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招かれざる者の秘録~騎士王の遍歴~ 第一章『~堕ちたる者の遍歴~』(5)

 中編クロスオーバーSSの続きです。
 今回の話でいちおう第一章は終わりになります。
 次回からは第二章が始まります。
 更新予定日は二週間後の3月7日(日曜日)になります。
 がりがり執筆していますので、楽しみに待っていてください。

 そういえば男子フィギュアの高橋大輔選手が銅メダルを取りましたね。
 やった!
 さあ次は女子フィギュアだ。
 ちなみにイヒダリは、鈴木明子選手を熱烈に応援しています。
 あの人の演技、いつもハツラツとしてるもんね。
 観てて元気が出ます。

 それでは『セイバーさん一喜一憂! セイバーオルタがついに宝具を開帳!」をお楽しみください。

 それとこのSSのINDEXはこちらです。
 はじめてこられた方は、INDEXからお入りください。
 


 人気の失せた街道は穏やかな陽射しの中に色あせて見える。あたかも墓所を思わせた。
 だが死のような静寂はない。それどころか三つの金属音が嵐のごとく鳴り響いていた。
 鏘々戟々(しょうしょうげきげき)。アスファルトの地面は畑の畝のように掘り返され、林立する建物は腐った喬木(きょうぼく)のように崩壊していく。かつてない激動に大気が唇をわななかせながら絶叫している。
 脱け殻も同然と化した首都クラナガンは、いま容赦なく蹂躙され破壊されつつあった。
 行為の(ひつ)に破滅を整然と積みあげていく、たった独りの怪物――黒騎士の手によって。

「し、信じられない……」

 前方で繰り広げられる凄惨な戦いにシャマルが息を呑んだ。驚愕に瞳孔が開いている。

「シグナムとヴィータが同時にかかってもまったく歯が立たないなんて」
「あの二人は強いです。掛け値なしの手練です。身体能力はともかく魔力だけならサーヴァントにも劣らない。同じ時代に生きていれば勝敗の行方はわからなかったと思います」

 ただただ慄然とするしかないシャマルに、その斜め後ろに佇立するセイバーが応じた。
 むろん騎士王の言葉に嘘はない。シグナムたちの魔法は強力だ。練度も賞賛に値する。
 だが黒騎士には勝てない。数えきれないほどの奇蹟が起きても決して敵わないだろう。
 そう断ずるだけの根拠がセイバーにはあった。ミッドチルダに生きる魔導師たちに欠けているものを知っていた。科学に近いシグナムたちの魔法には神秘が足りないのである。
 あれだけ汎用性に富んでいれば当然と言えよう。衆知の技術に神秘が宿るわけがない。
 とはいうものの片鱗くらいなら、わずかながら感じることができる。乾坤一擲の膨大な魔力をこめた術でゴリ押しすれば、あるいは黒騎士の対魔力を突破できるかもしれない。
 もっともそんな無茶が可能なのはサーヴァント以上の魔力を持った魔導師くらいだが。
 苦々しい顔で戦況を見守るセイバーに、そのときシャマルが思い出したように尋ねた。

「その口ぶりからするとセイバーさんは、あの黒騎士の正体を知っているんですね。そういえばさっきまで何事か話してましたよね? できれば詳しく教えてもらえませんか?」

 肩口に首だけ振り向いたシャマルの表情には、厳しさと焦りと期待がこもごもに同居していた。敵の正体がわかれば戦略がたてやすくなる。勝率があがるのだから当然だろう。
 セイバーは即答できない。率直に言えばいいのだが不本意な事柄ゆえに憚られたのだ。
 ふとセイバーは自分の手に、別の誰かのぬくもりを感じる。地面にしゃがんだままのクララが、セイバーの右手を握りしめたのだ。上目遣いの瞳は心配そうな色を孕んでいた。
 セイバーはこっそりと溜息をつく。クララにこんな眼で見られるのは何度目だろうか。
 とはいえこのまま黙っているわけにもいかないのは事実である。騎士王は意を決した。

