イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのは False Cross 第四章(1)
連載SSを更新。
次回の更新は1週間後の7月8日(日曜日)を予定しております。
あと初めての方もおられるかもしれないので改めて。
この作品「False Cross(フォールス・クロス)」は、StrikerS本編から2年後のミッドチルダが舞台です。
そして作中に登場する『レイン・レン』は、「Fearless hawk」のケインさんの作品「Southern Cross」からお借りしたキャラクターです。
ただお借りしているのはキャラクターだけです。世界観や設定は共有しておりません。
あくまでパラレルワールドの話です。
イヒダリ版「Southern Cross」ということでご了承ください。
なのはとレイン・レンが対峙していた頃。
湾岸地区にあるミッドチルダ南駐屯地の上空を、今まさに地獄の使者が通りすぎようとしていた。
黒いボディスーツに黒い甲冑。膝裏まで届く褪せた金髪。色の違う石のような無情のオッドアイ。
ミッドチルダの人々の殺戮を命じられた
黒ずくめの戦闘機人は落日の空を、刃のように切り裂いて飛んでいた。
いつにも増して赤く赤く映える夕焼け。
その紅蓮に燃える背景は、あるいは本当に刃物で切り裂かれて、作られたのかもしれない。
人々の虐殺を示唆する残酷なデモンストレーションとして。
でなければ世界がこんなに血の色を湛えるはずがなかった。
そんな人の姿をした抜き身の凶器が、とあるビルの上に差し掛かったとき――
その屋上から光線が放たれた。
凄まじい轟音をとどろかせる金色の流星が『機械仕掛けの聖王』を襲う。
直射型の魔法による狙撃だった。
砲撃魔法の圧倒的な火力に不意を討たれれば、ときには熟練の魔導師すら志気をくじかれる。
冷静な判断力も奪われるだろう。
だが『機械仕掛けの聖王』は顔色ひとつ変えない。
喜怒哀楽と袂を分かった能面のまま、体を縦にしながら左へ動いて避けた。
状況の変化に一喜一憂する人間とは違う。
前もって想定された出来事の内ならば決して惑わされない機械の対応だった。
しかし逆を言えば想定外の出来事なら虚を衝けるということだ。
この奇襲は二段構えだった。
砲撃魔法をかわした『機械仕掛けの聖王』の背後に、いつのまにか鋭い眼光を放つ人影がまわりこんでいる。
影は金色の光の帯を足場にしていた。表面には複雑な連続模様が描かれている。戦闘機人のテンプレートだ。
それはスバルとギンガの魔法『ウイングロード』と相似する固有技能。
ノーヴェ・ナカジマの『エアライナー』に間違いなかった。
「おまえが『機械仕掛けの聖王』か。報告どおり顔だけはヴィヴィオにそっくりだな。驚いた――ぜッ!」
相手の無防備な背中をめがけて、ノーヴェが超速で脚を繰りだす。
硬く柔靭な鞭を思わせる強烈な蹴り。その打撃をローラーブーツ型の武装『ジェットエッジ』が加速させる。
ナカジマ家の五女は、ギンガやスバルと同じ格闘技法『シューティングアーツ』の使い手だった。
背後を取られた『機械仕掛けの聖王』は、体を即時反転させてノーヴェのほうを向く。
顔の前で左右の腕を交差させ、すばやく防御の姿勢をとった。
空中で向かい合った両者のあいだに破壊的な轟音が鳴り響く。
吹き飛ばされた『機械仕掛けの聖王』が、まるで隕石さながら地上へ斜めに落下した。
地面に激突して高々と粉塵を巻きあげる。
その様子をチンク・ナカジマは、ビルの屋上から注意深く見ていた。
小柄な体に纏っているのは『シェルコート』と呼ばれる灰色の外套。バリア等の防御機構を搭載している。
過去の戦闘で傷を負った右目は黒色の眼帯にふさがれていた。
思案顔のナカジマ家の次女は、すぐ右隣の砲手に声をかける。
「やった、と思うか?」
そう問われた砲手はディエチ・ナカジマだった。先刻『機械仕掛けの聖王』を魔法で狙撃したのは彼女である。
ナカジマ家の三女は、巨大な重火器『イノーメスカノン』の砲口を粉塵に据えながら、眉の根元に皺を寄せた。
「あたしの砲撃は避けられたからね。なんとも言えない。でも相手はSランク相当の砲撃にも耐えるらしい『聖王の鎧』を持ってる。あれくらいで戦闘不能になるとは思えない」
ディエチが淡々と自分の見解を述べる。
するとチンクの左隣から陽気な声が挙がった。
「あれくらいっスか。普通あの高さから叩き落とされたら、戦闘不能になると思うんッスけどね」
ウェンディ・ナカジマだ。
