イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 最終話
連載中の中編SS『
およそ半年に渡る長旅も、ここでようやく終わりです。
もはや中編とは言えない文章量ですが、ここまでお付き合いくださった方々には、本当に心からお礼を言いたい。
ありがとうございました。
そして三次創作の執筆を許諾してくれた『iroiroiro』のさき千鈴さん、『のうちらす工房』ののうちらすさんには、お世話になったというか迷惑をかけたというか、とにかく場末の物書きのワガママを聞き入れていただき感謝しています。
本当にありがとうございました。
お二人のご好意のおかげで、おもしろい作品が書けました。
あとがきは今週の日曜日(12月5日)に書く予定です。
気が向いたら読みにきてください。
それでは本編をどうぞ。
同日の昼。
遮る物の少ない中学校の屋上に、雪のように冷たい風が吹き抜ける。
思わず背中を丸めてしまいそうになる木枯らしだ。寒い。
すずかは制服の肩をぶるりと震わせながら空を見上げた。
そこはまるで浄化されたように青く澄んでいる。
けれど蒼穹を見上げる彼女の瞳には翳があった。
今朝の【
気がつかないうちに何度も何度も溜息をこぼしてしまう。
それだけ【時】のカードの消失はやりきれないものであった。
ほんの数時間前の出来事であることを差し引いても簡単には立ちなおれない。
どうしても暗い表情を浮かべてしまう。
そしてその異変は傍目にも瞭然だった。
すぐに親友のひとりが、すずかに声をかけてくる。
「すずか、大丈夫? そう言えば朝から様子が変だよ。もしかして悩み事があるの?」
フェイトの声だった。高貴な
すずかは途端に後悔した。誰にも気を遣わせたくなかったのである。
無理に笑顔を作りながら慌てて取りつくろう。
「なんでもないよ。ただ頭がぼうっとするだけ。少し疲れているのかもしれない。はは」
かなり苦しい言いわけである。だが疲労しているのは本当だった。
彼女の虚ろな目の下には、うっすらと隈ができている。
無理もない。
なにしろ三枚のシルエットカードと戦ってきたあとなのだ。
くわえて家から学校を――帰路は【
なので本音を言えば、今日は学校を休み、自宅で寝ていたかった。
というわけで嘘はついていなかったのに。
なぜかフェイトは
「そうなの? でも元気がないのは、すずかだけじゃない。アリサもなんだよね」
そう言いながらフェイトが、すずかの隣に視線を滑らせる。もの問いたげな目つきだ。
するとアリサが片眉をあげた。
だしぬけに自分の名前が出てきて、驚いたというより戸惑っている様子。
「たぶんフェイトの思い違いじゃない? 私は至って元気だし、悩み事だってないし」
「にしては『心ここにあらず』の状態が多いよね。さっきから箸の動きが止まってるよ」
正座したアリサの手元に目を向けて、なのはが揚げ足を取るように指摘した。
いま彼女たちは昼食の途中で、屋上の一隅で車座になっている。
その配置の構図は、なのは、フェイト、すずか、アリサ、はやての時計まわり。なのはの両脇を魔導師仲間が固めている形だ。
それと地面に敷かれているシートは、すずかの持ち物で家から持参してきた。
「心配性ね。今日はたまたま食欲が湧かないだけよ。だから気にする必要なんてないわ」
痛いところを衝かれたアリサは、ほんのわずかに顔をしかめたが、すぐになんでもない風情を装う。
それから膝の上の弁当に箸を伸ばして、中のおかずをちびちびと食べはじめた。
なのはのほうは釈然としていなかったが、やがて諦めたのか「ならいいけど」と一言。
「でも悩みがあったら遠慮なく相談してね。わたしたちでよかったら力になるから」
なのはが真顔になって言い添える。
アリサは笑顔もどきの儚い表情を浮かべた。
「ありがとう。なにかあったときは遠慮なく相談するわ」
誠実なアリサの言質である。その場かぎりの約束ではなかった。
けれどシルエットカードのことを打ち明ける機会はないだろう。
アリサの美貌に垣間見える、あるかなきかの憂いは、それが原因に違いなかった。
「そういえば……」
なのはとアリサの会話が終わった直後に、はたと思い出したようにフェイトが呟いた。
