イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第四話
一日遅れですが。
連載中のSS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第四話を更新しました。
次回の更新は18日(今週の日曜日)を予定しています。
次回は戦闘描写を多めに書いています。
なので戦う魔法少女が好きな人は楽しみに待っていてください。
最近、水樹奈々さんの「恋の抑止力」という曲を聴きました。
いまさらですが良い歌ですね。
ただメタルギアソリッドの世界観には合わないと思うが。
二度目の質問に対しても、返ってきたのは沈黙だった。
やはり思ったとおり話し合いの余地はなさそうである。
すずかは諦め半分に天を仰いで「はあ」と溜息をつく。
やおら水面が揺れはじめたのは、まさにその直後の出来事であった。
目を凝然と見開いて声もない一同を尻目に、足元の揺れは一秒ごとに激しさを増していく。
それは瞬くうちに直下型の地震に匹敵するほどの脅威へと発展した。
鳴動が、足場にしている海の水を波立たせ、手の中の盃のごとくに跳ねあげる。
まるで嵐の海を思わせる荒々しさに、もはや立っていることもままならない。
すずかは震動に堪えられなくなって思わず水面に両手をついた。
――状況は。
四つん這いになった彼女の目の前で、さらに奇々怪々な様相に変化していく。
なんと
やがて水面から正体不明の巨大な物体が浮上した。
その全長は一戸建ての家屋はおろかマンションすらも超えている。
すずかは紫色の瞳をまんまるにして息を呑んだ。
「これは……クジラ?」
荒れ狂う海を押しあげて姿を現したのは、まさにクジラを彷彿とさせる生き物だった。
ただし尋常な生物でないのは、その身に帯びた魔力で明らかだ。
まるで全身そのものが発光体であるかのごとく淡い輝きに包まれている。
太陽の光を反射してきらめく雪原の真ん中に立っているようで目が眩む。
それは一点の曇りもない圧倒的な白色だった。
仮に墨を垂らしてみても、その背中は穢れに染まらず、逆に浄化してしまうだろう。
「……ねえ、トワ。このクジラみたいなやつも、【
そう呆気にとられた口調で尋ねたのはアリサだった。
自分の様子をかえりみる余裕がないほど混乱しているらしく、真珠色の脚をМ字に開いた恥ずかしい格好で尻餅をついている。
すずかは四つん這いの状態から足を崩した正座になった。
それからぼんやりとしたままトワの横顔に視線を向ける。
トワはのろのろと起きあがるところだった。
魂を抜かれたような
「違います。このクジラは【時】ではありません。これは――【
トワの口から驚くべき事実が語られる。
が、すずかに耳を疑う猶予は一秒たりとも与えられなかった。
陽を浴びた雲母のごとく発光する白いクジラ――【波】がいきなり海に潜りはじめたからである。
まるで自分の正体が語られるのを律儀に待っていたかのようなタイミングだった。
あまりにも唐突すぎる行動に、少女たちは逃げる機会を逸する。
結果、為す術もなく【波】の潜行に巻きこまれてしまう。
すずかは踏ん張りきれず【波】の背中から投げだされた。そのまま派手な水飛沫を撒き散らして海の中に没していく。冷たい腕に水底まで引きずりこまれるような錯覚がする。
すずかは一瞬で恐慌した。肺の中の空気をごぼごぼと吐きだしながらカッと目を開く。
まず視野に捉えたのは青い水晶もかくやと思わせるほどに澄んだ海中の鮮やかさ。
さっき水をたくさん飲んでしまったが、その成分は真水らしく塩辛さは感じない。
だが【波】が置き土産とばかりに掻きまわしたのだろう、海の中はゆるやかながらも渦を巻いており泳ぎづらかった。少しでも気を抜けば体があらぬ方向へ流されてしまう。
――不幸中の幸いだったのは。
それほど深く体が沈まなかったことだろう。
水を吸収した制服は重くなっていたが、思ったよりも苦労せず水面に浮上できた。
それから海の上に立ちあがり、見失った仲間の姿を捜し求める。
直後、アリサが苦しそうに息つぎをしながら水面に顔を出した。
すずかは急いで親友のそばに駆け寄る。
「アリサちゃん、だいじょうぶ?」
「あ、あやうく溺れるところだったけどね。ごらんのとおり、なんとか生還したわ」
すずかの手を借りて水面に立ちあがると、アリサは濡れた前髪をかきあげて息を吐く。
「あんたは、けっこう余裕があるみたいで安心したわ。でもトワとイノは無事かしら?」
「ご心配には及びません。わたしもトワも無事です」
声のしたほうに振り向くと、すぐにイノの姿を確認できた。
ちょうどトワと一緒に海から這いあがろうとしているところだった。
