イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第二話 『凶鳥の羽搏き』(4)
第二話はこれで終わりです。
第三話の更新は29日(来週の土曜日)を予定しています。
ちょっと早めの更新予定ですが、がんばりたいと思います。
海鳴臨海公園よりわずかに離れた沖合いの中空に、なのはとフェイトは到着した。
飛行速度を減退させて静止すると、なのはとフェイトは背後を振り向く。彼女らの視線の先には、襤褸をローブのようにまとった女の魔導師がいた。
なのはは移動している最中ずっと、ローブ姿の魔導師の怨念じみた波動を背中に浴び続けており、その剣呑さゆえに背後から攻撃されるかもしれないと密かに懸念していたのだが、意外にもローブ姿の魔導師は無気味な沈黙を保ったままだった。
ローブ姿の魔導師の思惑は知れない。しかし、海鳴市から引き離せたのは僥倖だろう。
なのはは小さく安堵の息をつく。が、すぐに表情を引き締めなおす。安心するのはまだ早い。現状は何も改善されていないのだ。むしろ、ここからが本当の戦いである。
「時空管理局所属の魔導師、フェイト・T・ハラオウンです。管理外世界における無断魔法使用の現行犯で、あなたを逮捕します。武装があるなら速やかに解除し、投降してください」
まるで斬りつけるような鋭い語調で、フェイトがローブ姿の魔導師を糾した。
柳眉を寄せてローブ姿の魔導師を詰問するフェイトの姿は、なるほど執務官を目指しているだけあって、なかなか堂に入ったものがある。
「時空管理局・武装隊所属。高町なのはです。あなたの名前と出身世界、それとこの世界にきた目的も教えてもらいます」
フェイトに続き、なのはも矢継ぎ早に
だが名前と出身世界はともかく、ローブ姿の魔導師がこの第97管理外世界『地球』にやってきた目的については、確信と隣り合わせの予感めいたものが、なのはにはあった。
もしロストロギアを欲しているのなら、それがない地球は的外れも甚だしいし、魔法による無差別テロが目的ならなおのこと、おとなしく管理局の魔導師の先導についてくるわけがない。
それになにより、ローブ姿の魔導師が放射している敵意――なのはとフェイトに向けられている尋常ならざる
おそらくローブ姿の魔導師の狙いは、なのはとフェイトに間違いないだろう。
だが、むろん標的にされた理由は見当もつかない。まるで言われなき因縁を吹っかけられているようで、なのはは困惑するばかりであった。
――どうして憎まれているのか。せめてその理由を、なのはは知りたかった。
「……ナイ」
ローブ姿の魔導師がなにやら呟く。その声はあまりにも小さすぎて聞きとれない。
あたかも空気に触れた瞬間、水泡かなにかのように消えてしまったかのようだった。
「オマエタチハ……イラナイ。ダカラ排除シニ、来タ」
日本語を覚えたての外国人のような、つたない発音、おぼつかない口調。だがその声はさっきよりも明瞭に、なのはの耳に届いた。
聞き流すにはあまりにも不吉な単語の羅列。呪うような祟るような怨嗟の呻き。
先刻まで抱えていた恐怖が再臨し、なのはの全身がぞっと粟立つ。
「オマエタチハ、私ニヒドイコトヲシタ。痛イコトヲシタ。恐イコトヲシタ。私ト〝ハヤテ〟ノ邪魔ヲシタ」
ローブ姿の魔導師の口から、聞き逃せない名前が告げられた。
「はやて? もしかしてあなたが、はやてと守護騎士たちを襲ったっていう例の魔導師?」
フェイトが半信半疑の様子で問い質す。彼女の声音には怒りよりも疑念が濃い。
仲間の仇かもしれない。だが目の前の魔導師が、一連の事件の犯人だという確証は何もない。はやての名前が出てきたという言質だけで、ローブ姿の魔導師を犯人扱いはできなかった。
対するローブ姿の魔導師は、フェイトの質疑に何の反応も示さない。まるでフェイトの声など聞こえなかったかのように、ただ意味不明の憎悪と独白だけを募らせていく。
「ハヤテハ私ノモノダ。私ダケノモノダ。オマエタチハイラナイ。邪魔スル奴ハ許サナイ。許サナイ、許サナイ、許サナイ……」
地の底から湧いたような、聞く者をして総毛立たせるに充分な呪詛の響き。