「今の問答に既知感がある。なんか四年前に出会った仮面の二人組を思い出したよ」
「その二人組なら、わたしも覚えてる」
フェイトの台詞に、なのはが相槌を打った。
それから金網ごしにグラウンドを見下ろす。
「たしか夜のグラウンドに忽然と現れたんだよね。それもこの学校の。ふたりとも変な仮面をつけてたし、しかも『闇の書事件』の最中だったから、はじめは敵だと思ってたんだよね。実際は怪しいだけで悪い人じゃなかったんだけど」
まさかの展開だった。
すずかは「怪しいは余計だ!」と言いかけて声を呑んでしまう。
隣のアリサも箸を持ったまま硬直している。
運びかけのおかずが弁当箱の中に落ちた。
と、呆然自失の両者を二度目の衝撃が襲う。
はやてが興味津々に身を乗り出したのだ。
「お、その話は初耳や。わたしとヴォルケンズの他にも厄介事があったんやね。で、その二人組はどうしたの? ……まさか有無も言わさずに捕まえたとかじゃないよね?」
はやてが当てつけがましく唇を皮肉に歪める。
その仕草にカチンと来たのか、なのはがムッと頬を膨らませた。
「わたしたちを悪魔みたいに思ってるでしょ。ちょっと事情を聞こうとしただけだよ」
「でも目の前で消えちゃったから、なんにも聞き出せなかったけどね」
「目の前で消えた? もしかして転送魔法を使ったのかな? 追跡できなかったの?」
はやてが当然の疑問を口にする。
応じたのは眉に困惑を漂わせているフェイトだった。
「それが追跡できなかったみたい。なんでも魔力の痕跡がパッと消えてしまったらしい。だからエイミィが、すごく驚いてたよ。まるで最初から存在していなかったようだって」
さもありなん。
この三人が属している時空管理局は、次元の壁は越えられるが、時間の壁を越えることはできないのだ。技術として確立されていないことはわからないだろう。
だからこそ当時の出来事に数々の疑念があるらしい。
フェイトが眉間の皺を深くする。
「それに仮面をつけた例の二人組は、ミッドチルダ式ともベルカ式とも異なる、まったく別系統の魔法を使っていた。私たちの名前を知っているふうだったのも気になる」
「ふぅむ。たしかにそれは、気になる話やね」
はやては正座した膝の前に弁当を置くと、腕組みをして「う~ん」と小首をかしげた。
「けど現時点では、いくら考えても、答えは出てこない。わたしには奇妙だっていうことしかわからん。……そういえば、なのはちゃんとフェイトちゃんは、平気だったの? 変なことされなかった?」
はやてが友人ふたりを交互に見やる。
なのはが視線を上に向けながら記憶を掘り起こす。
「どうだろう。なにもされなかったと思うけど」
三人のやりとりを静観しながらも、すずかは内心、とにもかくにも気が気ではなかった。
この話が内輪だけで終始しているあいだは何の問題もない。が、なにかの拍子に管理局をあげて捜査しようという結論に至れば、シルエットカードの存在を隠したままではいられなくなる。
まずい方向へ流れる前に、話題を変える必要があった。
しかし頭の中で考えていることを体は実行しなかった。
知りたかったのだ。
あのときの出来事を、なのはとフェイトが、どう思っているのか。
なのはがハッとなって呟いたのは、前の台詞から、およそ五秒ほど経ったあとだった。
「あ、でも助言をもらったんだ。辛いときは無理をするな。仲間の力を借りろって」
なのはの話を聞いて、はやては目を丸くする。
「じょ、助言されたの? 敵か味方かもわからない人たちに?」
「おかしな話だよね。わたしも言われたときは意味がわからなかった」
なのはが真面目な口調で応じる。
「けれど今なら納得できる。あの人たちは未来に起きることを、わたしがアンノウンに
なのはの言葉を耳にした次の瞬間、すずかの胸は歓喜でいっぱいになる。
消失する間際に【時】が言っていたとおりのことが起きた。
いま自分に返ってきた球は、過去に自分が投げた球なのだ。
すずかとアリサのお節介は決して、無意味な行為ではなかったのである。
これ以上ない福音だった。
「じつは私も同じことを考えてた。あの二人組が未来を知っていたかどうかは今も定かじゃない。けど私たちを励まそうとしていたのは事実だと思う」
