イヒダリの魔導書
リリカル運動会
ちなみに北海道では、小学校の運動会は5月か6月くらいに開催されます。
もっとも、理由はよく知らないのですが。
とある日曜日。私立聖祥大学付属小学校では運動会がおこなわれていた。
例年を大きく上回る盛りあがりをみせる運動会は午前の部、午後の部ともにつつがなく進行。そして運動会は最後の競技『紅白対抗・親子混合リレー』を残すのみとなった。
「ここまでの得点は、紅組も白組も同じ。次のリレーが文字どおり雌雄を決する……」
「フェ、フェイトちゃん? なんか目つきが怖いよ。……まあ、気持ちはわかるけど」
ルビー色の瞳を鋭く細めて呟いたフェイトに、なのははおそるおそる相槌を打った。
いま少女たちがいる場所は、紅組に割り当てられた運動会用の屋型テント――その天幕の下。彼女たちはそこで、リレーの準備が整えられるのを待っているところだった。
「実際、紅組の点数のほとんどはフェイトちゃんがひとりで稼いだようなものだし」
「そんなことない。この結果は、みんなが気持ちをひとつにしてがんばったからだよ」
フェイトがかぶりを振り、なのはの言葉を訂正する。その表情に謙遜は微塵もない。
なのはは、やれやれと言わんばかりに首をすくめた。むろんフェイトに悪気がないことはわかっている。が、なのはのように運動が苦手でほとんど戦力にならなかった者が聞けば、肩身が狭くなるような台詞であった。それほどフェイトの活躍は獅子奮迅だったのだ。
とくに圧巻だったのは騎馬戦のときである。挟撃を仕掛けてきたアリサとすずかを相手取り、しかも返り討ちにしたという驚きの戦果は、紅組のテンションを爆発的に向上させた無類の功績だった。白組を率いる八神はやての狡猾な戦略を破ったことも大きかった。
この一件でフェイトは、名実ともに紅組のエースオブエースになったのである。しかしフェイト本人にそんな自覚はない。もう少し自分の活躍を誇っても罰は当たらないのに。
「……そんなに自分を卑下しなくても。フェイトちゃんの活躍はすごかったんだから」
なのはは言葉を返す。以上のことを、フェイトに言い含めようとして。――そのとき。
「ふっふっふ。ふたりとも、ずいぶん余裕やな。あ、さては勝負を諦めたんか?」
なのはとフェイトの後ろから声が響いた。独特のイントネーションを持つ関西弁だ。
振り向いたなのはの眼前には、にやにや笑いを浮かべる八神はやての顔があった。
「は、はやてちゃん? 白組の団長が、どうして紅組のテントに?」
「なるほど、敵状視察ってわけだ。最後の戦いに備えての」
疑問の声をあげるなのはとは裏腹に、なにもかも承知したような顔で頷くフェイト。
その途端、はやての口の端がさらに嫌らしく吊りあがった。不敵で不可解な笑顔。
「まあ似たようなもんやね。ふたりの身内から、誰が代表で出てくるのか知りたくてな」
「はやては友達で管理局の仲間だけど、いまは敵同士。馬鹿正直に情報を渡すとでも?」
はやてのあけすけな台詞に対する返答は、フェイトのけんもほろろな口調と鋭い視線。
にもかかわらず、はやての謎めいた微笑と余裕の態度は小揺るぎもしない。彼女は、さも困ったふうに肩をすくめてみせたあと、次いでなにやら合点がいったように頷いた。
「だったらわたしたちの、白組の代表選手の名前も教えるよ。もちろん話を聞くかどうかはそっち自由だし、でも仮に聞いたとしても損になる材料はない。破格な条件やろ?」
「そんな無責任な。白組のみんなに怒られたりしないの?」
なのはが呆れた声で訊ねる。はやては、見るからに腹黒そうな含み笑いで応じた。
「心配しなくても、みんなの許可はもらってる。それにこれは白組の総意でもあるんや。わたしたちの完全無欠の人選をあえて伝え、能天気な紅組を震撼させてこいというなぁ」
はやての口元に、にたにた笑いが形成される。まるで悪事に加担する越後屋の風情だ。
