イヒダリの魔導書
魔法少女リリカルなのは False Cross 第二章(5)
連載SSを更新。
今回で第二章は終わり。
次回からは第三章がはじまります。
更新は5月20日(日曜日)を予定。
引き続きよろしくお願いします。
「――スバルさん!」
叫ぶような大声で背後から名を呼ばれた。ごく最近に聞いたような気がする意気地のなさそうな低い声音。
スバルは驚いて背後を振り返った。
陸士部隊の制服に白衣を着た男性が、こちらへバタバタと駆け寄ってくる。
その見知った人物の登場に、スバルはハッと息を呑んだ。
「レイン・レンさん! どうして――」
言いたいことは、たくさんあった。
そのほとんどが詰問や叱責だったが、とにかく言いたいことは山ほどあった。
にもかかわらず頭の中に浮かんだ無数の文章は、なにひとつ言葉にならないまま思考の海に沈む。
スバルは動揺していた。
非戦闘員であるレイン・レンは、ここから数十キロほど離れた、パークロードに置いてきたはず。
その彼がどうしてこの場にいるのか理解できない。
しかも単身で。
そんな現場を混乱させるような真似を、一緒にいたゲンヤが許すわけないのに。
スバルが当惑の渦に巻かれている一方で、『機械仕掛けの聖王』は体勢を整えていた。
その場で大きく跳躍する。
直後に飛行魔法を行使したらしく、黒い甲冑姿は重力を裏切って飛翔。
スバルの頭上を越えてレイン・レンのほうへ向かう。
「レイン・レンさん!」
守るべき尊い存在を見定めたとき、スバルは実力以上の性能を発揮する。
このときの彼女の移動速度は今日いちばんだった。
もちろん肉体の苦痛や疲労は意中から消えている。
最速の風となって疾走したスバルが、その背後にレイン・レンを庇ったとき、ちょうど『機械仕掛けの聖王』が急降下。そのまま右足で蹴りつけてくる。
スバルはリボルバーナックルの掌を掲げ、次の瞬間にはシールド魔法を展開していた。
轟音で鼓膜が軋む。衝撃が傷ついた体を重ねて痛めつける。
だが重力加速を利用した相手の一撃を、スバルは真っ向から受け止めてみせた。
「レイン・レンさん、今のうちに逃げて」
スバルと『機械仕掛けの聖王』の力は、いま完全に拮抗している。
レイン・レンを退避させるなら、このときをおいて他になかった。
「わたしが『機械仕掛けの聖王』を抑えている今のうちです。早く逃げてください!」
「……足を引っ張った無能な同僚を、責めるどころか逆に心配しますか。たいした献身ぶりですねえ」
後ろから知らない声が返ってきた。
そんなふうに錯覚するほど冷たく、また血の気のない酷薄な声音だった。
レイン・レンであってレイン・レンではない謎の人物はさらに言葉を紡ぐ。
「それともアレですか? 『なにがなんでも人間を守るように』みたいなことをプログラムされているとか? ねえ教えてくださいよ――タイプゼロ・セカンド」
今度こそスバルは愕然となった。
彼女は自分の正体を世間には公表していない。
むろん知り合ったばかりのレイン・レンにも。
スバルが戦闘機人であることは数人の例外しか――管理局の上層部と信頼する仲間しか知らないのだ。
にもかかわらずレイン・レンは、スバルの重大な秘密を言い当てた。
しかも形式番号まで正確に。
ぞっとする。
そのありえない事実に、秘密ではなく命を握られているような、おぞましい寒気を覚える。
スバルは矢も盾もたまらず声を荒げた。
「レイン・レンさん、あなたは何者なんです――」
振り向こうとしたスバルの後頭部に、そのとき鈍い音とともに衝撃が走った。
一瞬、目が見えなくなる。体に硬いものがぶつかった。
ほどなくして彼女は自分が俯せに倒れたことを知った。
「何者か、ですか。僕は悪者ですよ。それも救いようのない極悪人だ」
地面に倒れたスバルの頭に、ぬっと細長い影が覆い被さる。
すぐかたわらにレイン・レンが立ったのだ。
スバルは朦朧とする意識に逆らいながら、レイン・レンに焦点の合わない目を向ける。
彼は左手に一冊の本を持っていた。
色は白。装丁は『夜天の魔導書』や『蒼天の書』に似ている。表紙にはミッドチルダ式の魔法陣が描かれていた。
