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招かれざる者の秘録~騎士王の遍歴~ 最終章『~騎士王の遍歴~』

 どうも。クロスオーバーSSの続きの更新です。
 そして今回の話で、この中編SSも終わりを迎えます。
 たぶん三ヶ月くらいやっていただろうか?
 とにかくお疲れさまでした。
 あとがきは来週の日曜日(18日)にでも書きます。
 気が向いたら読みにきてください。

 では『別れと再会。セイバーさんの戦いは、まだまだ続く』をお楽しみください。
 


 この世ならざる者たちの激突は、セイバーの勝利でその幕を閉じた。
 はっきり言って敗色のほうが濃厚だった。勝てたのは運命の気まぐれとしか思えない。
 それでも勝利者はセイバーだ。死闘を制したのは彼女である。喜んでいいはずだった。
 なのに。なのに素直な気持ちで喜べない自分がいる。悲哀と寂寥が胸中を蝕んでいく。
 理由はわかっていた。クララは、疲労で重たく感じる頭を持ちあげて前方を窺い見る。

「セイバーさん……」
「ええ、お察しのとおりです。現界が(ほつ)れはじめている。そろそろ別れの時間のようです」

 そう応対するセイバーの輪郭は後光に縁取られていた。あたかも教会のステンドグラスの絵を思わせる。太陽の光を浴びて輝くところも体が透けて見えるところも同じだった。
 セイバーの体が透明になりつつあるのだ。率直に言えば消滅する間際の状態であった。
 言うまでもなく黒騎士を倒したことが誘因だ。自分で自分を殺したのだから当然の帰結である。
 あの想像を絶する激闘も突き詰めれば、益体もない自傷行為でしかなかったのだ。
 報われない。勝っても負けても報われない。その無惨な現実にクララの胸がふさがる。
 こんな。こんな結末がセイバーの健闘に、努力に見合う報酬なのだろうか。――否だ。
 これは明らかに不当である。セイバーの真摯さに対する侮辱以外のなにものでもない。
 だが令呪を失ったクララにできることは悔しいがひとつもない。なにひとつなかった。

「わたし、なにを言えばいいのかな? なにを言えばセイバーさんは喜んでくれるの?」
「なにも。特別な言葉はいりません。ただ私が消えるときは、笑顔で見送ってください」

 セイバーがゆっくりと歩きはじめる。一歩進むごとに光の粒子が虚空に飛散していく。
 まるで生命(いのち)の水が器から漏れだしているようだった。クララは堪らない気持ちになる。
 なにひとつ納得していない。叶うなら空の上の神さまに唾を吐きつけてやりたかった。
 けれどセイバーの望みは、そんな八つ当たりではない。あくまでクララの笑顔だった。
 なら笑うしかない。悲しみを忘れて微笑むしかない。それでセイバーが喜ぶのならば。

「うん、わかった。わたし、そのときが来てもなかないよ。絶対に、泣かないから」

 クララは決意を述べながら頬を弛めてみせた。そうは見えないが笑ったつもりである。
 そんなクララの眼の前に、やがてセイバーが到着した。地面に片膝をついて屈みこむ。
 セイバーの体は半透明になっていた。その明度は薄く色がつけられた水と変わらない。
 泡沫のように儚い、まさしくそんな感じ。いまにも空気中に溶けてしまいそうだった。

「ありがとうございます。これで安心して『英霊の座』に還れます。――そうだ」

 そこでセイバーは思い出したかのように、やおら抜き身の宝剣をクララに差しだした。

「戦いが終った今、私に『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を執る理由はない。剣はお返しします」

 その予期せぬ行動にクララは虚を衝かれた。緑の水晶のような瞳をまんまるに見開く。

「か、返す必要なんてないよ。わたしが持ってても宝の持ち腐れなだけだし。だいいち発想がおかしいよ。だって『勝利すべき黄金の剣』は、本来セイバーさんの持ち物なのに」
「そうですね。しかしそれ以上にこれは、あなたのご両親の形見だ。違いますか?」

 セイバーの声音に特別な力はなかったが、それでもクララは二の句が告げなくなった。
 騎士王の言うとおりである。クララにとっても『勝利すべき黄金の剣』は唯一無二の品物だった。大好きだった両親の数少ない遺品なのだ。できることなら手放したくはない。
 だがクララは強くなると決めた。過去の悲しみを踏み越えて歩き続けると決めたのだ。
 もう弱いままではいられない。弱いままではいたくない。彼女は毅然とかぶりを振る。