なのはの口から溜息がひとつ。あまりおもしろくない見解が脳裏に浮かんだのである。
とどのつまり白組の連中は、自分たちの戦力を誇示したいだけ、自己陶酔に浸りたいだけなのだ。ようするにただの自慢話である。付き合ってやる義務はまったくない。が――
「わかった。その条件を呑むよ。だから早く教えて」
親友の
「そんなに聞きたいんやったらしょうがない。敵に塩を送るつもりで教えてしんぜよう」
もったいぶった口上で告げたあと、はやては鷹揚を気取った澄まし顔で暴露する。
「白組の選ばれし勇者たちは、すずかちゃん、ノエルさん、アリサちゃん、鮫島さん、わたし、そして期待のエース――烈火の将シグナムや。なかなか凄まじいメンバーやろ?」
「……凄まじいメンバー、か。確かに、いろんな意味で的確な自己評価だと思うよ」
なのはの婉曲な皮肉が、もう勝ったつもりでいる八神軍曹に吹きつけられる。
疑惑だらけの人選だった。とくにアリサの親族代表として出てくる老紳士の存在が。
「ねえ、はやてちゃん。なんでアリサちゃんの親族代表が鮫島さんなの? たしかデビットさん来てたよね。『娘の活躍を見るためなら、たとえ火の中水の中』とか言いながら」
「デビットさんはアニメ本編に出てこなかったからや。どんな容姿かわからない人を走らせるより、鮫島さんの燕尾服のほうが想像しやすいやろ? ああ、なんて親切な描写!」
――神の視点が反映されたとおぼしき、理解できるようなできないような理屈だった。
あんぐりと開いた口が塞がらないなのはに、はやてはさらに意味不明の言葉を連ねる。
「それに白組はサービス精神も旺盛や。なにせノエルさんをメイド服のままリレーに参加させるんやから。想像してみぃ。あの見るからに走りづらそうなスカートを両手でたくり、白いストッキングに包まれた脚線をチラチラ覗かせて走るメイドの姿を。萌えるやろ?」
「……わからない。はやてちゃんがなにを言っているのか、さっぱりわからないよ!」
なのははヒステリーぎみに叫んだ。おぞましい妄言を吐いては捨てる夜天の王の暴走についていけず、なのはの理性は崩壊寸前だった。はやてとの距離が遠くに感じられる。
「うわぁぁぁん、フェイトちゃ~ん。はやてちゃんの頭がおかしくなっちゃったよぉ」
「大丈夫。なにも怖がることなんてない。なのはには私がいる。私だけがいればいい」
救いを求めるようにすがりついてきた親友を抱きしめると、フェイトはさりげなく自分の気持ちをぶっちゃける。続いて赤い刃を思わせる眼光が、目前のはやてを射すくめた。
「もう、はやては悪ふざけがすぎるよ。いいかげん
「――と言いつつ、内心では今の状況をいちばん喜んでるんちゃうの?」
「そ、そそそ、そんなことないよ! 神さまに誓ってありえないよ! うん、絶対ない」
「ふぅん。まあどうでもいいけどな。それよりも紅組のオーダーのほうも教えてや」
フェイトの非難をからかい混じりにいなすと、はやては本来の目的に話を戻した。
適当にあしらわれたことを悟ったらしい。フェイトの両目が不快そうに眇められる。
憤懣やるかたない様子。しかし意外なことにフェイトの口から文句は出てこなかった。
「……白組のリレーメンバーは、わたしとクロノ、なのはと恭也さん、そして名もない親子。いたって普通の人選だよ。奇を衒うばかりにとりとめがない紅組のそれと違って」
いかにも機嫌が悪そうな表情で呟くフェイト。すると、はやてが驚きに目を丸くした。
「クロノくんが参加するんだ。こういうお祭りめいた行事には消極的だと思ってたのに」
「もちろん最初はそうだったけど。でも説得するのは簡単だったよ」
そのときのことを思い出したらしい。フェイトがふいに口元を弛めて笑う。それから、なのはの体を名残惜しそうに離すと、自由になった両手を祈るような形に組み合わせた。
「あとは上目遣いで『お願い、お兄ちゃん』て頼んだらイチコロだった」
