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月荊紅蓮‐時遡‐ 第十六話


 連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第十六話を更新しました。
 次回の更新は来週の日曜日(14日)を予定。
 よろしくお願いします。

《余談》

アニソンSP.3 完全版」が11月9日に地上波で再放送決定。

 出演者がマンネリ気味だが大丈夫か?
 


「それと気になることが、もうひとつだけあります」

 そのときフェイトの表情が一転して厳格になった。

「なので申しわけありませんが確認させてください」

 厳しい口調で述べられた前置きに、すずかは言い知れない不安を覚える。
 相手が『質問』ではなく『確認』だと宣言したからだ。
 フェイトは赤い双眸に真摯な色をたたえて言葉を続けた。

「どうやって私たちの『名前』を知ったんですか? 私たちは『時空管理局の魔導師』とは名乗りましたが、自分の名前は一度も口に出して言わなかったはずです」

 すずかの顔から急速に血の気が引いていった。
 イノ――【(トリック)】の能力で仮面の偽装を施していなければ、一目で動揺がバレていたことだろう。
 いや――
 彼女の狼狽はすでに体全体から噴き出していた。
 努めて平静を装いながらも頭の中では「うぎゃー」とか「ひぎぃー」とか言っている。
 パニックになっているのが、それとなくわかる有様だった。

「ええっと……そ、そうだ。ふたりの名前は戦闘中に聞いたの。お互いの身を案じて何度か名前を呼び合ってたじゃない」

 すずかは苦しまぎれの言いわけを並べ立てた。
 あれほど忌避していたはずだった嘘が淀みなくスラスラと流れ出る。
 呆れるほどに現金な舌であった。

「いいえ。私たちは盗聴されることを警戒して、ずっと念話でやりとりしていました」

 だがフェイトには通用しなかった。真正面から完膚なきまでに迎撃されてしまう。
 すずかは一気に崖っぷちまで追いつめられた。貧血で頭の中がクラクラしてくる。
 こうなってしまったら、いまさら(とぼ)けようがない。
 もはや完全に『なのはとフェイトの名前を知っていた』ことを悟られてしまった。
 となれば次に来る質問は、誰にでも簡単に予想できる。

「ローウェル一号さん。そしてローウェル二号さん。もしかすると、あなたたちは……」

 フェイトの言葉を、なのはが引き継いだ。

「わたしたちの知り合いなんじゃないですか? だから必死になって正体を隠している」

 なかば予期していたにもかかわらず、その破壊力は想像を絶するものだった。
 あらかじめ覚悟していなければ今ごろは腰砕けになってたかもしれない。
 まさか幼なじみの言葉に、地獄を見る日が来ようとは……
 今日は断固として間違いなく厄日であろう。

「教えてください。あなたたちは誰なんですか!」

 なのはが勢いよく身を乗り出してきた。曇りない目をまっすぐこちらに向けてくる。
 すずかは退路を断たれたことを悟った。いよいよ断崖絶壁から転落する寸前である。
 しかし同時に不可思議な情動が胸をざわめかせてもいた。
 いま自分を見つめる、この毅然とした瞳……
 影など知らない。
 闇など知らない。
 まるで希望の光が結晶化したような、無垢で無邪気で透明で力強い瞳の輝き。
 幸せなのだろう。
 きっと彼女は満たされた毎日を送っているのだろう。
 だからこんな意志の強さを反映したような眼をしている。
 だからこんな挫折も絶望も知らない澄んだ眼をしている。
 綺麗だった。
 憧れていた。
 大好きだった。
 翳りも憂いも帯びていなかった、過日そのままの眼をしているのだ。

「あ……」

 すずかは唐突に意識した。
 ここが過去の世界であることを。
 強く強く強く意識してしまった。
 たとえば、今ここで……
 今ここで真相を洗いざらい話せば、二年後に起きるあの忌まわしい『撃墜事件』を、あるいは回避できるかもしれない。
 うまく時の流れを変えてやれば、なのはを守れるかもしれないのだ。
 それは蠱惑的な衝動だった。
 すずかは当時の凄惨な状況を見知っている。
 今でも鮮明に思い出せる。
 だからこそ余計に、それを覆したかった。
 その耽美な誘惑にどうしようもなく心が惹かれてしまう。
 あのときの自分は無力だった。
 傷ついた友達のために、なにかしてやりたかったが、結局なにもできなかった。
 けれど今ならば。
 シルエットカードの力を手に入れた今ならば。
 なのはを悲劇から救ってやることができるかもしれない。――と、
 強烈な白光が真下から、すずかの全身を照らした。
 隣を見ればアリサのほうにも同じ現象が起きている。
 ふたりの足元にシルエットカード特有の魔法陣が現れたのだ。
 どうやら転送の準備が始まったらしい。
 すずかは悪い夢から目覚めたようにハッと我に返る。
 そして脳裏に【(タイム)】の言葉が蘇ってきた。

