イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第十一話
連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第十一話を更新。
第十二話の更新は一週間後の9月19日(日曜日)を予定しております。
三ヶ月以上も続いているこのSSも、あと三話ほど(たぶん)となりました。
どうか最後まで見守ってやってください。
《余談》
小野不由美さん原作の『ゴーストハント』が12年越しに完結するらしい。
さて。
次は『十二国記』の完結ですね。
期待していますよ、主上(笑)。
なのはとフェイトと共闘する。
それは望外の展開だった。
決して叶わない夢だと思っていた。
奇しくも半年前の事件が起こらなければ、現在のような状況はありえなかっただろう。
シルエットカードの封印を解いてしまったことが、はたして単なる
けれど彼女たちと肩を並べて戦うことができる機会は生涯でただ一度……
きっと今だけに違いない。
そう考えると否応なしに気力が湧いてくる。
すずかは躁めいた興奮状態で戦いに臨んだ。
が、激しく高騰した血中アドレナリンには、すぐ冷や水が浴びせられることになる。
敵対する【
すずかの長大な剣十字のデバイスが斬り裂くのは、いつもユニコーンの姿を模した相手の残像ばかりで、その光り輝く実体には一度たりとも刃が届かない。
そのくせ【加速】の攻撃だけは、彼女の体を
ほとんど棒立ちのまま一方的に傷つけられていくのである。
まるでカマイタチを相手にしているかのような状況だった。
すずかの縦一文字の斬撃が虚しく空を切る。
会心の薙ぎ払いも当たらない。
その繰り返しが次第に焦りを募らせていく。
いつしか彼女の思考は「なんとかしたい。でも打つ手がない」で埋めつくされていた。
みずから進んで袋小路に迷いこんでいることにも気がつかない。ぜんぜん気づけない。
すずかの精神には、もう余裕がなかった。
「――ローウェル二号さんッ!」
その名前が誰の呼称なのか、すずかは一瞬わからなかった。
すぐさま正気づいて前方を見やる。
すると長柄の黒い戦斧を提げたフェイトが視界に飛びこんできた。
なにかを必死な形相で叫んでいる。
「右から来ています。早く後ろに跳んで!」
「……え?」
すずかは「なにが来るの?」という感じで間の抜けた声をもらす。
軽度のパニックに陥っていたせいで、とっさに頭がまわらなかったのである。
そのため理解と行動のあいだに致命的な空白が生まれてしまう。
ふいに彼女の横顔を、真っ白な光芒が照らす。
慌てて視線を向けると目が眩みそうになった。
全身に猛烈な魔力をみなぎらせた【加速】が、額の角を槍に見立てて横から突進してきたのだ。
そのさまは疾駆というより一閃だった。
離れた場所で目撃すれば、彗星に見えたかもしれない。
気がつけば彼我の距離は二歩か三歩しかなかった。
すずかの肺腑が戦慄に凍りつく。
しかし彼女の反応は混乱と恐怖で鈍くなっている。
とっくに回避も防御もままならなかった。
――やられる。
すずかは絶体絶命を確信して目を瞑った。
その直後に『Sonic Move』という機械的な声が彼女の耳朶を打つ。
いったい何者の声だ、と訝るまもなく、すずかは押し倒された。
地面に尻餅をついた彼女のすぐ目の前を、ユニコーンが稲妻のように駆け去っていく。
猛然と蹴立てられた土煙がカーテンのごとく巻きあがる。
やや遅れて追随した突風と衝撃が、塵と埃のヴェールを左右に薙ぎ払う。
すずかは顔をわずかに背けて、吹きつける土砂の
「……かなりきわどいところでしたが、なんとか間に合ったようですね。よかった」
すずかの鼓膜に穏やかな声音が流れこんだ。
当惑しながらも目を開けると、腹の上に俯せのフェイトがいた。
どんな手段を使ったのかは知らないが、この状況から推し量るに、どうやらフェイトに助けられたらしい。
彼女が体当たりしてくれたから、すずかは無事でいられたのだろう。
フェイトの細い手を借りて立ちあがると、すずかは一も二もなく感謝の言葉を発した。
「助けてくれてありがとう。でもさっきは、なにをしたの? 魔法を使ったの?」
「はい。『ソニックムーブ』という移動系の魔法を使いました。これならあのユニコーンの速さに対抗できるかもしれません。ローウェル二号さんは後方支援をお願いします」
そう言い含めるやいなやフェイトが「バルデッシュ」と小声でささやく。
すると彼女の姿が、おぼろに掻き消えた。
おそらくソニックムーブを行使して、超高速の状態で移動を始めたのだろう。
ときには近くから。
ときには遠くから。
剣戟を思わせる金属質の轟音が連続して響きわたる。
その正体を肉眼で捕捉するのは困難をきわめたが、フェイトと【加速】の姿がコマ送りの映像のように、断続的に見えたり消えたりするさまが確認できた。
どうやら猛スピードで鍔迫り合いをしているらしい。
さしもの両者も攻撃に及ぶ一瞬だけは、ほんの束の間だけ動きが硬直するようだ。
そのときフェイトの表情がわずかに瞥見できる。
彼女はギリギリのところまで追いつめられた者の顔をしていた。
