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魔法少女リリカルなのは False Cross 第三章(3)

 連載SSを更新。
 例のごとく書けた分だけ掲載です。
 次回の更新は1週間後の6月17日(日曜日)を予定しております。
 よろしくお願いします。


 太陽は充血していた。
 はるか太古から人々を見守ってきた神のごとき『彼』にも睡眠欲があるらしい。
 空の上瞼と地の下瞼は今にも閉じてしまいそうだった。
 もうすぐ夜が来る。
 レイン・レンが交渉の場に指定した科学館は、常緑樹をいただく丘陵にその形骸を留めていた。
 地上三階・地下一階の鉄骨鉄筋コンクリート造。いぶし銀の典型的な博物館である。
 ただしそれは表面上のデータにすぎない。
 実際は戦闘機人を研究していた違法な施設が、ギンガとスバルの生まれた場所が、地下一階よりも深い階層にあったのだ。
 クイント・ナカジマに摘発されてから、かれこれ十三年の歳月が経過している。
 にもかかわらず建物自体には、これといった破損は見られない。
 むしろ経年劣化の爪痕は建物に面した広場のほうがおびただしかった。
 天然石ブロック舗装された路面は、ところどころにヒビが入っている。
 大小さまざまな形に割れたり欠けたりもしていた。
 一歩進むたびに砂利を踏むような音がする。
 かつては美しい景観で人々の目を楽しませた憩の場も、現在では砂礫が埃のごとく積もる岩場でしかなかった。
 そんな荒れ地を半分ほど進んだところで、なのはの胸に未来予知めいた直感が生じる。
 バリアジャケット姿の彼女は、あらためて科学館を見上げた。
 夕陽を照り返す灰色の壁が紅く染まっている。
 決して避けられない苛烈な死闘を予告する凶兆の色。
 まるで戦場の流血を思わせた。
 レイジングハートの長柄を握った左手に思わず力が入る。
 自動ドアには人ひとりが通れるくらいの隙間ができていた。
 彼女は廃墟に入る前にファイアリングロック(魔法の物理干渉をオフにする)をかける。
 ここはかつて犯罪の拠点に利用されていた場所である。
 今日まで残っていたのが、そもそも異常な建築物だ。
 この手で解体してしまうのに、本音を言えば何の抵抗もない。
 なのはが自分の魔法にファイアリングロックをかけた理由はただひとつ。
 救助対象のスバルを生きたまま埋葬するという馬鹿な仕儀に陥りたくないからだった。
 なのはは警戒しながらエントランスホールに足を踏み入れる。
 ホールは一面をガラスの壁に囲まれていた。
 その濁ったガラスを透過して朱色の光がホール内に降りそそいでいる。
 ふと赤い水晶の中にいるような錯覚がした。

「――指定した時間に、ぴったりの到着とは。さすがは管理局のエースオブエースだ。敵に対しても律義な方ですねぇ」

 突然の声は右正面から聞こえてきた。
 人影が受付カウンターの上に、足を組んで傲然と座っている。
 長身、痩躯、白髪。陸士部隊の制服に科学者めかした白衣。手にはデバイスとおぼしき白い装丁本を持っている。
 その欺瞞に満ちた姿はレイン・レンに間違いなかった。
 なのはの目つきが反射的に厳しくなる。

「要求どおり一人で来ました。スバルはどこですか?」

 彼女は淡々とした口調で切り返す。
 レイン・レンには問いたいことがいくつもあった。しかし今はスバルの身の安全を確認するのが最優先事項だ。
 彼を尋問するのは逮捕してからでもいい。
 なのはの釣れない冷め切った態度に、レイン・レンが肩をすくめてみせる。
 だが眼鏡の奥の瞳は、なのはを嘲っていた。

「ついてきてください」

 カウンターの上から飛び降りると、レイン・レンが先に立って歩きだす。
 行く手には一階と二階を繋ぐスロープがあった。
 ひと悶着あると踏んでいたエースオブエースは、この素直な対応に少なからず面食らってしまう。
 当然ながら罠の可能性を邪推する。
 ところがレイン・レンの後ろ姿には余裕があった。一見して怪しい行動を取る気配は窺えない。
 むしろ彼の無防備すぎる白衣の背中は、先の安全を保障して見えるほどだった。
 なのはの警戒心が、ますます煽られる。
 だが仲間の救出を原動力とする、今の彼女を止める危険など、この世にもあの世にも存在しない。
 エースオブエースは腹をくくってレイン・レンのあとを追う。
 夕陽が射しこむ一階のエントランスとは違い、光源のない二階は地下を思わせる暗さだった。
 かびた臭い。しつこい熱気。
 環境の変化に順応するバリアジャケットを着ていても長居はしたくない場所である。
 先を歩くレイン・レンは、すでに闇と同化していた。
 レイジングハートが杖の先のコアを発光させる。たいまつの代わりとなって周囲を照らす。
 桜色の灯がレイン・レンの背中を再度あらわにした。
 彼は梟の生まれ変わりなのか、闇の中でも目が見えるらしい。
 ためらうことなく迷うことなく前を歩く。
 やがてレイン・レンの足が止まったのは、暗いフロアを二十歩ほど進んでからだった。
 もともと展示場だった二階は、横に広いスペースを有している。
 正確な距離は闇が濃くて目測不能だが、展示品は摘発の際に残らず押収され、フロア内は『がらんどう』と聞いていた。
 天井は高い位置にあるが、むろん飛行には適さない。
 慣れ親しんだ飛行魔法の使い道は、もっぱら滑空に限定されるだろう。
 なのはの得意な空戦は、事実上、ここでは不可能だった。

「……スバルはどこにいるんですか?」

 なのはの声が光と闇の境界に――白衣の痩せた背中に飛んでいく。焦れた口調だった。
 およそ十秒。レイン・レンは足を止めてから何のアクションも見せていなかったのだ。

「スバル?」

 レイン・レンが後ろ姿のまま小首をかしげた。

「残念ですが僕に『スバル』なんていう名前の知り合いはいませんよ。いま手元にある機械人形は『タイプゼロ・セカンド』っていう名前ですし」
「これが最後の通告です。スバル・ナカジマを解放しなさい」

 レイン・レンの露骨な挑発を、なのはの冷めた声が切り捨てる。
 相手の戯言に付き合ってやる気は毛頭なかった。
 レイン・レンが嘆息しながら、辟易したように肩をすくめる。
 続いて面倒そうに体ごと振り返った。
 なのはと正面から向き合う。

「そんなに催促しなくても大丈夫ですよ。ちゃんとお返ししますから。利子をつけてね」

 レイン・レンが邪な含み笑いを見せる。
 なのはの頭上に位置する天井を突き破った影が、瓦礫とともに落下してきたのは次の瞬間だった。



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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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