「あの黒騎士は――」

 重たい気分のままセイバーは口を開いた。苦渋に歪んだ顔は毒でも飲んだようだった。

「私だ」


 八神はやては戦慄していた。いま眼前にいる黒騎士の度外れた奮迅に身の毛がよだつ。
 あれは体力がすごいとか技術が一流とか、そんな人間的な範疇で語れる強さではない。
 暴力である。
 常識も条理も通じない。ただそこにあるものを無差別に滅ぼしていく『呪い』である。
 人の形をしているが人間ではない。刃物で皮膚を切れば血が流れそうだが生き物ではない。死である。他に死の(もと)がないかのごとく黒騎士の存在を死そのものだと感じていた。
 いまでは預言者よりも確信を持って断じることができる。このままでは殺される、と。
 むろん一度は死を覚悟した身である。失って惜しいと思えるほど価値ある命ではない。それに多くの者の犠牲を得て贖われた未来だ。この身を犠牲にして救える命があるのなら、死の奈落に自ら落ちることにも迷いはない。むしろ喜んでこの魂を神々に送呈しよう。
 ――が、いまはできなかった。事は、はやてが自分の命を(なげう)てば終わる次第ではない。
 はやてとヴォルケンリッターの敗北が、そのまま無辜(むこ)の人たちの死へと直結するのだ。
 過去に辛い別れを経験した。すぐ目前でヴォルケンリッターの消失を見せられて絶望したこともある。ゆえに彼女は重篤な病に憑かれた者のごとく、おのれの世界における誰彼の悲嘆や不幸を潔しとせず、そのいっさいがっさいを自分の中で処理しようとしていた。
 いわば奉仕によって自分の存在意義を得ようとしていたのだ。まるで殉教者のように。
 そんな彼女が眈々(たんたん)と迫る破滅を容認できるわけがない。それが自分ではなく誰か別の人たち降りかかるものならば、なおのことこのまま黙ってやられるわけにはいかなかった。
 そう断固たる決意でいるにもかかわらず、黒騎士の強大な力に屈伏寸前の自分がいる。
 ……なのはとフェイトが、もしこの場にいてくれれば。
 鳥のように脳裏をかすめた弱気を、はやてはかぶりを振って払いのける。
 馬鹿な考えだった。いま必要なのは益もない希望ではなく現実的な機略だというのに。
 はやては疲弊している自分を意識した。黒いハリケーンを思わせる黒騎士の猛威に、体力だけでなく気力まで磨耗していたのだ。これでは勝てる戦にも勝てなくなってしまう。
 彼女は軟弱な心を叱咤した。鉄のように重い不安を戦意に、凍えるような恐怖を怒りに変えて勇を鼓舞する。それからユニゾンしているリインフォースⅡに思念通話を繋げた。

「リイン……これからちょっと無茶なことをするかもしれん。魔力の補助および術式の演算をいつもより正確かつ迅速にやってほしい。だいたい四割増し程度で。頼めるか?」
『は、はい。それは了解しましたです。でもはやてちゃん、なにをする気なんですか?』

 鼓膜ではなく頭蓋の内側にリインフォースⅡの声が響いた。いくらか緊張した様子だ。
 はやては即席の方策を頭の中で繰り返しシュミレーションしながら言葉を紡いでいく。

「まずフリーレンフェッセルンを使う。ただ直接かけても通用しないだろうから、まわりの水分を凍らせて檻をこしらえる。あのセイバーさんモドキを氷の中に閉じこめるんや」

 黒騎士の防御がいかなる仕組みなのかはわからないが、その性質がバリアジャケットのように身にまとうものであり、バリアのように周囲に展開するものではないことを、はやては幾多の経験で培われた観察眼で見抜いていた。となれば対策はAMFと同じでいい。魔法そのものが跳ね返されてしまうのなら、魔法で発生した効果をぶつければいいのだ。
 しかし驚きの発言は、むしろこの次にあった。

「同時に『ラグナロク』の詠唱と発射準備を整える。……できるか?」

 その突拍子もない提案にリインフォースⅡが言葉を失う。
 自力で修得したフリーレンフェッセルンはともかく、ラグナロクは模擬戦でも使ったことがない大技だった。それをこの緊迫した大事な局面で、ぶっつけ本番で行使する羽目になるとは、思ってもいなかったのである。しかも他の魔法とのコンビネーションだ。魔力制御をしくじれば間違いなく自滅を招くだろう。そのプレッシャーたるや尋常ではない。
 だがリインフォースⅡは果敢だった。束の間の逡巡を経たあと決然とした声で答える。

『まかせてください。祝福の風の名前が伊達でないことを今こそみせてやるですよッ!』

 その返事を受けた途端、はやての顔に笑みが浮く。初代リインフォースの遺志と強さを、この子は自覚はないが継承している。それが嬉しくて誇らしくてたまらなかったのだ。
 リインに負けていられない。はやては戦意の炎を激しくたぎらせながら頷いてみせた。

