イヒダリの魔導書
久遠の秘録 序章『常人とは異なる者たち』
公約どうり『二ヶ月計画(笑)』の第一弾、『久遠(くおん)の秘録(ひろく)』を更新します。今日はその序章『常人(ひと)とは異(こと)なる者たち』を更新です。
この『二ヶ月計画(笑)』というのは、イヒダリが気まぐれで立ち起こしたクロスオーバー企画です。
その第一弾が「魔法少女リリカルなのはStrikerS」、「とらいあんぐるハート3」、「夏目友人帳」のクロスオーバーSS――この久遠の秘録になります。
ちなみに第二弾は「魔法少女リリカルなのはStrikerS」、「Fate/stay night」、「アルプスの少女ハイジ」のクロスオーバーSSです。タイトルは決まっていません。
こっちは、おおまかなプロットだけしか決まっていないので、いつ更新できるかは不明です。今年中には掲載したいと思っているのですが……
まあそれはともかく。
今日から『久遠の秘録』を更新していきます。
そして序章以降の更新日程は……
第一章の(1)が8月24日(月曜日)、(2)が8月27日(木曜日)。
第二章の(1)が8月30日(日曜日)、(2)が9月2日(水曜日)となります。
ここまでが『久遠の秘録』の前半部分です。
後半の更新予定は、後日にあらためて告知します。
というのも、まだほとんど書けていないから……
うお~、おのれの集中力のなさが恨めしい。
てなわけです。
では、人と妖怪と魔導師が紡ぎあげる新しい幻想譚を、ごゆるりとお楽しみください。
小さい頃からときどき、変なものを見た。
他の人には見えないらしいそれらはおそらく――
妖怪と呼ばれるものの類。
ひんやりとしたコンコースを抜けた瞬間、初夏の日差しが
陽を浴びてきらきらと輝く
「やっと……ついた。長すぎる道のりだった」
電車に揺られること約二時間。海鳴市に到着して早々、夏目は深々と溜息をついた。
いま夏目がいる海鳴駅は街一番の交通の要所。しかも世間はゴールデンウィークの真っ只中ということもあり、周囲にそびえる街路樹の群れより人の数のほうが圧倒的に多い。
夏目は人ごみが苦手だ。しかし彼の眉が曇っているのは、そのことが原因ではない。
「無駄に注目されるのがわかってたから、公共交通の乗りつぎはイヤだったのに」
「また辛気臭い顔をしおって。ただでさえ暗い表情がさらに救われない感じに見えるぞ」
ひとりごちた夏目の横顔に、
夏目は肩に提げたボストンバックに視線を落とす。まなざしに
「ニャンコ先生はいいよな。ずっとそのバックの中に隠れていられたんだから」
「バカも休み休み言え。この私が、こんな狭苦しいところに好きで潜むわけなかろう」
夏目のバックから、にょきっと頭を覗かせたのは、ずんぐりむっくりした丸い顔の猫。
この生き物の名前はニャンコ先生。一見、おぞましい招き猫のようにしかみえないが、これでも夏目の用心棒――自称だが――を務めてくれている妖怪だ。もっとも、これは依代と同化してしまった仮の姿。本来の風貌は人間には見えないし感じることもできない。
現在は飼い猫として共に暮らしているが、その実体は『友人帳』目当ての
――
以前の持ち主は、夏目の祖母レイコ。彼女は強力な妖力を持ち、出逢った妖怪に片っ端から勝負を挑み、いびり負かして子分になるよう証として紙に名を書かせ、集めた。
夏目が祖母の遺品としてその友人帳を継いで以来、それを悪用しようともくろむ妖怪に襲われたり、平穏無事な生活を望む妖に名を返したりと、てんてこまいの日々なのだ。
「いいか夏目。私は我慢弱い。なのにあんな狭い袋の中に、二時間も閉じこめられていたんだぞ。まるで苦行だ。精神を侵害された。ゆえに賠償金を要求する。一〇〇万円だ!」
ニャンコ先生が鼻息を荒くしてボストンバックから抜け出す。おかんむりの様子だ。
夏目は軽くなったボストンバックを持ちなおすと、首筋を揉みながら反論する。
