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魔法少女リリカルなのは False Cross 第三章(2)

 連載SSを更新。
 次回の更新は2週間後の6月10日(日曜日)を予定しております。
 よろしくお願いします。


 何の前触れもなく会議室のドアが開き、後頭部に氷嚢(ひょうのう)を当てた男が入ってくる。
 ギンガが目と口を唖然と開いた。

「お、お父さん!」

 いきなりドアを開けて現れたのは、つい先ほど話題にしていた人物、ゲンヤ・ナカジマそのひとだった。
 彼は疲労の色が滲んだ顔をしていたが、しっかりした足どりで部屋に入ってくる。
 ここには急いでやってきたのか、陸士部隊の制服は着崩れていた。
 ほどなくして驚愕から、ふと我に返ったギンガが、激しい勢いで立ちあがる。

「なにしてるの! なのはさんに聞いたけど、今日は一日、検査で入院するはずじゃ?」
「入院はしない。無理を言って退院させてもらったからな」

 ゲンヤが淡々と応じる。
 そのめちゃくちゃな言い分に、ギンガは声もなく立ちつくす。
 怒ればいいのか呆れたらいいのか判断がつかない様子だった。
 ゲンヤが手近な席に腰を下ろした。
 氷嚢が無造作に机の上に置かれる。

「前置きは無しだ――スバルの居場所がわかった。あと事件の犯人もな」

 なのはとギンガは二人ともに目を丸くする。寝耳に水としか言いようがない話だった。

「……どういうことですか?」

 なのはの眉間に、知らず力がこもる。
 疑念と緊張。
 曖昧だった事件の全容が急に等身大となって、解決の期待感よりも混乱が先に立ってしまう。
 口の中が渇いていたのも、今は忘れてしまっていた。

「病院で治療を受けていたとき、俺個人に宛てたメールが届いた。内容は――口で説明するより見てもらったほうが早いな」

 ゲンヤが机上のコンソールを操作し、真上の虚空にメールの文面を投影した。
 なのはとギンガは身を乗り出して、その画面に映された文字を読んだ。
 メールにはスバルを人質として預かったこと。返してほしければ指定した場所と時間に『高町なのは』が一人で来ること。要求が守られなかった場合は、人質の命は保障しないことが、ひどく事務的に書かれていた。
 そして末尾には差出人の名前があった。
 ギンガが奥歯をぎりりと軋らせる。

「……レイン・レン。あのひとがスバルを」

 ギンガの声音は凍えていた。
 地獄の亡者のそれを思わせる低く重たい冷血な響き。
 もし太古の呪術なるものが存在するなら、こんな声で唱えられていたかもしれない。
 ゲンヤが小さく、しかめ面で頷く。

「おそらく『機械仕掛けの聖王(デウス・エクス・マキナ)』は、レイン・レンの共犯だったんだろう。だからパークロードに先回りできた。俺たちのスケジュールを把握していた野郎の指示に従って」

 言いながらゲンヤが、まだ疼痛(とうつう)が残っているはずの後頭部に、やおら右手を伸ばした。

「俺の後頭部を殴ったのも、おそらく奴の仕業だろう。地上本部に報告されるとスバルを捕らえる時間が少なくなるからな。こちらの手の内を知っているだけに厄介な相手だぜ」

 ゲンヤが鉛のように重たい溜息をついた。
 娘が攫われたにもかかわらず怒気をあらわにしないのは、指揮官たる者の責任が情動を抑圧しているからであろう。
 奇しくもギンガが攫われた二年前の『JS事件』を彷彿とさせる展開なので耐性があったのかもしれない。
 なのはも二年前の事件のときにヴィヴィオを拉致されて歯痒い経験をしている。
 ゲンヤの封殺された本意を推し量るのは難しい洞察ではなかった。
 とはいえ今は同情を寄せている場合ではない。

「ゲンヤさん、メールで指定された、この場所は?」

 なのはが質問すると、ゲンヤは椅子に背をもたれ、胸の前で腕を組んだ。
 ふと苦い記憶を思い出したように、しかめられていた顔がさらに歪む。

「魔法科学に関する知識の普及・啓発を目的に設置された民間施設だ。とくに珍しくもない普通の科学館だったよ。――今から十三年前に閉館したがな」
「それはどうしてですか?」

 なのはは重ねて問いかける。
 するとゲンヤが一瞬、ちらっと、ギンガの顔を窺った。

「裏で戦闘機人の研究をしていやがったんだ。それで戦闘機人事件を追っていたクイントに摘発された。ギンガとスバルを保護したのはそのときだった」

 とっさに言葉が出てこなかった。
 戦闘機人と何の接点もなさそうだった男が、今回の事件の背後で戦闘機人を操っていた。
 しかも戦闘機人の研究所だったところを交渉の場に指定してきた。
 スバルとギンガが生み出された因縁の場所を。
 その意図したような偶然に、奇妙な一致に、なのはの心臓はとどろいた。
 得体の知れない陰に驚愕と恐怖を誘発される。

