イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第十二話
連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡』の第十二話を更新。
第十三話の更新は9月29日(水曜日)を予定しております。
がんばって書くぜ!
《余談》
私服姿で可愛さ全開!「フェイト・テスタロッサ 私服Ver.」予約開始。
なんていうかアレだね。
見た瞬間に「ほわぁぁぁぁっ!」ってなるね。
なに言ってるかわからないだろうけど。
まあ率直に書くと「フェイトちゃん……ハァハァ」ってことです。
みんなも気をつけて(笑)。
戦況は誰の目から見ても劣勢だった。
もはや完全に手詰まりで、情けなくも防戦一方の有様。
勝利からは刻々と遠ざかっていき、敗北の気配ばかりが濃くなっていく。
このままでは【
すずかの滑らかな背中に、そのとき焦燥の汗が浮かぶ。
なんとかしなければ……
なんとかしなければならない。
なんとかして巻き返しを図らなければならない。
でなければ事件の収拾がつかなくなるだろう。
過去の世界が
すなわち地球の歴史が根底から崩れてしまう。
それを回避するには戦局の好転が急務だった。
いますぐにでも相手の虚を衝いて逆襲したい。
けれど反撃するためには、呉越同舟のままでは駄目だ。
さながら阿吽の呼吸を思わせる連係プレイでなければ、ひとりひとりの思想と行動をひとつに統一しなければ、地力で勝る【加速】と【停滞】を倒すことはできない。
もっとも皮肉なことに戦略を練る時間は充分すぎるほどあった。
フェイトと【加速】の戦闘スピードについていけない、という幸か不幸かわからない役立たずな状況のおかげで。
ゆえに彼女は逸りながらも、打開策を講じることができた。
すずかは重々しい口調で
「イノちゃん。わたしに【加速】と【停滞】を出し抜く作戦があるの。その内容をアリサちゃんとトワちゃんにも伝えたい。……できるかな?」
たしか
ならば彼女たちを中継することで、アリサにメッセージを送れるはずだ。
すずかの先ほどの確認は、それを期待したものだった。
そのとき彼女の内耳に、アリサの音声を模した、イノの呟きが届けられる。
『もちろんできます。わたしとトワは例えるなら連理の枝。別々の存在に見えても意識は繋がっています。なので口頭に頼らなくても情報交換が可能です。で、その作戦っていうのは?』
イノがすんなりと応じた。その口調には淡い期待が滲んでいる。
どうやら彼女も言葉にしていなかっただけで、実際は目の前の戦況に一喜一憂していたらしい。
「うん。その作戦っていうのはね――」
すずかは小さく頷いてから答えた。
考えた方策を自分なりに理路整然と説明していく。
やがてすべての内容を聞き終えたイノは、途端に『なるほど!』と弾んだ声をあげた。
『もしかするといけるかもしれません。これをさっそくトワとアリサ姉さまに伝えます』
「おねがい。じゃあ、つぎは――」
すずかは目線をおもむろに移動させる。
その焦点が【停滞】と格闘しているアリサに据えられた。
トワが無事に伝言を届けてくれれば、それを受け取ったアリサが、なんらかのアクションを起こすはずだ。
それがはたして賛成か反対かはわからないが……
とにかくアリサの意思を見逃してはならない。
彼女の返答がそのまま『反撃の狼煙』になるかもしれないからだ。
そうやって固唾を呑んで見守っていると、しばらくしてアリサが親指を立ててみせた。
すずかは過たずに理解する。
あれは間違いなく合意の返事だ。
これで逆転の目処が立った。
すずかは無言のまま、アリサに頷いてみせる。
それから今度は超スピードで戦い続ける黒いバリアジャケットの魔導師に叫んだ。
「フェイトちゃん、いったん後退して! わたしに考えがある」
フェイトは長柄の戦斧の形状をしたデバイスで、突進してきた【加速】の角を横に薙いでかわすと、高速移動の魔法『ソニックムーブ』を解除して、その細い眉をひそめながら首だけで振り向いた。