彼女は流線型をした板状の大きな物体を、サーフボードのごとく小脇に抱えている。
攻撃にも防御にも移動手段にも使える武装『ライディングボード』だ。
ナカジマ家の六女は、この汎用性の高い大型プレートを、ずっと愛用していた。
「それにノーヴェの馬鹿力で蹴られたんスよ。戦闘不能にはならなくても無傷じゃ――」
「なにが馬鹿力だ。おまえはいつも一言多いんだよ」
ウェンディの冗談めかした言葉を、いかにも勝気そうな女の声が遮った。ノーヴェである。
奇襲を成功させて屋上に降り立った彼女は、姉妹たちの五歩くらい後ろまで近づいていた。
チンクは肩ごしに、ノーヴェを一瞥する。
「おまえはどう思う? 手応えはあったか?」
「手応えは、あったよ。で、あらためて痛感したわ」
答えながら寄ってきたノーヴェが、チンクとウェンディのあいだに立つ。視線を敵の落下した場所へ向ける。
雨雲のような粉塵が風に浚われて、箒で掃かれるように消えていく。三秒後には跡形もなく飛び去っていた。
かわりに幽鬼のごとく立ちあがる『機械仕掛けの聖王』が姿を現わす。
ノーヴェが悔しそうに舌打ちした。
「あの『聖王の鎧』はマジで厄介だ。とにかくすげえ硬い。正直ぶちぬける気がしなかったよ」
ノーヴェが苦い口調で感想を述べる。眼下の『機械仕掛けの聖王』は無傷だったのだ。
敵の望まぬ健在を、なかば確信していたチンクは、思い煩わなかった。すぐ現場指揮のゲンヤに連絡をとる。
虚空にインターフェース・ウィンドウが投影され、その窓枠の中に義父の見慣れた厳かな顔が映った。
「こちら『N2R』のチンク・ナカジマ。例の戦闘機人が網にかかった。これより迎撃を開始する」
N2R。
これはスバルとギンガを除くナカジマ家の四姉妹で構成されたユニットの名前である。
レイン・レンの奇襲を懸念した管理局の地上本部は、N2Rを含む陸士や空士をミッドチルダの各所に配置。
抜かりなく警戒網を敷いていたのだ。
そしてチンクたち四姉妹が待ち伏せる網の中に、まんまと『機械仕掛けの聖王』が飛びこんできた。
ここは二年前まで機動六課が訓練に使っていた『陸戦空間シミュレータ』の上である。
市街地から森林まで多種多様な状況を再現できる有用な施設だ。
民間人を巻きこむ心配がいらないという点で最良の戦場だった。
宙に浮くインターフェース・ウィンドウに映ったゲンヤが真顔で首肯する。
「わかった。そっちには民間人を近寄らせないようにしておく。それからギンガを応援に寄こす」
「了解。私たちは作戦に戻ります」
そう告げて早々に通信を切ろうとするチンク。
そのときゲンヤが「待て」と彼女を呼びとめた。義父は物言いたげな迷った顔をしている。
チンクは仕事用の冷徹な自分をいったん解除した。色素の薄い唇に親愛の微笑を浮かべる。
「心配はいりません。いつもどおりです。ちゃんと四人そろって帰ってきます」
そしてチンクは今度こそ通信を切った。しばらく余韻のような名残のような沈黙が流れる。
現在の立場はスカリエッティに従っていた二年前とは異なる。
もはや自分たちの命は自分たちが思っている以上に安くない。
帰還を約束した以上は意地でも帰還しなければならなかった。
チンクは心を戦場に戻し、ふたたび戦士の顔になる。
「私とノーヴェとウェインディは、これから下に降りて、『機械仕掛けの聖王』を迎え撃つ。ディエチは屋上に残って火砲支援を頼む」
「いつもどおりの作戦でいくってわけだね。了解した」
チンクの指示を受けて、ディエチが小さく頷いた。
直後にノーヴェが両の拳を胸の前で打ち合わせる。
右拳に装着した籠手『ガンナックル』が夕陽を反射して赤く輝く。
まるで燃えているような錯覚がした。
ノーヴェの火のような闘志を反映しているせいかもしれない。
「よっしゃ。いっちょ気合入れていきますか。――エアライナー!」
ノーヴェが叫びとともにエアライナーを展開した。光の帯が下へ向かって伸びていく。
たちまちビルの屋上とアスファルトの路面を繋ぐ滑り台めいたスロープができあがる。
その緩やかな勾配を最初にノーヴェが、続いてライディングボードに乗機したウェンディが、最後にチンクが滑って道路に降り立った。
彼我の距離は目算して、およそ十五メートル程度。
三姉妹は初めて『機械仕掛けの聖王』と対峙した。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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