イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第十八話
連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第十八話を更新しました。
次回の更新は来週の水曜日(12月1日)を予定しています。
ちなみに最終話です。
ようやくここまで来ました。
なので、もう少しだけお付き合いください。
《拍手レス》
11月13日と11月17日に拍手をくれた方へ――
ありがとうございました。
あまり面白味のないブログですが、これからもよろしくお願いします。
《余談》
元ジャニーズJrで井上和彦の息子が 『男の娘』として漫画家デビュー
上記の記事を読んでビックリした。
その美少女を思わせる容姿にも驚いたが、なにより外見にそぐわない年齢に仰天した。
プロフィールを見たら年上だったから。
これで世の中は不公平だという裏付けが取れたな。
「なに……これ?」
すずかは我が目を疑った。
すぐ鼻先で展開している光景に、為す術もなく気を呑まれてしまう。
彼女が今も両足で踏みしめている円形の広場――巨大な砂時計の屋上から、おびただしい数の光の粒子が発生していたのだ。
それは周囲に広がる空と海も同様だった。
シャボン玉めいた光の粒を吐きだしながら蒸散していく。
まるで天地を逆さまにして降る雪を見ているようだった。
これが催し物の類であれば幻想的に思えたかもしれない。
が、すずかは目の前の光景に感動するよりも、肌に粟が生じるほどの戦慄を感じていた。
「とうとう限界が来たんだ。自分のことながら、よくがんばったよ」
全身を緊張させて佇む少女に、【
この不思議な現象にも、まったく動揺していない。
すべてを予期していたかのように泰然としている。
その【時】の様子に、すずかは固唾を呑んだ。
なんにもわからない。
なんにも理解できない。
ただ【時】の異常な落ちつきぶりが不気味だった。
「限界? なんそれ? なんの話をしてるの?」
「【時】の魔力が限界なんです。もう底を尽いてしまった。この光の粒子が証拠です」
すずかの質問に答えたのは、やや伏し目をしたトワだった。
すごく深刻そうな顔で、きゅっと唇を結んでいる。
「魔力が足りなくなって実体が維持できないんです。彼の消失は時間の問題でしょう」
すずかは絶句した。信じられなかったのだ。【時】が消えていなくなるという事実も、それを淡々と告げたトワの冷徹な態度も。
とてもじゃないが仲間の安否を気遣っているとは思えなかった。
「お、おかしいよ。【時】が消滅するっていうのに、なんでそんなに落ちついてるの!」
「落ちついてはいません」
すずかの非難めいた言葉に、トワが弱々しく首を横に振る。
「まったく落ちついていません。落ちついていられるわけがありません。でも落ちついているように見えるのは、きっと覚悟ができていたからでしょう」
すずかは眉間に皺を寄せた。
さっきからトワの真意がまるで見えてこない。
いったいなんの覚悟ができていたのだろうか。
すずかは目の動きだけでトワに説明を求める。
うつむき加減のトワの表情には迷いがあった。
なにか後ろ暗いことでもあるのだろうか、率直な彼女らしくもなく言い淀んでいる。
が、ほどなく意を決したかのように言葉を繋いだ。
「本当は知っていたんです。【時】が消失することを。過去の世界に行く前から」
「知ってた? 知ってたってどういうことよ!」
途端にアリサが気色ばんで叫んだ。目尻を急角度に吊りあげてトワに詰め寄る。
「ぜんぜん意味がわからないわ。どうしてすぐに教えてくれなかったのよ。
もし気づいたときに教えてくれてたら、こうなる前に対処法を探してやれたのに」
「そう言うと思っていたからです。だから黙っていました。トワも、そして私も」
癇性に喚くアリサの目の前に、すうっとイノが立ちふさがった。
ちょうどトワを背後に庇う形だ。
逆立っていたアリサの柳眉が、今度は胡乱そうにひそめられた。
トワとイノの顔を無言で見つめる。
「……説明してちょうだい。黙っていた理由を。どうして話してくれなかったの?」
大声をあげても解決しないと判断したのか、アリサは深く息を吐いてから重々しく尋ねた。