すずかとアリサは一昔前の自分たちにそっくりな従者に手を貸して立ちあがらせる。
「それにしてもワケがわからないわね。どうしてここに【波】がいるのよ?」
アリサが端整な眉をいかめしくひそめながら、ずぶ濡れのトワとイノをもの問いたげに眺める。
するとトワがゆるゆると首を横に振った。
落ちそうで落ちなかった毛先の雫が、弱々しく飛び散って水面に波紋を作る。
「私たちにも皆目見当がつきません。むしろこっちのほうが教えてほしいくらいです」
「だいたい【波】は気性の穏やかなカードです。いきなり襲ってくるなんてありえない」
続いてイノがはっきりと断定した。
しかし実際に襲撃されたあとで言われても説得力はない。
すっかり当惑して浮き足だった彼女たちの三十歩先で……やおら【波】が水面を下から槍のように貫いて再登場した。
ついで背中にある鼻腔らしき器官から、大量の水を火山のごとく真上に噴出する。
ほどなく天まで伸びた噴水が、傘状に拡がりつつ分散していく。
そして
すずかたちは警戒して即座に身構えた。
落ちてくる水飛沫が顔を叩くのも気にしない。
「……なにをしてくる」
すずかが緊迫した表情で唇を舐めたとき、クジラにしか見えない【波】の口が開いた。
その巨大な洞窟の入り口を彷彿とさせる口腔から、声にならない衝撃波めいた咆哮が卒然とほとばしる。
それは凪いだ水面を持ちあげながら放射線状に拡がっていく。
巨人の手で押しだされるように前進しながら大きく成長する。
すずかたちの目前まで来たときには、高さ三メートルの波濤に変貌していた。
光や音のように定められた形のない現象を、魔力が続くかぎり半永久的に『波及』させる。
これが【波】のカードの能力だった。
うまく使いこなせれば自分の攻撃を広範囲に拡散できる。
吼え声で生じた振動エネルギーを波及させて『津波』を起こすことも可能なのだ。
成人男性の二倍の高さがある水の壁は、もうわずか二歩の距離にまで迫っている。
すずかは「呑みこまれる」というよりも「食べられる」と思った。
サメに狙われた魚はこんな心境なるのかもしれない。
このままでは全員が強靭な
彼女は無我夢中になって、隣のアリサに手を伸ばした。
「――アリサちゃん!」
けれど伸ばした手は、親友には届かなかった。
その動きに先んじた大波が彼女たちを呑みこんだからだ。
人間の力では抗えない水の奔流に、すずかはゴム鞠のように転がされる。
時間にすれば二秒とも三秒ともつかない数瞬。
しかし波が引いたときには二十五メートルも後ろに押し流されていた。
しかもどういうベクトルが働いたのか――馬乗りになってアリサを見下ろしている。
すずかの頭の中が気恥ずかしさで赤く
あたふたしながら親友の腹の上から飛び退く。
「えっと、その、ごめんなさい! 上に乗ったのはワザとじゃないから誤解しないで」
まるで間男の言いわけだった。
自分の台詞に羞恥をあおられて満面がさらに赤く燃える。
「いや、まあ。それはもちろんわかっているから。ぜんぜん気にしないで……うん」
くわえてアリサまで顔を朱色に染めるものだから性質が悪い。
決まり悪さが一気に倍化する。
ふと気がつけばアリサの白いブラウスの胸元に目がいっていた。
言わなくてもわかるが聖祥大学付属中学校の制服は濡れている。
とりわけ生地の薄いブラウスは水着のごとく胸に貼りついて扇情的だった。
きめ細かい肌が透けて見える映像は凶器に等しい。
理性と正気がカツオ節のようにざくざく削られる。
なにか口では説明できない狼藉を、アリサに実行してしまう確信がした。
このままでは危険である――
「すず姉さま、アリサ姉さま、こんなときになにをボケっとしてるんですか!」
ふいに横手から響いた強烈な一喝が鼓膜を震わせる。
すずかを煩悩から間一髪のところでなんとか救いだしたのは、びしゃびしゃと水飛沫を蹴立てながら近づいてくるイノだった。
「二人とも前を見てください! 【波】が二撃目の準備をしています――」
今度はイノと並走するトワが警告したが、わずかに早く動いていたのは【波】だった。
ふたたび水面に振動エネルギーが『波及』され、前進しながら持ちあがる水がたちまち巨壁になる。
人間どころか象すらも丸飲みにできそうな波濤だった。横にも広いので退路はない。
すずかたちは瞠目したまま動かなかった。そのまま呆気なく津波に呑まれてしまう。
次の瞬間。
球状に膨らんで爆発した光と炎が、水の奔流を外に向けて吹き飛ばした。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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