イヒダリの魔導書
ハラオウン兄妹のすったもんだ
恒例の適当SSタ~イム!
今回は、いっぷう変わった「クロフェイ」をお届けいたします。
クロフェイ……だよな、うん。
イヒダリは、もっと狂った話を書きたかったんですが、なぜかおとなしい内容に。
オチでは「海鳴市を滅亡」させたかったのに、はたと気がついたら普通の展開に。
あれあれ?
おかしいな。
指が勝手に動くよ。
……まあ話が脱線するのは、小説ではよくあることなので、べつにいいんですが。
そういえば「クロフェイ」を執筆するのは初めてだった。
意外と書きやすくて驚きました。
ケインさんの気持ちが少しだけわかった今日この頃。
それはいきなりだった。
「ねえ、クロノ。100万円ちょーだい」
「ふざけるな」
ハラオウン家のリビングルームに、クロノの声が虚しく響きわたる。
少年の面影を残す彼に一喝されたのは、その義理の妹にあたるフェイトだった。
彼女は闇の書事件が終結したあと、リンディの温情を受けてハラオウン家の養子になったのだが、とうの昔に猫かぶりをやめて生来のあつかましさを発揮していた。
いまではすっかりハラオウン家の支配者を気取っている有様だ。
なるほど。
このへんの厚顔ぶりは、母親のプレシア・テスタロッサにそっくりである。
クロノは深く深く溜息をついた。
もちろん目の前の義妹に気取られないよう心の中でひそかに。
「だいたい、100万円なんて大金、持ってるわけないだろ。あっても出さないが」
「とぼけてもムダ。たとえクロノがウソつきでも、銀行の預金通帳は正直だからね」
含みのある口調で断定するフェイト。まるで勝ち旗を立てるように胸を張りながら。
いつもは沈着果敢なクロノだが、これにはさすがに顔色を失う。
「僕の貯金の残額を盗み見たのか? いくらなんでもそれはデリカシーに欠けるぞ!」
「デリカシー? はん、そんなもの八神家の犬に食わせてやったから、もうないよ」
「八神家の犬? ……それはザフィーラのことか? 彼はすっかり犬扱いなんだな」
言いながらクロノは、ぐったりと肩を落とす。
過去の苦すぎる経験をかえりみれば、いまのフェイトに説教は無意味である。
若き執務官の少年は諦めた。もはや自分にできるのは不毛な問いを重ねることだけ。
「で、その100万円でなにを買うつもりだ?」
「近々、なのはと友達になった記念日なの。だからいいものをあげようと思って」
そんなフェイトの言葉に、クロノは目を白黒させた。
ろくでもない義妹にしては、まともな動機だったからだ。
「けっこう殊勝な理由なんだな。……せびってきた金額は強欲すぎるけど」
「でしょでしょ? きっとなのはも喜んでくれると思うんだ」
途端にフェイトが陶然と頬を弛ませた。やにさがった表情で言いつのる。
「ヘアサロンに行って、新しい洋服に身を包んだ美しい私との優雅なデート」
「自分のために使う金か! 少しでも感激した僕の純情を返してくれ!」
呆れと怒りと切なさが入り混じったクロノの叫びが、リビングに虚しくこだました。
――場所は変わって海鳴市の繁華街。
「あっ! ユーノくん、見て見て。あれフェイトちゃんとクロノくんじゃない?」
「ほんとだ。いったい二人でなにをしてるんだろう。おーい!」
なのはとユーノに声をかけられた次の瞬間。
兄妹の肩がびくっと跳ねあがる。
執拗に「100万円くれよ、このクソ兄がッ!」とねだってくるフェイトをストラグルバインドで縛りあげ、なかば強引にここまで連れてきた途端の遭遇であった。
クロノの顔が苦虫を噛み潰したようになる。
もちろん肩に担いだフェイトが、ジタバタと暴れているからではない。
いまクロノとフェイトはサプライズ企画の真っ最中なのである。
そもそもクロノが、この厄介な義妹を連れて繁華街くんだりまでやってきたのは、なのはにあげるプレゼントを一緒に選んでやるためだ。
それが血と汗と涙の結晶である貯金を守ることに繋がり、ひいてはフェイトの愚行を未然に防ぐことにも繋がる。――そう、すべてはハラオウン家の面子を潰さないために。
しかしそれが今、サプライズの標的である当人の登場によって瓦解しようとしている。
クロノは焦りに焦った。なにも考えつかないまま、ドモりながら会話をはじめる。
「や、やあ。こんなところで会うなんて奇遇だな。二人は仲良くデート中かい?」
「――なにッ! なのはとユーノがデート! そんなこと私が断じて許さない!」
突然、耳元でガラスが割れたような音が響いた。
ほぼ同時にクロノは、肉体的な負荷がなくなるのを感じる。
バインドを解除したフェイトが、クロノの肩から憤然と降りたのだ。
「なのはに近づく蛆虫野郎は早々に駆逐しなくてはなるまい。――バルデッシュ!」
「お、おちつけフェイト! こんな街中でデバイスをセットアップしようとするな!」
全身に
その一方で、なのはとユーノは顔を見合わせて含み笑いを浮かべていた。
「そういう二人こそ仲がいいよね。……あ、もしかして邪魔しちゃってたのかな?」
