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魔法少女リリカルなのはEine Familie 第七話 『夜天の守護騎士ヴォルケンリッター』(1)

今日はバレンタイン・デー。
でも僕は特別なことは何もしない。
バレンタインSSとかも書いたりしない。
ふん。バレンタインなんか普通の日だ。

まあ、男の見苦しい嫉妬はこのへんにしておいて。

魔法少女リリカルなのはEine Familie 第七話 『夜天の守護騎士ヴォルケンリッター』(1)  を更新。
第七話のこれからの更新予定日は、
(2)が明日、(3)が21日(来週の土曜日)、(4)が22日(来週の日曜日)を予定。
ちょっとだけ、あいだが空きます。
遅筆のくせに無理するからこんな予定になる。
ではでは、よろしくお願いします。



 万力のように頭部を締めつける五指の感触が、唐突になくなった。
 ふと消失した圧搾を訝るより先に、はやてはギリギリと鈍痛を訴える頭を抱えて呻く。
 なにがあったのかは判らないが、とにかく頭蓋骨陥没の憂き目だけは免れたらしい。左右のこめかみを両手で撫でながら、はやては涙で滲んだ瞳を前方に向ける。さっきまで彼女を攻撃的になぶって痛めつけていた、闇の書の闇の行方が気になったのだ。
 闇の書の闇は、十歩の距離を隔てた虚空に浮かんでいた。襤褸も同然のローブの裾が、風もないのに荒々しくはためき、細い顎骨(がっこつ)が歯噛みするあまり軋みをたてる。その形相は、怒りと憎しみで戯画のように歪んでいた。もはや人の顔ではない。殺意に狂う怪物の(かお)だ。
 はやての目が大きく見開かれた。さっきから頭蓋を苛んでいたはずの、虫歯のような断続的な疼痛(とうつう)も忘れてしまう。その麻痺状態は恐怖ではなく、慮外の驚きによるものだった。
 はやては、闇の書の闇を見つめている。はやての目の前に立つ、第三者の背中越しから。

「……そんな、まさか」

 あたかも幽霊でも見たような驚愕。言外に『信じられない』と呟くような声色。
 はやては、その女性を知っていた。その後ろ姿を知っていた。
 黄金率と呼ぶにふさわしい完璧で優美な肢体を包む、黒いノースリーブのインナーと膝上丈のミニスカート。右脚は同色のニーソックスで締まっており、白い脚線を惜しげもなく晒す剥き出しの左脚との対比によって、眩いばかりの潔癖さを主張して鮮やかだ。滝のように拡がる腰まで伸びた長髪は、まるで自ら発光する銀鱗のごとく煌いて躍っている。
 ――銀髪の聖女。そんな現実離れした記号が浮かんでも、なんら恥じ入ることはあるまい。なにせ同性の嫉妬と羨望を同じ数だけ集めそうな美貌と存在感だ。一幅の聖画を観るような崇高な心地にもなろう。唾をひとつ飲みこみながら、はやては凝然と瞳を凝らす。
 女性の首だけが、後ろのはやてに向けられる。切れ長の、ルビーでこしらえた刃物のように紅く輝く両眼(りょうがん)に、懐かしさと親しみを含んだ感慨が微笑みとともに浮かんだ。
 その瞬間、はやては叫んでいた。声のかぎりに。歓喜に震えた涙混じりの声音で。
 ただ無我夢中に、祝福の風の名を呼んだ。

「リインフォースっ!」

 滔々と溢れる思慕の奔流の赴くまま、はやてはリインフォースに飛びついた。
 慌てて体ごと振り向いたリインフォースが、小犬のように飛びかかってきたはやてを抱きとめる。いつもいつでも願ってやまなかった再会の奇蹟。だが不可能だと諦めていた邂逅の瞬間。見上げるはやての瞳と、見下ろすリインフォースの瞳が見交わされる。

