イヒダリの魔導書
月荊紅蓮‐時遡‐ 第六話
連載中のSS『月荊紅蓮‐時遡‐』の第六話を更新しました。
第七話の更新は来週の日曜日(8月1日)を予定しています。
本当は第六話と第七話をひとつにして掲載したかったのですが、文章の量が思いのほか多くなってしまったので無理に分けました。
なので終わり方が中途半端になっています。あらかじめご了承ください。
《余談》
TYPE-MOONの最新作「魔法使いの夜 -WITCH ON THE HOLY NIGHT-」の情報が公開されはじめましたね。
最初は、「全年齢対象? ふざけんな! 青子とエッチさせろ!」とか思っていましたが、ホームページを見ると普通におもしろそうで、いまでは期待しまくっています。
TYPE-MOONの神通力のすさまじさをあらためて思い知らされた今日この頃。
この世に創造されたときから
その一分一秒を砂時計の『砂』にして記録する回顧録。
それが【
長い長い時間をただひたらすらに見守ってきたがゆえに、その知識量は地球にある図書館のどれよりも網羅的で広範。
数多あるシルエットカードの中でも、いちばんの知性を有する存在であった。
しかし何年も何年も人の世を観てきた弊害だろう。本人は知らないうちに人間社会を取り巻く清濁の影響を受け、いまでは時の番人らしからぬ単なる俗物に豹変してしまった。
不機嫌な表情でごちるトワとイノの話によると――
良い意味でも悪い意味でも人間的と言えるのだが、他人には理解不能な言動を繰り返す奇癖の持ち主で、とにもかくにも一筋縄ではいかない変わり種らしい。
だから【時】と話すときは相手のペースに惑わされるな。
そう彼女たちから忠告を受けたまさに直後のことだった。
「――ひさしぶりなのに、ひどい言いざまだね。僕が誰にも理解されないのは奇矯のせいじゃなく崇高すぎるからだよ。そこんところをくれぐれも履き違えないでほしいな」
白い光そのもので構築された輝く螺旋階段を昇り終え、ようやく砂時計の最上層に辿りついた四人の少女たちを、鐘の音のごとく朗々と響きわたる中性的な声が出迎えた。
「はじめましての人もいるから、まず自己紹介をさせてもらうよ。僕が【
フットボールの試合ができそうな円形の広場の中央に、自分のことを【時】と宣言する小柄な人影が立っていた。
詰襟の学生服みたいな白い装束を身に着けた黒髪の少年である。
彼は空っぽの両腕をこれみよがしに広げ、戸惑い気味の客人を素敵な笑顔で歓待した。
すずかは我が目を疑う。
夜の墓地をそぞろ歩く幽霊を目撃してもここまで驚きはしない。
「ク、クロノさん!」
すずかの大きな叫びに続いて、アリサも甲高い声音で仰天する。
「なんであなたが、ここにいるのよ!」
いま彼女たちの目の前に佇んでいる【時】の容姿は、なんと『クロノ・ハラオウン』に瓜ふたつだったのだ。
ただし現在の彼ほど背は大きくない。面立ちも幼い造作である。いわゆる童顔だった。
自分の子供っぽい外見にコンプレックスを感じていた四年前のクロノを思い出させる。
すずかとアリサは驚きすぎて言葉もない。
その愕然とした反応に【時】が眉をひそめる。
「なにをそんなに驚いて……ああ、そうか。わかったぞ」
ふいに【時】が自信満々の様子で口の端を吊りあげた。
「僕のあまりの美しさに感動してしまったんだね。やはり魅力がありすぎるのも罪だな」
「どこをどうやって解釈したら、そんな結論が出てくるんですか……まったく、あいかわらず狂おしいほどのナルシストぶりですね、あなたは」
ニヒルに笑いながら前髪をかきあげる【時】に、偏頭痛に襲われているらしいトワが冷たく応じた。こめかみを人差し指で揉みながら肺をまるごと吐きだしそうな溜息をつく。
「すずかお姉さまもアリサお姉さまも、あなたの姿が知り合いにそっくりだから驚いているだけですよ。わかるでしょう」
「さっぱりわからんね。この体は人の言葉を解するために、僕が手ずからこしらえた特別製だ。ミロのビーナスに宿る黄金率を参考にした完璧なルックスだよ。その美しすぎる僕と瓜ふたつの人間なんて、この世のどこを捜しても絶対にいるわけがない。僕はここに断言するよ【