『理不尽な現実を変えたくなるような衝動を覚えるかもしれない』

 たしか【時】は行きがけに、誘惑に負けるなと言っていた。
 それはこういうことだったのだ。
 はらわたが千切れそうなくらいに痛切な葛藤が彼女を内側から蝕んでいく。
 たとえどれだけ強く熱望しようとも、たとえどれだけ強く(こいねが)おうとも、為されなかった事柄の成就は禁忌だ。すでに確定された未来を改竄することは断じて許されない。
 それにすずかの願いは、彼女の勝手なエゴだった。
 なのは本人が望んでいることでは決してない。
 だから押しつけることはできなかった。
 だが――

「あなたには……」

 気がつけば彼女は、ポツリと呟いていた。
 私情の介入はならない、と理屈ではわかっている。我慢すべきなのも重々承知だった。
 けれど言葉は魂の奥底から滔々とあふれてきて止まらない。
 もはや気持ちに蓋をすることはできなかった。

「これから先の未来に、辛い試練が待っている。まるで背中の両翼を折られてしまうような出来事が。きっと大切なものを失うかもしれない恐怖に打ちのめされると思う」

 そう意味深なことを言ってから、すずかは右腕をそろりと伸ばした。
 その掌が自然な動作で、なのはの頭に載せられる。
 当然だが相手は面食らう。

「あの、これはいったい――」
「でも負けないでほしい。もし苦痛に押し潰されそうになったら、そのときは自分のまわりを眺めてみて。そうしたら必ずわかると思う。あなたの味方をするたくさんの力に」

 すずかに触発されたのか、続いてアリサも口を開いた。

「つまり簡単に補足するなら、すぐそばにいてくれる仲間を、もっと頼ればいいのにって話。あんたは恵まれているのよ。たぶん自分が考えているよりもずっと。ね、フェイト」
「え?」

 いきなり同意を求められて、ぽかんと口を開けるフェイト。
 そんな彼女をアリサは「頼りないぞ!」と一喝した。同時にデコピンも喰らわせる。
 地面まで届きそうな長い金髪をツインテールにしたフェイトの頭が後方にのけぞった。

「あう。な、なぜ?」
「今のうちに活を入れたのよ。もし憂鬱な気分になったときは、その額の痛みを思い出しなさい。少し悔しいけれど、なのはがいちばん頼りにしているのは、あんたなんだから」

 涙目で額を押さえるフェイトに、アリサは言い含めるように告げた。

「なのはのことは任せる。しっかり見守ってあげなさいよ」

 アリサの声には親愛の情があった。まるで相手の背中をそっと押してやるような。
 途端にフェイトが驚いた顔をしたのは、それに友達の面影を見たからであろうか。

「……そろそろ時間みたいだね」

 すずかは目を細めて呟いた。
 魔法陣から燦々と発せられる白い光が、出発のときを示唆して強烈になったのだ。
 転送が開始されるまで、もう幾ばくもないらしい。
 すずかは血を吐くような思いで、なのはの小さな頭から手を離した。

「ぜんぜん答えになってない上に、雲を掴むような話をしてごめんね。でもこれが今のわたしたちに言える精一杯なの。こっちの事情は話したくても話せないんだ」

 本当は説明してやりたかった。
 事件のことを包み隠さず話して、なのはを災難から守ってやりたい。
 しかし彼女たちは二年後に、すべてを知ることになるのだ。
 確定した歴史は忠実になぞらなければならない。
 さもなければ世界が壊れてしまうのだ。
 だから話せない。
 話したくても決して話してはいけなかった。

「じゃあね、二人とも。いろいろあったけど、会えて嬉しかったよ」

 すずかは形ばかり手を振って別れを告げた。
 直後に転送用の魔法陣から立ちのぼる幾条の光。
 その白熱する光に呑まれて、すずかとアリサの姿が溶ける。
 まるで蜃気楼のように両者の輪郭がぼやけていく。

「あ、待って、ちょっと待ってください!」

 なのはが慌てた様子で手を伸ばしてきた。
 隣のフェイトも泡を食って身を乗り出す。

「まだ話は終わっていません。あなた方はいったい誰なんですかッ!」

 だが二人の声は届かなかった。
 もはや言葉を交わせる場所に、会話の相手はいなかったからだ。
 月明かりのように澄んだ輝きが、すずかとアリサを優しく抱擁する。
 光の小舟に乗り、時の奔流に流され、次元の壁を越えて……
 ふたりは過去と未来の狭間に帰っていく。

「……おかえり。よくがんばったね」

 ねぎらいの声に出迎えられた。
 すずかとアリサの目の前に、クロノ・ハラオウンに似た容姿の、ひとりの少年が立っている。
 詰襟の白い学生服を着た彼は、【時】のカードの化身であった。

 


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イヒダリ彰人
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男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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