今度はフェイトが述懐した。
汚れを知らぬかに思える白い額に手を当てて話を続ける。
「なのはの力になりたい。なのはを元気づけてあげたい。でも私にできることなんてあるんだろうか……そう思い悩んでいると決まって額が疼いた。きっと『ぐだぐだ考える暇があるなら、少しでも長くそばにいてやれ』って言われてたんだ。
おかげで私は、なのはの前に立っても、笑顔でいられた。執務官の試験に落ちてもクヨクヨしないで済んだんだ」
そこでフェイトが、なのはに笑いかけた。
なのはも当たり前のようにニッコリする。
これまで嘗めてきた分の辛酸を、すべて名利に昇華したのか、二人の笑顔は輝かんばかりだった。
そんな彼女たちの嬉々に影響を受けたらしい。はやての口元にも微笑が浮かぶ。
「なんか突拍子もない話やね。突拍子もない話だけど……ちょっと羨ましいかな。
わたしも会ってみたかったよ。その仮面をつけた二人組に。どこかで会えないかな」
はやてが思いを馳せるような声音で呟いた。
なのはが大人びた穏やかな表情で首肯する。
「わたしも期待しているんだ。もう一度会えないかなって。もちろん会えないかもしれないけど、そこは悲観的に考えなくてもいいよね。だって結論は出ていないんだから」
なのはの台詞に、すずかは一驚した。
結論は出ていない。
まさにそのとおりだった。
たしかに【時】は消失してしまったが、まだ復活の可能性は残されているはずだ。
なのに自分はどうして落ちこんでいたのか。
挑戦する前から絶望して諦めるような精神は持ち合わせていないだろうに。
「励まされたのは、わたしのほうかも。なのはちゃん、フェイトちゃん、ありがとうね」
すずかの満面に喜色が浮かんだ。まるで頭上の空のように晴れ渡った微笑。
やはり持つべきものは友である。
たとえ内実を知らなくても、まるで乾いた大地に降る雨のごとく、こちらの心を潤してくれる。
「――ん? どうしたの? なにか言った?」
すずかの囁き声を耳にしたのか、フェイトが怪訝そうに尋ねてきた。
すずかは首を横に振る。そのスッキリした顔には、なんのわだかまりもない。
元気を出そう。
いつの日か【時】と再会したときに、成長した自分の姿を見せられるように。
「なんでもないよ。それよりも今日は三人とも、お仕事が休みだったよね? ちょうど天気も良いし、ひさしぶりにお茶会でもしない?」
「お、いい考えじゃないの。私は大賛成」
すずかの提案に、アリサが賛同した。
どうやら彼女も吹っ切れたらしく、愁眉を開いたような表情をしている。
「それに期末テストも近くなってきたしね。ついでに勉強も教えてあげましょう」
だがアリサの提案には、すぐさま難色が示された。
なのはが頬をこわばらせて苦笑したのだ。
「テスト勉強か。できればそれは勘弁してほしいな。ね、フェイトちゃん?」
「そうだね。ひさしぶりのお茶会なんだから、余計なことはしなくてもいいよ」
「甘いこと言わないの。ただでさえ遅れてるんだから、こういうときに挽回しないと」
なのはとフェイトが必死になって抗うが、アリサは厳格な教師のように、ふたりの意見を断固として聞き入れない。
走りはじめたら壁にぶち当たるまで止まらない性格なのだ。
「とにかく予定は決まったわね。楽しい放課後になりそうで今からワクワクするわ」
アリサが上品な喉の奥で、くつくつと笑い声をたてる。
すずかも釣られて相好を崩した。
「しごかれて泣き叫ぶ、なのはちゃんたちの姿が、目に浮かぶようだね。すごく楽しみ」
「……すずかちゃんってさ、さらっと冗談言うよね。それ心臓に悪いからホント勘弁してや」
はやてが苦笑しながら哀願してきたが、すずかは意味ありげに笑ったままだった。もったいぶった態度で、さんざっぱらヤキモキさせてから、ようやく言葉を発する。
「……本当に冗談だと思う?」
「だからそれをやめてってば!」
はやてが身も世もない悲鳴をあげると、学校の閑散とした屋上に笑い声が満ちた。
今日も楽しい一日になりそうである。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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