「考えが、ですか? しかし……」
「おねがい、わたしを信じて。勝つためにフェイトちゃんの力を貸してほしいの」
フェイトは多分に半信半疑の様子だった。
が、すずかの熱意に、まなざしの強さに、壮烈な意志を感じたらしい。
やおら雷属性の
そして重力を感じさせない身軽さで、すずかの左隣に音もなく着地を決める。
「わかりました。あなたを信じます。信じて私の背中を、あなたに任せます」
フェイトが決然と言い放つ。
素晴らしくも嬉しい確固たる宣言だった。
その信頼に是が非でも応えたいと思わせる。
すずかの胸の内が誇らしさでいっぱいになった。
自然と笑顔になる。
同時に今の自分の表情が、幻術で『仮面を被っている』ようにしか見えないことを、このとき初めて惜しんだ。
わたしが笑顔になれたのは、あなたの優しさのおかげだ、と声を出して言いたかった。
「……ありがとう。あなたとこうして肩を並べることができて本当に嬉しい」
すずかは感謝の気持ちを素直に伝えた。
あとは自分にできることを、全霊を賭してやりとげるのみ。
フェイトの信頼を受けて奮起した彼女は、対角線の向こうに佇立するアリサに叫んだ。
「ローウェル一号!」
そのときアリサは刀を鞘に納めながら、すずかとフェイトのやりとりを再現するかのように、なのはを呼び寄せているところであった。
そうして彼女は、なのはと幾度か言葉を交わしてから、すずかに応じる。
「私たちの打ち合わせもバッチリよ。いつでもどこでも始められるわ。ご主人さまの逆鱗に触れたらどうなるのか、【加速】と【停滞】に教えてやりましょう」
向こうっ気の強いアリサらしい戦闘的な台詞だった。
すずかは唇に微笑をのぼらせて意気揚々と同意する。
「了解。やられっぱなしだった借りをまとめて返そう。――カートリッジロード!」
すずかは右手の十字架型のデバイス『
勢いよく排出された空のカートリッジが宙に円弧を描く。
続いて彼女は左手に一枚のシルエットカードを取りだす。
その表面には白蛇のような図柄が見える。
「わたしたちに希望の恵みを。あなたの力を貸して
すずかの叫びに呼応して一条の閃光が夜空に打ちあげられた。
彼女の嘆願を聞き届けた【雨】のカードが魔力を解放したのだ。
晴れた夜の天蓋が雨雲に覆われて、月と星がたちどころに見えなくなる。
次の瞬間には雨がどっと降りだした。
四人の髪とバリアジャケットがあっという間に濡れる。
「期待どおりの大雨ね。これだったら絶対にいける。緋炎――カートリッジロード!」
篠突く雨に容赦なく全身を打たれながら、今度はアリサが鞘からデバイスを抜き払う。
抜き身をあらわにした妖刀は、その直後、炎の化身となって紅蓮を帯びた。
荒天から絶えまなく落ちる雨の雫が、その火に焙られて次々と蒸発していく。
緋炎を横に振り抜いた姿勢のまま、アリサは迅速に次の行動を起こした。
すずかと同じく左手に一枚のシルエットカードを取りだしたのだ。
しかしカードの表面に描かれている図柄は純白のクジラだった。
「手に入れたばかりの力を、さっそく使わせてもらうわ。存分に暴れなさい
そう叫んだアリサが【波】のカードを使う。
足元に緋色の円還魔法陣が立ち現われ、妖刀を背負うように構えなおした彼女を真下から、その鮮やかな光の輪で赤く赤く染める。
アリサは体を捻って二秒ほど力を溜めた。
それから裂帛の気合とともに灼熱の魔剣を振り下ろす。
凄まじい熱風が吹きつけ、金色の繊細な前髪が乱れる。
解き放たれた炎の奔流が【波】のカードの効果で扇状に波及していく。
有形無形のことごとくを灰燼に帰す『
この苛烈な赤い津波を
だが【加速】と【停滞】は微塵も動じなかった。
それぞれが異なる方法で猛火の洗礼をやりすごす。
まず【加速】は持ち前の超スピードを生かして火の手の外に離脱する。
そして【停滞】のほうはモーニング・スターを旋回させて炎を防いだ。
脅威を脅威とも思っていない余裕綽々の回避であった。
にもかかわらず――