それでも怒鳴ったことに謝罪がないのは、まだトワとイノを許していないからだろう。
イノは気丈に頷いてみせた。
しかし斬鬼の念を覚えているらしくアリサと目は合わせなかった。
「私たちは【
そこでイノは奥歯をぎりりと噛みしめた。まるで苦痛に耐えているような表情。
「だいいち【時】を助ける手段を模索している時間はなかった。私たちには余裕がなかったんです。一分後には、もしかすると一秒後には、過去の世界で暴走中だった【加速】と【停滞】が、タイムパラドックスを誘発するかもしれなかったから」
そのときイノがおもむろに視線を合わせてくる。
アリサと同じ緑色の瞳には凄愴があふれていた。
ここでイノの話を止めなかったことを、すずかは心の底から後悔することになる。
「だから私たちは決めました。これも世界を守るためだ。【時】のことは諦めよう」
すずかは言葉を失った。
胸の奥に激痛が走る。まるで心臓に千本の矢を射られたようだった。
すずかとアリサだけではなかったのだ。
ふたりの従者であるトワとイノも同様に、仲間を見捨てた、という良心の呵責に苦しんでいたのである。
なのに自分は気づいてやれなかった。
それどころか無神経に嘆いてばかりだった。
トワとイノは哀しそうな素振りひとつ見せなかったというのに……
「いや待ってくれ。それは違う。【
ふいに【時】が窘めるような口調で異を唱えた。
「本当に責められるべきなのは彼女たちじゃなくて僕のほうさ。
だって僕が『黙っていてくれ』と二人に釘を刺したんだから」
彼は申しわけなさそうに言いながら頭を掻いた。
「じつは最初から決めていたんだ。僕の魔力は【加速】と【停滞】に振り分けられて、ほとんど残っていなかったから、そのわずかに残った魔力は君たちの役に立てよう、とね。【鏡】と【戯】はそんな僕の心情を汲んでくれただけにすぎない」
ほのかに苦笑した【時】が、続いて、すずかとアリサに目を向ける。
「けれど弱体化した僕にできるのはひとつだけだった。この場所と過去の世界を一度だけ往復可能にする転送魔法の用意だけ。本当は主人公みたく華麗に活躍したかったんだが」
そう【時】は毎度おなじみの軽口を叩く。
が、すずかは調子を合わせる気にはなれなかった。
むしろ涙をこらえるのに必死だった。
あいかわらずの彼の言動が逆に悲痛でたまらない。
なぜなら【時】の肉体が消えはじめていたからだ。
すでに向こう側が透けて見えている。
もう消失の瞬間は間近に迫っていた。
すずかは瞼を震わせながら【時】に語りかける。
「なにか、ないの? あなたの消失を食い止める方法が。なんでもいい。もし手立てがあるなら、わたしたちに話てみて。できることがあれば、なんだってやるから」
ところが【時】は短い溜息で応じる。
「残念ながら。こんな事態は初めてだから本当に打つ手がわからないんだ」
すずかは膝から崩れ落ちそうになった。
まるで全世界に裏切られたような衝撃。
そして底抜けの絶望感。
ほんのわずかな希望に縋っていたのは、【時】ではなく彼女のほうだったのだ。
「おいおい顔色が悪いな。まるで死人みたいだぞ……」
よっぽど悲惨な表情をしていたらしい。【時】が見るに見かねたように苦笑する。
が、なにかに思い至ったのか、はたと言いさした。
すずかとアリサの憂い顔をじっと見つめる。
「君たち、もしかして僕の消失を『死』だと思っているのか? 言っておくが違うぞ」
寝耳に水とは、このことだった。
すずかは当惑しながらも、すぐさま【時】に確認する。
「違うの?」
「やっぱり早合点していたか」
すずかの一言が曖昧だった推測を裏付けたらしい。【時】が納得の表情で頷いた。
「シルエットカードは生き物じゃない。いろいろな属性の魔法を封じこめた『アーティファクト』だ。はじめから生も死もない。物理的に破壊されたら危ないかもしれないが、今回は魔力が枯渇して行動不能になるだけだ。完全に消えてなくなるわけじゃないよ」
その情報は前途に曙光を見いだすものだった。こういう明るい話を期待していたのだ。
「だったら魔力さえ回復すれば、また活動できるようになるんだ!」
「あくまで理論上の話さ。実際は机上の空論。単なる希望的観測にすぎない」