「要求する相手を間違えてるぞ、ニャンコ先生。文句ならぜんぶ名取さんに言ってくれ」
「なんか穏やかじゃない話をしてるなあ。そんなに道中は退屈だったのかい?」
夏目とニャンコ先生の会話に、はたと第三者の声が割りこんだ。そしらぬ口調である。
夏目は恨みがましい視線を隣に馳せた。続いて自分より頭ひとつ背が高い男を睨んだ。
「……名取さん。あんた、絶対わかっててからかってるでしょ?」
「さあ? いったいなんのことやら。わたしにはさっぱり身に覚えがないよ」
年下の少年に『あんた』呼ばわりされたにもかかわらず、名取の笑顔はあくまで涼しく朗らかだ。まるで生意気な弟の言動にいちいち怒っていられないと言わんばかりである。
最近知り合った彼――
不思議とむさくるしく見えない癖のある茶色の髪、秘めた憂いを窺わせる涼やかな目元、そして上品な笑みを浮かべる薄い唇。着ている服も地味すぎず派手すぎず嫌みがない完璧なコーディネイトで、なるほど世間でアルカイックと評価される理由にも納得がいく。
しかし、それらの印象はすべて表向きなもの。みもふたもない言い方をすれば、ただのハリボテにすぎない。名取は、裏では妖怪退治のような仕事をしている怪しい人なのだ。
そんな名取の作り物めいた笑顔を見ながら、夏目はさも迷惑そうに瞳を細めて呟く。
「名取さんは目立つんですよ。うっとうしいから少しは変装とかしてください」
「今さらなにを言ってるんだか。それにね夏目、よく考えてごらんよ」
覇気のない声で糾した夏目を、名取は不出来な生徒を解答に導く教師の口調で諭す。
それから名取は
「少しばかり変装したくらいで、この『キラメキ』が陰るわけないだろう?」
メガネをかけたとき耳に触れる部位――モダン――を口に加えつつ断言する名取。
途端に周囲のざわめきが膨れあがり……やおら破裂したような歓声が押し寄せた。
すごい人気である。とくに女性の悲鳴じみた声が
ふいに名取が微笑して周囲に手を振ると、女たちの黄色い声が騒音も同然にとどろく。
夏目はげんなりした。その光景は電車の中で味わった苦難を忠実に再現していたから。
「油断した。こうなることは予測できていたはずなのに」
「ふん、名取め。あいかわらず
おのれの
夏目は一瞬、ニャンコ先生の意見に頷きかけたが、かろうじてその誘惑をはねつける。
「あの人を食べても腹をこわすだけだ。やめておけ」
陰気な声で呟きながら、ぐったりと肩を落とす夏目。そのとき彼は異変に気がついた。
ヤモリの形をした奇妙な痣。それは名取の皮膚に棲みついた妖で、常人には視認も感知もできず、ただひたすらに彼の体中を動きまわる。とくに実害はないらしいが不気味だ。
夏目がなんとはなしに痣を見ていると、その視線に気づいたらしい名取と目が合う。
「ん? どうしたんだい夏目……ああ、もしかしてまた動いてるの? こいつ」
名取が右頬を指さす。するとヤモリを思わせる黒い痣は、せかせかと首筋に移動した。
夏目の返事は「ええ。まあ……」と中途半端なもの。痣を無遠慮に眺めていたところを本人に指摘されて気が咎めたのだ。いたたまれずに視線を逸らしてしまう。その直後。
「――どうした夏目? 具合でも悪いのか?」
唐突に現れた仮面の人物が、夏目の顔を正面から覗きこんできた。夏目は跳びあがる。
「うわっ! ひ、柊か? いきなり出てこないでくれ。びっくりするじゃないか」
「びっくり? なぜびっくりする? 私に驚かすつもりはなかったぞ」
半歩ほど後ろにのけぞった夏目を見やり、仮面の人物は不思議そうに小首をかしげた。
彼女の名前は
口調は抑揚に乏しい。が、それでも冷たく感じないのは、柊の優しい本質が声音に滲んでいるからだろう。妖に苦手意識を持っている夏目も、彼女には好感を抱いていた。
「うん、それはわかってる。でも急に目の前に現れたら怖いだろう?」
解せない様子の柊に、夏目は子供に一般常識を教える親めいた言い方で説明する。
しかし柊は、右に傾けていた首を左を動かしただけ。よくわかっていないようだ。
