イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第三話
連載中編SS『
なにも考えずに書いていたら、ちょっと文量が多くなってしまったので、思いきって分割しました。なので今回の話は中途半端なところで終わっています。
これの続きは11日(来週の日曜日)に更新します。
ご了承ください(ペコリ)。
《余談》
6月25日発売のアダルトゲーム『すくぅ~るメイト2』の追加パッチに彼女らが登場。
さすがはイリュージョン先生! 他のゲームメーカーさんとは格が違うぜ!
「なにが……なにが起きたの?」
なんの前触れもなく変貌した光景に、すずかは目を白黒させて肝を潰した。
まず彼女が目にしたものは――見上げるほどに巨大な砂時計。
あまりにも大きすぎるので最初は信じられなかったが、胴の真ん中が極端にくびれた透明なガラス質の容器は、この異様な物体が砂時計であることを指し示している。
それに現在は流れていないものの、その中には時を刻む砂も確認できた。
あわあわとした光を反射して虹色に輝いている。
まるで真珠を砕いたような砂だった。
砂時計の枠の部分は大理石のような素材で、奇妙な文字が表面にびっしりと描かれている。
一見して判読不能だが意味深なカリカチュアにも見えるそれは、すずかには解読できない暗号じみた文様の羅列だったが、じつは過去にシルエットカードと契約した者たちの名前であった。
次に彼女が着目したのは、いま自分が立つ足場である。
なんと固い地面ではなく『水の上』に起立していたのだ。
まるで水の表面張力を利用するアメンボのごとく、すずかの足の裏は水面をしっかりと踏みしめている。
ためしに何度か足踏みをして水を騒がせたが、その爪先は水飛沫を散らすだけで沈まなかった。
すずかは桜色の唇を呆然と開けたまま、いろいろな方向に視線をめぐらせていく。
千里とも万里ともつかない彼方にまで広がっているのは『黎明の空』と『海』ばかり。
むろん水平線の果てまで目を凝らしてみたが、やはり陸地らしきものは影も形も見当たらない。
まるで世界そのものが燐光を発しているかのように青白い――水の惑星であった。
「この空、この海、そしてこの無駄に大きな砂時計。トワ、まさかここは……」
イノが急くような調子で隣を振り向いた。その振動でざわめいた水面に波紋が生じる。
滑らかな白い手で水を掬い取ったトワが、塔のように巨大な砂時計を鋭く睨みつけた。
「ええ。どういうつもりかは知らないけれど、わざわざご招待していただけるとはね」
まったく同じ見解らしいトワとイノが、無言のまま深刻そうに目配せを交わした。
しかし
ここは彼女たちに説明を乞う必要があった。
「二人とも、なにか心当たりがあるの? わたしたちにもわかるように説明して」
すずかは困った顔で眉をひそめて解説を求めた。
トワとイノの会話に水をさすのは申しわけなかったが、混乱する頭を整理するためには明瞭な答えが必要だった。
トワが間を置かずに首肯する。
「すずかお姉さま、アリサお姉さま、お気をつけください。これが【
言いながら眉間に皺を刻んだトワが、前方にそびえ立つ砂時計を振り仰いだ。
すずかは呆気にとられて左右の目をパチパチと開閉させる。
トワの口から飛びだした発言の内容をうまく仕分けることができない。
アリサも困惑しているようだった。この世界に跳ばされた瞬間よりも唖然としている。
「それってどういうこと? あれのなにが【時】だって?」
「この巨大な砂時計が【時】だと言ったのです。より正確に言えば周囲に見える空も海も【時】の一部です。つまり『この世界にあるものすべて』が、【時】のカードが具現化した姿なのです」
トワの説明は衝撃的だった。あまりにも荒唐無稽すぎて、小馬鹿にしたくなるほどに。
だが彼女の怖いくらいに真剣な目つきが、その途方もない内容に確かな実体を与える。
すずかは目の前の砂時計をあらためて仰ぎ見た。
畏怖と緊張に誘発されて白い喉がゴクリと鳴る。
「この水の世界が【時】そのものだっていうのは……まだ少し信じられない気持ちはあるけどわかった。わたしたちは今、相手の腹の中にいるような状況だってことだよね?」
「そうです。もっとも腹の中にいるかどうかは【時】に訊いてみないとわかりませんが」
すずかの言葉に、イノが首肯した。アリサに似て賢しげな唇は苦笑を形作っている。
すずかも釣られて笑みを浮かべた。――が、すぐに表情を引きしめて質問を重ねる。
