イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのは False Cross 第三章(1)
	 連載SSを更新。
	 今回からFalse Cross(フォールス・クロス)は第三章に突入です。
	 とはいえ執筆速度は、あいかわらずの牛歩。
	 今回も例のごとく書けた分だけ掲載します。
	 続きは一週間後の5月27日(日曜日)を予定。
	 ということでお願いします。
	
	 その部屋の空気は殺伐としていた。一触即発にも似た爆発寸前の剣呑な緊張感だった。
	 なのはが一人でいたときは、ここまで空気は悪くなかった。
	 その質が肌を刺すような感触に変わったのは、この会議室にギンガがやってきてからだった。
	 ミッドチルダの中央区画にある時空管理局の地上本部。
	 そこは首都のビル群よりも高い数本のタワーからなる巨大な施設だった。
	 高町なのはとギンガ・ナカジマは、その建物の会議室に集合していた。
	 縦に長い口の字に並んだ机の列に、ふたりは向かい合って座っている。
	 室内は息が詰まるような静寂に満ちていた。
	 なかば狂乱の態にあったギンガを、なのはが鎮めた結果の沈黙である。
	 スバルが任務中に失踪したという報告は、ギンガに途方もない衝撃を与えたらしい。軌道拘置所から地上本部に戻ってきた当初の彼女は、まともに質疑応答もできないほど錯乱していたのだ。
	 現在は比較的に落ちついて見えるが、まだ全身の気配がピリピリしている。
	 パンパンになった風船を割らないように、かける言葉には細心の注意が必要であった。
	
	「ちょっとは落ちついた?」
	
	 なだめるのを意図して、なのはは微笑を見せた。
	 他ならぬ家族が行方不明なのだ。身も世もなく取り乱すのも無理はない。
	 だが今のギンガには、ゆとりが足りなかった。
	 ある程度は平静に戻ってもらわないと話もできない。
	 ギンガは胸の前で腕を組み、机の一点を黙然と睨み続けていたが、なのはの声には反応を示した。
	
	「多少は……」
	
	 と言いかけて、なにを思ったのか不意にギンガは、かぶりを振った。
	
	「すみません。本当は落ちつかないです。一刻も早くスバルを捜したくてたまりません」
	
	 ギンガの回答を聞いて、なのはは愁眉を開いた。
	 自覚があるということは自制できるということ。すなわち心に余裕が生まれた証拠である。
	 これで懸案事項がひとつ減った。
	
	「なのはさん、教えてください。私がいないあいだに起きた出来事を」
	
	 ギンガが真剣な表情で事の次第を尋ねてくる。
	 その目には焦燥が見え隠れしていたが、なによりも厄介な狂気の色は窺えなかった。
	 まぎれもなく健常な人間の目をしていた
	 となればギンガの要求を、なのはが拒む理由はない。
	
	「ギンガは知っていると思うけど、私は北部で事件を捜査していたの。スバルやゲンヤさんとは別行動で、あとで合流する予定になっていた」
	
	 そう前置きしてから、彼女は説明を開始した。
	 なのはが異変に気づいたのは、東部の森林地帯で戦闘行為が発生、という地上本部の連絡を受けて。
	 場所が場所だけにスバルとゲンヤが巻きこまれた公算が大きい。
	 彼女は要請に従い、急ぎ現場に飛んだ。
	 ところが到着したときには、なにもかもが終わっていた。
	 現場には誰もいなかったのである。
	 もしも仮に事件が解決したなら、その旨を伝える一報があるはず。
	 まったくないのは不審きわまりなかった。
	 そこで彼女は現場の指揮を任されているゲンヤに連絡を入れた。
	 が、いくら呼びかけても応答はなかった。
	 さすがに嫌な予感がして、地上本部の管制にゲンヤの現在位置を聞き、パークロードに出向いた。
	 そして彼女は目撃した。
	 気を失って累々と横たわる陸士部隊の面々を。
	 その中にはゲンヤの姿もあった。
	 行方が知れないのはスバルとレイン・レンの二人だけだった。
	 なのはの報告を受けた地上本部が目下、全力で両名を捜索しているが、それが実を結ぶ気配は今のところない。
	
	「――以上が私の知っている全部だよ」
	
	 なのはは長い長い説明を締めくくった。
	 それから椅子の背もたれに身を預ける。
	 休まずに喋り続けていたので、いささか口の中が渇いていた。
	
	「ただ最初に言ったけれど当時の私は、スバルとゲンヤさんとは別行動だった。だからスバルの行方も、ゲンヤさんに怪我を負わせた犯人の正体も、じつはわからないんだ。ごめん」
	
	 なのはが暗い顔をして肩を落とす。
	 ふと胸の内に去来するのは犯人に繋がる手がかりを開示できない無力感。
	 今も不安と恐怖を必死に抑えているだろうギンガに、結局は単なる事後報告しかできなくて情けなかった。
	
	「謝らないでください。悪いのは犯人のはずですから。それよりもお父さんの容態は?」
	
	 ギンガが心配そうな口調で尋ねてくる。
	 彼女は娘であるにもかかわらず、負傷したゲンヤの容態について、詳しく聞かされてはいなかった。
	 度を失って話もできないほど取り乱していたせいだった。
	 なのはも意味のない自責に拘泥して、ずっと塞いでいるわけにはいかない。
	 さっそく気を取り直すと、向こう側に座るギンガに、あらためて目を合わせた。
	
	「ゲンヤさんは後頭部を強く殴られたらしい。でも命に別状はないって聞いたから安心して。ただ今日一日は念のため検査入院みたい」
	「そうでしたか。とにかく無事が確認できただけでもよかったです」
	
	 ギンガの頬がほんの少し弛んだ。まだまだ硬い印象はあったが、笑顔には違いない表情だった。
	 事件後はじめて見ることができたギンガの微笑に、なのはも釣られて相好を崩す――そのときだった。
	
	
	
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
《連絡先》
aki_ihidari☆yahoo.co.jp
なにかあれば上記まで。
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