夏目の眉間に困ったような皺が寄る。ほぼ同時に、名取の口から忍び笑いがこぼれた。
「柊、忘れたのかい? 夏目のハートはガラス細工なんだ。もっと慎重に扱わないと」
「むっ、そうでした。すみません、軟弱な奴だというのを失念していました」
にやつく名取の解説に、柊は殊勝に頷いた。まるで目から鱗が落ちたと言わんばかり。
夏目は唇をむずむずとしならせた。いますぐにでも名取の人生を終わらせてやりたい。
「……ところで名取さん。おれたちの宿泊するホテルはどこなんですか?」
夏目が仏頂面で質問した。なるべく自分の怒りが相手に伝わる語調を選んだつもり。
だが過去に培われた控えめな性格ゆえか、その声は案に相違して溜息まじりだった。
名取は一拍ほど考える間をあけたあと、やはり悪びれたふうもない表情で返答する。
「駅前から徒歩一〇分のところだったはず。――あ、ちなみにそのホテル、ペットの出入りは全面的に禁止だから。いつもみたいに気軽に喋ったり歩きまわったりしないように」
「なぬっ! おい貴様、いったいどういう了見だ。年長者に対する配慮がなってないぞ」
見かけどおりの柔らかそうな肉球でアスファルトの地面を何度も叩くニャンコ先生。
名取は帽子と伊達メガネをふたたび身につけると、お手上げのポーズをとった。
「しかたないさ。まだまだペットの人権は確保されていない、世知辛い世の中なんだよ」
「そんなこと言って。どうせペット可のホテルを探すのが面倒だっただけでしょうに」
夏目は正解を言い当てたが、名取はへらへら笑ってばかりで聞く耳を持たない。
どうやら笑ってごまかすつもりらしい。まるで子供だ。夏目は大仰に溜息をついた。
「……それで、ホテルにチェックインしたあとは、なにをするんですか?」
夏目が呆れた声で訊ねる。応じた名取の表情は一目で演技とわかる澄まし顔だった。
「わたしが海鳴市に来たかった理由は、たしか電車のなかで説明したよね?」
「はい。この地に封印されてるらしい妖を確認しに来たんですよね?」
「うん。だからホテルにチェックインしたらすぐ、この地を管轄する
今後の予定を語る名取の弁舌に淀みはない。嘘をついている気配も窺えなかった。
もっとも、ひねくれた名取の性格を知っている夏目からみれば、その正直さが逆に警戒心を煽りたてる。夏目は疑り深い狐さながらの視線で、牽制するように名取を見据えた。
「先に言っておきますけど、妖退治には協力しませんよ」
「わかってるさ。君を海鳴市に誘ったのは純粋に喜んでほしかったからだよ。それに今はゴールデンウィークだ。ちょっとした旅行気分で街を観光してきなよ」
「言われなくても、そうする予定です。お土産も買いたいですし」
「藤原夫妻にかい? それは良い考えだ。きっと喜んでくれると思うよ」
藤原夫妻は、夏目の遠縁の親戚。身寄りなくタライまわしだった彼を最近になって引きとってくれた優しい人たちである。しかし妖怪が視えることは内緒にしていた。
怖いわけではない。ただ心配をかけたくないのだ。いまの生活を壊したくないから。
知らず物思いに沈んでいた夏目の肩に、そのとき男にしては優美な手がのせられた。
夏目は顔をあげる。すぐ目の前には、穏やかな表情で少年を見つめる名取がいた。
「それじゃあ、さっさとチェックインを済ませにいこうか。時間ももったいないしね」
どうやら気を遣わせてしまったらしい。名取の声音は温かい風のように優しかった。
夏目は急に
とはいえ気分は悪くなかった。むしろ嬉しかった。孤独ではないと実感できたから。
やがて夏目たちが歩きはじめたとき、周囲に林立する街路樹の梢が一斉にざわめく。
初夏の風に煽られる緑の
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
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