イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのはEine Familie 第五話 『闇の正体』(6)
これで第五話は終了です。
そして第六話からはいよいよ、八神はやてが闘います。格闘します。
第六話の更新予定日は、1月31日(土曜日)を考えています。
では今度とも、よろしくお願いします。
屋外に出たはやての前髪を、一陣の夜風が微かに震わせる。
暖炉の温もりに慣れた肌に、冬の夜の冷たさはまるで染み入るようだった。
「なにからなにまで、ほんとうにありがとうございました」
庭先を白々と照らす照明灯の光を背中に浴びながら、はやては見事な角度で一礼した。視線が地面に落ちる。はやては密かに苦笑していた。こうしてグレアムたちに感謝を告げるのは、これで何度目になるだろう。はたしてこの先、恩を仇で返すような失態がなければいいが。
「気にしなくてもいい。私たちは、自分が正しいと思ったことをしているだけだ」
グレアムの声音は小春日和のように安穏としていた。はやては苦笑を引っこめると、グレアムの顔色を窺うように上目を遣いながら面をあげる。そのとき、彼女の片眉が決まり悪げに跳ねた。グレアムの両脇を固める双子の姉妹が、腕組みをして、はやてを睨んでいたからだ。
「わたしはまだ反対だけど……でも、はやてちゃんの気持ちも判るから」
「もう反対はしない。でも約束して。絶対に負けないって。みんなを助けて戻ってくるって」
リーゼアリアとリーゼロッテが憮然とした表情で呟いた。だがその声音は、どこか乞うような響きがあった。怯えた子猫のような二対の眼差しが、心細そうにはやてを見つめている。
リーゼロッテとリーゼアリアの視線を、はやては瞳を逸らさずに受け止めた。彼女たちの心配を思うなら、いい加減な返答はできない。深海のような静寂に、壮烈な声が響く。
「はい。必ず」
迷わず即断したはやてに、リーゼロッテとリーゼアリアは安堵した表情をみせた。
すると今度はグレアムが、名刀を思わせる切れ味するどい語調で言葉をぶつけてくる。
「君は倒れるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。君がいなくなったら悲しむ人たちがいるからだ。それを肝に銘じておいてほしい。君のためにも、仲間たちのためにも」
「はい。忘れません。なにがあっても、絶対に」
張りつめた威厳に満ちた上長の言葉に、はやては微塵も怯まぬ風情で頷いてみせた。
はやては生来の気質からして頑固である。一度でも言葉に出して交わした誓いと約束は、次の瞬間には牢固として揺るがぬ戒律へと変わっている。だから誓言を違えることはありえない。確約を反故にして平気でいられるほど、はやては淡白でも鉄面皮でもないからだ。
「その言葉が君から聞けただけで充分だ。どうやら私が言うべき言葉は、もうないらしい」
グレアムが目を細くして微笑する。まるで、はやての心中を読んだかのように満足げだ。
「行ってきなさい、はやてくん。君の為すべきことを為すために」
――行ってきなさい。その言葉が合図だったのか、はやての足元に魔法陣が展開された。
発光する魔法陣の輝きに目を眇めながら、はやてはグレアムの右隣に視線を移す。そこには転送魔法を行使するリーゼアリアがいた。じっと見つめてくるはやての眼差しに気づいたらしい、そのときリーゼアリアが頷いてみせた。はやては感謝の念をこめて頷き返す。
そうしてグレアムたちに見守られる中、はやては、はたと思い浮かんだ言葉を口にした。
「グレアムおじさん! ロッテさんもアリアさんも! 今度は、わたしの家に遊びにきてください! ……楽しくなる。きっと楽しくなるはずですから!」
グレアムたちは、まるで不意を衝かれたようにキョトンと佇んでしまう。まったく予期せぬ事件に直面したりすると、得てして人間はこのような表情をする。あまりにも突飛で唐突すぎて、三人とも理解が追いついていないのだ。三人は呆けたように顔を見合わせていた。
そんなグレアムたちの胸中を知ってか知らずか、はやては楽しそうに
「わたし一人じゃない。守護騎士たちも一緒に、みんなで歓迎します。せやから絶対に来てください! 約束ですよ!」
それは親孝行に近い感覚かもしれない。むろん血の繋がりはないが、それでもはやてにとってグレアムは、誰が何と言おうと父親だった。だから彼女は約束などという言葉を遣って、不明瞭なはずの未来を規定したのだ。そうすることが――守護騎士たちとの絆を見せることが、今日まで親身に援助してくれた彼に対する、最高の恩返しになるだろうと信じるがゆえに。
ほどなくして転送魔法が起動した。これで次の瞬間には海鳴市に到着しているだろう。だがその直前、はやての気持ちが通じたらしい。グレアムが照れ笑いを浮かべて呟いた。
「ぜひ、お邪魔させてもらうよ。これでまたひとつ、老後の楽しみが増えた」
心と心が繋がったような歓喜を覚えながら、はやては決戦の地である海鳴市へと帰還した。
守りたい誓いと、叶えたい約束を胸に秘めながら。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
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