攻撃をしたアリサの表情に悔しさは窺えない。
怒りもなければ自責の念も見当たらなかった。
当然である。
そもそも先ほどの一撃は【加速】と【停滞】を狙ったものではなかったのだ。
校庭の半分を覆いつくした炎に焙られて、ざあざあと降り続ける雨水が蒸発していく。
やがて雨が沈黙し、魔法の火が消滅する。
黒雲も千々に乱れていき、ふたたび月と星が顔を出す。
しかし夜のグラウンドの風景だけは一変していた。
白い湯気が垂れこめる雲さながらに、周囲一帯にわだかまっていたのである。
そのあまりの濃度に一寸先も見通せない。
黒い画用紙に白い絵の具の原液を塗りたくればこんな色になるだろう。
むっとした熱気もすごく、バリアジャケットを着ていなければ、火傷していたところだ。
煙幕に呑みこまれた【加速】と【停滞】が、そのとき忙しなく首をめぐらせて周囲を探る。
すずか、アリサ、なのは、フェイトの姿を、さきほどの騒ぎで見失ってしまったのだ。
莫大な蒸気にとりまぎれて行方をくらます――
すずかとアリサの思惑はこれだったのだ。
一見して無敵に思える【加速】と【停滞】の時間調整の能力だが、じつは緒戦から複数の対象に向けては一度も使われていなかった。
不可解である。
おそらく限定された範囲内の時間にしか干渉できないのだろう。
そう考えれば戦闘に邪魔なはずの湯気を消せない理由もわかる。
なぜなら湯気は無数の極小の水滴が、広い範囲に拡散しているものだからだ。
ようするに【加速】も【停滞】も『ひとつの対象の時間しか』操れないのである。
すずかはそれを見抜いたからこそ、この水蒸気の煙幕を考えついたのだ。
視界を遮断する湯気の中では、さすがの【加速】も【停滞】も、後手にまわるしかないだろう。
仕掛けるなら今しかない。
すずかは突撃する覚悟を決めた。
さっそく小声を使って【戯】のカードに話しかける。
「イノちゃん。【加速】と【停滞】の現在位置を教えて。わたしも湯気のせいで、前がよく見えないの」
『わかりました。【加速】と【停滞】の現在位置ですね。……二体とも湯気に呑みこまれた直後から一歩も動いていないようです。こちらの出方を窺っているのかもしれません』
トワの報告を聞くやいなや、すずかは内心でほくそ笑んだ。
相手が尻ごみしてくれているのなら、いまから攻める側としてはありがたい。
まさに思惑どおりの展開……いや、思惑以上に事が進んでいる。
「それは好都合。わたしたちの作戦の成功率がグンとあがる。すぐにでも打って出よう」
そう呟きながら彼女は、視線を左隣に移動させる。
湯気のせいで、ぼんやりと陽炎じみて見えるフェイトが、こくりと頷いた。
「了解しました。あなたの作戦に勝負を懸けます。首尾よくやりとげてください」
「もちろん。わたしたちが力を合わせれば、どんな逆境も乗りこえられる。がんばろう」
すずかは確信的な語調で返答した。
彼女にしてみれば疑問の余地もない当然の帰結だった。
だがフェイトは探るような目でこちらを見つめてくる。
もの問いたげな凝視だった。
けれど彼女は結局、なにも訊かなかった。
ただ無言のまま右手のデバイスを横に一閃する。
「……確かめるのは決着がついたあとでいい。バルディッシュ――カートリッジロード」
フェイトの指示を受けたデバイスが、無機質な声で『Haken Form』と応じた。
銃声めいた轟音とともにカートリッジが一発ロードされる。
するとバルディッシュの形状が長柄の戦斧から、電気を帯びた金色の刀身を持つ大鎌に変化した。
より接近戦に特化したモード『ハーケンフォーム』である。
それから彼女はソニックムーブを行使し、真っ白な蒸気の中を風のごとく駆け抜けた。
一瞬で敵の目の前に辿りつく。
さっきまで戦っていた【加速】のではなく【停滞】の眼前に。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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