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月荊紅蓮‐時遡‐ 第十三話

 お待たせしました。
 約3週間ぶりの中編SSの更新です。
 今回は『月村すずか』と『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』のターン。
 彼女たちが協力して【停滞】を倒すまでの話です。
 ブランクもあったので大変でしたが、そこそこイイ感じに書けたと思う。
 魔法少女たちの活躍をワクワクしながら見てください。

 そして第十四話の更新は来週の日曜日(24日)を予定しています。
 これ以上、チンタラしているわけにはいかないので、気合を入れて執筆します。
 それにしても本当にお待たせして申しわけなかった。
 


 フェイトの突然の急襲を受けて――【停滞(スタグネイト)】が怯んだように後ずさる。
 もともと誰が誰の相手をする、なんて決まり事はなかったのだ。
 今までは単純に、状況に流されていた、だけにすぎない。
 だから途中で対戦相手を、入れ替えた、としても卑怯ではあるまい。
 いや――
 むしろ敵の固定観念の裏をかいた立派な作戦である。

「はあああっ!」

 人間の反射運動よりも素早く動きながら、フェイトが両手で持ったデバイスを振るう。
 雷気を帯びた大鎌の三日月刃は、甲高い音をたてて【停滞】の白い甲冑に弾かれたが、フェイトは意に介したふうもない。
 相手の周囲を高速でまわりながら間断なく執拗に攻め続ける。
 連続して閃くデスサイズの金色の刀身。
 こだまするのは冴え冴えとした無数の金属音。
 まるで黒い竜巻のようだった。しかも内部では稲妻が荒れ狂っている。
 しかし――
 なのはやアリサの攻撃でも貫けなかった【停滞】の鎧には傷ひとつ負わせられない。
 が、さすがに目の前でうろちょろされるのは鬱陶しいようだ。
 重たげな甲冑の左腕を伸ばしてフェイトを捕まえようとする。
 だが高速で動きまわる黒衣の魔導師を取り押さえることはできない。
 相手の白い籠手が掴むのは、少女の黒い残像ばかりだった。
 やがて業を煮やしたらしい【停滞】が、ついに時間の進行を遅くする能力を使う。
 白い兜の奥の双眸が溶鉱炉さながら深紅に燃える。
 フェイトの動きが途端に鈍くなったのは次の瞬間だった。
 言うまでもなく敵の術中に陥ったせいだ。
 生命線であるスピードを奪われた今のフェイトは、もはや無防備のまま熟睡している赤子と変わらない。
 ただの狙いやすい的だ。
 そしてスローモーションになった黒衣の魔導師に、全身鎧の【停滞】が容赦なく左の拳を振り下ろす――

「プラズマ――スマッシャー!」

 攻撃の直前だった【停滞】を、いきなり光の奔流が呑みこんだ。
 雲の上から大地に降るのではなく、地表を水平に駆け抜ける一条の稲妻。
 それが前触れもなく横ざまから襲ってきたのである。
 まったく予期していなかった雷撃に、さすがの【停滞】もバランスを崩した。
 甲冑に覆われた巨躯が右側に傾き、跳ねあがった左足が地面から離れる。
 まるで相撲の四股(しこ)のような体勢。
 その不恰好な片足立ちのまま、横に数歩たたらを踏んでしまう。
 攻撃を弾いた甲冑はあいかわらず無傷だったが、魔力の火花が金色の(いばら)となって散り走っていた。
 おぼつかなげに体の均衡を立てなおした【停滞】が、プラズマスマッシャーが飛んできたほうへ目を向ける。
 このとき【停滞】にも人間めいた感情があれば、きっと亡霊を見た者のように腰を抜かしただろう。
 それだけ視線の先にあった光景は、常識的には考えられないものだった。
 なんとそこには『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』が立っていたのである。
 右手には長柄の黒い戦斧――アサルトモードのバルディッシュを持ち、左手の掌は【停滞】のほうに差し向けられている。間違いなく射撃魔法を放ったあとの体勢だ。
 ありえない……
 これは二重の意味でありえない不条理だった。
 だいいちフェイトの行動は完璧に封じられているのだ。
 実際に彼女は今も【停滞】の目の前であがいている。
 魔法を行使して逃げだす時間も、反撃に出る余裕もないはずだった。
 にもかかわらず湯気の中には、たしかにフェイトが立っている……
 これら不可解な現象の数々に、だが【停滞】は頓着しなかった。
 右手のモーニング・スターを勢いよく旋回させるや、先ほど射撃魔法を放ったフェイトに向けて投擲する。
 すぐ鼻先の相手――もうひとりのフェイト――には目もくれない。
 それはあまりにも愚直すぎる反撃だった。
 一部の例外を除けば……
 シルエットカードに知性らしきものはない。
 もちろんまったくないわけではないが、子供なみに単純な判断しかできなかった。
 そのため眼前に狙いやすい獲物がいても、別の敵から攻撃を受けた場合、つい目先のことを忘れて復讐に走るのだ。
 逆巻く風を貫いて猛然と飛来するモーニング・スターの鉄球。
 それを二人目のフェイトは無防備のまま正面から受け止めた。
 逃げることもせず、防御することもせず、なんと棒立ちのまま。
 とても正気の沙汰ではない。
 当然ながらモーニング・スターの直撃を受けた矮躯(わいく)は虚空に跳ね飛ばされてしまう。
 しかし――
 くの字に折れた黒衣が、まるで煙のごとく消失したのは、次の瞬間の出来事だった。

