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月荊紅蓮‐時遡‐ 第十話

 連載中の中編SS『月荊紅蓮‐時遡』の第十話を更新しました。
 今回は推敲に時間が掛けられなかったので突貫工事です。
 なので誤字脱字がたくさんあるかもしれません。
 お気づきになった方がいれば、他力本願みたいで申しわけないんですが、ご指摘いただけると助かります。
 あと第十一話の更新は二週間後の日曜日(9月12日)を予定しております。
 気長にお待ちください。

《余談》

 今日のヤフーニュースで『ガラナ』についての記事があった。
 この『ガラナ』という炭酸飲料は、北海道のご当地ものではないのに、なぜか北海道以外の地域では、ほとんど流通していないという奇妙な飲み物です。
 もし北海道に来る機会があれば、コンビニやスーパーに立ち寄って、これを買ってみるのも一興かと。
 


 最前まで誰もいなかった校庭の真ん中に、いつのまにか二つの異様な影が佇んでいる。

『――すず姉さま』

 すずかの頭蓋の中に、ふと緊迫した声が響く。
 カードの姿に戻ったイノが、思念通話を寄こしたのである。

『気をつけてください。あの二体からシルエットカードの気配を感じます』

 すずかはハッと息を呑んだ。

「じゃあ……あれが?」

 すずかの小さくひそめられた呟きに、今度はトワが真摯な声で相槌を打った。

『おそらく【加速(アクセル)】と【停滞(スタグネイト)】でしょう。どちらがそうなのかは判然としませんが』

 頭上にかかる冷厳な銀色の満月。
 その冴えた光に照らされたグラウンドの中央に、地の底から湧いたように現れた二つの異様な影を、すずかは紫の瞳をじっと凝らして、闇を見透かすかのごとく注視する。
 彼女から見て右側に立っているのは、額に円錐状の鋭い角をいただく白馬だ。
 堂々たる四肢に満ちあふれる躍動感は、一目で駿馬とわかるくらいに力強く精悍。人間の魔導師とは格が違う強壮な魔力に彩られて全身が淡く輝いている。
 その姿は神話や伝承などに登場する『ユニコーン』と呼ばれる幻獣そのものだった。
 続いて左側に巌のごとく立っているのは、総身を一分の隙もなく甲冑で覆った巨人だ。
 その鎧は夜の闇を反転させたような輝かしい純白。
 豪華な装飾こそないが、磨き抜かれた色艶がある。
 まるで御伽話(おとぎばなし)に出てきそうな全身鎧の騎士だった。
 だが右手に提げているのは宝飾品めいた太刀ではなく、柄と球型の鉄塊を鎖で連結させた超重量級の巨大な物体。その鉄球には無数の棘が放射状に突き出ている。
 それはモーニング・スターと呼ばれる打撃系の武器に相違なかった。
 白馬と白騎士。
 あたかも歳経(としふ)りた絵画から抜け出たような幻想の存在が目の前に君臨している。
 その前触れもなく出現した二体の異形に、なのはとフェイトの顔が驚愕の相を帯びた。

未確認体(アンノウン)? 念のために飛ばしたエリアサーチには、なんの反応もなかったのに」

 なのはが信じられない、というふうな声で叫んだ。
 わけのわからない現象に面食らっている。
 その一方でフェイトは念話を使っていたらしい。
 しばらくのあいだ無言の状態だったが、ほどなく眉根に深い皺を寄せて報告する。

「エイミィのほうも接近を感知できなかったみたい。いまアルフとユーノを増援に寄こしたって――」

 はたとフェイトの言葉尻が途切れた。
 ツインテールの金髪が猛烈な突風にあおられる。
 彼女のすぐ真横を槍の一突きが掠めすぎたのだ。
 速すぎて目にも止まらない白い閃光だった。
 なのはとフェイトが同時に背後を振り向く。
 見えたのは猛然と疾駆するユニコーンの後ろ姿。
 この世ならざる妖馬が土煙の帯を従えながら突撃する先には――
 すずかの姿があった。
 もしシルエットカードにも本能があるのなら、それが酵母のごとく働きかけたのかもしれない。
 あれは猟師だ。
 世にも恐ろしい天敵である。
 やられる前にやらなければ狩られるぞ、と。
 そう錯覚するほどの鬼気迫る突進であった。
 その体から放散される敵意は魔剣さながらに鋭い。
 一気に肉薄したユニコーンが額の角を突き入れてきた。
 文字どおり象すら貫けそうな凄まじい一撃である。
 すずかは反射的に剣十字のアームドデバイス『悠遠(ゆうえん)』で受け止めたが、紺地のブラウスに包まれた体が後ろに十歩ほど跳ね飛ばされてしまう。
 しかし彼女は慌てず騒がない。
 空中で後転しながら地面に着地し、あらためてデバイスを構えなおした。
 その彼女を間髪入れず一角獣が追撃する。

