イヒダリの魔導書
招かれざる者の秘録~騎士王の遍歴~ 第一章『~堕ちたる者の遍歴~』(1)
中編クロスオーバーSS――『魔法少女リリカルなのは』と『fate/stay night』と『アルプスの少女ハイジ』を混在させた二次創作――の第一章を今日から更新していきます。
次回の(2)の更新は31日(日曜日)を予定しています。
一週間に一話のペースで更新できればいいなあ~と考えています。
執筆スピードが落ちてきた自分に対する戒めの意味も込めて。
では『セイバーさんの服装はミッドチルダでも例のアレ?』をお楽しみください。
とあるホテルの一室にセイバーとクララは三日ほど閉じこめられた。
もちろん無意味な勾留ではない。独善による非合法な拘束でもない。
ふたたび襲撃してくるかもしれないガジェットに対する警戒だった。
なにしろゼーゼマンの屋敷にはロストロギアの反応がなかったのだ。
ゆえに時空管理局としてはクララの命が、それともセイバーの命が、狙われたと考えて対処するしかない。まるで要人を警護するかのように数名が交替しながら歩哨に立った。
被害者のクララには憐憫を、氏素性が知れないセイバーには疑わしげな視線を向けて。
その三日間のあいだにセイバーはクララと共に事情聴取を受けた。
話をする相手は一連の事件で世話になった『八神はやて』だ。信頼に足る人物である。
とはいえ最初は返答に窮した。だが騎士王は自分の正体と目的を諄々に説明していく。
おのれの不調の原因と現代の情報を知る材料が欲しかったのだ。
ただし聖杯戦争の話は血腥いため適当にごまかした。
そしてセイバーは驚愕の事実を思い知る。
いま自分は『並行世界』と定義される、ひとつの世界から無限に派生した一脈のいずれかにいるのではなく、地球とは根本的に異なる世界『ミッドチルダ』いるという事実だ。
魔術の常識や可能性を超えた神秘の力によって、セイバーは
それは第二魔法『並行世界の移動』を彷彿とさせる別種の奇蹟だった。
「……地球とミッドチルダでは世界のなりたちが異なる。星の開闢の歴史から違うんだ。地球の歴史そのものである『
不幸中の幸いなのはクララとサーヴァントの契約をしているおかげで言語に困らない点だろう。それがなければセイバーは異境の世界の真ん中で立ち往生していたに違いない。
「しかし贅沢を言えば言語だけでなく宝具の行使も自在ならよかった」
「セイバーさん、なにをぶつぶつ言ってるの? 早く着替えてチェックアウトしようよ」
くどくどと愚痴を吐いていたセイバーを、車椅子に乗ったクララが急かすように促す。
小首を傾げるマスターの言葉を受けて、サーヴァントは腕の中の衣装に視線を向けた。
「それもそうですね。すぐに着替えたいと思います。なので今しばらくおまちください」
そう言うやいなやセイバーは、いそいそと着替えをはじめた。
滑らかな手触りの白いブラウスに紺色の細長いリボン。同色の膝丈のスカートから伸びるしなやかな脚線には黒のストッキング。いろいろ面倒をみてくれた八神はやてが「ドレスで街の中を歩くのは不憫だろう」と甲斐甲斐しく用意した現代風の衣装に身を包んだ。
そして偶然にもそれは第五次聖杯戦争のときに着ていた衣類とそっくりだった。
「おまたせしました。ではさっそくフロントに行きましょう。忘れ物はありませんか?」
「はい、だいじょうぶだと思います。家から持ってきたカリバーンもここにありますし」
車椅子を押すため背後へまわりこんだセイバーに、クララは右手を持ちあげて鞘のままの宝剣を見せた。表情に苦いものを浮かべたセイバーに気づかない無邪気な仕草である。
「たしかハヤテが下で待っているはずです。あまり待たせるのも悪いので急ぎましょう」
「うん。……でも時間がなくなったのはセイバーさんの着替えが遅かったせいだと思う」
セイバーの事務的な呟きに、クララが茶々を混ぜて応じる。この三日間を一緒に過ごした少女は、今ではすっかり騎士王に懐いていた。実の姉のごとく慕ってくれているのだ。
その事実に温かいものと後ろめたいものを感じながらセイバーは部屋のドアを開けた。
なにがなし空を仰ぎ見たセイバーの瞳に、燦然たる朝の光が短剣さながら降り注いだ。
その眩しさに彼女は眼を眇めた。同時に青い紙を貼りつけたような色濃い頭上の風景に安心する。自然と仄かな吐息もこぼれた。ある種の恒常感ないし懐かしさを覚えたのだ。
たとえ時代が変わっても、世界そのものが変わっても、空の色だけは変わらない。その事実が感慨深く思えたのである。それともこれが俗にいう郷愁と呼ばれる感覚だろうか。
「――昨日、クララちゃんの家に行ってきたよ。業者さんの話だと半壊した屋敷の修繕には数日かかるみたい。だからしばらくのあいだ二人を、わたしが預かることにしたから」
正面に佇む八神はやての声がセイバーを通常の意識下に戻した。「わたしが預かる」とはどういう意味だろう? やはり気もそぞろの状態だと他人の言葉が頭に入ってこない。
さっきのホテルを出て電車に揺られること四十分、いまセイバーたちは雑踏が縦横に流れる場所にいた。ミッドチルダ中央区画を太陽なみに走り続けるリニアレールの駅前だ。