ローブ姿の魔導師の声音は、凍っていた。
「許サナァァァァァァイッッ!」
瞬きする間もない。人語として意味をなさない狂気の叫びを
その刹那、咆哮の残響と衝撃波に先んじて送りこまれたのは、再びなのはとフェイトの眼前に現れたローブ姿の魔導師が振り下ろした右腕――鈎爪のように指先を曲げた掌底だった。
『Protection Powered』
その思いがけないスピードに意表を衝かれたものの、なのははとっさにプロテクション・パワードを発動させた。その判断と行動の素早さには賛嘆を称すべきだろう。
しかし次の瞬間、プロテクション・パワードは、さしたる抵抗もみせられずに破綻した。
まばたきも忘れて愕然とするなのはに、だが驚く
ローブ姿の魔導師は振り下ろした右腕を翻すや、下段から迅速の二撃目を繰り出したのだ。
――速すぎる。躱わせない。
『Round Shield』
強力な防御魔法の連続行使に、なのはの体に激痛が走る。
まるで血管に劇薬でも流しこまれたような痛みに顔を歪めながら、それでもなのはは、ここが
「なのはッ!」
なのはとローブ姿の魔導師とのあいだに、フェイトがふいの落雷のように割りこんだ。死線にさらされた友達を救出するべく、フェイトはバルディッシュを横薙ぎに振り払う。
ローブ姿の魔導師は危険を感じとったらしい。なのはへの追撃を諦めると、大きく後方に跳躍した。その後をわずかに遅れて、バルディッシュが風を巻きこみながら虚空を擦過していく。
おしくもフェイトの斬撃は空を切った。が、ローブ姿の魔導師を追い散らすことには成功した。フェイトの攻撃はまずまずの成果をあげたと言えるだろう。
一方、窮地に一生を得たばかりの、なのはの表情は優れない。
たったの二発。時間にして五秒にも満たない短い攻防の中で、なのはは過去に類を見ないほど鮮明に、おのれの絶命を悟った。頼みとする防御魔法が通用しなかったことも大きい。
フェイトが助けてくれなければ、なのはの首から上は吹き飛んでいただろう。
いま自分が生きているのは、ただ単に運がよかっただけにすぎないのだ。
かてて加えて、なのはには抜き差しならない気がかりもあった。
「フェイトちゃん。あの人の姿が消えたように見えたのは……」
掠れた声で訊ねるなのはに、フェイトは深刻な表情で頷く。
「ソニックムーブを使ったんだと思う。それと初見だからはっきりとは言えないけど……たぶん私よりも速い」
その答えを、半ば予想はしていた。だがやはり、直接聞くとショックは隠せない。
いつもなのはに勇気と活力を与えてくれるフェイトの言葉も、このときばかりは死の宣告と大差なかった。なのはの口から
防御力と速力。それは魔法に初めて出会ったころから今日まで、なのはとフェイトが血を吐く思いで
その誇りが、たった五秒の攻防戦で打ち砕かれたのだ。とどのつまり、それの意味するところとは、なのはとフェイトがこれまで積み重ねてきた努力の敗北に他ならない。
絶望に歯噛みしつつ、それでもなのはは勝つための手段を模索する。
力の優劣が、必ずしも勝敗を左右するとは限らない。二年前、三ヶ月の訓練校生活で学んだことだ。諦めるのはまだ早い。自分はまだ、全力全開で立ち向かっていないのだから。
「……フェイトちゃん。わたしが遊撃するから、フェイトちゃんはその隙に接近して、なんとか反撃を」
覚悟を感じさせるなのはの提言に、弱気になっていた心が奮い立ったらしい。なのはに負けず劣らず暗鬱だったフェイトの表情に光が戻り、清澄に煌く双眸には決意の火が灯る。
「了解!」フェイトが性根を据えた声音で返答した。
フェイトの返事を聞くやいなや、なのはは前を向いたまま滑るように後退しつつ、自分の周りに十二個の魔弾を現出させた。誘導型射撃魔法――アクセルシューターである。
攻撃態勢に移ったなのはを見咎めたらしく、ローブ姿の魔導師がソニックムーブで突進をしかけた。そうはさせじと、フェイトも機敏にソニックムーブを発動させる。
『Haken Form』
なんとかローブ姿の魔導師の眼前に先回りしたフェイトが、ハーケンフォームにしたバルディッシュを猛然と振るって食らいつく。