「速い。もしかしてこのユニコーンが【加速】の具現化した姿じゃ? でも――」

 すずかは右手のデバイスを上段に掲げあげる。

「まったく見えない動きじゃない!」

 そして振りあげたデバイスを垂直に叩き落す。
 いぶし銀の月めいた鈍色の太刀筋が夜陰に奔る。
 直後に土や砂利が火花のごとくパッと跳ねた。
 すぐ足元の地面が真っ二つに断ち割れたのだ。
 これ以上ないくらいに完璧な斬撃だった。
 タイミングはもちろんのことスピードだって申しぶんない。
 いささか自惚れすぎのきらいはあるが、剣の達人もかくやと思わせる一閃だった。
 にもかかわらず相手を両断した手ごたえがない。
 彼女が斬り裂いたのは敵の残像だったのだ。
 すずかは思わず目を瞠った。
 ふっと消えてしまった相手の姿を求めて八方に視線を走らせる。
 妖馬は瞬間移動で背後にまわりこんでいた。
 額の円錐状の角が下から上に薙ぎあげられる。
 まさに後ろから辻斬りされた形だ。
 当然ながら身構える暇なければ余裕もない。
 すずかの体は虚空に弾き飛ばされてしまう。
 まもなく背中がグラウンドに叩きつけられたが、慣性の影響で止まらず二度三度とバウンドした。
 息が詰まる。
 痛みと苦しさで呻き声も出てこない。
 バリアジャケットの加護を受けていなければ間違いなく背骨が砕けていたであろう。
 それくらい強烈な衝撃だった。

「すず――」

 思わず本名を叫びそうになったアリサの声を、轟、という野獣の咆哮めいた風の唸りが掻き消した。
 凍えた夜半の大気を押しのけながら、無数に棘を生やした鉄球が跳んでくる。
 消去法で考えて【停滞】だと思われる全身鎧の騎士が持つモーニング・スターだった。
 アリサは舌打ちして後ろに跳んだ。
 やや遅れて彼女が立っていた位置に星球が落ちる。
 音をたてて地面にめりこんだ鉄の殻物は、順当に考えればそのまま止まるはずだった。
 しかし【停滞】が操るモーニング・スターは尋常な武器ではない。
 まるで生き物のごとく執拗に牙を剥いてアリサの着地点を狙う。
 たびたび物理法則を裏切る、魔法ならではの不条理だった。
 完璧に意表を衝かれたアリサが身を固くする。
 空中では逃げることも隠れることも叶わない。
 このままでは直撃は必至だ。
 彼女は左手を鞘から引き抜いて正眼に構えた。
 それから轟然と襲い来たモーニング・スターを真正面から受け止める。
 激突する白刃と星球。
 火花を散らす斥力の鍔迫り合いに負けたのはアリサのほうだった。
 足の踏ん張りが利かない空中にいたことが主な敗因だろう。
 拮抗はものの数秒にも満たなかった。
 たまらず大きく弾かれたアリサが地面に叩きつけられる。
 落下した位置は、すずかの隣だった。
 すずかは第三者に聞かれないよう、声をひそめてアリサの安否を気遣う。

「アリサちゃん、怪我はない?」
「なんとか大丈夫。まあ青痣くらいはできたかもしれないけど。とりあえず体は動くわ」

 よろめきながらも背中合わせに立ちあがる二人。
 すずかとアリサの消耗の度合いは、その呼吸の荒れ具体が物語っていた。

「でも体の心配をしている暇はなさそうね」

 そう嘆息しながら、アリサが刀を構える。
 前方と後方にいる【加速】と【停滞】が力を溜めていたのだ。
 四肢をたわめたユニコーンが額の角を正眼に突き立て、全身鎧の騎士が頭上でモーニング・スターを旋回させる。
 すずかとアリサを前後から挟み撃ちにするつもりらしい。
 すずかの華奢な背中に、じんわりと脂汗が浮かぶ。
 どうしようもないくらいに彼我の実力差を痛感したのだ。
 さきほどの攻防だけで自分たちの不利を確信してしまう。
 予想以上の難敵であった。
 もし一対一の状況になったら、おそらくこちらに勝ち目はない。
 なにか逆転の秘策を発案しなければ敗北は免れないだろう。
 けれど相手は考える猶予を、彼女に与えてはくれなかった。
 戦場の騎馬のごとく嘶いた【加速】が、額の角を刺突の形に構えて驀進してくる。
 くわえて【停滞】も頭上で振りまわすモーニング・スターの星球を投擲してきた。
 進退ここに窮まる。