はた目には一進一退の互角の応酬に見えるが、実際はソニックムーブを駆使した最高速の状態で、なんとか戦いになっているという有様だったのだ。
あのフェイト・テスタロッサ・ハラオウンをして追いすがるのが精一杯なのである。
そしてそれは逆を言えば、ソニックムーブを維持できなくなったときが、彼女の命運の終わりだった。その精神的な疲労と魔力的な負担は計り知れない。
くわえて相手の表情が読み取れないのも、フェイトを疲弊させる要因のひとつだった。
なにせ自分の攻撃が効いているのかいないのか判別できないのだから。
例えるならばゴールの設定されていないフルマラソンを走っているようなものである。
いまフェイトの心は「このままでいいのか?」という不安でいっぱいに違いなかった。
すずかは可能なら今すぐに援護してやりたかったが、フェイトと【加速】の動きが速すぎてついていけない。
そんな自分がここぞとばかりに割りこんでも、フェイトの足を引っぱるだけで役には立てない。向こう見ずに跳びこんでも彼女の集中をいたずらに掻き乱すだけだろう。
ゆえに断じて無理はできない。
ここは勝機を見いだすまでは邪魔にならないように待機しているのが賢明だった。
もっとも――
それは感情を排斥した建前の話で、本当は一秒も我慢しなくなかったが。
「それでも今は待つしかない。少なくとも【加速】に付け入る隙を見いだすまでは」
すずかは無力さに唇を噛みしめながらも、賢しげな理屈をつけて静かに戦況を見守る。
やがてフェイトと【加速】が、もうひとつの戦場を、不意の稲妻さながら通りすぎた。
なのはとアリサの即席コンビのそばである。
彼女たちも【
ふたりが矢継ぎ早に魔法を繰りだしても、白く輝く全身鎧の騎士は小揺るぎもしない。
「緋炎――カートリッジロード!」
そのとき助走をつけて大きく跳躍したアリサが空中で叫んだ。
直後に鞘のカーリッジシステムから勢いよく空薬莢が吐きだされる。
アリサは素早く抜刀した魔剣を、そのまま唐竹割りに打ち下ろした。
「燃え尽きろっ!」
夜闇に弧を描く紅蓮のきらめき。
まるで赤い
対する【停滞】はモーニング・スターを風車のように振りまわして炎の刃を迎え撃つ。
柄を軸に遠心力で旋回する鎖と業火が真っ向から激突した。
火の粉が散華のごとく虚空に広がる。
アリサの炎術を無傷で防いだ【停滞】は、勝ち誇っているつもりなのか、モーニング・スターの回転を悠然と止めた。鎖と連結する棘つきの鉄球が地面に音をたてて落ちる。
しかしアリサは悔しがる素振りを見せない。
それどころか落下の勢いを利用して【停滞】に斬りかかっていた。
「そうやって余裕をぶっこいてたら……すぐ痛い目をみる羽目になるわよっ!」
大上段から振り下ろされた斬撃と叱責が、ほぼ同じタイミングで【停滞】に炸裂した。
地面に下りたアリサのあとを追いかける銀の太刀筋。
その流れ星の軌跡を思わせる光芒が、【停滞】の巨躯を真一文字に両断する。
しんと静かな真冬の夜の凍結した大気に、鋼を
ところが。
苦痛に顔を歪めて呻いたのはアリサのほうであった。
緋炎を持った右手がぴりぴりと痺れている。
「な、なんなの、この甲冑。ちょっと硬すぎじゃない」
予期せぬ結果だった。
相手の白い鎧は見せかけではなく確固たる防御力を秘めていたのだ。
しかもアリサの渾身の一撃をやすやすと弾き返すほどに堅牢だった。
これでは何度やっても自分の手が痛くなるだけで攻撃の甲斐はない。
もっと強力な一撃を喰らわせる必要があった。
表情を曇らせたアリサの頭上に、はたと圧倒的な影が覆いかぶさる。
顔をあげると対面の【停滞】が、左拳を振りあげているのが見えた。
それの意味するところを瞬時に悟ったアリサが慌てて後ろに跳んだ。
直後にグラウンドが激しく震動する。
振り下ろされた【停滞】の拳が地面に埋まったのだ。
その場所は先ほどアリサが飛び退いたところである。
文字どおり間一髪の回避であった。
かろうじて必殺をまぬがれたアリサだったが、わずかな判断ミスが最悪の結果を招く攻防に、すっかり体力を奪われて膝から崩れてしまう。
それでも相手の追撃を警戒して顔だけはあげる。
甲冑姿の【停滞】は地面にめりこんだ左腕を引き抜こうとしていた。
が、だいぶ奥まで埋まっているらしく、いつまでたっても抜ける気配がない。
その無防備な様子はいかにも『攻撃してください』と言わんばかりであった。
この機会に乗じて反撃すれば……
あるいは勝てるかもしれない。
だがアリサは絶好の好機を前に為す術がなかった。
緋炎の切れ味では【停滞】の甲冑に歯が立たないからだ。
ゆえにアリサは歯噛みして見守ることしかできなかった。
「――ローウェル一号さん。そこから離れてください!」
はたと前方から叫び声が響きわたる。
その意志の強そうな声は、高町なのはのものであった。
全身鎧の【停滞】を挟んだ向こう側に陣どる彼女は、レイジングハートを腰だめに大砲のごとく構えている。
敵に向けられたデバイスの先端は、いつもの杖状のそれではなく、いつのまにか音叉状になっていた。
これは砲撃魔法を放つためのレイジングハートの形態『バスターモード』だ。