縦横無尽に閃く黄金の鎌は、さながら虚空を切り裂く数条の稲妻だ。
『Accel Shooter』
なのはは、タイミングを見計らってローブ姿の魔導師から離れたフェイトを確認すると、燦然と輝きを放つ十二個のアクセルシューターを同時に射出した。
直撃する魔弾。轟音は大気を揺るがし、炸裂する閃光は薄暗い結界内を真っ白に暴きたてる。
これだけでも充分すぎるほどの破壊力があっただろう。が、それでもなのはは攻撃の手を緩めない。さらに八つのアクセルシューターを加えるや、続けざまに撃ちこんでいく。
たった一人の魔導師を相手に非効率きわまる過剰攻撃。必殺に必殺を重ねた怒涛の連射は、ローブ姿の魔導師だけではあきたらず、その背後の虚空にまで穴を穿たんとするかのように、より苛烈に、より過激に破壊をもたらす。
そのとき、なのはは悪夢を直視した。
「なのはは落とさせないっ!」
とっさに反応したフェイトが翔け出す。そして、まばたき一回分の時間がすぎたあとには、ローブ姿の魔導師へと肉迫していた。まさに電光石火の早業。振るう手も見せぬ雷光の斬撃を、フェイトは真っ向唐竹割りに振り下ろす。
ローブ姿の魔導師が無造作に右腕を振るった。
ハエでも追い払うような軽い調子の一挙動。たったそれだけの動作で、よもやハーケンフォームの魔力刃が砕かれるなど、いったい誰が予想しえよう。
もはや見守るなのはは
戦慄に四肢の動きを捕縛されたフェイトの胸倉へ、ローブ姿の魔導師の左手が伸びた。襟元を掴まれたフェイトは抵抗することもできず、まるで投げ縄のように振り回される。
ローブ姿の魔導師の左手が躍るや、そのまま
なのはとフェイトが激しく揉み合う。その二人が態勢を立て直すよりも早く、ローブ姿の魔導師は自らと投じたフェイトの後を追うようにして突進し、二人との間合いを詰めていた。
一見、ローブ姿の魔導師の打撃は無駄が多くデタラメだ。ともすれば
だが連続して翻る左右の掌底は、そのことごとくが死を呼ぶ旋風。両腕から繰り出される連撃は間断なく際限なく、ただ無闇に速く、異常に鋭い。
なのはとフェイトの肢体を包むバリアジャケットが、まるで型紙のように切り裂かれ、引きむしられていく。のみならず、その衝撃は二人の全身を容赦なく打ち据えた。
壊れたおもちゃのようにボロボロにされ、なのはとフェイトは力なく海面へと落下していく。
「まだだ……まだまだッ!」
消えゆく意識を凄まじい
それは、たった一発のだけの弱々しい射撃だった。が、ローブ姿の魔導師は逆襲されるとは思っていなかったらしい。
アクセルシューターは上弦を描くように伸び上がり、ローブ姿の魔導師の細顎を狙う。
ローブ姿の魔導師の油断と慢心を衝いた起死回生の一撃。しかし、それはおしくも
「そんな……嘘……」
かろうじて声が出たフェイトとは裏腹に、なのは絶句してしまっていた。
それは過去から遡ってきた暗黒であり絶望だった。
決してありえないはずの邂逅。
自分の目で見たものが信じられず、何も理解できない。呼吸すらも、できなかった。
そのとき、なのはとフェイトの視界を死のように冷ややかな光が覆いつくしていく。それと同時に二人の耳に届いたのは、歓喜にも似た悪意の奔流を混ぜた哄笑。
ローブ姿の魔導師が放った閃光に貫かれて、なのはとフェイトは為す術なく石化した。
石像と化して重量を増した二つの塊は落下の勢いを速め、そのまま海面に間欠泉のごとき派手な水飛沫をあげて没入。遊泳する魚たちの進路を妨害しながら、海の底へと沈んでいった。
「コレデ邪魔者ハイナクナッタ。マタ一歩、アナタニ近ヅキマシタ。
……クハッ。アハ、アハハ、アハハ……」
白い顎をのけぞらせて、ローブ姿の魔導師が嗤う。
楽しくて仕方がない。この戦果を自賛せずにはいられない。そんなふうに魔導師は笑った。
醜悪で異質きわまる無気味な声音で、いつまでも、いつまでも……。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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