「思わぬところでクロノくんのシスコンぶりが露呈したな。あとでからかってやろう」
はやてが、くっくっく、と邪な忍び笑いをもらす。まるで悪い魔女のような笑い方。
「でも、いちばん注目すべき名前はダントツで恭也さんやな。あの身体能力は異常やし」
「――ゆえにこそ相手に不足はありません。これで私も全力が出せるというものです」
「わッ! シ、シグナムさん? いつのまに来てたんですか?」
なのはが驚愕した声をあげる。気づかないうちにシグナムが隣に立っていたのだ。
シグナムは口の端を不敵に吊りあげながら、はやての横に当然のごとく並び立った。
「この展開は私にとって
「というわけで、うちのシグナムはヤル気まんまんや。降参するなら今のうちやで」
はやてが
「それはこっちの台詞。私たちが力を合わせれば誰にも負けない。ね、なのは?」
「え? あ、うん、そうだね……たぶん」
瞳に熱意をこめて訊いてきたフェイトに、なのはは不得要領な生返事をかえす。
視線で激しく火花を散らす彼女らとは、どうしても心の温度を共有できなかったのだ。
だからスピーカーから聞えてきた「リレーの参加者はグラウンドに集合してください」という放送には救われた。これ以上、不毛なやりとりで心身を消耗したくなかったから。
――やがてスターターの発砲を合図に、紅白対抗・親子混合リレーは火蓋を切った。
レースは序盤から一進一退の競い合いだった。紅組と白組は互いに抜きつ抜かれつを繰り返し、勝負の行方がまったく予想できないデッドヒートを展開。そのため白熱するリレーの決着は、まるで予定調和のごとく両チームのアンカーへと委ねられることになった。
「恭也お兄ちゃんっ!」なのはが赤いバトンを高町恭也に手渡す。
「シグナム、あとは頼んだ!」はやてが白いバトンをシグナムに手渡す。
ほぼ同時に差しだされた二色のバトンを、それぞれのアンカーは無言で受け取った。
観衆がどっと沸く。勝利を託された恭也とシグナムが土煙を蹴立てて同時に疾駆する。その速さはオリンピックに出場する短距離走選手さながら。もはや素人の走りではない。
「……予想はしてたけど、やっぱり勝負は横一線になったか」
と、はやてが呼気を整えながら呟いたのは、大地をどよもす勢いで層倍に膨れあがる歓声の直中、レースの邪魔にならないよう走路の外側に移動し終えた直後のことであった。
「このままじゃラチがあかへん。シグナムには悪いけど、例のプランを実行するわ」
「例のプラン? ねぇ、はやてちゃん。いったいなにを考えてるの?」
嫌な予感がして、なのはは問いかけた。はやてが重々しい口調で答える。
「祝福の風を、初代リインフォースを呼びだす。彼女の魔法でシグナムを援護する」
「はぁ! はやてちゃん正気? もうリインフォースは消滅していないんだよ」
「リインフォースは不滅や。その証拠に、指を鳴らして呼べばどこからともなく現れる」
「ネオジャパンが開発したガンダムじゃあるまいし。そんなことあるわけないでしょ」
「――来いッ、リインフォォォォォォス!」
「ちょっと人の話を聞いてよ!」
止める間もなかった。天まで届けとばかりに叫ぶや、はやては指をぱちんと鳴らす。
吹き荒れる突風、巻きあがる砂埃、爆発する白い閃光が、なのはの目を眩ませる。
なのはが瞼を開いたとき、口元に笑みを覗かせるはやての隣には、見覚えのあるシルエットが佇んでいた。長い銀髪に深紅の瞳、白い素肌に黒いインナーを身にまとう麗人が。
――馬鹿な。なのはの口が叫びの形に開かれる。だが驚きすぎて言葉は声にならない。
その一方、はやては小鼻を膨らませた得意顔のまま、悠然と傍らの人物に話しかける。
「ひさしぶりやな、リインフォース。待っとったで」
「ええ。おひさしぶりです、主はやて。なにはともあれ感動的な再会ですね」
「感動的な再会って自分で言うの! ていうか、なんでそんな平然としてるわけ!」