「で、これからどうしたらいいと思う? 【時】は二人と同じように自律判断ができる特殊属性の上位カードなんだよね? 大声で呼びかけたら応えてくれたりしないかな?」
トワとイノは数あるシルエットカードの中でも
そしてトワとイノの話によると、【時】も同様の存在であるらしい。
つまりそれは【時】も『人間の言葉がわかる』という意味に他ならない。
だが問題なのは『どこに呼びかければいいのかわからない』ことであった。
まさか【時】のカードの具現化した姿が『世界』だったなんて、すずかはもちろんのことアリサとて想像もしていなかったはずだ。
視覚も聴覚も見当たらないこの相手に、どう口火を切ればいいのか判別できない。
すずかは次の行動の選択肢が見いだせず途方にくれてしまう。
イノは数秒ほど考えこんでいたが……やがて快活に笑いながら口を開いた。
「たぶん応えてくれると思います。私の知る【時】は変な奴ですが、同時に律儀な面も持っています。いくら暴走している状態とはいえ、いきなり攻撃してきたりはしない……はず」
「変なのに律儀ってなに? あと語尾だけ極端に小声だったね。なんだか心配になってきたんだけど」
統計を出せるほど数をこなしているわけではないが、これまで封印してきた七枚のシルエットカードたちは、そのほとんどが獣のごとく攻撃的で血気に逸っていた。
むろんそれは封印される前のトワとイノも例外ではなかった。
なら彼女たちと同じ上位カードである【時】だって見境を失くしているかもしれない。
事実、【時】は能力を駆使して地球の時間を止めているのだ。断じて油断はできない。
すずかは爪先に視線を落として黙考する。
そんな彼女の左肩を、アリサが気安く叩いた。
「尻ごみしてばかりじゃ埒があかないわ。ここは思いきって【時】を呼んでみましょうよ。もしなにか悪いことが起きても、トワとイノが、そして私が全力でフォローするから」
アリサが陽気にウインクをひとつ投げ寄こしてきた。
たしかに彼女の言うとおりである。このまま手をこまねいていても事態は進展しない。
すずかたちは地球の時間を元に戻すため、絶対に【時】と会わなければならないのだ。
慎重になるのもいいだろう。だが臆して二の足を踏みことになっては本末転倒である。
怖気づいている場合ではない。
状況次第では【時】と戦闘になるかもしれないのだから……
すずかは決然と顔をあげた。
「今から【時】に呼びかけてみる。もし相手が返答のかわりに攻撃してきたときは――」
「わかってる。もし【時】が襲いかかってきたら、すぐに
アリサが左手に提げた刀剣型アームドデバイスを掲げてみせる。頼もしい仕種だった。
すずかは安心してニッコリと微笑む。それから手でメガホンを作って声を張りあげた。
「タイム! あなたに訊きたいことがあるの。どうして地球の時間を止めたりしたの?」
前置きは抜きにして単刀直入に質問した。
他にも尋ねたいことはたくさんあったが、はたと脳裏に浮かんできたのがこれだった。
そして今後の行方を左右することになる、すずかたちにとっては重大な内容であった。
しかし肝心の【時】からの返答はない。
ただ凛とした声が青白い空に反響するだけだ。
すずかは眉間に皺を寄せた。
こっちの声を【時】が聞いているのは間違いない。
なぜなら今の自分たちは相手にとって文字どおりの『獅子身中の虫』だからだ。
いわば体の中に入りこんだ病原菌のようなものである。それを警戒のまなざしで注意深く観察するのは当然の行動だろう。おそらく今までの会話は、すべて筒抜けに違いない。
にもかかわらず【時】が返事を寄こさないのは……すずかの質問を意図的に無視しているからである。
すずかの胸中に不安の種が撒かれていく。思わずアリサとトワとイノにすがるような目を向けてしまう。
するとイノが代表して口を開いた。
「もう一度だけ呼びかけてみましょう。それでも【時】が無視するようだったら――」
やおらイノの細い指先が砂時計に向けられる。その緑の瞳には凄愴な色が宿っていた。
「あのデカブツを叩き壊してやりましょう。そうすればイヤでも出てくるはずです」
不敵に口の端を吊りあげるイノに、すずかの心は自然と勇気づけられた。
目元に優しい笑みをたたえながら、彼女はふたたび空に向かって叫んだ。
「タイム、ちゃんと聞こえてるんでしょ? どうして地球の時間を止めたの?」
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
《連絡先》
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