「……ほんまに、リインフォースなんか? 偽者やないよね? 夢やないよね?」

 嗚咽するような声で質すはやてに、リインフォースは朗らかな澄まし顔で頷く。

「はい。夢でも偽者でも幻でもありません。いささか時と場所に問題がありますが――」

 意味ありげに言葉尻を浮かせると、リインフォースは微かに口元を弛ませて微笑んだ。

「もう一度会えて嬉しいです、主はやて」
「リインフォース!」

 はやての内側で何かが決壊した。痛切な声をあげて、リインフォースの胸に顔を埋める。

「ゴメンな、リインフォース。みんなを、守護騎士たちを守れなかった。わたしが、わたしの力が……わたしの力が足りないばっかりにッ!」

 まるで堰を切ったように涙が溢れだす。はやては雪崩を打って押し寄せる激情を、声を嗄らして叫び続ける。胸中に封印していた狂おしいほどの悔しさを、悔しさを、悔しさを。
 そのとき、はやての頭を優しく撫でる感触。はやては泣き腫らした顔を上げた。リインフォースが、はやての髪を撫でている。腕の中のか弱い存在を傷つけぬように、そっと。

「おおよその状況は、だいたい把握しています」

 はやての頭を撫でながら、リインフォースが静かに呟いた。

「私が再び、この世界に招かれたのは、主はやての助けとなるためなのですから」

 一国の姫君に忠誠を誓った騎士のごとき厳粛な口調。しかし続くリインフォースの声音は、一転して冷血な気配を帯びていた。冴え冴えと燃える、蒼い炎のような怒りを湛えて。

「二年前のあの日、私とともに消滅したはずのおまえが、どういった経緯で蘇ったのかは知らない。ほんとうなら、今すぐにそのことを詮議すべきなのだろう。だが――」

 リインフォースは冷たく殺気だった眼差しで、あらためて闇の書の闇を睨み据える。

「正直に言おう。私は、かつてない怒りを覚えている。よくも私の主と姉妹たち、それから友人たちを傷つけてくれたな。これから話をするまえに、それを謝罪してもらいたい」

 言い放ったリインフォースの声音は、凛然とした怒りに研ぎ澄まされている。まるで氷の刃をすぐ喉元に突きつけているかのような、畏怖に脳漿(のうしょう)が凍りつく憤怒の言葉。
 しかし、闇の書の闇は俯いたまま答えない。リインフォースに似た、銀灰色の髪が痙攣するように震えている。泣いているのか――そんな印象は、次の瞬間に消え去ってしまう。

「……ダマレ」

 闇の書の闇から返ってきた呟きが、リインフォースの怒りをはるかに凌ぐ怨嗟に凝っていたからだ。それは憎んで憎んで憎しみにぬいて、憎悪が感情ではなく人格の一部と化したかのような声だった。血のような双眸を赤く赤く光らせ、闇の書の闇は()くしたてる。

「ダマレ、ダマレ、ダマレ、ダマレッ! 主ハヤテハ、私ノモノダ! 私ダケノ主ダ! 絶対二渡サナイ。オマエナンカ二、オマエナンカ二、オマエナンカ二ィィィィッ!」

 雷鳴のごとき逆鱗の咆哮。虚空を唸り飛ぶ烈風と衝撃波。そして、それらすべてを後ろに従えるような速さで、闇の書の闇が翔け出していた。ローブの裾が、残像のように翻る。

「主はやて、失礼します」

 言うが早いか、リインフォースは、はやてを横抱きにするやいなや後方へ跳躍していた。

「ちょ、リインフォース――」

 いきなり抱き上げられて目を皿にしたはやての耳朶に、身の毛もよだつ凄まじい爆音が轟く。闇の書の闇が繰り出した掌底が、最前まで二人のいた虚空を豪快に擦過したのである。
 リインフォースの反応が少しでも遅れていれば、はやてはリインフォースと一緒に四散していたろう。まるで、二人もろとも消し飛ばして構わないと言わんばかりの攻撃だった。
 現に、爛々と輝く闇の書の闇の赤い双眸には、もはや理性の光など一片も残っていない。はやてを殺さないための手加減を滅却するほど、闇の書の闇は怨念に我を忘れていた。

「死ネェェェェッ!」

 闇の書の闇は野獣のような勢いで、空を切り裂いて突進する。ただ一人リインフォースだけに怨みを収斂(しゅうれん)させて、暗黒の殺意を狂ったように振りまきながら。
 リインフォースは後ろ向きで滑空しつつ、闇の書の闇を迎撃するため魔法を行使する。

「刃以て、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー」

 刹那、虚空より現出した三十本以上の真紅の刃が一斉に撃ち出された。まるで餌をめがけて殺到するピラニアの群れのように、鮮血と同じ色をした短剣が闇の書の闇へと牙を剥く。
 十重二十重(とえはたえ)に響きわたる炸裂音。闇の書の闇は一瞬で爆煙に呑みこまれてしまう。
 リインフォースの魔力と隙のない術式で生成された魔弾は、いずれか一発が当たるだけでも必滅の威力にして余りある。それが全弾命中したのだ。勝負は決まったかに思われた。