「――さすがはイノちゃん。偉そうに自負するだけあって完璧な幻術だったね。まるで鏡写しみたい。本物のフェイトちゃんと瓜ふたつだったよ」

 フェイトを捉えたはずの鉄球が地面に落ちると同時に、すぐ手前の蒸気の中から隠し絵のごとく人影が躍り出た。
 右手には身の丈よりも巨大な剣十字のアームドデバイスを、左手には短剣型のデバイスと【(トリック)】のカードを持っている。

『すず姉さま、偉そうに、は余計です。……たしかに多少は生意気なときもありますが』
「ごめんごめん。べつに悪気があって言ったんじゃないの。だから機嫌なおして、ね?」

 イノの憮然とした声に、すずかは苦笑して応じる。
 戦況は依然として予断を許さないが、それでも彼女には笑える余裕があった。
 その理由は単純だ。
 自分の思惑どおりに事が運んだからである。
 モーニング・スターの直撃を受けたのはフェイト本人ではなかった。イノがおのれの能力で作り出したフェイトの幻影――正しくはフェイトに擬態したイノ自身だったのだ。
 幻術だけでなく自分の容姿も自在に変えられる【戯】のカードならではの戦法だった。

「なんとか【停滞】に時間操作の能力とモーニング・スターを使わせることができた。これもぜんぶ危険な囮役を引き受けてくれたフェイトちゃんのおかげだ。その信頼は絶対に裏切れない。なにがなんでも今ここで【停滞】を倒してみせる!」

 すずかは声に出して士気を鼓舞する。
 それから地面にめりこんだモーニング・スターの上を――鉄球と持ち手を繋ぐ極太な鎖の上を――ためらいも恐れもせず軽業師さながらに走りはじめた。
 この鎖は【停滞】の強壮な魔力で頑丈に編まれている。
 しかも今は弓弦のようにピンと張りつめているので地面と変わらないほど盤石だった。
 そのおかげで走るのに、まったく不自由はしない。
 すずかは彼我の距離をみるみるうちに縮めていく。
 もちろん敵の迫撃を黙って見逃す【停滞】ではない。
 おのれの代名詞と言ってもいい魔法で、すずかの速度を鈍重な亀にしようとする。
 が、その肝心の秘儀たる過去化の停滞は、フェイトを呪縛するのに使っていた。
 くわえて唯一の武器は足場にされている。
 結果として迎撃に使えるのは、なにも持っていない左手だけだ。
 籠手に覆われた左拳が唸りをあげて突きだされる。
 すずかは斜め上に跳んで、【停滞】の打撃をかわした。

「まだ……まだこれから!」

 すずかは空中で左手を真横に伸ばした。
 その手の中には一枚のシルエットカードが収められている。
 先ほど使った【戯】のカードとは種類が違う。
 それは今日はじめて行使する属性のカードだった。

「カートリッジロード!」

 彼女はカートリッジを一発ロードしながら、続いて勝利の女神まで届けとばかりに叫んだ。

「わたしに万物のすべてを斬り裂く無双の刃を。――来て【(ブレイド)】ッ!」

 すると次の瞬間、すずかの祈念に応じた【剣】のカードが、その力を発動した。
 解き放たれた荒ぶる魔力が光の渦となって右手のデバイス『悠遠』に集束していく。
 さらに逆巻く突風が彼女の体をぐんぐん押し流す。
 すずかは強風を味方につけて、手裏剣のごとく旋回をはじめた。
 一回転するごとに加速して猛然とスピンする。
 そのまま風に乗って【停滞】の背後へまわりこんでいく。
 ほどなくデバイスを覆う光の渦が外側へ弾け飛んだ。
 中のアームドデバイスは剣十字でなく『西欧風の長剣』に変わっていた。
 刀身から持ち手まで銀色に艶光るロングソードが冷たくきらめく。

「これがわたしの全力だあああッ!」

 ひとつ、ふたつ、みっつ――
 回転しながら繰りだされた刃の輝線(きせん)が連続して虚空に奔る。
 この【剣】のカードの能力は対象を『斬り裂く』ことに特化していた。むろん術者の意思と魔力量で、その切れ味は自由自在である。
 しかし基本的に適当な力が働きかければ破壊できるような物質では防げない。
 それは魔力で実体化したシルエットカードの体も例外ではなかった。
 少女がグラウンドに片膝をついて着地するのと同時に、小山を思わせる【停滞】の巨躯が、やおら三等分されてバラバラと地面に崩れ落ちていく。
 そして分断された残骸から無数の光の粒子が浮かびあがる。
 致命的なダメージを受けて実体を保てなくなったのだろう。
 あれほど強靭だった威容がしずしずと魔力に還元していく。
 さんざん手を焼かせた相手のものとは思えない静かな最後だった。

 


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男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
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イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

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