「よっしゃ。術式の演算と魔力の微調整はまかせる。いくよ、リイン!」

 そう笑顔で言うやいなや、はやては中空へ舞いあがる。地上の光景がみるみるうちに遠く小さくなっていく。やがて十階の高みで静止すると、おもむろに呪文を唱えはじめた。

「捕らえよ、凍てつく足枷――」

 それから黒騎士と死闘を繰り広げている眼下の仲間たちに向かって注意を呼びかける。

「シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、みんな離れて。――フリーレンフェッセルン!」

 はやての声を聞いた三者が同時に飛び退く。黒騎士だけが場に取り残された形になる。
 ただの習い性で頭上を振り仰いだようにしか見えない黒騎士が、氷塊に恐竜の化石さながら封じこめられたのは次の瞬間であった。大気中から集めた何十トンという量の水分を一気に冷却したのだ。繭状の外観は柔軟そうだが閉じこめられれば象でも脱け出せない。
 それは頭の中で思い描いていた以上の成果だったが、はやては満足も歓喜もせず極限の集中に埋没していく。それから間を置かず作戦の要であるラグナロクの詠唱をはじめた。

「響け終焉の笛――」

 すると銀の筆で描かれたような円還魔法陣が、はやての足元に皓々たる光を放ちつつ顕現した。頭上に振りかざしたシュベルトクロイツの先端には膨大な魔力が集束していく。
 九年前の『闇の書事件』以来、その驚くべき破壊力ゆえに使う機会に恵まれなかった八神はやて最強の攻撃魔法が、怒りと憎しみと嘆きの権化を祓うべく今ふたたび胎動する。
 着々と準備を進めていたとき、はやては無気味な音を耳にした。ある種の悟りめいた予感を覚えて眼下を睥睨する。理解はすぐに訪れた。黒騎士を閉じこめている氷の繭にひびが入ったのだ。次の瞬間には巨大な蛇口をひねるような音とともに粉微塵になっていた。
 黒騎士が魔力放出で罠を破壊したのである。こなごなになった氷の檻は内ではなく外に向かって吹き飛ばされて跡形もない。まるで爆弾が炸裂したような荒々しい映像だった。
 黒騎士が何事もなかったかのように姿を見せる。頭上を振り仰いだまま佇立していた。
 その黄鉛色の酷薄そうな瞳は、はやての姿をしかと捉えている。にもかかわらず黒騎士の表情は仮面のごとく動かない。必滅の前兆を目の当たりにしてもなお平然としていた。

「私の対魔力でも防げないほどの魔力を練るか。俗世に生まれた身でたいした魔術師だ」

 やおら黒騎士が抑揚のない声で褒めた。はやてがラグナロクを行使するために束ねあげた魔力は、黒騎士の護りを貫通できるほどの威力を秘めていたのだ。神話の時代の魔術師でも難しいことである。そういう意味で黒騎士の賞賛は心からのものだったに違いない。
 だが緊迫をまるで感じさせない物言いは、はやての警戒心をあおりたてるものだった。

「あんた、なにを……」
「しかし覚えておくがいい。戦場では中途半端な強さが逆に命とりになるということを」

 旋風が渦を巻いて大気を震撼させる。太陽の光さえも蒼ざめたように色彩を翳らせた。
 振りあげられた黒騎士の剣が闇を集めていたのだ。刀身が黒い炎のごとく燃えている。

「私が手ずから弱者と強者の違いを啓蒙(けいもう)してやる。我が宝具の薫陶(くんとう)に身を(よく)するがいい」

 はやての額にじっとりと脂汗が浮かぶ。なんという酸鼻。なんという邪悪。圧倒的な吸引力にどうしても目が離せない。胸に手を突っこまれ、心臓を引きずりだされる気さえする。あれは危険だ。あまたの光を呑みこんでしまう闇だ。断じて解放させてはいけない。
 幸いラグナロクの準備は整っている。はやては焦る心を抑えつつ最後の呪文を唱えた。

「ラグナロクっ!」

 はやての叫びに呼応して前面にベルカ式の魔法陣が展開された。その三角形の各頂点に魔力で編まれた三つの銀色の太陽が生じる。太陽は風船のように膨らみつつ明るさを増し、見るものすべての眼を()く鮮烈な白光を放ち、地上に瀑布のごとく轟然と降り注いだ。
 はるか上空から雪崩落ちてくる魔力の束。奔騰(ほんとう)する大河を思わせる勢いで押し迫るそれは、刹那のうちに黒騎士の目睫(もくしょう)にまで接近していた。もはや四方のどこにも退路はない。
 だが真っ向から迎え撃つ黒騎士は泰然としている。泰然としたまま呪詛の呪詛(こうけつ)を謳う。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 そのとき黒騎士の手の中にある魔剣が啾々(しゅうしゅう)()いた。

 


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HN:
イヒダリ彰人
性別:
男性
趣味:
立ち読み、小説を書くこと
自己紹介:

イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。

《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん

《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。

《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
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