呆れ顔を浮かべるトワの鼻先に、【時】がビシっと指を突きつけた。
彼の台詞は誰が聞いても正真正銘の
その一方的で偏執的な物言いに、イノが額に青筋を立てて憤慨する。
「昔から思ってたことだけどさ、あんたってホント面倒な奴よね。ほら見てなさいよ――」
そう言ってからイノが『対象に幻を見せる』能力を使う。
たちまち彼女の体は光に包まれて色も形もない
腰まで届く金髪が縮んで耳の高さの黒髪に、背丈は少しだけ伸びて肩幅も広くなっていく。
ほどなく光の中から現れたイノの外見は、十四歳のときのクロノ・ハラオウンだった。
「これがくだんのクロノ・ハラオウンよ。今のあんたの姿とよく似てるでしょう?」
変身を終えたイノが言い含めるように語る。その声音も四年前のクロノと同じだった。
対する【時】は少年の目を細めて腕を組み、擬態したイノの体を隅々まで値踏みする。
やがて彼は、せせら笑った。本物のクロノなら決して浮かべないであろう軽薄な笑み。
「これがクロノとかいう男か。地味だし根暗そうな顔だな。たぶん自分の気持ちにも相手の気持ちにも鈍感な恋愛若葉マークのヘタレに違いない。連戦連勝の僕とは天と地ほどの開きがある。こんな冴えない容色の男と同列に見られるなんて心外だ」
なにやら勝ち誇った表情で、【時】が居丈高に鼻を鳴らす。
トワが『やれやれ』と嘆息しながら大げさに肩をすくめた。
「では続いて、ご自分の姿を確認してみてください」
今度はトワが『相手の姿・思考・技術を反映する』能力を使って変身した。
まばたきする一瞬のうちに【時】の鏡写しができあがる。
その様子を真向かいで見ていた【時】が、右のトワと左のイノの姿を交互に見比べた。
そして――
「よくよく見ればこのクロノとかいう男……僕には劣るがなかなかの美形じゃないか。整った目鼻立ちは理知的だし意志も強そうだ。きっと地球では女の子にモテすぎて困ってるんだろうな。彼は僕に似た姿で生まれてきたことを美の女神さまに感謝するべきだろう」
そのあっけらかんとした厚顔無恥ぶりに、【時】以外の全員がぽか~となってしまう。
すさまじい気どりだった。さっきと言っていることが一八〇度くらい違うではないか。
変身を解除して最前の姿――四年前のアリサ――に戻ったイノが、吹雪を連想させる冷ややかな色をたたえたまなざしで、顎に手を当ててニヤついている【時】を睨みつけた。
「いちおう地味で根暗そうな顔だっていう自覚はあるみたいね。おかげで安心したわ」
イノが痛烈な皮肉を浴びせた。
が、その面罵を喰らったはずの【時】は、何食わぬ顔のまま平然と笑っている。
「そうかそうか。安心してくれたか。君の溜飲を下げる手伝いができて嬉しく思うよ」
「これっぽっちも下がってないわよ、このバカ! 見ればわかるでしょ!」
「そうなんだ。そいつはすまなかったね。はっはっはっは!」
「なぜ笑う!」
イノが顔を真っ赤にして憤然と喚いたが、【時】は柳に風とばかりに飄々と受け流す。
まるで馬の耳に念仏だった。
いいようにあしらわれているイノが憐れに思えてしょうがない。
その不毛な会話の合間に変身を解除したトワが、四年前のすずかに似た顔をしかめて溜息をついた。
「これが最強の能力を持つシルエットカード【時】の正体です。感想があればどうぞ」
「一秒すぎるごとに、どういう性格かわかる人になんて、生まれてはじめて会ったよ」
気だるげな調子のトワに水を向けられて、すずかは柔らかい頬をひきつらせて応じた。
続いて【時】の顔をまじまじと観察する。
いついかなるときも自分を鏡に映して見ているような装った表情だった。
おのれの容姿を都合よく美化して陶然と酔いしれているのが一目でわかる。
クロノと目元や口元は酷似しているのに、まるで別次元に住む生き物のごとく思えた。
すずかは名状しがたい隔意を【時】に感じる。
友達にはなれそうもない生理的に拒否反応が出るタイプだった。