真ん中あたりから開かれたページが、魔法の行使を示して光を放っている。
黒、と呼んだら語弊が生じるかもしれない。
が、あまりにも毒々しい色彩で輝く目前の魔力光を、他になんて呼んでいいのかスバルにはわからなかった。
「その、本は?」
声帯を震わせるのも困難になったスバルが、老人のごとく掠れた小さな声音で問いかける。
レイン・レンは律義に答えてくれた。
「本? この『テンコマンドメンツ』のことですか? 聖書型のストレージデバイスですよ」
レイン・レンがデバイスを使えることは意外でもなんでもない。
彼が魔力の生成を司るリンカーコアを有しているのは検査でわかっていた。
公式のプロフィールにも、きちんと明記されている。
ただレイン・レンの魔法資質は凡百の魔導師の中でも最底辺だった。
飛行魔法は使えない。念話もできない。ましてや攻撃魔法なんて望むべくもない。
あくまで彼は一介の科学者。魔導師では決してないのだ。
なのにスバルは、そんな一般人に等しい男の魔法を受け、地に伏している。
わけがわからなかった。
「それにしても危ないところでした。あと少し来るのが遅れていたら、こうして無様に倒れていたのは、こいつだったかもしれませんね」
レイン・レンがおどけて言いながら、おもむろに首だけで背後を振り向く。
彼の斜め後ろには『機械仕掛けの聖王』が佇んでいた。まるで命令を待つ柔順な犬のように。
その様子だけで両者の関係は一目瞭然だった。
スバルは悔しさを力に変えて両手を拳にする。
「裏切ったんですか、管理局のみんなを」
「そうですね。そういうことになるかもしれませんね」
こともなげに肯定するレイン・レン。
スバルの激昂は、しかし一瞬だった。その直後には現状を打開するべく思考をめぐらせている。
なにはなくとも体が動かないことには始まらない。
まずは脳震盪から回復するのが先決だった。
スバルは時間を稼ぐために、ありふれた質問を口にする。
「レイン・レンさん、いったいどうして? なにが理由で、こんな真似を?」
そのときレイン・レンの顔に凄絶な冷笑が浮かんだ。瞳孔が蛇のごとく縦に収縮する。
それは何か残酷な所行を企んでいる顔だったが、不幸にもスバルの視野は依然として不明瞭のまま。
そのためスバルは危険を察して逃げることも覚悟を整えることもできなかった。
「こんな真似をする理由が知りたい、と? わかりました」
レイン・レンが右足をあげる。静かな動作。まるで大鎌を振りかぶる死神を思わせた。
「――だったら教えてあげますよ!」
そう叫んだレイン・レンが次の瞬間、スバルの背中に右足を踏み下ろした。
まるでプレス機に押し潰されたような衝撃。
スバルは汗の浮いた喉をのけぞらせて、思わず声にならない悲鳴をあげていた。
かろうじて繋ぎ止めていた意識も半分ほど飛んでいる。
すでに打開策うんぬんを考える余裕はなくなっていた。
もはや全身を痙攣させることしかできないスバルに、だがレイン・レンの凶行は容赦なく頑迷に続けられる。
「それはですねえええ」
一回、二回、三回。
「僕があああ」
四回、五回、六回。
「君たちのおおお」
七回、八回、九回。
「敵だからですよおおお」
十回、十一回、十二回……
レイン・レンは蟻の隊列を踏みつぶす子供のごとく、足元に伏せたスバルの背中を何度も何度も踏みつける。
とっくに体力が底をついていたスバルは、この残虐な暴行を前に為す術がなかった。
悲鳴が次第に小さくなっていく。
意識に黄昏が訪れ、やがて宵になった。
完全に気を失ったスバルを足の裏に敷いたまま、レイン・レンが背をのけぞらせて勝ち鬨をあげる。
とてもまともとは思えない大げさな笑い声が虚空に響く。
救いはなかった。
BACK / NEXT
この記事にコメントする
カレンダー
Web拍手
プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
《連絡先》
aki_ihidari☆yahoo.co.jp
なにかあれば上記まで。
☆を@にしてお願いします。