なのは自身は謙遜しているが、こと魔力の集束と放射に関しては、彼女は不世出の魔導師だった。一刻も早く射線上から離脱しなければ間違いなく【停滞】の巻き添えを喰う。
アリサは疲労を忘れて立ちあがると、慌てふためきながらも
「ちょ、ちょっと待って……このへんまで離れれば安全?」
ばたばたと横に逃げたアリサが大声をあげて確認する。
なのはが満足そうに首肯した。
「ちょうどいい位置です。砲撃に巻きこみたくないので、そのまま動かないでください。
――いくよレイジングハート。ひさしぶりの長距離砲撃!」
なのはの号令に射撃モードのレイジングハートが『Load cartridge』と応じた。
音叉状の先端より手前のチェンバーユニットを覆うコッキングカバーが上下動する。
二発のカートリッジが重低音を響かせながら立て続けにロードされていく。
空薬莢が同じ数だけ虚空に排出された。
続いて彼女の足元に桜色の光を帯びた、ミッドチルダ式の魔法陣が煌々と現れる。
くわえて大小ふたつの同色の環状魔法陣が前面に展開した。
その効果は魔法の加速と増幅だ。
やがて励起する魔力がレイジングハートの音叉状の先端に集う。
彼女は大きく声を張りあげて魔法の成就を告げた。
「ディバイン――バスターッ!」
一条の桜色の光線が、漆黒の夜を駆け抜ける。
二列に並んだ環状魔法陣の効果で加速・増幅された魔力は閃光と化し、石膏像さながら身じろぎもしない【停滞】の無防備な背中に直撃した。
轟音と爆発に続いて黒い煙が立ちのぼる。
この『ディバインバスター』は、なのはの魔法の中でも、とくに高い貫通力を秘めている。
まともに当たれば鎧など紙くずも同然。
ともすれば古代の城壁にさえ風穴を空けることができるだろう。
ゆえに薄まりつつある煙幕のあいだから垣間見えた【停滞】が、なんの痛痒も受けていなかったという事実は、おのれの魔法の威力を誇る彼女にとっては悪夢だった。
「む、無傷だなんて……たしかに直撃したはずなのに」
だが信じがたい驚愕の結末に絶句する暇もあらばこそ――
ゆっくりと、あたかも余裕を見せつけるように反転した【停滞】が、振り向くと同時にモーニング・スターの星球を投げ飛ばしていた。
魔法の鉄球が猛スピードで回転しながら襲い来る。
なのはの頬の筋肉が戦慄にこわばった。
「驚いてる場合じゃない。いますぐシールド魔法を!」
肉薄してくる星球を障壁で跳ね返すべく、なのはが右手を突きだすようにして構えた。
そのとき細く開けられたスリットの奥――【停滞】の顔全体を覆い隠す武骨な兜の目の部分が、やおら不吉な
しかし一瞬の出来事だったので、なのはもアリサも気づかなかった。
「あ、あれ? プロテクションが発動しない?」
なのはの表情が戸惑いに揺れた。
いつもなら条件反射のごとく速やかに、自動的に展開するはずのシールド魔法が、どういうわけか発動しなかったのである。魔力の結合が極端に遅延しているのが原因だった。
これではプロテクションが完成する前に、モーニング・スターの直撃を受けてしまう。
いきなりの不条理に目をまわしながらも、彼女は横に跳んで星球をなんとか回避した。
惜しくも標的に逃げられた棘の球が、まるで砲弾のごとく地面にめりこんだ。
その衝撃で土砂が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
グラウンドに空いた穴は子供ひとりを埋められそうなほど深い。
校庭に倒れこむ形でなんとか【停滞】の攻撃を避けたものの、なのはの顔色は虎口を逃れた安堵よりも畏怖に染められていた。
ただしそれはモーニング・スターの破壊力を目の当たりにしたからではない。
防御魔法の発動を『停滞』させた、相手の謎めいた能力に戦慄したのだ。
彼女は立ちあがるとデバイスを構えたが、やはり動揺を隠せない様子で小さく呟いた。
「いったいなにをしたの? いったいなにをされたの?」
モーニング・スターによる無情の追撃が、なのはの疑問に対する呵責ない返答だった。
一方は未来化の加速。
もう一方は過去化の停滞。
恐るべき時間調整の能力を使う二体の敵に、四人の魔導師たちは追いつめられていく。
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イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
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でも執筆速度はカメのように遅い。
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目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
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知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
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