すずかの浮かれた声に、【時】が長嘆息で応じた。
「さっき僕は言ったよね。ぜんぜん打つ手がないって。あれは言葉どおりさ。
僕は魔力を取り戻す方法を知らないんだ。もちろんシルエットカードは生物じゃないから、魔力が無くなっても死んだりしないが、それでも物言わぬ紙切れになる事実は変らない。憂鬱だよ」
すずかの淡い期待は、一瞬で落胆に変わった。
死にもの狂いで這いあがった奈落に、ふたたび突き落とされた気持ちである。
顔を真っ青にして絶望する彼女とは裏腹に、しかし【時】は他人事のような調子で微笑む。
「と言いつつ僕自身は、もうこれで終わりだ、なんて思ってないよ。たしかに消失を免れないけど、まだ復活の可能性はあるんだ。ちょっと聞いてほしい」
そう気安く前置きしてから、【時】は自分の体に目をやる。
だいぶ透過が進んで薄く色をつけた水みたいになっていた。
うっかり手で掻き混ぜたら煙のように消えてしまいそうだ。
けれど彼は自分の有様を気にしたふうもなく会話を続ける。
「今の僕の状態は、シルエットカードの封印が不自然な形で解除されたことに、端を発している。と言うことは全部のカードを正常な形に封印しなおせば、底を尽いた僕の魔力もあるいは全快するかもしれない」
「なに言ってるのよ。それだって希望的観測じゃない。どうせ根拠なんてないんでしょ」
ここでアリサが反論を口にした。
なんとなく揚げ足を取るような言い方なのは、この手詰まりな現状に焦っているからだろう。
もしくは半分くらい諦めているのかもしれない。
だが応じる【時】の声音は、拍子抜けするほど平静だった。
「そうだね。たしかに根拠も保証もない希望的観測だ。でも不思議なことに不安はないんだ。たとえそれがうまくいかなくても、往生際の悪い君たちなら、きっとなんとかしてくれるだろう」
そう言い放つ【時】の表情に迷いはなかった。それほどまでに信頼しているのだ。
「それに僕だって、こんなところでくたばるのは、本意じゃないんだ。明日は明日の風が吹く、くらいの気持ちでいてくれないと、むしろ僕のほうが困る。頼むよ、本当に」
横柄な口調だった。
そのせいで哀願されているのか命令されているのか判別がつかない。
ただし強烈な自尊心を誇るアリサだけは、この野放図な台詞を挑戦として受け止めた。
「僕のほうが困るだって? なにを生意気なことを。私たちだってね、なにも諦めてないわ」
続いてアリサは右手の人差し指を、びしっと、【時】の顔のすぐ鼻先に突きつけた。
「残るシルエットカードは草の根を分けても捜しだす。残らず封印して回収する。ついでにあんたの魔力も取り戻す。だから安心して待ってなさい。……待ってなさいよ」
アリサが堂々と胸を張って宣言した。
が、すずかは長年の付き合いによる勘で、その態度が空元気だと見抜いていた。
正面の【時】も同じ見解らしい。クロノそっくりの顔に小さく苦笑を浮かべる。
「わかった。待ってるよ」
彼は珍しく茶々を入れなかった。
代わりに風など吹かないはずの世界に風が吹いた。
あたりに浮遊する光の粒子が乱れ飛ぶ。
砂時計を支える蒼い海がざわざわと波立つ。
「いちおう期待して待ってるから、次に会ったときは、そんな辛気臭い顔を見せるなよ。――君たちは僕の新しいマスターなんだから」
風は光を従えていた。
空を呑み、海を呑み、砂時計を呑み、【時】の世界はみるみる漂白されていく。
その眩しさと勢いを増した風に、全員が思わず目を眇めた次の瞬間――
すずか、アリサ、トワ、イノの四人は、聖祥大学付属中学校の正門前に立っていた。
ふいに暁の風が前髪を揺らす。
五時半で止まっていた時計の針がいつもどおりに動きはじめる。
どうやら元の世界に帰ってきたらしい。時間の更新も再開した。
これで今回の事件は終結だ。
なのに少しも嬉しくない。
「……【時】……」
すずかは噛み合わせた歯のあいだから押し出すように呟いた。
寒さとは違う理由で震えている右手に白紙のカードを持って。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
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