敏感に察したのか、そのときアリサが果敢に口を挟んでくる。

「戦闘が終わったと思ったら今度は質問責めか。今まで共闘していた相手に対する仕打ちじゃないわね。わたしたちの人柄はわかってもらえてなかったのかしら?」

 すると今度はフェイトが口を開いた。

「ごめんなさい。べつに責めるつもりはなかったんです」

 なのはの隣に並ぶフェイトは、困ったような顔を浮かべていた。

「あなた方が悪い人じゃないのは、一緒に戦ったから知っています。でも……」
「でも?」

 アリサが怪訝そうに首をかしげる。
 フェイトは端整な眉目を曇らせたまま先を続けた。

「うまく言葉にできないんですが……あなた方の存在感は異質なんです。もちろん危険じゃないのはわかっています。でも不発弾と対峙しているみたいで気が休まらない。そんな感じがするんです」

 言い得て妙だった。
 たしかにフェイトが指摘するとおり、すずかとアリサの存在は異質きわまる。
 未来の世界の住人が過去の世界にいる、そのありえない矛盾が二人の正体だった。
 なにか彼女たちが下手をすれば即座にタイムパラドックスが発生するだろう。
 まさに人類だけではなく世界そのものを破滅させるかもしれない爆弾だ。
 フェイトの『不発弾と対峙している』という比喩は実に正鵠を射ていた。

 


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イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
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