イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第八話 『響け終焉の笛』(4)
特命係長 只野仁の最終回に、ケイン・コスギが登場した。
もうそれだけで、この最終回は僕の中で殿堂入りになった。
ケイン・コスギとか超ひさしぶりに見たし。
それにあいかわらず、日本語は妙に片言だし。
でも、いちばん凄かったのはアクションシーン。
体のキレが素晴らしすぎる。なんだ、あの格好よさ。
――笑うぜ! (皮肉ではありません。ほんとうに大笑しました)
無茶はするなと言ったものの、存外に生真面目で
そうザフィーラは確信していたし、シャマルの介入をなんだかんだで承知もしていた。
だからだろう。決然とした気配を放つシャマルを、横目に見咎めることができたのは。
シャマルは、クラールヴィントをペンダルフォルムに変形させていた。
攻撃力のないクラールヴィントで、いったいなにをする気なのか。ふたりの黒騎士を相手取って激戦を繰り広げるザフィーラに、そんなシャマルの意図を推し量る余裕はなかったが、それでも盾の守護獣に不安はなかった。苦楽をともにする仲間を信じているからだ。
ちょうどそのときであった。ザフィーラを攻め立てる黒騎士の動きに変化が生じたのは。
シャマルの気配に不穏なものを感じたらしい。拳を突き出した姿勢で止まった黒騎士ザフィーラが、殺意の矛先をいきなりシャマルに転化する。ザフィーラの胸を焦燥が焦がす。
仲間を護るのが盾の守護獣たる自分の役目だ。シャマルには指一本触れさせはしない。
幸か不幸か、ふたりの黒騎士はシャマルに気をとられている。願ってもない好機だ。
「鋼の軛ッ!」
ザフィーラは鋼の軛を行使した。三角形を薄く引き伸ばしたような拘束条が十数本、眼下に拡がる繁華街の路面から、さながら巨大な剣山のように次々と現出する。
それだけではない。円還状に林立する鋼の軛は、その先端部分を内側のほうへ傾けはじめたのである。意識をシャマルに向けていたためか、黒騎士ザフィーラはとっさに動けない。
黒騎士ザフィーラの周囲に展開する拘束条の群れは、やがて天を衝く巨大な円錐と化して集束した。まるで黒騎士ザフィーラを閉じこめるために
敵の機先を見事に制し、ザフィーラは内心でほくそ笑んだ。これでしばらくあいだ、二対一の脅威に煩わされずにすむ。残った黒騎士シャマルを滅殺する、いまが絶好の機会だ。
そう意気込みつつ、ザフィーラは突進する態勢で身構える。――が、頭上で鎖鎌を旋回させる黒騎士シャマルを見て愕然となった。シャマルの戦意に気づいて標的を変えたのは、なにも黒騎士ザフィーラだけではなかったのだ。おのれの迂闊に気づいて歯噛みする。
このままではシャマルが危ない。ザフィーラは狂おしいほどの慙愧の形相で叫んだ。
「シャマル、その場から離脱しろッ!」
怒鳴るような声で言いながら、ザフィーラは氷の上を滑るように虚空を疾駆する。
反撃の準備に気をとられていたためか、シャマルの動き出しは致命的に遅い。あれでは退避も防御も間に合わず、黒騎士シャマルの鎖鎌に斬殺されてしまうだろう。しかもザフィーラからは距離が遠すぎて、シャマルを庇うこともできない。ならば残る手段はただ一つ。
シャマルが攻撃されるよりも速く、ザフィーラが黒騎士を倒す。それしかなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
これまでの戦いで累積した疲労と激痛に目眩すら起こしながらも、だがザフィーラは黒騎士シャマルを屠るこの転瞬だけに執念を燃やし、肉体の苦痛など意中に割りこむ隙もない。
軋みをあげる肉体の限度も、シャマルの安否を気遣う情動も置き去りにして、ザフィーラは今度こそおのれの死力を尽くした奥義で黒騎士シャマルに襲いかかる。
裏拳、正拳、肘打ち、膝蹴り、横蹴り、回し蹴りを一息に放つ
ザフィーラの接近に気づいたときにはもう遅い。全身のいたるところを滅多打ちにされ、黒騎士シャマルは結露のように消滅した。虚空に散逸した魔力の残滓も儚く消えていく。
――仕留めた。完膚なきまでに仕留めた。
ザフィーラは突き出した右拳を引きつつ、荒い呼吸を整えながら静かに残心する。
とたん、ザフィーラは頽れそうになってしまう。意識するまいと努めてきた疲弊と苦痛が、一気に彼の体を苛みはじめたのだ。ザフィーラは膝に力を入れてなんとか持ちなおす。
まだ気は抜けない。シャマルの無事を確認しなければならないし、なにより黒騎士はもうひとり残っているのである。敵を倒しつくすまでは、決して安心できない。
ザフィーラは揺るがぬ闘志で体を支え、鋼の軛を束ねて構築した円錐の檻を見据える。
