イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第三話 『四面楚歌』(2)
せっかくの日曜日なのに出不精ぎみなのは、外が寒すぎるからだ。
寒さが憎いぜコンチクショーッッ!
振り返ったはやての表情に浮かんだのは――困惑。
突然、知らない人間に声をかけられた怯みが、彼女のひそめられた眉に宿っていた。
「あなたはルナリス……ルナリス・フォルクスワーゲン執務官。なぜあなたがここに?」
当惑は、だがはやてよりもクロノのほうが
クロノの発言から察するに、どうやらこのルナリスという女性、クロノとは同業者らしい。そう考えればなるほど、クロノが彼女の名前を知っている理由にも頷ける。
「八神はやて捜査官を事情聴取に連れていくためです。私はその出迎えにすぎません」
ルナリス・フォルクスワーゲン執務官は、その冷徹な声にふさわしい仮面じみた無表情のまま、まるで報告書でも読むように淡々と用件を告げた。その声の調子から判断するに、はやてやクロノの心情を
「それは明日にまわしてもらった。だから今日のところは迎えの必要はないよ」
いっときの驚愕から立ち直ったクロノが、言い聞かせるような口調で言葉を返す。
そんなクロノの返事を予想していたのか、ルナリスは間を置かずに頷く。
「知っています。ですが、それは先ほど無効になりました」
「……なんだって?」
まるで混ぜ返すようなルナリスの返答だった。クロノは疑うようにルナリスを見やる。
一方、ルナリスの言葉は、はやてにとっても慮外のものだった。それはあまりにも強引な決議の変更である。誰かが横車を押したとしか思えない。
はやては事の真相を問い質すように、あらためてルナリスの無表情を見据えた。
雪化粧を施したように涼やかな顔立ちと、艶のあるブルネットの毛先をルーズに遊ばせたショートカットには見惚れる男も多いだろうが、その触れたら切れる刃物のような鋭い眼差しに一瞥を送られれば、どんな
ルナリスを観察するはやて。そんな彼女を差し置いて、クロノが厳しい口調で詰問する。
「僕は何も聞いていないぞ。いったい誰がそんな許可を出したんだ?」
「上層部の決定です」
「だから上層部の誰だ」
クロノの声音には、徐々に険が混じりはじめていた。がしかし、そんなクロノの憤りなど、ルナリスはまったく意中にないらしい。冷淡な眼差しでクロノを見据えつつ、ルナリスは底意の窺えない事務的な口調で平然と話を進める。
「つい先ほど、アースラ所属の通信主任エイミィ・リミエッタ執務官補佐より、緊急の連絡が入りました」
「……エイミィから?」
憤懣やるかたない様子だったクロノが、訝しげに目を細めて呟いた。
アースラの艦長であるクロノと同様、エイミィも今日は非番だった。クロノと一緒にいないところを見ると、どうやら彼女は海鳴市の自宅で留守を預かっているらしい。
そのエイミィからの緊急連絡。
それの意味するところとは、つまり海鳴市で何らかの事件――おそらく魔法がらみ――が発生したということだろう。それもかなり深刻な事件が、だ。
いわく言いがたい悪寒が、そのときはやての総身を走り抜けていく。
海鳴市には『なのはとフェイト』がいる。海鳴市で勃発した魔法事件である以上、彼女らが黙っているはずがない。一も二もなく事件の鎮静化に向かうだろう。
なのはとフェイトの実力は知っている。この二人がそろっていれば、大抵の騒乱は難なく解決だ。何の心配もいらない。不安になる要素なんてどこにもない。誰に任せるよりも安心だ。
だが……どうしてだろう。
嫌な予感はとまらず、その理由を知るのが恐ろしかった。
ルナリスは、クロノの呟きに何の感慨もない流し目だけで応じた。そして不安に揺れるはやてへと視線を転じる。その眼差しはまるで、覚悟だけはしておけ、と釘を刺すようだった。