「エイミィだけでは飽き足らず、義理とはいえ妹にまで食指を動かすなんて……インモラルを地でいく行為だ。まさかクロノお兄ちゃんに、そんな甲斐性があったなんてね」
まるで井戸端会議さながら、なのはとユーノが聞こえよがしに揶揄してくる。
その適当な発言にクロノは唖然とした。あんぐりと開いた口がふさがらない。
「ふたりとも、なにを言ってる? どこをどう覗いたら、そんな屈折して見えるんだ?」
「そうだよ! いつまでたってもエイミィに告白できないヘタレのどこに、清く正しく美しい私が惚れる要素があるっていうの? たとえ冗談だとしても、ぜんぜん笑えないよ」
口角泡を飛ばす勢いでフェイトがまくしたてた。赤い瞳がカッと見開かれている。
クロノは落ちこんでしまう。たとえ事実だとしても、少しは言葉を選んでほしい。
だがフェイトは
「ほら、よく目を凝らしてみてよ。本当に仲のいい男女が殴りあいなんてすると思う?」
「ちょっとフェイト。おまえが必死なのはわかるけど、グーパンはやめろグーパンは!」
痛みに顔をしかめながら抗議するクロノ。打撃には魔力も付加されていたのである。
しかし、なのはとユーノのまなざしに理解の色はなく、むしろ穏やかになるばかり。
「猟奇的な彼女、もしくはツンデレ。つまり素直じゃないんだよね、フェイトちゃんは」
「お~! さすが、なのは。その見事な慧眼に、ぼくは感服しました。尊敬します!」
「うんうん。そうだよね。これは自画自賛しちゃってもいいかな……えっへん!」
ユーノの賛辞を受けて、なのはが自慢顔になった。腰に手を当てて偉そうに胸を張る。
一方、クロノは絶句していた。いや、思考回路がぶっとんだと言ったほうが正しい。
彼の意識が人知れず内向する。なるほど。バカップルとは文字どおりの意味なのだ。
「それじゃあ、ぼくたちは行くよ。これ以上、二人の逢瀬を邪魔したくないしね」
「兄弟同士の恋愛は禁忌だし大変だと思う。でもフェイトちゃんとクロノくんには、わたしたちがついてる。わたしたちが二人の関係を祝福するよ。だから負けずにがんばって」
ユーノが勝手に結論づけて、なのはが奇妙な激励を投げて、同時に歩み去っていく。
徐々に遠くなる後ろ姿は朗らかだった。達成感に満ちあふれていると言ってもいい。
頭の中でさんざん悪態をつくクロノのことなど意に介するふうもなく。――と、
「誤解だよ……誤解なんだよ、なのは! 私とクロノは本当になんでもないの!」
フェイトの絶叫がとどろいた。道ゆく人々がいっせいに振りかえるほどの大音声だ。
なのはを敬愛し、狂信するフェイトにとって、たしかにこれは由々しき状況である。
我を忘れてしまうのも――いつものことかもしれないが――無理からぬことだった。
ふとクロノは思い至る。
ここでフェイトを、愚妹を慰めることができれば、兄の株は高騰するかもしれない。
そうすればフェイトの病んだ心を癒せるかも。
世間さまに認められる人間へと新生するかも。
そんな荒唐無稽の未来を期待しながら、クロノは義妹の肩をポンポンと軽く叩いた。
「そんなに落ちこむな。だって世の中『こんなはずじゃないことばっかり』なんだから」
おもむろにクロノが決め台詞を炸裂させる。彼をして会心と断言できる
ところがどっこい。
ちろりと彼を見上げたフェイトの瞳には、感謝も許容もなく、ただ剣呑な光ばかり。
「悟ったような口を利くな! もとはといえば繁華街に連れてきたクロノが悪いのに!」
「いたっ、痛いッ! その、わ、悪かったよ。だからグーパンはやめてくれグーパンは」
痩身のクロノの脇腹に、さほど背丈の変わらないフェイトの拳が何度もめりこむ。
かなり痛々しい。だがクロノの表情を見るかぎり、それほど嫌そうではなかった。
なのはとユーノの見解は案外、この倒錯した兄妹の核心を衝いたのかもしれない。
もちろん、それをクロノやフェイトに告げても、二人は全力で否定するだろうが。
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プロフィール
イヒダリ彰人(あきひと)。
北海道に棲息する素人もの書き。
逃げ足はメタルスライムよりも速い。
でも執筆速度はカメのように遅い。
筆力が上がる魔法があればいいと常々思ってる。
目標は『見える、聞こえる、触れられる』小説を描くこと。
《尊敬する作家》
吉田直さん、久美沙織さん、冲方丁さん、渡瀬草一郎さん
《なのは属性》
知らないうちに『アリすず』に染まっていました。
でも最近は『八神家の人たち』も気になっています。
なにげにザフィーラの書きやすさは異常。
『燃え』と『萌え』をこよなく愛してます。
《ブログについて》
魔法少女リリカルなのはの二次創作小説を中心に掲載するサイト。
イヒダリ彰人の妄想をただひたすらに書きつらねていきます。
もちろん無断転載は厳禁。
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