「あの、そろそろ本題に入りたいんだけど……質問してもいいかな?」
すずかは両頬の筋肉をこわばらせたまま、やや焦れた口調で【時】にお伺いを立てる。
すると相手はイノをからかうのを中断し、意地の悪そうな含み笑いを浮かべてみせた。
「もちろんかまわない、と言いたいところだけど、やっぱりやめておくよ。イイ男っていうのは常に謎めいてるものだからね。こんな簡単に秘密を打ち明けるのはナンセンスだ」
「……ふ~ん」
アリサが喉の奥から低い声をもらした。
表情は見惚れるほどに輝く満面の笑みである。だが暗い日光を連想させて不自然に眩しい。
まず間違いなく堪忍袋の緒が切れている。
彼女はタータンチェックの赤いミニスカートをひるがえして黙然と足を前に繰りだす。
一方で【時】は怪訝そうに首をかしげていた。アリサの剣幕に少しも気づいていない。
「なぜそんなに近づいてくるんだ? 僕の罪作りな美貌をもっと近くで見たいのかい?」
「んなわけないでしょうが。このバカチンがああああッ!」
アリサの怒号とともに前代未聞の衝撃が【時】の顎を貫いた。
かつて地上に君臨していた恐竜が滅びた原因は、隕石の衝突ではなく下顎を砕かれたせいだろう。
そう思えるほどに強烈なアッパーカットだった。
詰襟の学生服の体が重力を無視して吹き飛び……ゆるやかな放物線を描きながら眼下に墜落する。
しんと静かな空間に思わず耳をふさぎたくなる嫌な音がとどろいた。
頭から落下して地面に激突した【時】は、壊れた人形よろしく大の字になって倒れる。
しかしアリサは容赦しなかった。
ぴくりとも動かない【時】に死の影さながら近づいていく。
そして相手の脚に自分の脚を『四の字』に絡めて、まるで万力のごとく凄惨に関節を締めつけはじめた。
見識の深い者ならば説明しなくてもピンとくるだろう。かの有名なプロレス技である。
「イイ男っていうのは常に謎めいているものだ? 簡単に秘密を打ち明けるのはナンセンスだ? ふ・ざ・け・ん・じゃないわよ! 私たちはね、あんたの意味不明な自己陶酔に付き合ってる暇はないの。いいからさっさと何を企んでいるのか洗いざらい吐きなさい!」
アリサは憤怒の形相を隠そうともしない。もはや一片の情けもなく【時】を拷問する。
苛烈な責め苦にさらされて呻く【時】は、だが苦痛と同時に快楽も感じているらしい。
「痛い、苦しい、痛い、苦しい……でも、なんだか胸の内に湧きあがるものが……まさかこれはマゾ属性の開眼か! ついに僕は自分でも気づいていなかった境地に至るのか!」
あいかわらずの愚にもつかない妄想。
この窮地に及んでもまだ、ふざけた言辞を弄する余裕。
その二つがアリサの吊り気味の双眸をもっと鋭い角度に持ちあげる。
「またわけのわからないことを。早く成仏しろ、この変質者め!」
「ああ、またそんなひどい仕打ちを。でも不思議と感じてしまう」
すずかの背筋がおぞましさに総毛立った。
――なんだ、これは?
受け手と攻め手の行為に理解が追いつかない。
これではまるで嗜虐プレイを楽しむ男女ではないか。
多感な年頃の自分には、いささか刺激が強すぎる。
とても直視できる光景ではない。
いますぐに止めなければ頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ねえアリサちゃん。話がぜんぜん前に進まないから、それをやめてほしいんですけど」
すずかは目の前の光景から目をそらして、けれど横目でチラチラと窺いつつ忠告した。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
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知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
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