「たしかに『勝利すべき黄金の剣』は、お父さんとお母さんの大切な形見だよ。でも形見なんて、しょせん思い出を引きだすための道具でしかない。本当に大切なのは『物』じゃない。形にできない『想い』のはず。そうでしょ?」
「クララ、あなたの言い分は立派です。その潔さには共感できる。ですが無謀だ。人間には思い出が必要です。とりわけ大事な人の思い出は。あなたはそれを捨てるのですか?」

眉をひそめたセイバーが頑迷に問い詰めてくる。クララは揺るがぬ決意で受け止めた。

「誤解しないで。わたしは思い出を捨てるわけじゃない。ただ自分を恥じない自分になりたいの。セイバーさんのようなカッコイイ女の人になりたいの。だから思い出に寄りかかるのは終わりにしたい。でも近くに『勝利すべき黄金の剣』があると甘えたくなるから」

 クララは胸に秘めていた目標を言い放つ。これが偽らざる自分の正直な気持ちである。
 それから彼女は宝剣を受けとる代わりに、両手で持っていた鞘をセイバーに差しだす。
 なにを言われても自分の考えは変わらない。そう言わんばかりの気丈な行動であった。
 対するセイバーは難しい顔をしていたが、ややあってから根負けしたように嘆息する。

「クララ、あなたの覚悟には脱帽です。剣も、ご両親の魂も、私が請け負いましょう」

 クララのかぼそい手から鞘を受けとると、さっそくセイバーはその中に宝剣を納めた。
 凛と澄んだ音が虚空に響きわたる。まるで魔法の鈴が優しく振られたかのようだった。
 クララは手持ち無沙汰になった左右の手に視線を落とす。なにか偉大なことを為し遂げたような充足感と同時に、賑やかな夢から目覚めたような一抹の淋しさを覚える。心の水底に沈んでいく「今なら間に合う。すぐに剣を返してもらえ」という最後の未練だった。

「ありがとう、セイバーさん。……それとね、じつはもうひとつお願いがあるんだけど」

 さきほどの断固とした様子が嘘のように、クララの態度がいきなり優柔不断になった。
 可憐な美貌には期待と不安が混在している。好きな人に告白するときのような感じだ。

「わたしね、強くなる。がんばって強くなるから。そのときが来たらセイバーさん――」

 怪訝そうに首をかしげるセイバーの顔を、クララは上目で窺い見ながら言葉を続けた。

「わたしと友達になってほしい。マスターとサーヴァントの関係じゃなく普通の友達に」

 その告白が、よほど慮外であったらしい。セイバーは眼をしばたたかせて唖然となる。
 いかんともしがたい沈黙が続く。気まずくなったクララは空白を埋めるように呟いた。

「あ、あの、やっぱり無理――」
「なにを言っているのですか、クララ」

 すぐにセイバーの声が返ってくる。やれやれと溜息でもついているような語調だった。
 言いわけのひとつでもするべきだろう。だがクララは圧倒的な幸福感に口が利けない。
 最後の最後に発動した巧妙な罠。なまじ悪気がないだけに、なおのこと厄介きわまる。
 どうやら約束は守れそうにない。そう痛感するやいなやクララの努力が水の泡と化す。
 瞳から泉のごとく涙があふれてくる。鼻の奥が痺れて痛い。顔はぐしゃぐしゃだった。
 ひどい有様である。人には見せられない表情だ。けれどそんなことはどうでもよかった。
 わたしの英雄が、アルトリア・ペンドラゴンが――燦然と微笑んでいたから。

「あなたはとっくに、私の『朋友(ともだち)』ですよ」

 セイバーのサーヴァントが消滅したのは、それから一呼吸もしない直後のことだった。


 ――半年後。


 遅れた時間を取り戻すことは容易ではない。勉強もリハビリも想像以上に大変だった。
 何度も泣いたし何度も諦めかけた。だが死ぬ気でやれば存外なんとかなるものである。
 洗いたての制服を着用した今のクララは、もはや未亡人めいた暗い表情はしていない。
 鏡に映る自分は笑顔だった。やや緊張しているが歳相応の元気で健康な女の子である。
 そのさまに少しだけ安堵した。なんといっても今日は、久しぶりの登校である。いきなり学友たちに無様な姿は見せられない。彼女は決戦に赴く剣闘士のごとく気合を入れた。