「アリサちゃん。来るよ!」
「できれば来てほしくなかったけど、ね!」

 すずかとアリサが苦々しげに呟きながら、ともにデバイスを構えて迎撃の態勢になる。
 桜色と金色のそれぞれ八発の魔弾が轟々と降りそそぎ、そのとき校庭に蹄の音を響かせる【加速】の突撃を阻み、【停滞】が投じたモーニング・スターの星球を跳ね返した。
 身構えたまま呆然となる彼女たちの横に、空から降下してきた白と黒の魔導師が並ぶ。

「いまいち状況が把握できませんが、あの二体は仲間じゃないようですね。加勢します」

 ざっと漆黒のマントを捌いた金髪の少女が、マントと同じ色の長柄の戦斧を正眼に構える。
 たたらを踏む【加速】と【停滞】を見据える鋭い視線。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンのまなざしは戦士のそれだった。

「フェイトちゃん……」

 すずかは仮面の下で瞠目する。
 続いて背後のアリサが呆気にとられた調子の声を出す。

「なのはも……どうして?」
「なにか特別な理由があったわけじゃないんです。ただ見た目の怪しさほど悪い人には見えなかったから。それに不思議な感覚なんですけど、なぜか初めて会った気がしなくて」

 自分の動機が自分でもわからないらしく、なのはが「にゃはは」と困り顔で苦笑した。
 すずかとアリサの顔は幻術でぼかされている。
 そのため彼女たちの正体は、視認するだけではわからない。
 だが――
 すずかをクラスメートの『月村すずか」とは思わなくても。
 同じくアリサを『アリサ・バニングス』とは思わなくても。
 なにか因縁めいたものを白と黒の魔導師は感じたのだろう。
 完全に信用されたわけではなさそうだが、それでも当初よりは警戒心がゆるんでいた。
 すずかは現状に希望の光を見いだす。
 この二人の助勢が得られるのなら百人力である。

「ありがとう。正直な話、わたしたちだけじゃ手に余る相手だったから、すごく助かる」

 すずかは自然と感謝の念を口にしていた。
 それを受けたフェイトの目が優しくなる。

「あなたのサポートは私がします。どうかよろしく。愛と正義のカードキャプターさん」
「うっ。そ、そのキャッチコピーは、できれば忘れてほしい……」

 すずかは動揺して右と左のアームドデバイスを両方とも取り落としそうになった。
 なのはが白いバリアジャケットの肩をかすかに震わせる。
 その顔は必死に笑いをこらえてこわばっていた。

「でも、あとでちゃ~んと話を聞かせてもらいますから。絶対に忘れないでくださいね」
「しっかりと釘を刺してきたわね。まあ今は互いに協力して、あの二体を倒しましょう」

 答えになっていない答えを返したアリサが、右手に持つ緋炎を左手の鞘にパチンと納めた。
 即座にカートリッジをロードできるよう、鞘の根元に配されたトリガーに指をかける。
 すずかは剣十字のアームドデバイス『悠遠』を胸の高さに掲げた。
 続いて短剣型のアームドデバイス『薄暮(はくぼ)』を持つ左手に【(サンダー)】のカードを現出させる。
 それを彼女は人差し指と中指のあいだに挟んだ。
 最後に深呼吸をひとつ吐いて……吼える。

「カートリッジロード!」

 すずかの叫びに応じて悠遠のカートリッジシステムが怒号した。
 すると黒いバンプスが踏みしめる地面に、まばゆい紫色の光を放つ円還魔法陣が顕現。
 立て続けに【雷】のカードが、膨大な魔力を解放して荒れ狂う。
 裸の枝を揺らす轟音と衝撃。
 繰り返し入れ替わる光と闇。
 まるで神の鉄槌とも言うべき一条の稲妻が夜空と大地を縫いつける。
 熾烈をきわめる激闘の火蓋はこうして切られた。

 


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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