「リインフォース! 前ッ!」

 リインフォースの首にしがみついた格好のまま、はやては鈴を張ったような瞳を慄かせる。濛々と立ちこめる爆煙の帳が割り裂かれ、中から無傷の闇の書の闇が飛び出してきたからだ。闇の書の闇は、移動時間を跳ばしたかのように、あっというまに間合いを詰めてきた。

「っ――盾!」

 リインフォースが咄嗟に展開したパンツァーシルトと、闇の書の闇が送りこんだ掌底がぶつかり合い、赤々と火花を散らす。今までどんなシールド魔法も紙同然に引き裂いてきた闇の書の闇の打撃が、リインフォースの障壁を突破できない。苛立ちに闇の書の闇が吼えた。
 血肉を欲する獣の雄叫びをあげながら、闇の書の闇は力任せにシールドを叩きはじめる。その凄まじい破壊の圧力に、障壁を支えるリインフォースの顔が苦痛に歪む。次第、ベルカ式の魔法陣を模したシールドに少しずつ亀裂が走る。それは徐々に大きくなっていく。
 ――まずい、このままでは。
 痛みを我慢するように片目を眇めるリインフォース。何度も何度も殴打され、亀裂を拡げていく紫色の障壁。その二つを交互に見ながら、はやては焦慮の末に結論する。

「リインフォース、ユニゾンやッ! もうそれしかない!」

 強大な魔力、強力な魔法。それらを単体で発揮できるリインフォースだが、やはり彼女の本質は融合デバイスという特異性にあるといっても過言ではない。リインフォースが本来の役割に立ち戻り、はやてとユニゾンすれば、その性能と力を十全に行使できるだろう。
 がしかし、はやての一喝めいた言葉に、なぜかリインフォースは(がえ)んじえない。闇の書の闇から受けるプレッシャーとはまた違う心痛に、リインフォースの眉は曇っていた。

「……確かに、それが現状を打破できる唯一の策かもしれません。しかし――」

 顕現した実体があるとはいえ、いまのリインフォースは、かりそめの体を与えられているだけの、いわば虚像のようなものにすぎない。いつ消えてもおかしくない蜃気楼と同質である。しかもユニゾンは、ただでさえリスクが大きい技術だ。存在していること事態が胡乱な今のリインフォースにとって、下手をすれば融合事故という取り返しのつかない悲劇をもたらす可能性だってあろう。なかなか踏ん切りがつかぬのも無理はない。
 しかし、そんなリインフォースの不安を、はやては豪放に笑い飛ばす。

「心配なことなんて何にもない。わたしとリインフォースならやれる。――そうやろ?」

 ざっくばらんに言いながら、はやては笑う。心からリインフォースを信じているのだ。
 リインフォースは呆気にとられて、しきりに目を瞬いていたが、やがて見上げてくるはやてに、なにかを吹っ切ったように破顔してみせた。清々しく、誇らしげな微笑である。

「主はやての言うとおりです。迷う必要などなかったことを、いまやっと思い出しました。
 ……主はやて、ご命令を。その指示で私は再び、あなたを祝福する風になりましょう」

 そこでリインフォースは、横向きに抱き上げていたはやてを下ろした。はやては飛行魔法を行使して、リインフォースの隣の虚空に並び立つ。まるでそこに足場があるかのように。

「判った。いくよ、リインフォース!」
「了解です」

 はやてが意思を確認し、リインフォースが二つ返事で頷く。儀式は、たったそれだけで事足りた。自分たちの気持ちが一心同体だと判ればそれでいい。それが逆転への布石だ。
 一方、はやてとリインフォースのやりとりを聞いていたらしい、闇の書の闇がさらに狂乱した様子で障壁を殴りつけてきた。口角に泡を飛ばすような勢いで喚く。

「止メロ、止メロ、止メロォォォォッ!」

 悲痛な絶叫をあげながら、闇の書の闇が猛然と掌底を振り下ろす。黒い魔力をまとわせたそれは、リインフォースの展開した障壁を粉砕するに充分な威力を秘めている。
 しかし次の瞬間、あたりの空気が膨張するように白熱するや、障壁は自ら爆散していた。


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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