イヒダリの魔導書
戦慄の保険医シャマル
思えば、長編が完結したあとに書く短編は、これがはじめてです。
でも、納得できる完成度ではないです。
現在、いろいろと水面下で動いている状態なので。
その詳細は……たぶん来週の日曜日に明らかになるかと。
とある日の午前中。小学校の廊下を体操着で歩く三人の女子生徒がいた。
「な、なのは、ほんとうに大丈夫なの?」
「うん。ちょっとヒザを擦りむいただけだから。心配しないで、フェイトちゃん」
「で、でも、ばい菌とか入ったら化膿するかもしれないし……ああ、どうしよう」
擦りむいた右膝をかばって歩くなのはを見て、フェイトがあざといほどにオロオロする。
なのはの怪我の原因は、三時限目の体育の授業――マラソンにあった。
グラウンドを周回するだけ単調な走行だったが、運動を苦手とするなのはにはキツイ試練だったらしい。グラウンドの小さなくぼみに足をとられてつまずいてしまったのだ。疲労が体を苛みはじめた矢先の不運だった。そして、そのあとの展開は……ごらんの有様である。
まるで別人のように豹変したフェイトに、はやては呆れ顔で溜息をついた。フェイトが誰よりも、なのはを大切に思っていることは知っているが、さすがにこれは度が過ぎている。
「フェイトちゃんは心配性やな。こんな擦り傷、保健室で薬をもらえば一発で治るって」
「そんな無責任なこと言わないで! この傷が原因で、なのはの足が腐るかもしれないんだよ? いますぐ救急車を呼んで石田先生に診察してもらったほうがいいに決まってる!」
――そんなわけないに決まってる。そう言い返そうとして、はやては口をつぐんだ。
トランス状態に陥ったフェイトをなだめる術を、はやては残念ながら持ち合わせていない。この不毛な混乱を静めるためには、なのはの怪我の手当て以外に解決方法はないのだ。
つまり一刻も早く保健室へ急行しなければならない。はやては当座の方針を定めた。
「とにかく、早く保健室に行こう。なのはちゃん、わたしの肩を貸すから掴まって」
「はやてちゃん……うん、ありがとう。遠慮なく貸してもらうね」
差し出したはやての肩に、なのはは右腕をまわす。フェイトが噛みつきそうな顔になる。
「なのは、私の肩も使って! きっと、はやての肩よりも頼りになるはずだから!」
強引になのはの左腕をとるやいなや、それを自分の肩へとまわすフェイト。
台詞からもわかるとおり、はやてへの対抗心が剥き出しだ。じっと睨みつけてくる。
はやては今日、何度目かの溜息をついた。極力フェイトとは目を合わせないように歩く。
なんてことない保健室への道のりが、かつてこれほど遠いと感じたことはなかった。
昨日まで保健室を預かっていた養護教諭が産休のため、今日から新しい人が来ているらしい。気立てがよく朗らかで、ちょっと変わり者だが美人の、女性の養護教諭という。
両腕がふさがったなのはに代わり「失礼します」と保健室のドアを開けたはやては、「いらっしゃい」と優しく出迎えてくれた新しい養護教諭を見て金縛りにあってしまう。
「な、なな、なんでシャマルが小学校の保健室にいるんや?」
「なんでもなにも、担任の先生から聞いてませんか? 今日から来る新しい養護教諭の話」
「それは聞いてたけど……って、まさか」
「そのまさかです。今日からは先生と生徒の関係ですよ、はやてちゃん」
したり顔で笑うシャマル。はやては立ち眩みを覚えるが、かろうじて持ちなおした。
「朝からニヤニヤしててヘンだな、とは思ってたけど……まさかこういうことだったとは」
「べつに悪気があって黙ってたわけじゃないのよ? ただ、そのほうがおもしろそうだからってシグナムとヴィータとザフィーラとリインが言うものだから……つい」
――こいつ今、平然と嘘をつきやがった。
はやては額に青筋を浮かさせる。それから凄まじい目つきでシャマルを睨みつけた。
一方、シャマルはどこ吹く風である。憎たらしい澄まし顔で、はやての凝視を受け流す。
そして白々しいタイミングでなのはに声をかけた。
「なるほど、なのはちゃんが怪我をしたのね。わかったわ、すぐにお薬を取ってくるから、あそこの椅子に腰かけて待っててくれるかしら?」
笑顔のシャマルが、窓際に配された椅子を指さす。突然の言葉に、なのはが驚く。
「え? あ、はい。どうもありがとうございます、シャマルさん」