「今日から新しい学校生活がはじまる。心機一転だ。がんばるぞ、おー!」

 自分で自分を励ます。べつに強がりではない。淋しいとも思っていない。ほんとうだ。
 そんな言いわけめいたことを考えながら、クララは玄関のドアノブを一気にまわした。徐々に開いていく戸口の隙間から朝日が射しこむ。外の世界が腕を広げて少女を迎える。
 空は雲ひとつない晴れ模様だった。まばゆい陽光が閑静な住宅街を結晶化させている。
 抜かりなく戸締まりを確認したクララは、刺すような光に眼を眇めつつ歩きはじめた。
 そのとき――

「やあ、今日から復学するんやってな。シャマルから聞いたよ」

 前方から陽気な音楽のごとき声が響いた。口調には屈託ない親しみがこめられている。
 五歩の距離をへだてて佇立する女性は知り合いだった。クララの口元に笑みが浮かぶ。

「はい。おかげさまで無事に復帰できました。でも、はやてさんはどうしてここに?」

 突然すぎる訪問に首をかしげたクララに、管理局の制服を着た八神はやては即答する。

「そんなの友人の門出を祝福するために決まってるやないか。それ以外になにがある?」

 憚りなく当然のことのように断言した。むろん相手の機嫌を取るための追従ではない。
 相手の年齢が上であれ下であれ『友人』と認めた対象には衒いなく接する。容姿で差別もしなければ卑賤で対応を変えたりもしない。それが八神はやての傑物たる由縁だった。
 クララは嬉しくなってニッコリと微笑む。はやてのサバサバした性格が大好きだった。

「ありがとうございます。こうやって自分の足で立つことができるようになったのは、はやてさんたちがリハビリに付き合ってくれたおかげです。それに辛いときには相談に乗ってくれたし、家が修繕されるまで宿も貸してくれました。すごくすごく感謝しています」

 クララは正直な思いを言葉にして告げた。今日までの半年間は本当に過酷だったのだ。
 とくに足のリハビリは地獄の責め苦もかくやと思わせる試練だった。なにせ訓練しても訓練しても成果が表れないのである。無理をするのは良くないとわかっていたが無理をしなければ回復しない。そういうジレンマが焦慮の種となって希望をがんじがらめにする。「おまえは二度と歩けない」と宣告されたほうがマシと考えていた時期もあったほどだ。
 それでもクララがリハビリをやめなかったのは、はやてたちが親身になって励ましてくれたからだ。くわえて不動の決意があったからである。でなければ彼女の心は折れていただろう。

「感謝されるようなことはしてないよ。わたしたちは単に杖の役割を果たしただけ。歩けるようになったのはクララちゃんが必死に努力した結果だよ。まあ気持ちは嬉しいけど」

 はやてが照れくさそうな表情で笑う。瞳に映る笑顔がクララのそれをますます深める。
 そうだ。笑顔でいよう。まわりを幸せにするくらい豪快に。それが恩返しの第一歩だ。

「はやてさんこそ、怪我の具合はどうですか? とくにシグナムさんの容態は?」

 質問の答えは一目瞭然のように思えたが、クララは気になったので近況を尋ねてみる。
 はやてとヴォルケンリッターたちは半年前の事件で重傷を負った。医者の適切な処置で一命はとりとめたが、腹部を刺されたシグナムの怪我は深刻で、しばらく面会謝絶の時期があったほどだ。偶然にも同じ病院でリハビリに臨んでいたクララは、当時の死の冷気めいた悪寒を思い出して身震いする。あんな葬儀を思わせる感覚は二度と味わいたくない。

「見てのとおり経過はすこぶる良好や。いちばん重傷だったシグナムも先月あたりに退院してな。いまじゃ暇なときを見つけてはフェイトちゃんやシャッハさんと訓練してるよ」

 はやてが肩をすくめて大げさに溜息をつく。だが表情に浮かぶ笑みは嬉しそうである。
 クララは含み笑いを浮かべた。天の邪鬼なのか素直なのかわからない反応がおかしい。

「そうですか。みんな元気になってよかったです」
「うん。この半年間は苦しい思いをしてきたけど、でも悪いことばかりじゃ決してなかった。とくに今のクララちゃんの元気な姿は、セイバーさんにも見せてあげたかった……」