「その通信内容は、高町なのは戦技教導官とフェイト・T・ハラオウン執務官補佐が正体不明の魔導師に襲撃され、その魔導師の魔法で石化されてしまったというものです」
その瞬間、ありとあらゆる森羅万象が、はやての中で意味を失った。
「現在、ふたりは救護隊に搬送され、ヴォルケンリッターと同じ施設に収容されたということです」
恐るべき悲劇の幕を一気に巻き上げるようなルナリスの言葉に、はやての喉が急速に渇いていく。守護騎士だけでなく友達までも失い、はやての意識は絶望に遠のきかける。
「そんな……そんなことって」
押し出すように呟いたはやての声は
まともに言葉を紡げない少女を庇うかのごとく、クロノがはやての前に出る。
「……事情は判った。だが見てのとおり、いまの彼女は疲れきっている。少しでいい。少しだけでいいから時間をくれないか? せめて、そのあいだだけでも休ませてあげたいんだ」
クロノが沈痛な面持ちで懇願する。なのはとフェイトのことは、クロノにとっても決して他人事ではない。とくにフェイトは――義理とはいえ同じ屋根の下に住む妹なのだ。彼の胸中に渦巻く憤怒と悲哀は、きっと不当な手段で家族を傷つけられた者にしか判らない。
しかし想像することくらいはできる。想像して、相手の心情を真剣に思いやってやれれば、それだけで相手に優しく接することができるのだ。それは考える力を持った人間の美徳だろう。
だが、続くルナリスの言葉には同情も慈悲もなかった。
「一連の事件の犯行は、同じ次元犯罪者の仕業による
それに、こうして話しているあいだにも、犠牲者はどんどん増えていくかもしれない。この悪しき連鎖を断ち切るには、事件現場に居合わせて、なおかつ無事に戻ってきた八神捜査官の協力が必要不可欠である――そのように決定を下した上層部の判断は適切だと思いますが」
「べつに僕は上層部の下した決定の適否を問うているわけじゃない。ただ、はやてを休ませてあげたいから時間をくれと頼んでいるだけだ。一、二時間くらいなら待てるだろう?」
ルナリスは考えこむように視線を足元に落とす。が、すぐに面を上げてかぶりを振った。
「ハラオウン執務官。あなたが八神捜査官の容態を心配するお気持ちは察します。ですが、私にはどうすることもできません。これはすでに決定事項であり、上層部より言い渡された正式な任務でもあります。もしこれ以上邪魔をなされるのなら、あなたを公務執行妨害で逮捕しなければなりません。どうかお聞き届けを」
すげないルナリスの言葉に、クロノが悔しそうに奥歯を噛みしめた。彼は自分の進退よりも、弱体化したはやての心を守ろうと必死だったのである。ならばこそ、これ以上クロノに迷惑をかけるわけにはいかない。はやては意を決して口を開いた。
「……判りました。行きます」
「はやてっ!?」
クロノが目を大きく見開いて、はやてのほうを振り向いた。
凝然と見つめてくるクロノに、はやては微笑みながら応じる。
「心配してくれてありがとな、クロノくん。でも、わたしは時空管理局の捜査官なんや。泣き言ばっかり言ってはいられないし、わたしの見たものが犯人を捕まえる手掛かりになるのなら、協力を惜しむつもりもあらへん」
クロノは承服しかねるといった表情を浮かべていた。しかし、反論を口にすることはなかった。はやての笑顔の裏に秘められた決意――不退転の意志を感じ取ったからである。
わずかに沈黙が流れた。
その沈黙を、どうやらルナリスは口論の終結と判断したらしい。
「では八神捜査官。私についてきてください」
言うやいなや、ルナリスは踵を返して歩きはじめる。そのあとを、はやては歩調を速めて追いかけた。複雑な表情で見守るクロノの視線を背中に感じながら。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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