はやての思わぬ
「それってわたしたちを泊めてくれるってことですよね? そ、そんなのダメですよ!」
「それはまたどうして? 雨風を防げるだけでなく飯代も宿代も浮いて一石三鳥なのに」
「だからですよ。ただでさえお世話になってるのに、これ以上ご迷惑をかけるわけには」
「地球のことわざに『袖振り合うも他生の縁』というのがある。この世のことは何事も宿縁によるものだという意味や。だから遠慮しないで頼ってくれてええよ。そのかわり家の掃除とかをしてくれるとありがたいな。最近は忙しくて家事全般に手がまわらないんよ」
柔和な小鹿のごとく内気になるクララに、はやては後頭部を掻きつつ苦笑してみせた。
事件と事故という差違はあるものの、はやても子供の頃に両親を失っている。同じような年齢のときに車椅子生活をしているところにも共通点があった。ゆえに彼女は似た境遇のクララを捨て置けなかったのだ。昔の自分を投影して身につまされてしまうのである。
その話をセイバーは勃然と思い出す。事情聴取のときに本人から聞いていたのである。
はやての配慮と心情を理解した騎士王は、クララの肩に手をのせて優しくささやいた。
「信頼できるハヤテからの申し出です。ここはお言葉に甘えてみてはどうですか?」
「信頼できる、か。地球では人口に
セイバーの虚飾のない言葉を耳にして、はやてが子供のような得意顔で微笑んだ。
対する騎士王はあくまで謙虚だった。澄ました表情のまま生真面目に相槌を打つ。
「こちらこそ知遇を得られて光栄です。ハヤテには借りばかりを作ってしまいましたね」
「そんなん気にせんでええよ。困ったときはお互いさまや。そうやろ、クララちゃん?」
はやての視線が車椅子の少女に据えられる。その澄んだ眼の光は母を思わせて優しい。
まだ戸惑うクララが肩ごしに振りかえる。その意図を察してセイバーは小さく頷いた。
「クララ、あまり卑屈になってはいけません。たしかに他人に対する礼儀や配慮は大切ですが、度が過ぎると逆に不快な気持ちにさせてしまう。なにより自分の心が小さくなる」
「……うん。はやてさん、あともうしばらくお世話になります。よろしくお願いします」
セイバーに説得され、ようやくクララの決心がついた。はやてに向かって頭を下げる。
自分の提言を受け入れた少女を認めるや、はやては明朗な笑顔に無垢な歓待を交えた。
「わたしの、わたしたちのほうこそ。八神家一同はクララちゃんとセイバーさんを喜んで歓迎するよ。ではさっそく我が家にご招待、と言いたいところなんやけど……ごめん!」
パンっと景気のいい音が鳴り響いた。はやてが眼の前で両手を打ち合わせたのである。
「じつはこれから機動六課の隊舎に行く用事があるんや。なにせ新興の部隊には片づけないといけない雑務がどっさりあってな。だから道案内ができないんよ。それで申しわけないんやけど、地図をクララちゃんの端末に転送しておくから、先に行っててくれるか?」
はやてが謝罪のポーズのまま片目をつむって懇願する。計算ではなく素の愛嬌だった。
セイバーとクララが顔を見合わせる。一方は呆れ顔を、もう一方は苦笑を、表出した。
「ハヤテも気遣い屋ですね。もっと早く言ってくれればこんな手間はいらなかったのに」
「そうですよ。はやてさんは管理局のお仕事に戻ってください。こっちは平気ですから」
セイバーとクララが声をそろえて、早く行けよ、というふうなニュアンスで応答した。
はやてが愛想笑いを浮かべる。それから逃げるように駅の入口へ走っていく。――が、
「そういえば言い忘れてたことがあったわ。セイバーさん!」
五歩も進まないうちに反転した。優しげだが憂いのある知的な瞳がセイバーを見やる。
「クララちゃんのこと、よろしくお願いします。その子にはセイバーさんだけですから」
セイバーは柳眉をひそめた。はやての意味深長な言い方が頭の隅にひっかかったのだ。
考えたが正体はわからない。結局、いつも側にいてクララを外敵から守ってやれる者は自分だけなのだ、という見解に行きつく。『家族のような存在』という発想はなかった。
「言われずともクララの身は私が絶対に守ります。それがサーヴァントの務めですから」
「わたしが言いたいのはそういうことじゃないよ。もっと人間味のある主従とか上下とか義務とかを抜きにした話なんや。ああでも説明している時間がない。この続きはあとで」
はやてが不満そうな様子で抗弁したが、目的のリニアレールの時間が迫っていたため、ふたたび踵を返して駅の入口へと向かう。駆け去る後ろ姿がどんどん小さくなっていく。
その物言いたげな背中が気になった。セイバーは腹にぐっと力を入れて叫ぼうとする。
しかし彼女が手に入れたのは答えのない疑問。はやての姿は駅の中に消えていたのだ。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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