「いえいえ、これでも『魅惑の保険医』の異名を持っていますからね。当然の配慮ですよ」
「なにが魅惑の保険医や。わけわからん自称を名乗ってないで、早く薬を取ってきてや」
悪ふざけばかりのシャマルを、はやてがすげなく一喝する。シャマルはつまらなそうに唇をとがらせると、しぶしぶ薬品棚をあさりにいった。はやては、今日一番の溜息をつく。
「シャマルが新しい養護教諭やったのには驚いたけど。……でも医術の腕前は確かやから、とりあえずは一安心だと思う。せやからあとは、シャマルに任せておこう」
はやての言葉に、なのはとフェイトが頷いた。三人は窓際へ移動し、椅子に腰かける。
すると、途端に暇になった。はやては所在なさげに視線をめぐらす。そして気がついた。
ここの保健室にはベッドが四台あるのだが、そのいずれもがカーテンで仕切られていたのである。それはとりもなおさず、誰かがベットで療養していることを示していた。
それは誰にでも瞭然の見解であろう。とくに目を引くような要素ではない。
……しかし、はやては気になった。
その四台のベッドから、なにやら間欠的に呻き声が聞えてきたからだ。
はじめこそ全員が風邪でも引いているのかと思い、まったく気にもしていなかったが、よくよく呻き声に耳を澄ましてみると、なにか同じような症状で苦しんでいることわかった。
――なにかがおかしい。一度疑いはじめると、あとは坂道を転がるようだった。
寝ている生徒には失礼だと思うものの、カーテンを外して容態を確認してみたかった。
とにかく嫌な予感が止まらないのだ。まるで化け物の腹の中にいるかのように。
そんな漠然とした不安を懐いていると、やがてシャマルが薬品を手にして戻ってきた。
「おまたせ。じゃあさっそくだけど、右膝の傷を見せてみて」
なのはの差し向かいに座ると、シャマルが薬の瓶の蓋をとりながら促してくる。
それからピンセットで挟んだ滅菌ガーゼに消毒液を染みこませていく。その様子だけに注目すると、なるほど本物の医者に見えなくもない。白衣姿が板についているからだろうか。
その一方、なのはは従順だった。血の滲んだ右膝を唯々諾々とシャマルに差し向ける。
「はい。おねがいします、シャマル先生」
「おねがいされちゃいます。……ちょっと沁みるかもしれないけど、がまんしてね?」
シャマルが気楽に請け負う。それから消毒液を染みこませた滅菌ガーゼを、なのはの右膝に近づけていく。それを懐疑的に見守るはやては、ふとシャマルの左手に注目した。
――いや、より正確に言うならば、シャマルが左手に持っている薬の瓶のラベルに、だ。
そのラベルには『シャマル特性なんたらかんたらゴールドエクスペリエンス』と黒マジックで書かれていた。……いかがわしすぎる。そう思うやいなや、はやては行動を起こした。
「ちょっと待った、シャマル! その薬は、なんなんや?」
ピンセットを持つシャマルの右手首を、はやては脊髄反射のごとき敏速さで掴んだ。
驚いて目を丸くしたシャマルが、その弾みでピンセットを床に落としてしまう。もちろん、消毒液を染みこませた滅菌ガーゼも一緒に。――怪奇現象は、その直後に起こった。
床に落ちた滅菌ガーゼが、保健室の床を酸のように溶かしてしまったのである。
おそらくシャマルが持ってきた消毒液が原因であろう。まるで悪夢のような劇薬だった。
なのは、フェイト、はやての三人は等しく同じ戦慄を覚えた。背筋が一瞬で凍りつく。
「……シャマル。これはいったいどういう了見や――っていない!」
はやてが糾したときには、すでにシャマルの姿は保健室のどこにも見当たらなかった。 どうやら逃げたらしい。まさに脱兎のごとき逃げっぷりである。
はやてが途方にくれていると、やがてフェイトがまた騒ぎだした。
「ど、どうしよう。シャマルさんが偽者の養護教諭で、なのはの傷が治らない……」
「フェ、フェイトちゃん? 言ってることが支離滅裂だよ。少し落ち着いて――」
「なのはー!」
顔を引きつらせたなのはに、フェイトが錯乱状態で抱きつく。はやては天を仰いだ。
「この混乱を、わたしはどうやって静めればいいの?」
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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