 はやての語尾が唐突に途切れた。ばつが悪いような顔をしてクララの様子を窺い見る。

「ごめん。ちょっと無神経だった」

 彼女の謝罪は、セイバーに思慕を寄せるクララの心情をおもんばかってのものだろう。
 クララは目線を爪先に落とした。おのれの気持ちを表わす適切な言葉を取捨選択する。
 セイバーと駆け抜けた日々はクララの財産だった。永遠に輝きを失わない黄金である。
 そこに後悔はない。二度と逢えない事実は淋しいが哀しくはない。哀しむ必要はない。

「謝らないでください。わたしは平気です。少し淋しいけど立ち止まったりしません」

 そう言いながらクララは頭をあげた。それから令呪のあった左手の甲に右手を添える。
 瞳には映らないが、霊的な刻印はここにある。セイバーとの絆は、この手にあるのだ。

「わたしは友達だから。セイバーさんの――アルトリア・ペンドラゴンの友達ですから」

 クララが毅然と言い放つ。騎士王に『朋友』と認められた自信が少女の心を強くする。
 そうだ。あの日の微笑みが、あのときの言葉があるだけで、自分は無限に強くなれる。
 そんな少女の堂々たる姿を、はやては眼を眇めて見ていた。表情はひたすらに優しい。
 穏やかに破顔しながら発せられた声音は、あたかも娘の成長を喜ぶ母親のようだった。

「クララちゃんが通ってる魔法学校ってザンクト・ヒルデだったよね? よかったらそこまで遅らせてもらえないかな? そのあいだにクララちゃんの『友達』の話をいっぱい聞かせてあげる」

 そう言われたらクララに断る理由はない。彼女は元気な声で「はい!」と返事をした。
 やがて歩きはじめたとき正門に、優しい吐息に似た風が吹き抜ける。クララの豊かな金髪を揺らし、はやての薄茶の髪をそよがせた風には、ほのかに夏の香りが混じっていた。


 サーヴァントとしての契約が解除された英霊は、『英霊の座』と呼ばれる場所に送還されるのが常だ。だが今際のきわに『世界』と契約を交わしたセイバーは、この『英霊の座』ではなくカムランの丘に連れ戻される。それが彼女の輪廻であり流謫(るたく)の始まりだった。
 ――しかし。
 落日の空は厳冬の夜空に変わっていた。血に染まる丘はコンクリートの地面と化していた。見渡すかぎり累々と横たわる死体の山は、雑然としたガラクタの堆積に変じていた。
 明らかにカムランの丘ではない。が、まったく見知らぬ場所というわけでもなかった。
 土蔵である。
 アルトリアが、第五次聖杯戦争の『セイバー』のサーヴァントとして招かれた場所だ。
 天井の採光窓から射しこむ月光の枠内に、彼女は銀の彫像のごとく粛然と佇んでいる。
 すぐ足下には懐かしい顔があった。ぽかんと口を開けて腰を抜かしている少年の顔だ。
 セイバーは驚いた。おもわず名前を叫んでしまいそうになる。だが慌てて唇を結んだ。
 いま眼の前にいる少年は、記憶の中の『彼』とは違う。まだセイバーのことを知らない『彼』なのだ。セイバーにとっては二度目の邂逅だが、少年にとっては初めての出逢いである。いらぬことを口走って混乱させてはいけない。彼女は胸の内の激情を押し殺した。
 なぜ自分がカムランの丘ではなく土蔵に戻ってきたのか。
 その原因はわからない。理由も因果関係も不明瞭である。
 けれどこの場に召喚された以上、やるべきことはひとつしかない。

「問おう――」

 彼を守護するために戦おう。前回は不本意な結果に終ったが同じ轍は二度と踏まない。
 そして聖杯を手に入れよう。叶えたい願いはないけれど前に進むためには聖杯がいる。
 セイバーの時間はカムランの丘で止まっていた。悲劇の渦中に閉じこめられたままだ。
 その時間を動かしたい。どれだけ打ちのめされても、おのれの罪に絶望しても、人はふたたび歩きだすことができる。自分の足で立ちあがることができる。それを知ったから。
 もう後ろは振り返らない。この手に『二振り』の宝剣があるかぎり彼女に敗走はない。
 ――見ていてください、クララ。
 しんと静かな土蔵の暗闇に、凛然たる誰何の声が反響する。

「あなたが私のマスターか?」

 


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イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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