崩壊は唐突だった。ザフィーラの目の前で、円錐状の檻が内側から爆散する。
「なん、だと――」
狼狽の口調で言いさして、ザフィーラは目を瞠った。狼形態に変わった黒騎士ザフィーラが、獰猛な牙を剥いて肉薄してきたのだ。身構える隙もない、迅速の突進である。
ザフィーラは虚を衝かれたが、それでも素早く身を捻って躱わす。だが間に合わない。
ザフィーラの分厚い胸板が斜めに抉られ、噴き出した流血が虚空に真紅の花を咲かせた。
激痛に悶絶する暇もなく、漆黒の狼が爪と牙で追い討ちをかけてくる。次々と繰り出される攻撃に身を削られ、ザフィーラの体のあちこちに新しい傷が増えていく。
灼熱の痛みが脳裏を真っ赤に染める。極度の倦怠が体を泥のように重くし、ザフィーラは応酬できずに後退するばかり。体捌きにも精彩がなく、もはや心身ともに限界だった。
動くたびに傷口から赤い滴を撒きながら、ザフィーラは苦肉の捨て身を覚悟した。
「欲しいならばくれてやる。ただし私の命ではない。この――左腕をなッ!」
悲壮な決意で吼えると、ザフィーラは左腕を盾のごとく掲げて突進する。
実際、積み重なる流血と疲労で活力を奪われ、ザフィーラは立ってるのも辛い有様だ。
そんな彼が、いつまでも防御を続けていられるわけがない。もはや逆転するには肉を切らせて骨を断つしかなかったのだ。他の誰でもない、仲間と、夜天の主を守護するために。
頭の位置に構えたザフィーラの左腕に、黒騎士が容赦なく短剣のような牙を突き立てる――まさにその瞬間だった。突進してきた黒い狼の動きが、なんの前兆もなく滞ったのは。
黒騎士の突進を寸前で妨害したその魔力紐に、ザフィーラは見覚えがあった。
『ザフィーラ、今のうちに!』
ふいに思念通話が接続され、シャマルの声が意識化に響く。どうやらシャマルは無事らしい。ならばもう、おのれの心に懸念はない。あとは全力をもって眼前の敵を覆滅するのみ。
「おおおおおおッッ!」
轟々と吶喊するザフィーラ。掬い上げた右拳が大気の壁を貫く。その後を衝撃が追う。
ザフィーラの苛烈きわまる攻撃をまともに喰らい、黒騎士ザフィーラは顎の骨を粉砕される。そのままプロペラのごとく猛烈な縦回転で後方に撥ね飛ばされて――
次の瞬間、シャマルが行使した鋼の軛に、四方から串刺しにされて消滅した。
「すまない、シャマル。借りができたな」
前方から近づいてくるシャマルに視線を向けて、ザフィーラは助太刀に礼を述べた。
ペンダルフォルムの魔力紐を伸ばして敵を拘束するというシャマルの秘術がなければ、いまごろザフィーラの左腕は黒騎士に噛み千切られていただろう。むろんその覚悟はしていたが、やはり五体は満足のほうがいい。だからシャマルには、感謝してもしきれない。
恭しく頭を下げて恐縮するザフィーラに、シャマルは気まずそうな微笑で応じる。
「それはわたしの台詞よ。だってザフィーラの足を引っ張ってばかりだったし。
……でも、さっきので少しは借りを返せたかな? そうだったら嬉しいんだけど」
満身傷だらけのザフィーラを見て、シャマルが痛々しく顔をしかめた。極限の窮地にほぼ一人で身を置いていたザフィーラに、シャマルは心苦しさを感じているのかもしれない。
ザフィーラは無表情のまま思案する。ただ「気にするな」と答えても無意味だろう。シャマルを納得させるには、そんな淡白な言葉では足りない。もっと真摯な気持ちが必要だ。
「もともと借りなんてない。それより私にとって重要なのは、シャマルを無傷で守り通せたことのほうだ。それが盾の守護獣である、私の最大の誇りであり最上の武功だからな。
それにおまえは、さっき私を助けてくれた。だから、ありがとう。感謝している」
ザフィーラは微塵も表情を変えずに言い放った。その声はどこまでも淡々としている。自分の気持ちを相手に伝える気があるのかないのか判らない口調。朴訥にもほどがある。
一方、そんなザフィーラの物言いがおかしかったらしい。シャマルが口元を弛めて笑う。
「ありがとう、ザフィーラ。あなたのおかげで、少しだけ胸のつかえが取れたわ」
少しだけ元気の出た微笑をみせるシャマルに、ザフィーラは真顔の眉をひそめて頷く。
「それよりシャマル。この傷を治してくれ。まだ我々には、やるべきことが残っている」
そう意味ありげに言いながら、ザフィーラは別の方角の空へと視線を転じた。
爆発する閃光と魔弾の雨が間断なく錯綜する虚空に。
八神はやてと闇の書の闇が応酬しあう、凄愴をきわめる必滅の戦場へと。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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