「そういえばレイン・レンについて、スカリエッティが今日、気になることを話してくれました」

 ギンガが話に割って入ってきた。
 それまで彼女は立った姿勢のまま、なのはとゲンヤの会話を口惜しそうに聞いていたが、今は冷静になって思案顔をしている。
 スカリエッティから得られたというその情報は、なのはを再度驚かせるとんでもないものだった。
 なんでもレイン・レンは昔、戦闘機人の開発に着手していた数名の研究員を、殺してまわっていたという。
 スカリエッティの話によると犯行の動機は復讐。
 そして殺害された研究員のひとりは、十三年前にクイント・ナカジマの手で摘発された、くだんの研究所の所長であるらしい。
 裏切り者のレイン・レンが、なんらかの形で過去の戦闘機人事件に関わっていたのは、もはや疑いようがなかった。
 ゲンヤが腕を組んだ姿勢のまま、喉からくぐもった唸り声を漏らす。

「その殺人事件なら覚えている。地上本部が八方手を尽くして犯人を捜索したが、現在に至るまで何の痕跡も掴めていない事件だ。まさかレイン・レンの仕業だったとはな」

 ついでに言うと証拠隠滅を幇助したのは情報提供者のスカリエッティ本人である。
 彼は管理局の最高評議会と裏で繋がっていた。
 その気になれば管理局の捜査を妨害することも可能な立場だった。
 とどのつまり今回の事件の遠因はスカリエッティにあったのだ。
 彼が捜査に余計な横槍を入れなければ、なんの後ろ盾もなかったレイン・レンは、きっと早い段階で逮捕されていただろう。
 まさに今回の事件はスカリエッティの『負の遺産』だった。

「にしても犯行の動機が復讐か。いったいレイン・レンの過去に何が遭ったんだろうな」

 眉をひそめて考えこむゲンヤ。
 ギンガも疑問に思っている点があるのか相槌を打った。

「それに今になって犯行を再開する理由もわからない。このまま黙っていればやりすごせたかもしれないのに」
「そうだな。が、それもこれも全部レイン・レン本人に直接訊けばいい話だ。――高町」

 ゲンヤの黒い目が、なのはに向けられる。
 そのとき彼女は威嚇されたわけでもないのに気後れした。
 好々爺然としながらも、現役の部隊長らしく鋭い眼光を放っていたゲンヤのまなざしに、哀願の色が見えたからだ。

「上層部の連中は今回の事件を、高町、おまえに一任することに決めた。俺にできることがあればなんでもする。だから頼む。家のおてんばを助けてくれ」

 そう言ってゲンヤが頭を下げた。
 なにかしたくてもなにもできない苛立ち。たった一人に責任を押しつける羽目になってしまった憂い。
 そのふたつが限界を超えて噴き出した感じだった。
 なのはの内に明確かつ強烈な目的意識が萌え出る。
 彼女は(つよ)い声で請け負った。

「必ず。必ずスバルを連れて帰ってきます」

 なのはは立ちあがった。そのまま揺るぎない足どりで部屋のドアのほうへ歩いていく。
 そんなエースオブエースの歩みを、ギンガの叫びめいた声が引き止めた。

「待ってください! 私も、私も連れて行ってください!」

 このギンガの嘆願は予想の範疇だった。なのはも相手と同じ立場だったら、きっと同じ台詞を口にしたはずだ。今のギンガの心境には為す術なく共感してしまう。
 が、なのはの返答は鉄の峻拒(しゅんきょ)だった。
 後ろ姿のまま、かぶりを振る。

「ギンガの気持ちはわかる。でも今はこらえてほしい」

 情報が本当ならレイン・レンは連続殺人犯だ。
 その手を繰り返し血に染めてきた悪鬼である。
 スバルの身を案じるなら要求には逆らわないほうが賢明だった。
 なのはの背後で、ギンガが嘆息する。
 やりきれなさに唇を噛む様子がわかる悔しげな息づかいだった。
 なのはの胸が針で刺したように痛んだ。
 その罪悪感という名の心痛が、彼女を最後に、思わず肩ごしに振り返らせた。
 なのはの顔に言いわけめいた微笑が浮かぶ。

「大丈夫。スバルのことは私に任せて」

 それだけ告げてエースオブエースは会議室を出た。
 背後を振り返ることは、もう二度としなかった。



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イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

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魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
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