なのはが口を挟んだが、はやてとリインフォースの会話は何事もなかったように続く。
「とりあえずブラッディダガーで奇襲をかける。でも恭也さんだけを狙うと紅組の
「了解しました、我が主。言われたとおり雨のごとく浴びせてやりましょう」
「そんなこと一言もいってない!」
もとより聞く気はないらしい。なのはのツッコミは当然のように無視されてしまう。
リインフォースがブラッディダガーを発射する。その数は二十一。まるで容赦がない。
惨劇を予感して、とっさに目を逸らすなのは。しかし聞えてきたのはシグナムと恭也の悲鳴ではなく、刃と刃が衝突する苛烈な金属質の轟き。おずおずと視線を仰向けていく。
――驚愕、した。
いつのまにかシグナムの右手にはレヴァンティンが、恭也の両手には二振りの小太刀が握られており、ふたりはその得物で四方から迫るブラッディダガーを弾いていたのだ。
なのはの驚きも当然である。このままではふたりとも、銃刀法違反で捕まってしまう。
やがて二十一本のブラッディダガーのうち最後のひとつが恭也に打ち落とされた。
歓声の中、グラウンドに突き刺さった血色の刃が消滅していく。はやては唸った。
「小手調べだったとはいえ、ここまで見事に凌がれるとは。さすがやな、ふたりとも」
「烈火の将はともかく、あの二刀流の青年もやりますね。何者ですか?」
興味深げに質問してきたリインフォースに、はやては興奮を隠しきれぬ様子で答える。
「なのはちゃんのお兄さんや。御神流の剣士で、見てのとおり時代小説に登場する忍者みたいに身軽な人やから、まかり間違っても怪我したり死んだりする可能性はない」
「なるほど。つまり手加減する必要はないと?」
「そういうことや。だからここから先は、全力全開で魔法を行使してもええよ」
はやてとリインフォースが含み笑いを交わす。それは途轍もなく邪悪な微笑であった。
――はたして小学校のグラウンドは、魔界さながらの破壊と瘴気と超常に見舞われた。
雨は降るわ風は吹くわ嵐は来るわ雷は落ちるわ地震は起きるわ召喚獣は暴れるわの、まさにてんやわんやの大騒ぎ。地獄の混沌もかくやと思わせる収拾のつかなさだった。
だというのに、シグナムと恭也は二〇〇メートルの距離を見事に走破してのけた。
極度の消耗で歩くことすらおぼつかない千鳥足だったにもかかわらず、シグナムと恭也は圧倒的な使命感と不撓不屈の精神で、奇しくも同時にゴールテープを切ったのである。
その瞬間、紅組も白組も関係なくなった。レースを見守っていた人たち全員が、シグナムと恭也に惜しみない拍手を送った。互いの健闘を讃えて握手を交わす男女の姿は、涙なくしては語れない伝説になった。みんながみんな例外なく感動に心を打たれていた。
『――八神はやてが不当な妨害工作をおこなったため白組は失格。紅組の優勝です』
という審議の結果が放送で告げられるまでは。
考えてみれば当然のなりゆきである。スポーツマンシップを土足で穢したのだから。
ゆえに、さっきの放送で名指しされた諸悪の根源が、数秒前まで同胞だった白組のメンバーに追いかけまわされるのは必然というもの。はやての顔色が一気に蒼白になる。
「こ、この雰囲気はさすがにマズイ。ちょっとリインフォース、なんとかして――」
「私は消えて小さく無力な欠片へと変わります。もしよければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいずれ手にするであろう新たな魔導の器に送ってください……では!」
「わぁぁぁぁぁん。リインフォースのうらぎりものぉぉ! 三代先まで呪ってやる~」
かくして――私立聖祥大学付属小学校の運動会は幕を下ろしたのであった。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
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